失われた黄金色の聖衣を求めて
私は豚だ。正しく言うならば豚の肉だ。とんかつになるためにスライスされたピンク色の肉だ。
私はさまざまな衣を着て、ここまで来た。
みんなによく言われたものさ。
『凄い! 黄金色のとんかつだ! うまそう!』ってね。
しかし、わかっているんだ。
気休めはいい。
私が今まで纏って来た衣……そこに黄金色などなかった。
すべては『きつね色』だったのだ!
ああ……。100万回生きたねこのように──
一度だけでいい! 私はほんとうに黄金色の衣を身に纏いたい!
たとえ食す者の目には輝く黄金色に見えているのだとしてもそれはまやかしだ。その者の食欲が見せている幻影に過ぎぬ。
私は真にキンキラと輝きたいのだ。
一度でもそれが纏えたならば、もう二度と生き返ることはないだろう!
ただ一度の奇跡、ただ一度の愛に出会えたならば、もう二度と、揚げられることはないだろう! 正直どれだけ見事にカラッと仕上ろうとも、揚げられることにはもう飽きた!
ああ! しかし、どうしたら、私は真に黄金色になれるのか!?
卵なのか!? 卵の力が足りないのか!? しかし、黄色い卵に黄金色になれる力などあるものか!?
金箔を練り込めばよいのであろうか!? しかし揚げればそれは、黒くなる。そんな気がしている!
輝きだ……。
輝きだ! 私自身が、その身の裡から黄金色に光り輝けばよいのではないのか!? と、気づいた。
しかし、どうやって!?
一瞬の輝きだ!
人は死ぬ前に見るものをこの世でもっとも美しく感じるという。
思えば私は死ぬことに慣れすぎていたのだ。
衣をつけられ、揚げられ、食われて死んでも、またコピーのように豚肉に生まれ変わる。
緊張感がなかったのだ。死んでもどうせまたとんかつなんだろ。そう思うことに慣れてしまっていたのだ。これでは黄金色になど輝けるはずもない!
死ぬんだ。
もう、生き返るな。
人は死ねば伝説になれるという。
ならば豚肉も、もう生き返ることなく死ねば、伝説のとんかつとなれるのではないか?
きっとそれは黄金色をしているはずだよ。
振れ! 塩胡椒を!
叩け! 包丁の背で私を叩け! 脂身の境目に切れ目を入れることも忘れずにな! 揚げた時に反り返らぬように!
小麦粉の海に私を放り投げよ! 化粧をするように、みるみる白くなる私に見惚れよ!
卵よ! 最近価格高騰著しき生命のエキスよ! 私にとろとろとろ〜んと絡め! 私を抱き締めよ!
パン粉は厳選せよ! ソフトとハードを混在させよ! おまえが私の着る鎧となる! 我が肉汁を守り、閉じ込めよ!
油は新しいか? よし! フライヤーは業務用の広々としたやつか? よし!
温度はじゅうぶんに上がっているか? 上がっているな? よし!
我を揚げよ! きっちり5分を守れ! よいな!?
では! 逝ってくる!
行くぞ、スワン家のほうへ! 誰もまだ見たことのないところへ!
もう、私は生き返らない!
そして伝説となる私を見よ! それがほんとうに黄金色をしているのかを確かめよ! ああ、己の目でそれを見られぬことが口惜しい! しかし! 一度きりの豚生に! 私は! 輝くはずだ! では!
じゅわーーーーーー!!!
かくして私は見事にうまそうなきつね色のとんかつとなり、そして今、またここにいるのであった。