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プロローグ 故郷への帰還


「旦那、もうすぐ着きますぜ」


 御者台で馬の手繋を取っている商人が言った。


 ガイアは言われなくても分かっていた。


 懐かしい故郷の風景が広がっていたからだ。


 あと小1時間もすればドメスクの街だ。


 ガイアは、また戻ってくることがあるとは夢にも思っていなかった。ドメスクには楽しかった思い出と、それをすべて塗り替える嫌な記憶の両方が詰まっていた。


 ガイアは黙って景色を見ていた。


「なんだ!」


 商人が慌てた声で叫んだ。


 商人の視線を追うと、街道の先に馬車が止まっており、数人の冒険者が剣を構えていて、その周りを魔物が囲んでいた。

 

「なんであんな魔物が街のそばまで来ているんだ」


 商人が悲鳴を上げた。


 その魔物はスチールケロベロスだった。


 スチールケロベロスは全身が鋼鉄のような毛でおおわれた魔物で、敏捷な運動性、鋭い牙、氷のブレスの魔法まで使えた。一頭のスチールケロベロスに対してAランクの冒険者パーティでないと対抗できない。だが、普段は魔境と呼ばれる魔物たちの生息域の奥から出てくることはない。それが群れで街のそばにきているのは異常なことだった。


 スチールケロベロスに対する護衛は3人で武器は剣だった。


(構えている姿から見てCランク冒険者程度の実力だな)


 ガイアはそう判断した。


 スチールケロベロスの鋼の毛皮は通常の剣では斬ることも突くこともできない。


 これでは勝負にならない。


「まずい。まずい。これはまずい」


 商人は馬車を転回させて逃げようとした。


 だが、一頭のスチールケロベロスがこちらを向いた。


「しまった! 見つかった!」


 その時、一人の冒険者がスチールケロベロスの吐いた氷のブレスで倒れた。


 黙ってガイアは馬車を降りた。


「旦那、何をするつもりです」


「闘う」


「無理です」


「どうしてだ。俺は護衛のはずだろう」


「無駄死にです。旦那とは盗賊やゴブリンから守ってもらう契約です。あんな化け物から守ってもらうだけの報酬はお約束していません」


 ずいぶんと良心的な商人だった。代金にみあうものしか求めないというのか。


「だが、このままでは、この馬車の命運も襲われている連中と同じだ」


「それはそうですが……。武器も持たない旦那一人では無理です」


 ガイアは笑った。


 珍しい拳士のソロ冒険者としてしかガイアを見ていないようだった。


 ガイアは商人を無視してスチールケロベロスに向かった。


 護衛は既に3人とも倒されていた。


 スチールケロベロスの数は8頭だ。


 その時、前の馬車から女が降り立った。


 そしていきなり火炎で正面のスチールケロベロスを攻撃した。


 一瞬、スチールケロベロスはひるんだがすぐに牙を見せた。


 大したダメージは受けていないようだった。


 女は第2撃は撃てないようで、顔に絶望が浮かんだ。


 多分さっきの火炎攻撃は一度きりしか使えない魔導具のたぐいなのだろう。


 ガイアは、女とスチールケロベロスの間に入った。


「あなたは?」


 丸腰のガイアを見て女が訊いた。


 ガイアが答えようとするとスチールケロベロスがガイアの左腕に牙を立てて噛み付いた。


「きゃあああああああ」


 女が悲鳴をあげた。


 普通なら左手は瞬時に噛み切られる。女がガイアが腕を食われたのだと思ったのだろう。


 だが、ガイアの左手は体についたままだった。


 そして噛み付いたスチールケロベロスをそのまま持ち上げ、盾のようにして、他のスチールケロベロスの攻撃を防いだ。


 さらにブンブンと音を立てて噛み付いたスチールケロベロスを振り回したあげく、別のスチールケロベロスに投げつけた。


 2頭のスチールケロベロスが転がった。


 女は目を丸くして信じられないものを見るようにガイアを見た。


 ガイアは手をスチールケロベロスに向けた。


 大地を揺るがすような轟音を上げて地獄の業火がスチールケロベロスをつつんだ。


 四足のスチールケロベロスが、火炎で舞い上がり、二足で天を仰ぐように立つ。そして黒い細い人形のようになり、やがて灰になる。


 それも同時に3頭だった。


 ガイアは残った5頭に向かい合う。


 5頭は後退りをする。

 

 スチールケロベロスが、キャイイインとまるで負け犬のような遠吠えをした。


 踵を返すと、5頭が逃げた。


 ガイアが手をかざすと、その先の大地が2つに割れた。


 大地の裂け目に5頭が飲み込まれた。


 さらにガイアの背から白い亡霊のような光が出現した。


 それは獣の形になると、大地の裂け目に落ちたスチールケロベロスを襲う。


 断末魔が響き渡る。


 女は恐怖で耳を塞ぎしゃがみ込んだ。


 静寂が訪れた。


 大地の裂け目は消え、スチールケロベロスの残骸らしきものだけが地表に残った。


 それも突然の風に飛ばされて散っていった。


「今のは……」


 女がガイアを見上げた。


 ガイアは女の顔を見た。


 見覚えのある顔だった。


「ユカか?」


「どうして私の名を?」


 ユカはしげしげとガイアの顔を見た。


「もしかしてガイアなの」


「ああ」


 後ろから商人が来た。


「ガイア、まさかお前さんが噂になっているホワイトフォックスか?」


 ガイアは商人の問に答えなかった。


「ホワイトフォックスって不思議な力を持っている謎の冒険者のこと?」


 ユカが不思議そうにガイアを見て言った。


「ああ。誇張された話だと思っていたが、まさか本当だったとは」


「どうして俺がホワイトフォックスだとわかる?」


「そりゃ、スチールケロベロスでも傷一つつけられない身体、無詠唱で特級レベルの魔術を使い、さらに白光の狐のファントムを出すなんてヤツ、他に誰がいる?」


 ガイアは商人とユカに背を向けた。


「それより、あいつらだ」


 スチールケロベロスと戦っていた冒険者3人にはまだ息があった。


 ガイアは両手をかざした。


 若草色の輝きが3人をおおう。


「うーん」

 

 一人が起き上がった。


「大丈夫ですか」


 ユカが駆け寄る。


「まさか、聖女級の回復魔法も使えるのか」


 呆れたように商人が言った。


 冒険者たちは立ち上がると自分が五体満足で生きていることが信じられないようすだった。


 ガイアは黙って馬車の自分の定位置に戻った。


「街に行くんだろ。ぐずぐずしているとまた魔物が出るぞ」


 ガイアが、ぼそっと言った。


「やれやれ」と商人は言うと、馬車に戻った。


「では、みんなで一緒にドメスクの街に行くとしよう」


 商人のその掛け声を合図に、2台の馬車と3人の護衛は隊列組んでドメスクへと向かった。


 ガイアは腕を組んでドメスクの街の方を見た。


(この街道を通って街を出てから4年だ)


 この風景を見ているとどうしても4年前のあの日のことが蘇ってしまうのだった。







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