常慶貴彦
周囲は真っ暗の、夜になり俺と安藤聡先輩は、菊池陽子さんの実家から出てきて、待たしていた4個の黄色ハザードを点滅させながら、待たせてあるタクシーの方へ向かう。
「火吹さん、今日は本当にありがとうございました。」
黒髪が綺麗でとても似合う、華麗な女性は瞳をウルウルさせながら、来た時と同じく俺に真っすぐ伸びた黒髪が垂れるように腰を深くおり御辞儀する。
横には、母親も一緒にお辞儀する。
「うちの馬鹿旦那もこれで眼を覚ましたでしょう。本当にありがとうございます。」
「お母さん、僕みたいな若造に敬語は使わないでください。僕は安藤聡先輩の後輩です。」
「そうでしたね。ありがとう火吹君。」
「こちらこそ、ついカッとなってしまい、暴言の数々お許しください。」
最後に先輩と二人で、答礼してタクシーに乗り込む。
その姿をじっと熱く見守る、美しい女性の視線があるのにその場にいる全員が気付いたが、誰も何もそのことに関しては触れずにいた。
菊池陽子さんの熱い恋の眼差し。
タクシーが、菊池家を後にして
しばらくして先輩が、俺を見て吹き出しながら
「所長、お芝居上手ですね。彭城楓真さんに習ったんですか?」
「えっ!」
「ばれてましたか?」
「当たり前ですよ。何年所長と一緒に仕事してる思っていらっしゃるんですか、いくら僕のためとはいえあんなこと本心で言う方でないという事は、僕はよくわかってますよ」
「ははは~」
(さすが、先輩だ。)
「でも、何とかうまくいってよかったですね」
「その点に関しては、感謝しかありません。今度、甚太郎亭でご馳走させて下さい。」
「よろこんでゴチになりますよ」
そして、武将の長い長い怒涛の日々は、やっと終焉を迎え日常へと帰っていく。
※※※※※※※※※※※※※※※※
昼間、バカでかい赤提灯が吊るされている場所。
いわゆる雷門。
赤門ともいうが、東京大学の入り口でもある。
大学キャンパス内では、火吹武将の友人である常慶貴彦が一人、分厚い六法全書を脇に挟み足早に中央広場を闊歩していく。
すると、高く響く女性の声で、足止めされる。
「常慶せんぱ~い!」
手を振りながら、走ってくる女性は美しく溌溂としていた。
貴彦は、何時もの癖である、銀縁の中央を左手薬指でちょい上に持ち上げ
「何かご用ですか?」
全く感情の籠らない声で、返答する。
「せんぱ~い、今度飲みに行くって約束したじゃありませんか~」
東大にもいろいろな女性がいるようだ。
しかしタカヒコの態度は更に塩対応だった。
「失礼ながら、あなたが誰でいつその様な約束をしたか記憶がありません。」
「そんなぁ~、ひどいです~」
「御用が無いなら、先を急ぎますので失礼します。」
「ちょ、ちょっと、待ってよ~」
走り近づいてきた、見知らぬ女性はいきなり貴彦の右腕を掴み、自分の胸に抱え込む。
貴彦の対応は全く変わらずの、、、塩だ。
「失礼ながら、あなたの意図する意味が分かりませんが、離れて下さい。」
「そんなぁ~寂しいこと言わないでくださ~い。」
「再度、あなたに勧告します。」
「離れてください。」
「いいじゃないでか~私、常慶さんとふか~いお友達になりたいの~」
再び左手の指で、銀縁の眼鏡を押すと
「私はあなたに対して、2度離れるように勧告しました。しかしあなたはその勧告に従わずにいる。あなたの今していることは、刑法178条。準強制わいせつ罪に該当します。」
「な、なんですって!!」
今迄、ネコナデ声の女性が刑法という言葉に豹変する。
「その辺にしておいた方がいいわよ。」
超が付く美女にして、妖艶な色気を周囲に纏わせる女性が口をはさむ。
当然、武将の妻【火吹舞】である。
白と薄いベージュの身体の線がはっきりと出る服装だが、品性を失わないのは、生まれ持った特異体質とでも言わねばならない相反する存在である。
腰まで、真っすぐ伸びた黒髪も彼女の魅力を倍増させていた。
今年度で、東大ミスキャンパス3連覇の美しさと8か国語以上の言語を話す、まさに美採兼女史。
舞の登場に、いきり立つ女性はそそくさとその場を離れていった。
流石に東京大学とは言え、火吹舞を相手に喧嘩をするものなどまずいないのであった。
美貌、会話、品格。
どれをとっても全くの敵なしにして、最強女史。
「まったく~、タカヒコあんたね~もう少し断り方とかコミニュケーション能力も学んだ方がいいんじゃない?」
三度、銀縁の眼鏡を左指で押し込み
「俺は何も法に触れることはしていないぞ」
「あんた、法律法律って、その前にヒトとして最低限の会話術くらい覚えなさい。」
両手を細い腰に当てて、睨む舞だが
貴彦とて、高校生からの付き合いで、将来を共に戦う仲間としての覚悟を持った者だ。
「そういうのは、ホトや将軍(将軍とは火吹武将のことである)に任せる。俺は俺のやるべきことをやる。」
「まったく~あんたは、自分の魅力を過小評価しすぎる点は、武将と似てきたわね」
「どういう事だ?」
「あんた身長は?」
「182センチだが」
「高身長に高学歴、容姿もまぁ~端麗と言えるほうね。しかも大学1年生で司法試験に合格して、今は東大法学部首席、9月からアメリカのハーバードロースクールに留学するんでしょ。」
「もてない方がおかしいでしょ。」
「それが何を意味するか俺は、理解に苦しむのだけどな」
「ほ・ん・と。あんた、最近武将化してるわよ。公にはなってないけど、東大ミスターコンテストっていうのが、ネット上で行われているんだけどね」
「あんた、今年。ミスターコンで優勝しているのよ」
「本人の同意なしにそんなことが、許されるわけないだろう。個人情報保護法に抵触するし、名誉棄損にもなるのではないかな?」
「あんた、、、、ばか?」
「それはどういう意味か、理解に苦しむ発言だな。舞だって、ミスコン3連覇してる主婦なんて詐欺だろう」
「喧嘩したいなら、いつでも買うけどねぇ~【法律は万能】ではないってことが言いたいのよ。」
「ネット上で行われる、ミスターコンなんて学生のお遊び位に考えるべきだし、さっきのも腕掴まれただけで、刑法持ち出す奴なんてどこにいるのよ。」
「それでは、聞くが。舞がああいった場合はどう対応するんだ?」
「ごめんなさい。私結婚しているの!っで、終わりだけど、ここで大事なのが、始めに【ごめんなさい】って言う事よ。」
「悪い事している訳でも無いのに、なぜ謝るのか理解に苦しむな」
(駄目だこりゃ~)
説得説明しても無駄なことを改めて、理解すると舞は本題に切り替える。
「ちょっと、お茶しない?」
「17:00から英語の講習がある。」
(こいつは、堅物過ぎんのよ~)
「そんなに時間取らせないし、私達にはとても大切で必要なことを貴彦にも聞いてほしいんだけど」
「わかった。では英語で話し合おう。そうすれば、講習に行く必要がなくなる。」
(やっぱ。頭はいいのよね~こいつ。)
以前、俺 火吹武将と家族で東大合格祝いで来たとんかつ専門店に、舞は貴彦を連れて行った。
このお店では、今でこそ京仁織物株式会社の強力なビジネスパートナーとなっている
小袋織物有限会社 小袋社長とひと悶着起こした場所だ。
その時、舞は店の支配人に「また来ます。」っと話してからこの3年間。
1っカ月に1回は、友人や教授家族を連れて食べに来ている。
大学生が、そうホイホイと来れるようなお店ではないが、舞はどんな小さな約束でも必ず守るし、学友にもタカヒコと違いかなり恵まれており、その美貌と知性、それらを凌ぐ頭の良い会話術で、友好関係をかなり広げていた。
東大で、火吹舞の名前を知らない者はまずいないほどであった。
絶対女帝で、誰に対しても等しく優しく、物腰柔らかく品格があり多言語を平気で喋りどんな相手とも会話する姿は、年齢 性別に関係なくファンを増やしていった。
その結果が、東大ミスコン3連覇であり、彼女の存在は東大内ではアイドルや芸能人以上に人目を引いた。
もちろんそこに、合格時にKABUKIコーポレーション創設者の一族、火吹武将との結婚出産をテレビを通して明らかにし、超が何個付くかわからないほどの今や日本を代表する世界的アーティスト彭城楓真の親友であり、同じ屋敷に住む 【誇りある東大マドンナ】である。
店に入る為に、受付をしていると
シュッとした、日本刀のような感じを醸し出す男性が、奥から音もたてずに現れる。
「火吹舞様、いつも当店をご利用いただき誠にありがとうございます。」
このお店の支配人であり、優秀有能、気遣いに長けた。
接客という仕事のプロフェッショナルだ。
「こちらこそ、いつも美味しい食事を楽しめて、嬉しく思います。」
ニコリと微笑み返す。
女神の微笑のようだ。
「奥の個室が、空いてございますので、ご案内いたします。」
「ありがとうございます。」
ただこれだけの会話の中に、どれだけの内容が含まれていることか
一顧客を支配人が出迎えることはまずない。
そして、舞の事を【火吹舞様】っとフルネームで呼び、俺以外の男と二人きりでお店に来ていることには、一切触れない。
余計なことは言わず、詮索せず、口外せず。
真のプロフェッショナルの為せる技だ。
舞は、舞で奢れることもせず、何処にいても誰と話していてもいつもと変わらぬ自然体で、会話をする。
それが自然と信頼という名のお金に換えられない、財産になる。
俺は会社という現場で、散々接してきたことだが舞は、未だ学生である。
その彼女が、既に俺を超える程の人間性を築いているのは、俺としては【すげぇ】の一言だ。
後ろにいる貴彦は全く、そういった事には関心が無いようだが、、、、
席に案内されると、支配人は「ごゆっくりと」言って、後を着物を上品に着こなした、年配のスタッフが引き継ぐ。
舞は【お品書き】を見ずに
「かつ丼特上2人前お願いできますか?飲み物は私はオレンジジュースと彼にはウーロン茶を食事と一緒にお願いします。」
一気に注文を済ますと
「かしこまりました」といって、下がる女中さん。
此処まで、タカヒコは一言も発していない。
いきなり英語で
「よく来るのか?」
っと聞いてきた。
舞も自然に英語で話す。
「ええ、武将が見つけたお店なのよ」
この先は、ずっと英語で会話が続いていく。
日本の高級料理店で、日本人が二人で英語で会話するというのは、珍しい光景だと言えたかもしれない。
「報告と相談、どっちから聞きたい?」
いきなり本題を英語で話し出す。貴彦とのやり取りに無駄なことはいらない。
貴彦に限らず、武将のチーム全員無駄話など必要のない人間関係と壮大な目標が決まっている。
舞はくだらない、世間話など全くする気も無いように英語で会話を続ける。
「まずは報告から聞きたいな。」
貴彦がここまで、英語を堪能していて喋れるのに勉強する必要があるのかと舞は思うが、法律という専門分野ではまた違った勉強が必要なのだろうと勝手に理解した。
「OK、グッドニュースよ。ホトと候葺縁さんが婚約して、来月から内で一緒に暮らすそうよ。」
「それは、素晴らしいな。ホトの恋がやっと実ったんだな。」
「ええ、それともう一つ。ミッドが同じく来月USAから帰国してくるわ。」
「タカヒコとは、入れ違いになってしまうけどね。ミッドも内で暮らす予定だそうよ。」
タカヒコは英語で、喋り続ける。
「将軍の屋敷は、まるで合宿所というか1つの会社だな。俺も帰国したら部屋を作ってもらおう。」
舞は、両手を上に向けて
「どうぞ、ご自由にしてよ。家が大きいと困ることもあるのね。」
「私としては、家族だけで暮らしたいんだけどね」
タカヒコは冷静に、何ら表情も言動も変えることなく
「将軍をパートナーに選んだ時点で、君の人生は決まっていたんじゃないか?」
「それもそうね。」
決断力と判断力に定評がある、火吹舞は微笑むだけで全てをのみ込んでしまう
「それで、相談の方は?楓真のことか?」
「あら、よくわかったわね。」
「最近のあいつの人気は、日本を超えて全世界中から注目されている。俺と一緒にアメリカに行かせたいのか?」
「先日、KABUKIエンターテイメントの水島社長に相談されたんだけど、KABUKIエンターテイメントニューヨーク支部に生活拠点を変えてはどうかってね」
「ふむ、2つ質問がる。」
「どうぞ」
「何故、将軍の所にその話が行かずに舞の所へ行ったんだ?」
「それは簡単な理由よ。武将が馬鹿みたいに働き過ぎているから、水島社長が気を使って私に話してきたの」
「そんなに、将軍は忙しいのか?」
「ええ、あきれる程にね。私の相手もしてくれないくらいにね、、、」
タカヒコは初めて表情を変え、頬を赤くする。
「そ、そうか、では楓真の意見はどうなんだ?」
「あいつは、武将大好きっ子だから。絶対家から出るなんて無理。むかつくくらい無理。」
丁度そこに、美味しそうな臭いを漂わせて、上品な特上のかつ丼が飲み物と一緒に運ばれてくる。
分厚く柔らかそうで、和風の山車がよく聞いた香しい匂いと共に配膳される、かつ丼はもはやかつ丼ではないようだ。
着物を着たスタッフに舞は、笑顔で
「ありがとうございます。」
っと微笑みながら、答えると
「ごゆっくりとどうぞ」っと
スススっと、上品に手をついて後ろに下がりながら首を垂れる。
美味しそうな食事を前にして、果汁100%オレンジジュースを一口飲み。また、英語で話を始める。
「本人がどう思うかなんて、あいつくらいになればもう関係ないのよ。どうやってアメリカに行かすかってことよ」
「ふむ、楓真の知名度はよく理解しているが、本人が望まないことをさせるのは、いささか気が引けるというのが本音だな」
「それは、私も同じ。それでも楓真には次のステップに進む必要があると、水島社長は考えているのよ。それがあいつの為でありチームの為でもあるのよ。」
「う~む」
ここで、タカヒコが考え込み話が中断する。
舞は、タカヒコの思考を邪魔しないように、自分だけ滅茶苦茶美味しいかつ丼を頬張り始めた。
相手が箸にも手を付けていないのに、自分だけ食べ始めるなど、タカヒコの前だからこそ見える舞の本来の姿だが
大学の学友や普通の友人たちには、決して見せない。舞の自由奔放さで、火吹舞という個性というかブランドでもある。
付き合いの長い、タカヒコは全く気にせずに自分の思考の中に溺れる。
舞は言うだけ言うと、黙々と上品な料理を口に運び続ける。
そして、舞が上品な料理を食べ終わる頃、タカヒコは英語で結論を端的に出す。
「将軍に説得してもらうしかないな。」
舞は、お腹と心を満腹にして
「やっぱりそうよね。」
「ありがとうタカヒコ。あなたに聞いてよかったわ。」
舞はスマホを取り出して、武将と楓真にそれぞれにメッセージを送る。
【今夜、何時でも構わないから、絶対帰って来い!】
なんとも、舞らしいメッセージだ。
今や世界の彭城楓真にそんなことを言えるのは、火吹舞だけだ。
そして、夜は更けていくのだった。




