修羅場?
転生初日の夜――
虫の囀りに耳? ――聴覚を傾けながら、ボーっと夜闇を照らす二つの赤と緑の月を眺め、本当に異世界なんだなぁと現状を噛み締めているときに、ふと気になった。
そういえば普通に人の声とか、今も虫の鳴き声が聞けるけどなんでだろ? 『空間把握』は疑似視界を得るってだけだったし、『鑑定・解析』は触れたモノの解析……。そもそも音自体は解析前から聞こえてたからこれでもない。
うーん……。まだ私が見落としてるスキルが有るのかもしれない。
よし、もっかい確認してみよう。ていうか、自分のことを知るくらいしかできること無いしね。動けないし。
ステータス! スキル参照!
開いたスキル欄を舐めるように見返す。
『鑑定・解析』、『鑑定』、『空間把握』+、『ファイヤーボール(使用不可)』……。
あれ、こんなのあったっけ……『言語理解』……。
げんごりかい!? なんかこれっぽいな!
『鑑定』!
――あらゆる言語を理解する。話せる、書けるようになる。(取得条件:鑑定やそれに類するスキルで何か一つ言語を習得する。または神からの加護 (転移者特典))
う、う〜ん……。すごいスキルではあるんだけど、私の求めている答えではないなぁ……。てか話せないし、宝の持ち腐れだよね、これ。あと、私は転生者だからこれが最初から無かったってこと? あの兄弟のお父さんは持ってそう。
さてさて、今の所持スキルはこんなものだから、この中に無いのならいよいよ分かんないぞ?
あれかな? 野菜に音楽を聞かせるとどうのって言うし、最初から音は認識できるとか?
でも、あれが実際効果があるかなんて根拠とかあるのかな? プラシーボじゃないの? 音を聞いてるんじゃなくて、音楽特有の空気の振動パターンが育つときに良い何かがあるだけかもしれないし……。
う〜ん……ん?
私は唸りながら見続けたスキル欄の一部に他と違う表記を見つけた。
『空間把握』の横の十字模様……プラス、かな? 何だろこれ。
強化された『空間把握』とか?
プラスを『鑑定』!
――その項目の付加情報の省略表記。開くことで表記は『ー』となり、省略された情報が表示される。
私は生まれてこの方、死ぬまでパソコンにもスマホにも触ったことがなかったので、そのマークが項目の展開可能を意味することなど、知りもしなかった。そして、ここで初めてそのことについて知見を得たのだ。
へぇ~。じゃあ、ここを開けば追加情報が見られるってことか。
…………。
手とか無いけど? 多分だけどこれ、指で押すタイプのやつだよね? 私意識だけで手とか無いんですけど?
え? 開けゴマとか言ったら開いたりしてくれない?
なんていうか、今この瞬間この空間だけでいいからイマジナリー指とか出てこない?
ふん!!
…………。
お腹に気合を入れる感じで「手よ出てこい」とイキってみたけど、何も起こらない。
出ないか。まぁ知ってた。
念力、か? 今の私にはそれしか可能性無いしな。念力で押そう。
やるんだ私! できるぞ私! 一応自分の体のことだし、できて当然! サイコパワー、今目覚める時!
ふぬぅ〜〜!『空間把握』開けぇ〜〜!
――ピコン↑
機械的な音とともに、『空間把握』の下に項目が追加表記された。
お? やった! ものは試しでやってみるもんだね!
…………。
私はまさかそんなことはなんて考えながら思いつきを試してみる。
『空間把握』閉じる。
――ピコン↓
さっきと音階が違う音が鳴って項目が閉じた。
…………。
スキル使うときと同じ感じだった! 何だよ念力って、サイコパワーとか馬っ鹿じゃないの!? 恥ずかしい!! 穴があったら入りたいってこういうときに使うんだね!
まぁ今はいいよ。使い方は分かったし、誰が見てるわけでもないし。
再び項目を開いて隠された情報を確認する。
――『疑似聴覚付与』:サブスキル。意識を持つ非生物がスキル『空間把握』使用中に、人間種と同程度の聴覚を擬似的に付与する。
これだああああ!! あった。良かった。長年――でもないけど、疑問が解消されたよ! ふぅ~、スッキリした。これで今夜はぐっすり眠れる――
別に眠くないな。
木だしね。
寝るとか、そういうのそもそも無いか?
でもやることもないし、寝るふりぐらいはしてみよう。意外とできるかもしれないし、眠るみたいな感覚。
やってみたら、眠るというより気絶に近い感覚を覚えた。まぁこっちの方が私には馴染み深いし、こうなるのも已む無しか――な――
そうして、寝起きは悪いのに頭だけ妙に冴えているという不思議な感覚で目を覚ますと――
私の木としての人生……人生? まぁ細かい言葉の違いは置いておくとして、始まって二日目。
目を覚ました私は、あの兄弟のお母様と思われる女性に滅多斬りにされておりました……。
金髪碧眼の超美人が怒るとこんな怖い顔するんだって形相で一心不乱に私に剣を振るっています。
やめてやめてやめてやめて――痛……くはないけど、衝撃かなんかでビリビリするんだよそれー! てか、寝起きが悪かったのはこのせいかー!
何か私が粗相をしたのなら謝りますから――粗相なんてそもそもできるわけ無いんだけど!
なんだね? 立ってるのが不愉快だったかね?
そういうことでしたら私に当たらずにまず庭師さんにお願いすべきだと思います私!
私の願いも虚しく――届くわけがないのだから仕方ないんだけども……。――依然と剣を振る御婦人。枝が数本斬り落とされ、幹の皮がボロボロと斬り剥かれて落ち、傷が無数に付けられていく。
衝撃で落ちた葉っぱも地面に着く前に御婦人の剣技でバラバラにされている。
いやぁすっごいなぁ、剣術の腕……。
かれこれ20分も剣を振り続ける御婦人を見せつけられ続けて、私の方はもう映画かなんかを見ているような気分になってきた。痛みもHPも無いからこそと言うべきなのかな?
そんなことを考えていると、突然ピタリと衝撃が止まった。
御婦人が距離を取ったのでやっと終わりかと思ったら、肩まで腕を上げてその切っ先を私に向けて何やら突きの姿勢になった。
いやいや、ちょっと待って奥さん。早まらないで。話をしよう、ね? 剣、折れちゃうかもしれないしさ――
人殺しの目つきで、真っ直ぐ、鋭く、最高速で私に向かって放たれた剣先が、目にも止まらぬ速さで私に突き入れられた。
――え? どうなったの?
剣の鍔がやたら近くに見える。よく見ると日本刀の鍔だった。いやいや、そうじゃなくて……え? ひょっとして、貫通してる?
ステータスを開くと、水分以下、私の成長に関わる三大栄養素の供給・排出量が微妙に下がっている。日光の値はいい感じに高い良い天気なのに、成長率も若干下がった。
異物が体に入ったから成長効率が落ちたということだろう。なるほどなるほど……。
「許さない許さない許さない許さない――今日の今日こそは絶対に許さない」
私の耳元――幹元で奥さんが怨嗟の声を連呼するのが聞こえてきた。やっと喋ったとか言っとる場合じゃないよ! 怖い怖い怖い怖い!!
「また勇者様と朝帰りとか、巫山戯んなよスケコマシ異世界人が! 私が妻なんだけど? は? 結婚して何年経ったと思ってんだよ。今更勇者が何の用だよ、おとなしく新王とイチャコラしてろよ、ラブラブだっただろうが……。それが今頃しゃしゃり出てきて、同郷だからって二人きりでお出かけとかよぅ、おい? 朝帰りしていい理由じゃないだろう? 絶対浮気だ――浮気だ浮気だ浮気だ浮気だ、許さない許さない許さない許さない――今日は結婚記念日だって言うのに、巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな――」
うわぁ。あのお父さんやらかしてるねぇ……。
うーん、でもお陰でこの世界の状況がなんとなく見えてきたね。
勇者は女の人。で、異世界人。ここのお父さんと同郷らしいから多分地球産の勇者。新王とラブラブってことは、王子と結婚したのかな?
王子と結婚して普通に暮らせているってことはつまり、この世界の危機であるところの魔王は既にその勇者たちによって倒されていて、いたって平和。
うんうん、平和なのは良いことだね。
今、目の前で、痴情のもつれを原因とした勇者パーティの崩壊が起ころうとしているってところを除けば……。
お父さーん!! 早く謝ってくださーい!! 奥さんが勇者もろともあなたを殺しそうでーす!! あと、私の体もなんかヤバそうでーす!
「エヴァンジェリン!!」
と、お父さん登場だ!
「あなた……」
「またそんな、庭木に八つ当たりをして……。子供たちが真似をするからやめろっていつも言ってるだろう?」
いや、お父さんそうじゃないよって、この奥さんも割と結構な頻度でやってるね! その注意のされ方はね!
「あなた、また朝帰りだったわね……。私は飽きちゃった? やっぱり気の合う同郷の――ニホンって国の女の子じゃなきゃダメ?」
「飽きてなんかない。エヴァ、俺にはお前以上に愛してる女性はいないよ!」
「そんな言葉だけの愛なんていらないわ! ならなんで勇者様と朝まで一緒にいるのよ……。私よりあの女の方がいいから以外、なんだって言うのよッ!!」
――スパン!
奥さんが叫ぶのとほぼ同時に、子気味の良い音が聞こえた。
奥さんの手には、つい今さっきまで私に深々と刺さっていたはずの日本刀が握られていた。
――あれれ?
視界が次第にズレていく。こう、斜めに――
あ、これ、斬られたやつだね。伐採だね。
痛みはない。木だしね。
しかし、私の意識は徐々に暗く深いところに落ちていく感覚に襲われた。
あ、意外と早かったなぁ――二度目の人生の……終わ、り――
なんだろう、温かい……。
この体になって、温度の変化とかあんまり感じてなかったのに……。でも、うん。これは温かい。
不思議な温かさを感じて意識が覚醒した。
あれ? 私、斬られて……。
『空間把握』を使って外を確認する。
まだ奥さんとお父さんは私の目の前にいる。そんなに時間は経っていないみたいだ。
「庭木なんか治さなくても……。私より庭木のほうが大事ですか?」
「どうしてそうなるんだい。八つ当たりで切り倒されたら庭木だって可愛そうじゃないか。それに、体面もよろしくないだろう? 庭木が切り倒されて放置されているなんてさ」
なるほど、お父さんが私を治してくれたみたいだね。ありがとうございます! ……ありがとう? いっそあのまま終わってくれていた方が良かったかもしれない……。いやいや、命を救ってもらったのに死にたかったとか失礼極まりないし、やめやめ。
でもどうやって? 治癒魔法って木にも使えるのかな?
こういうときの『鑑定・解析』だよねぇ。
えーっと、解析完了は、新しいのは『剣術:初級(使用不可)』、『刀の扱い』。これはお母さんのだね。
あとは、あ、解析中一覧もあるや。
なになに?
――『剣術:中級』、『剣術:上級』、『剣術:超級』、『剣術:幻想級』、『剣術:神話級』、『刀の術技』、『刀の奥義』、『刀の秘技』、『刀の秘奥義』、『時間魔法』か……。
いやいやいや、ちょっとお母さんの実力ヤバすぎない?
ん?
『時間魔法』? 『時間魔法』!? 私、時間を戻されて治ったってこと!? うわ、このお父さん、本当に大魔術師様だ。時間が操れるなんて……。
でも、これを解析できたら私もすごいんじゃないの? まぁ、できたところで扱える魔力が足りるか分からないし、そもそも使えない可能性も高いんだけどね……。
でも、時間魔法を内包している庭木とかカッコよ――くはないか。木は所詮木だし、「私、すごい魔法やスキル持ってますよ〜」なんてアピールもできないし。
ああああもう!! せっかく良さそうなスキルとか魔法を手に入れても、自分の体が木だという一点のせいで全く活かせないぃぃい――
「何をしに来たのよ泥棒猫!!」
私の魂の叫びをかき消すように、お母さんが吠えた。
視界を開くと、長い黒い髪を後ろで団子状にまとめて簪で止めた女性が立っていた。世界観に似つかわしくない、煌びやかな刺繍の入った和服を着て、足はブーツを履いている。うーん、アンバランス。でも、下駄や草履よりかは、石畳の多いこの世界の道を歩くのにはいいのだろうと納得した。
お母さんの口ぶりからすると、この女性がこの世界の勇者みたいだ。
目鼻立ちは整っていて、背筋もピンとして、健康的な血色で、肉の付くべきところにはちゃんと付いている、生前の私からすれば羨ましいことこの上ない完璧なルックスだ。
「何をしにって……タケ、まだ伝えてないのか? ていうか何だよ、泥棒猫って」
「言おうとしてたんだが、俺とお前が会ってるところを見てたらしくてな、それで今朝からずっと取り付く島もなくて……」
「まったく、お前はいつも詰めが甘いんだからよ」
見た目と違って結構サバサバした、男勝りな話し方をする女性だなぁ。
「エヴァンジェリン、俺のことはお前もよく知っているだろう? タケとそういう関係になるなんて絶対に無いから」
「でも、体は男と女だもの、何かの間違いだってあり得るじゃないの」
「酒に任せてとかそういうこと考えてるのか? タケが下戸なのに? 俺がこいつと二人のときには飲まないって知ってるだろう? お前の不安は全部杞憂だ」
「じゃあどうして朝帰りなんて」
「朝帰り? それは俺も知らないな。こいつと二人で会うときは日が沈み切る頃には解散してたぞ? タケお前、俺と別れたあと何してんだ?」
「あなた……」
「違う違う! 確かに朝帰りにはなったが、やましいことは断じて無い! 神にだって誓う。実は、俺はこれを作ってて、途中魔力切れで明け方まで気絶してたんだ……」
「お前、あのあと一人でやってたのか!?」
「やっぱり自分一人の力でやらなきゃいけないと思ってな……」
「俺と会ってた日、全部か?」
「ああ……」
「馬鹿だなぁお前は、相変わらず、馬鹿に真っ直ぐだ」
「あ、これって……」
「きょ、今日は結婚して10年目だから、気合を入れなきゃと思って……」
「こいつ、去年の記念日のあとから俺のとこに来てさ、作り方を教えてくれって。誤解させちまって悪かったな、エヴァンジェリン」
お父さんが持っていたのは、ペンダントネックレスに指輪、イヤリング。どれも見た目は普通の物だった。
「全部に魔法耐性や状態異常無効の付与魔法をかけている。エヴァがずっと健康で元気でいられるようにと思って、頑張った」
「あなた、付与魔法なんて使えなかったじゃないの……」
「だから俺とツレがな、みっちり教えてやったぜ!」
「それで勇者様のところに出入りしていたのね……。本当にもう、馬鹿なんだから。それならそうと早く……私が、言わせなかったのよね。……ごめんなさい、私の方こそ馬鹿だったわ。ありがとうあなた。私をいつまでも想ってくれて」
「念のため『鑑定』してやろうか? 俺たちに手助け無しでどれくらい出来てるのか確認させてくれよ」
この勇者も『鑑定』が使えるんだ。
「いいえ。例え不完全でも、タケヒトが頑張ってくれたという事実のこもったこれがいいの。鑑定なんて野暮なことしないで頂戴、勇者様」
「そうかい。分かったよ。大事にするんだぜ?」
「ええ、勿論」
ふぅ〜。修羅場かと思ったけど、なんかいい雰囲気で話が終わったねぇ。良かった良かっ――
……私は勘違いの八つ当たりで一回切り倒されたのか。勘弁して欲しい。これからは植物の命も大事にしてもらいたい。
「……」
ん?
一瞬、勇者様が私の方を見てた気がしたけど、気のせいだよね?
ネトコン運営から企画で感想もらえて嬉しくて即続きを書いてしまうチョロい作者が私です。
別にスタッフじゃなくても、誰でも感想もらえたらそれだけでクソ嬉しいぞ?
あと文章量は関係ないぞ? たった一言でもええんや。返信はして無くても画面の向こうで小躍りしてるぞ。
みんながみんなの推しの小説に軽率に感想を書くように願っています。
できればポジティブな感想でお願いします……。心はガラスだぞ?