初任務
冒険者になって一日目だ。それを記念してこれを書く。
初めての仕事は、草原でキャンプをする仕事だ。
それを動画にとってアップロードしてお金を稼ぐのではない。近くにある民家に動物が出たので、動物が人間の村に近づかないように冒険者の見張りとして俺は派遣されたのだ。
出たのは骨狼と呼ばれる動物で、全身に体毛は無く、体高が馬ほどもある大きな動物だ。残念ながら、この世界にはテレビも新聞もないので、見たという住民の証言と食い荒らされた農作物から相手を推察するしなかった。でもとても大きな相手だという事は分かった。
そして人間を積極的に襲わないことも分かった。
魔物とも呼ばれる骨狼は、以外にも新鮮な肉を好まないと言われている。森で死んだ動物の肉を食べ、時には樹皮を食べることで生きながらえているそうだ。森で人と鉢合わせると襲ってくることがあるが、それは殺して食べるためじゃない。人間が怖いから襲うのである。
森近くにある草原に人がいれば、村には近づかない。という理屈での派遣だった。いざという時の生贄とも思えなくはなかったが、一人日当一万円は大金だった。
冒険というのは金がかかる。
現実的な話で申し訳ないが、冒険者が使うテントは一つ4万円也。もっと安い物もあるが値段を削るのと一緒に生存率も削ってしまう。
さらに体を温めるための酒に2千円。寝袋に3万円。干し草のマットレスも忘れちゃいけない。食料、水、乾いた服も必要だ。金がかかる。
何をするのにも金だ。世知辛い世の中だぜ。
その上、身を守る武器も貧弱だ。なにしろ剣と魔法の世界だ。銃がない。ライオンが襲って来ても銃で一発。なんていう芸当はこの世界では出来ないのである。魔法はあるが使える人間は100人に一人いるかいないかで、その能力がありながら生涯使わない人間もいる。そのほかは剣や槍を使うしかないが、槍は持ち運びにくいので、多くの冒険者の場合、持ち手を切ってしまって物干しざおに使っている。
魔法は使えても日々の生活が手いっぱい。練習する時間も、魔導書を読む時間もない。
もうすぐ冬が来る。みんな、食糧を貯えるのに必死で、村の住人も魔法どころではなかった。この世界、缶詰が無いので(あれは魔法ではなく、工業の力だ)長期間新鮮な状態で食料を保存することができない。それ故に軒先には乾燥させた食料が山と積まれ倉庫に入れられるのを待っていた。今回それが骨狼に襲われた。
住民の怒りはすさまじく、キャンプを張っているだけの俺に対する視線は突き刺さる物に感じられている。寒い冬をしのぐための食料だ。すべて食べられては飢え死にしてしまう。
だが、骨狼は姿を現さなかった。
動物は臆病であるから、出てくることはまずないのだ。住民に見張られていれば尚更である。
しだいに日が沈みかけ、気温がぐんぐん下がると、あれだけ息巻いていた住民もがっかりして村に帰って行った。
俺もこれでぐっすりと眠れると思う。お休み。
今、テントの中から書いている。
出たんだあれが。
テントには換気用の丸穴があって、そこから外を覗いた。
大きな獣がそこにいた。土管のように大きな体で、隣にテントを張っていたエルフの方に頭を突っ込んでいる。月の光に照らされた白い体は豚みたいにわずかに毛が生えている。
バリバリ。ゴリゴリと煎餅をかみ砕く様な音がする。
助けてくれ。殺さないでくれ、という声を聴く。
やがて静かになった。
ピチャピチャという不気味な音を聞きながらテントにて震えながら朝を待つ。一睡もできていない。