覚悟ある若者たち
深夜2時半
ここ虎ノ門は、人の気配が全くと言っていいくらい。
誰もいない。
昼間と夜間の人口の流出入の差があるのが、東京オフィス街
の都会的特徴である。
しかし、その一角に巨大な一つの屋敷が煌々と電気をつけて聳え立つ。
当然、それは火吹財閥本家屋敷である。
丁度今、当主である【火吹武将】がタクシーに乗って帰宅してきたところだった。
タクシーから武将が降りると、高さ2.5メートル。幅2メートル以上ある両開きの扉が開き、衛士隊最恐の土門武士が巨体なのに猫の様に音を立てずに、出てくる。
「今日は武士が、夜当番なのか?」
「押忍」
こいつと付き合って、間もなく5年が経つが未だに 夜、こいつと出くわしたら、恐怖しかないな。
「将軍さん、舞さんがお待ちですよ。」
「わかった、ありがとう。お前もいちいち出てこなくても大丈夫だぞ」
「自分の仕事っすから」
言葉少なに恐怖を大きく巻き散らす、大きな巨人は実は心優しい男なのである。
俺は右腕を挙げて、心優しき巨人の右肩に俺の右手を乗せて
「ご苦労さん」
っと、挨拶して屋敷の門をくぐって庭に入っていく。
しばらく歩くと次は、屋敷の扉の前に立つ、いぶし銀の白髪交じりの銀髪をオールバックにして、手には白い手袋 服は上品な漆黒のベスト付のスーツ。
言わずと知れた、火吹家の金庫番にして、俺の親父 故火吹虎雄社長の右腕だった。
重道勘蔵こと【シゲさん】である。
直立不動に立つ、その姿は年齢を全く感じさせない。
完璧な執事を実物にしたらこうなるだろうというお手本のような佇まいであった。
白い手袋をはめた、右手を漆黒のスーツの右胸に当て
「お疲れ様です。舞様が、皆様とご一緒にリビングでお待ちです。」
「ありがとうございます。」
と、声をかけ自分の屋敷に入っていく。
これまで、約10分。
自分の家に入るのに、こんなにかかる家なんてそうそうないだろうなぁ~
等と思いながら、扉を開けると
「坊ちゃまお疲れ様です。」
「お帰りなさい。」
っと、屋敷に住まう人たちの身の回りの生活を支えてくれる松茸常子さんこと【ツネさん】と妻の舞が俺を迎えてくれる。
おいおい今何時だ?
靴を脱ぎ、自分のスーツの上着をツネさんに渡す。
靴は舞が、そっとサンダルで玄関に降りて締まってくれる。
正直、恵まれているという事は実感できる。
「ツネさん、こんな遅くまで起きていなくて大丈夫ですよ。後はそれぞれ自分でやりますから」
俺が生まれた時からこの家を陰で支えてきた家政婦は
「坊ちゃんのお顔を見るまでは、寝れませんよ」
その坊ちゃんもいい加減、やめようよ~
いつから言ってるかなぁ?
オフクロみたいな人だから、心配なんだろうなぁ~
等と思いながら、リビングに入っていく。
まぁ~
想像通りのメンツが、揃いも揃って集まっている。
以外だったのは、常慶貴彦が一緒に居ることだった。
後のメンツはいつ面、日本を代表するスーパースター彭城楓真とこれまた、日本を代表するデザイン会社のCEO。
COOBデザイン株式会社の候葺縁さんと義理の父であり、俺の勤める会社の社長葛城仁父さんと縁さんの婚約者兼時期COOBデザインCEO俺の親友保東康臣ことホト。
来週からは、この屋敷に新居を構えるそうだ。
俺は聞いただけだが、、、、
いくら明日が土曜日で休みだからって、みんなこんな夜遅くまで何してんだよ?
って、思っていたら舞が初めに話しかけてきた。
「武将が帰ってくる前に、一応ここにいるみんなには話をしてあるのだけど、、、」
俺はリビングの一応、俺専用と言っていい大きな一人用の椅子に腰かける。
ここ俺んちだしな、、、
「それで、どうしたんです?」
縁さんは、相変わらず美しい細く長い脚を惜しげもなく晒すようなミニスカートで、両足を組みながら赤ワイン片手に話す。
「楓真さんのことですわ」
「楓真がどうかしたのか?」
「舞様の所にKABUKIエンターテイメントの水島社長から、楓真さんの活動拠点を今後、ニューヨーク支社に移したらどうかというお話が来ていますの」
頭の言い舞は、MCを縁さんに譲ったようだ、こういうちょっとした気配りが、大切だという事は社会人になって強く思うようになった。
そして気付くようにもなった。
そして、今や日本を飛び出して世界的スターとなった今の楓真なら、日本にいるよりアメリカに行った方がいいという事だな。
うん、それは自然な流れだ。
何が問題なんだろう?
「俺はいかない。」
当の本人が、話し合うでもなく決定打を打ち出す。
「楓真、何が問題なんだ?今のお前なら活躍の場をアメリカに移しても問題無いだろう。おまえ英語も喋れるし」
俺は楓真の方を見て言うが、楓真はこちらを見ようともせずに
「俺はいかない」
同じ言葉を再び、吐き出す。
「問題点をひとつずつ、解決していくか」
俺はいつも会社でやっている仕事の様に、解決策を模索するが
帰ってきた言葉は
「俺はいかない」
三度同じ返答が帰ってくる。
(おいおい~何駄々こねてんだ?)
愛する妻の舞が、息を吐き出すように
「武将。あんたが原因なのよ。」
「はい?お・れ?」
「楓真はあんたと離れて暮らすのが嫌だから、此処にいるって言っているのよ」
(へっ?なんで?どうしてそうなる?)
「武将、あんたも相当だから、あえて言うけどね。楓真はあんたが大好きなの。そしてここが気に入っているの、だからアメリカにはいきたくないって、世界のスーパースターが駄々こねているのよ。」
「全くアホらしい」
最後の言葉は、愛する妻ながら、、、、
聞かなかったことにしよう。
「お話し中、失礼致します。」
俺の一番信用できる大人。亡き父の右腕。
シゲさんが、話の途中に入ってくる。
無駄、無意味、無理なことは絶対言わない俺の保護者。
「KABUKIエンターテイメント水島社長が、お越しです。」
(こんな時間に!!)
俺は椅子から腰を浮かす。
「夜分に大変失礼致します。」
相変わらず、業界人トップの会社社長らしく隙の無いお洒落に決めたスーツを着こなしている。
楓真一人の活躍のおかげといっても過言でないほど、今のKABUKIエンターテイメントは【無敵】という言葉がぴったりはまるほどに成長した。
楓真が契約した当時は、業界内5本の指に入る程度だったが、今ではダントツのトップ独走だ。
今現在、深夜3時、、、、
芸能界を代表する会社の社長が、仕事をしているような時間では決してない。
それだけ、楓真の件は重要だという事か、、、
スカーフを巻き、濃い深緑のスーツに身を包んだ、社長は威厳というよりお洒落な品のある男性に感じた。
此処にいるせいかもしれないが、威張った雰囲気や嫌なオーラは一切出してない。
そして相変わらず、俺には敬語を使う。
同年代の義理の父が、始めに声をかける
「水島社長まで、この時間にここに来られたというのはやはりそれだけ、この案件が重要と感じてらっしゃるのですかな?」
俺の父親にして、最上司令長官。葛城仁は縁さんと同じく高級赤葡萄酒を右手で持ちながらやや頬を赤らめて話す。
「はい、楓真君は来年にはグラミー賞を狙える存在だと、私は確信してます。」
グラミー賞、、、ザ・レコーディング・アカデミーが主催するアメリカいや世界で、音楽業界では最も権威ある賞だ。
(そうか~凄え~というのは、知っていたけどそれほどなのか、、、)
俺は椅子を立ちあがり、そっぽを向く楓真に近づき
「なぁ~楓真、お前の目指している到達点はこんなものなのか?」
「!!」
「もし俺が、お前だったら直ぐにでもアメリカに渡るぞ。そして歴史に自分の名前を刻むほどのアーティストになってやるって思うけどな」
「もう一度聞くが、アメリカに行くか?」
楓真が初めて、俺の方を向き目を合わせて言葉を意志の力で放つ。
歌を歌うように
「絶対に行かない」
(こいつ~頑固もんだからなぁ~)
そこで、驚いたことが起こった。
「楓真、お前は将軍のチームでどういう役割をするつもりぜよ?」
それまで、一言も発していないホトが楓真に意見する、、、
英語で。
俺には何を話しているかよくわからん。
すると舞が、同じく英語で
「武将の役に立たない者は、此処にも住んで居てもらっては困るわ」
縁さんが同じく英語で
「舞様、それは言い過ぎではございませんか?彼は充分な結果を出していると思われますけど」
「縁さん、貴重なご指摘ありがとうございます。でも、私たちはこの程度で満足してはいけないのです。私だってもっともっと、武将を独占していたいし、一緒にいたいです。けれどそれは、武将が25歳の誓いを話してくれて、賛同した時点で諦めなくてはいけない事だったのです。」
「その覚悟が持てない人間は、武将のチームには入れません。」
赤ワインをそっとテーブルに置き、女帝は静かに腰を折る
「失礼いたしました。皆様の覚悟がそこまであることをわたくし知りませんでしたわ。」
「縁さんは大人で、経験を多く積まれた方です。でも、私たちはこれからなんです。こんなところで立ち止まっていてはいけないんです。」
少し顔を傾けるだけで、微笑み。
舞の言葉を肯定する。
大人の対応だ。
そして、最後は貴彦が銀縁の眼鏡を左手薬指で押し込みながらやはり、英語で話す。
何度も言うが俺にはよくわからん。
「流石のお前でもこれで行かない訳にはいかないな」
ここまで全て、皆 英語で話しているものだから、感覚的には俺のことや楓真の事を話しているんだろうという事は、わかったが細かいところは全く理解できなかった。
楓真はそのままの姿勢で、英語で一言。
「俺の答えはNOだ。」
ホトが優しく話しかける
「楓真、おぬしは昔から変わらんぜよ。頑固者じゃね」
ホトは普段は、標準語で話すが武将のチームの連中と話す時だけ、高校時代の時の様に尊敬する歴史上の人物。坂本龍馬節に近くなる癖がある。
よく、英語で話せるものだ。
だが、楓真は変わらず
「お前ら勝手に勘違いしてるみたいだが、俺はここに居てグラミー賞位獲るって言ってんだ。」
「「「「!!!!」」」」
その場にいる武将以外の全員が驚く。
「NY行って、グラミー取るより日本に居てグラミー取る方が難しいだろうが、俺は自分を甘やかしたりしない。」
「ワンダフル!!流石楓真さん。それくらいじゃなきゃダメよね」
麗しき女帝は、立ち上がり興奮していた。
俺だけ仲間外れになっていたが
楓真は変わらず英語で
「そんなことより、将軍の立ち上げにかかる財務資金とか税務上や労務環境、政治など、山ほど問題があるがそっちは大丈夫なのか?」
舞は腕を組んで、豊かな胸を誇る様に
「お金、会社の舵取りに関しては武将に任せればいい。後は私たちがフォローするのよ」
「金だって、将軍が言ってた【ゼロシティー】を実現させようってんなら、いくらあったって足んねぇことはあっても余ることはねぇだろ」
「そ、それは、武将を信じるしかないでしょ」
舞が初めて、言葉に躓く。
「よろしいでしょうか?」
流暢な英語で、低音で会話に入ってきたのはなんとシゲさんだ。
何より驚いたのは、俺だったろう
何十年も一緒に暮らしていたのに、シゲさんがこれほど流暢な英語を話すことを知らなかったのである。
「楓真様のお役に立てばと思うのですが、KABUKIコーポレーションにはプライベートジェットが3機あります。このうち1機は当家名義となっておりますので、それでアメリカでも中国でも移動されれば問題はないかと存じます。」
「それと、差し出がましいとお思いになられるかもしれませんが、武将様の起業資金については、、、ご心配ない。 とだけ、お伝えさせて頂きます。」
シ~ン
老練なる老兵の言葉は、、、、
重い。
実現性、可能性、信憑性。
他人を安心させる。
人生を長く生きてきた、勇敢なる戦士の言葉だからこそ誰も何も言わずに納得する。
っと、結局最後まで俺だけ理解できずに、話し合いは終了した。
俺は何のためにいるんだ此処に、、、
そして、翌日。
常慶貴彦の実家では、タカヒコの父親であり検察庁の要職に就く常慶義彦が息子とテーブルをはさんで、真剣に話をしていた。
「貴彦、お前も東大入学に司法試験合格して、検察官にもなれるのだから、私の後を継いでくれないかな?」
司法試験に合格したから、誰でも検察官になれるというものではなく。
司法試験合格者の約3割ほどの優秀な者しか、検察官にはなれないらしい
タカヒコは、実の父親であり尊敬する男の顔をじっと見て
「その話は済んでいるのではありませんか?」
「あの火吹財閥の子と一緒に、起業するという話か」
「はい。」
「ごく普通の家庭で、育ったならそれもいいだろう。しかし、お前は常慶家の長男だ。」
「そして私と同じ、法曹の道に進んでいる。私より優秀にな、私の築いてきた立場や信用をお前になら任せられる。」
貴彦は父親の眼をしっかりと見て
「お父さんの評価を僕はとても誇りに思います。」
「でも、僕がここまでこれたのも彼らのおかげなんです。彼らを裏切ることはできません。」
「そして、これは僕の明格な意志でもあります。」
「・・・・・・」
父親は黙って、貴彦の覚悟の決まった眼差しを見つめる。
数瞬、時が止まったように常慶家の中は静まり返り、郵便受けに入れられる郵便物の音だけが、鈍く響く。
父親は、やはりタカヒコの親だけあって【優秀】という言葉ぴったりくる男だった。
「わかった。」
「では、私の力が必要になった時は遠慮なく言ってくれよ」
貴彦は椅子から立ち上がり
「我儘を言いまして、すいません。お父さん。」
腰を深く折り、尊敬する父に対して感謝と愛情を混ぜ合わせて、珍しく感情的な表情を見せ
その双方の眼から光るものが、滲んでいた。
自分をここまで育て上げてくれた父親に対して
尊敬する父親に対して
自分の我儘を許してくれる父親に対して




