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ショコラのような恋をして

作者: 如月 空

 下校の鐘が鳴り響く廊下を一人寂しくとぼとぼと歩いていると、後ろからぐいっと肩を掴まれ壁に押し付けられた。

 急に何をするんだ。危ないじゃないかと、睨みつけると、そこにあったのは、幼馴染の石川 津軽の姿だった。

 周りの生徒が何事かと、こちらをちらちらと見ているが、津軽は気にしていない。

 津軽は感情と行動の回路が直接繋がっているような奴なので、TPOという言葉は無縁なのだ。もちろん、私は恥ずかしいし、津軽には無遠慮な行動は辞めて欲しいといつも言っているのだけど……

 そんなことを考えていると、ドンっと、頭の上に右肘を置かれた。あっ、これ壁ドンってやつだ。こいつ恥ずかしくないのか? と見上げると、津軽は野獣のような鋭い目をぎらぎらとさせていた。


「俺を本気にさせんじゃねぇよ……」


  津軽は、重力に逆らうように無造作に飛び跳ねる赤い髪をかき上げながら言う。


「……何の話? この前、ス〇ブラで私が勝ったことを未だに根に持ってんの?」

「ちげぇよ! ゲームの話でこんなに熱くなるかよ!!」

「はっ? 今、ゲームのこと馬鹿にした? ゲームにすら真剣になれない人が私に何か言うつもりなの?」

「悪かったよ! ホントはス〇ブラで負けて悔しいよ!! でも、今はその話をしたいんじゃねぇから!!」

「じゃあ、何の話?」

 津軽はのり突っ込みで荒れた呼吸を整えて、神妙な面持ちになる。黙っていればカッコいいのに、そう思わせるには十分な雰囲気を漂わせていた。


「俺の美空に対する恋心だよ」

「……本気にならなくていいよ? 何なら消失して欲しいし」

「えっ?」

「私は津軽のこと友達としか思ってないし…… それに、津軽は私が谷村君のこと好きなの知っているよね」

「谷村なんて辞めて俺にしとけよ。美空を泣かせるような男のどこがいいんだよ」

「津軽と正反対の穏やかな顔と性格かな。一緒に居たら落ち着けるようなところもいい」


 あれ? 泣かせるって言った? 私が谷村君に告白して振られたのは今日のお昼休みだ。それから、私は誰にも言っていないのに、どうして知っているんだろう?


「今、どうして知っているんだ? って顔したろ」


 おかしい。空気読めない選手権優勝者の津軽が私の心中を察している?


「見たらわかるよ。俺、ずっと、美空のこと見てたから」


  なんだ、このストーカー。決め顔で言っているから、大丈夫だろうと思っているんだろうけど、発言だけ聞いたらやばくない? それに、津軽のファンは多いのだから、勘違いを生みそうな発言はやめて欲しい。

 ほら、あっちのほうでハンカチを噛んでキーキー言ってる新種の野鳥が観測されているし。後で、野鳥の群れに襲撃されたら、津軽のせいだからね……


「今、失礼なことを考えているのも分かってるからな?」

「それなら良かった。考えの読める津軽君になら分かると思うけれど、私にバードウォッチングの趣味はないの。考えが読めるなら私のして欲しいことわかるよね?」


 私が欲しいのは平穏だ。疲れた体と心を癒すための時間が必要なのだ。家に帰って、土器ラブの続きをプレイすることが私にとって一番必要なことだった。

 土器ラブは邪馬台国の卑弥呼となって、土器を献上してくる男たちを恋愛を楽しむアドベンチャーゲームだ。弥生時代なのに、現代風のイケメンがいることに疑問を持ってはいけない。私の推しの大五郎は、大人しい性格でシンプルな土器を作る、健気なショタっつ子だ。早く大五郎の優しい笑顔に癒されたいのだ。


「ああ、分かっている。公園でデートだよな。エスコートは任せろ」

「ずっと見てきた割には。予想外のことを言うのね。インドア派の私が公園に居たところを見たことあるの?」

「幼稚園の頃にある。あの頃の美空は今より活発だったよな。たまにはいいよな。そういうのも」


 よくないよ! 心の中で反論をしていたのに、気が付くと、私は名前も知らない木に囲まれた遊歩道を歩いていた。

 あの後、津軽は私の手を強引に引っ張って、この公園まで来たのだった。秋風は肌寒く、散歩に興味のない私は早く帰りたい一心であった。だけど、帰らないのは津軽が私に対して一生懸命なのが分かるからだ。こうやって流される私も悪いのだろうけど、真っすぐな人に酷く出来るほど、私は心が強くない。


「木々を見ているとさ、頑張ろうって思えてこない?」


 何を言っているんだこの人は? と思ったが、無碍にするのも悪いと思い、試しに木々を見上げてみる。紅葉しかかった木々は綺麗といえば綺麗だろう。だけど、頑張ろうと思えるかというと、思えてこない……むしろ、人間の意志で勝手に植えられ、勝手に切られ可哀そうとしか思えなかった。


「津軽は何故そう思うの?」

「木ってさ、春には初々しい緑色の葉をつけ、秋は紅葉し、冬には落ちる。だけど、また春になると葉をつける。人間もさ、初めは純粋な気持ちなのに、色んなことを知って、色が変わって、失敗して落ち込んで。でも、また、新しい気持ちが芽生えるだろ?」

「津軽の口からそんなセンチメンタルなセリフが出てくるとは思わなかったよ」

「美空は俺のこと、ノー天気なうましかとしか思ってないもんな」

「考えが読めるというのはほんとうのことだったの……」

「マジにそう思っているのかよ…… 流石の俺でも落ち込むぞ」

「あははは、ごめんごめん。今のはうそ」

「それじゃあ、俺のこと、どう思ってるの?」


 津軽は不安げに私の方をじっと見た。そこには誤魔化しを許さないような強い眼差しがあった。 

 それならば、私も真剣に答えなければならないのだろう。私は津軽のことは嫌いではない。今だって、津軽は励まそうとしているのだ。不器用で強引なやり方だけど、津軽なりの精一杯のやり方で。私は津軽のそんな優しさは好きなのだ。

 でも、この好きは恋じゃない。だから、津軽の好きには答えらない。私はなんて答えたらいんだろう。

 風が何度か音を立てて通り過ぎた。いつまでも答えに窮していると、津軽は悲しそうに笑って言った。


「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか」


 振り返り背中を向ける津軽の手を握った。このまま帰ると、津軽を酷く傷つける。それだけは分かったからだ。


「津軽は幼馴染で、私の大切な友達。いつも一緒に居てくれて、ありがとうって思ってる」


 明るくなった津軽の表情を見てしまい、胸が締め付けられる。ごめんよ、津軽。私は望んだ答えをあげられない。


「だからこそ、ごめんなさい。恋愛対象としては見られない。期待させるようなことをしている私も悪いよね」


 傷つけてしまったことに怖くなり、恐る恐る、津軽の様子を伺う。予想に反して津軽は明るく笑っていた。



「美空は悪くないよ。美空を振り向けないほど魅力が低い俺が悪い」


 ファンクラブが出来るような人の魅力が低い? これ以上、魅力的になってしまったら、私はファンの子に刺されるのではないだろうか? 津軽の欠点は私の好みとかけ離れているところだけだと思う。


「一緒に居て辛いでしょ? 私が津軽を好きになることはないんだよ?」

「そんなに簡単に辞められる恋じゃないよ。だって、10年以上一途に想ってんだぜ?」

「ばかだなあ。津軽なら幾らでも恋人くらい作れるのに」

「ばかで結構、惚れた女以外と付き合いたいとは思わないから」

「はーーー、くだらない話をしたらお腹が空いた。こってこてのショコラ飲みに行こ?」

「いいねー。俺も丁度、喉が渇いたと思っていたところ」


 空は私の気持ちが溶けたようにあたたかい色に染まっていた。

 私は谷村君のことをどれくらい好きだったのだろう。津軽は私のことをどれくらい好きなのだろう。

 吹っ切れたわけではないけれど、一人で泣くよりは気持ちが軽くなったと思う。

 いつかは終わる関係だとしても、今は津軽が隣に居てくれるのが嬉しかった。

読んでくれた皆様ありがとうございます。


このお話は、美空と、津軽君と、名前しか出てこない谷村君の三角関係のお話になります。

この後、美空が折れて津軽と付き合うかもしれないし、美空は津軽以外の人と付き合うのもしれません。


どうなるのが幸せなのかはわかりませんが、各々が幸せになってくれることを心から願っています。

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