獅子奮迅
戸塚駅周辺の人もようやくまばらになり、なんとかこの天候の中に困っている人の姿も無くなり、京仁織物株式会社のボランティア活動が終わり営業所に帰ってきたのは結局、曜日が変わり翌日の深夜2:00を回っていた。
皆疲れが顔にあるのは事実だ。
しかし、何の事故も起こさず無事に救済活動を終えた彼らの顔には、困窮者から感謝され続けたことによる嬉しい気持ちが遥かに勝り、疲れを弾き飛ばしていた。
俺は、全員が無事故で何のトラブルも無く終わったことを再度確認して全員の前で手短に話を始める。
「皆さん、お疲れさまでした。また、私の我儘に付き合っていただき心から感謝します。」
「皆疲れているでしょうから、お風呂を使うものは使って、休む者は早く休んでください。明日も仕事ですからよろしくお願いします。」
「「「「はい!!」」」」
全員が興奮気味に笑顔で答える。
「それでは解散して下さい。明日の起床は8時でお願いします。」
皆それぞれ、散っていく。
疲れて寝る者は、講堂会議室にすでに用意されている、毛布に作業着のままくるまり、すぐに静かに寝息が出始める。
女性陣は、所長室を開放し寝てもらうことにした。
戸塚営業所には、一度に10人は入れる風呂場が設置されている。
夏場熱い時に、軽くシャワーを浴びるためや徹夜明けで仕事をした社員の為であるが、この施設も新たに設置されたものである。
会社が儲かっていれば、いろいろと社員に福利厚生と言う形で、還元できる。
勿論、給与が上がるのも当然だが、それもすべて利益が出て初めて出来ることである。
利益の無い会社では、こんなことは出来ない。
それこそ、ボランティア以下になってしまう。
今の戸塚営業所の現在の環境を勝ち取ったのは、全社員の頑張った賜物であるが、それを指揮した火吹武将と言う有能さと人を引き付ける魅力が無くては、絶対に敵わないであったのは歴然たる事実と結果である。
俺は静かに、そして気配を消すように2人の顧問役の所に向かう
十柄氏源吉元所長にして、今では武将の相談顧問役。
もう一人も同じく、元副所長にして五十吾茂三本社栄転を蹴って、この営業所に居場所を確保している変わり者でもある。
「十柄氏さんに五十吾さんは僕が、ご自宅まで送りますので明日は有給を取ってください。」
2人揃って、思わず苦笑い
「私たちも歳をとったものだね~、昔なら一晩の徹夜なんてどうということも無かったんだけどね~」
還暦前の五十吾さんが、疲れた表情の中に悔しさを紛れ込ませながら支店長に頭を下げる。
「しかしじゃな~、警察も着よったし、マスコミもなんかもおったようだし、、わしらが居なくて火吹所長は大丈夫かんね?」
偉丈夫の高身長、高収入、低学歴の変わり者の支店長は笑いながら
「ご心配頂き、ありがとうございます。」
腰を折りながら
「今回の活動は、私の個人的な我儘が発端です。ですから全て私が全部責任を負うのは至極当然と考えております。」
「会社と社員は私が必ず守って見せますので、ご心配なさらず休まれて下さい。」
そうまで言われると、二人とも目を合わせて支店長の言う事を聞くしかなかったが、、、
妙な予感が、歴戦老兵の頭から脱ぎ去ることは無かったのだ。
そして、顧問役2人を車で自宅まで送り、帰社したのはもう太陽が昇り始めて雪原のような道を太陽光が反射して思わず(美しいなぁ~)等と現実と景色のギャップなど何も考えずに思いに耽っていた。
火吹武将は、京仁織物株式会社 戸塚営業所に帰社するなり長靴を履き倉庫にある、雪かき用シャベルを取り出して営業所の前の雪を掻き始めた。
1時間も雪を掻くと、戸塚営業所出入口周辺の雪は道路の端に搔き上げられて、歩く人たちも安心して歩ける程度になっていた。
AM7:30
「所長!!これ一人でやったんですか!!」
制服に着替えてはいるが、眠い眼をこすりながら建物から出てきたのは、もうかれこれ5年以上の付き合いになる頼れる秘書寸動永誇係長だ。
俺は、顔から吹き出す汗を捲し上げたシャツから出ている、逞しい腕で拭きながら
「気持ちいいですよ」
寸動係長は呆れ顔で
「所長の馬鹿げた、体力と行動力には大分慣れたつもりでいたんですけど、、、、」
「流石に、、、これは、、、火吹所長。」
「はい?」
「阿保ですか?」
ガクッ!!
俺は思わず膝を追って、倒れ込むようになる。
「いくら何でも、アホは無いんじゃないですか?」
寸動さんは、美しい顔に似合わず白い眼で俺を見ながら胸の前で両腕を組んで決定打を放つ。
「昨日徹夜して、朝から寝ずに雪掻きやる人なんて【阿保】以外に居ませんよ。」
(相変わらず~厳しいなぁ~)
「しかも全く自覚がないというのは、もはや悪徳でしかありませんね」
(呆れるか、怒るかどっちかにしてほしいんだけどなぁ~)
(それ言ったら、また面倒なことになりそうだし、、、黙っておこう、、、)
「おはようございます。って、これ所長が一人でやられたんですか?」
高校の先輩である、営業課長の安藤聡先輩だ。
普段は絶対の安心感と安定感が売りの彼も、流石に見事と言って良いほど綺麗に除雪されている光景には驚いているのか呆れているのか、っと見分けがつかない様子であった。
その後もゾロゾロ、社員が起床して出て来ては騒ぎ立てる。
(そんな驚かなくてもいいんじゃない?)
等と思っていると、年長者の木島工場長が俺の傍に無言でやってきて、一言
「やるじゃねぇか」
武骨で職人気質、言葉少ない男の一言は、俺の胸にわらわら騒ぐ社員達のどんな一言より嬉しく心に突き刺さった。
っとそこに、見覚えのあるマイクロバスが1台正門からゆっくりと入ってきた。
皆がこの時間になんだ?
っとばかりに、マイクロバスを見つめると扉が開き中からは全員の想像を遥かに超えた、超人たちが5人スーツ姿で降りてきた。
いくらスーツを着ていても、誤魔化せない平均身長190センチ位ある超強化された肉体はその場に重圧と殺気を自然と生む。
騒ぎ立てていた、社員達が一斉に黙り込み一瞬で、その場を制圧してしまう超人たちのリーダーらしき人が、火吹武将の近くまで音もたてずにスッとやってくる。
皆が、違う意味で緊張をはらむ。
その緊張感とは全く逆に、俺は親しく話しかける。
「谷樫さん、どうしたんですか?こんな早くに武士までいるじゃないですか」
そう、マイクロバスに乗ってやってきたのは【火吹衛士隊】の主だった面々だった。
彼らは普段、火吹邸とその住人の護衛を務めている。
何を隠そう、彼らを雇っているのが、火吹武将本人なのだ。
元は高校時代にHANZO時代によく利用させてもらっていたスタジオのマスターの甥である、格闘技ジュニア全国優勝を果たした、土門武士が所属していた、格闘技クラブ【乱呪】のメンバーとその卒業生である、そして火吹衛士隊 隊長の谷樫心衛だ。
谷樫隊長は、スーツ姿で直立不動になり俺の前で俺の眼を見て話しだす。
「候葺様より、こちらに来て武将様をお助けするよう、指示されました。」
(縁さんが、、、俺を助ける???)
俺は言われている意味がよくわからずに、静かに隠れた獰猛な野獣の如き、何物をも射貫く鋭い眼光を持つ戦士から言葉が発せられる。
「恐らく、昨晩の武将様のご活躍をテレビが大きく取り上げるのではないかという心配だと思います。」
「えっ、テレビに映っていたのですか?」
俺は驚き、尋ねるが帰ってくる言葉はいたって事実のみを淡々と話す。
「はい、前代未聞の異常気象に、交通鉄道会社の対応の悪さ、何10万人という人たちが帰宅困窮者となりました。特にこの戸塚駅は東海道線、京浜東北線など主要路線が全て止まってしまった駅です。」
「マスコミ各社は、ヘリコプターまで出して撮影してました。」
(そうか、、、その映像の中に京仁織物の会社の名前が付いた車が何十台と走っていれば、おかしいと思われるかもしれないよな)
「わかりました。マイクロバスは正門に横づけにして、出入り口を塞ぐ様にして警護をお願いします。」
「はっ、かしこまりました!」
「マスコミが万一、来たときは私のスマホに直接連絡ください。」
「はっ!!」
直ぐ様、行動に移りだす火吹衛士隊の面々。
目立ちすぎる体格と異様な威圧感を放つ、スーツと言う戦闘服を着た戦士たち。
驚いて、俺と谷樫さんの話を遠巻きにしていた、社員に対して俺はニコリと微笑み、大声で話しながら、両手を叩く。
「さぁ~さぁ~、早く朝食を取らないと就業時間に間に合いませんよ~」
パンパン
支店長の指示に従い、散らばり始める社員達だが、逆に近づいて着る者たちがいた。
木島工場長を先頭に、安藤先輩、土井田副所長、高学歴の女性陣2名だ。
今この場にいる、俺のいわば幕僚たちである。
木島工場長が静かに代表して、話し出す。
「おう、支店長よ、大丈夫なのか?」
俺は全く変わらずに
「ご心配無用です。全て私が対応しますので、皆さんは仕事に集中して下さい。」
「そうか、わかった。」
「そっちは火吹支店長に任すからよ、こっちは俺らに任してくれ」
この口数少なく、鋭利な直球を抉る様に投げる職人気質のお手本の男の一言は、一言一言が重く感じられる。
信用
という言葉が、一番しっくりくるヒトだ。
っと、そこに正門から駆け込んでくる長身の見慣れた姿の男性が、駆け込んでくる。
本社で俺のお世話係だった
門田応史課長だ。
(そうだ、昨日は有給を取って休んでいたのだったけ。)
「た、大変ですよ!支店長」
大汗を掻きながら、駆け込んでくるちょっとお人好しだが、決して悪人にはならないタイプの先輩社員は、焦りと汗を巻き散らしながら、飛び込んでくる。
俺は相変わらずに全く変わらずに
「早いですね、門田課長。」
「そ、それどころじゃありません。支店長、マ、マスコミが大勢こちらにもうすぐ来ますよ」
俺は堂々と地に足を付けて、自然体でただ一言
「わかりました。」
っと答えて、木島さんと土井田副支店長に目線を合わせて
「朝礼と今日の作業スケジュールの管理監督は、皆さんにお任せします。」
「何か、トラブルがありましたら連絡下さい。」
「おうよ」「わかりました。」
2人はそれぞれの答え方で、俺に指示に従い支店内に入っていく。
「寸動さんは、私と一緒に来ていただけますか?近藤さんは安藤課長と私の代理をお願いします。関係各社から電話の対応をお願いします」
一瞬、近藤係長は拒否するようなそぶりを見せたが、直ぐに了承して支店内に入っていく。
きっと、同期で親友の寸動永誇係長が俺と一緒に居ることに対する不満が、数瞬出たがすぐに冷静になり俺の指示に従う。
最後に門田課長に向かって
「いつも通りに仕事をして下さい」
全く至極当然のことをこの異常事態に平然と言えるのは、火吹武将ならではである。
実は俺が考えていたのは、門田課長がこの時間に出社出来たという事は、電車は動いているんだなと言う全く関係無い事であった。
何故そんなことを考えていたかと言うと、昨日帰宅した従業員たちが無事に出社出来ることに対して、安心していた。
馬鹿が付くほど、仕事馬鹿なのが、この男の好さなのか悪徳なのか、最近ではよくわからなくなってきた寸動永誇秘書である。
変わらないのは、自分はこの男以上の人間に会ったことが無いという嬉しさと、共に働ける誇りであった。
そこに大きなロケバスが3台正門前に停車して、中から照明やらマイクやらカメラやら抱えた、マスコミスタッフがわらわらと流れ込んできた。
勿論その流れを無敵の壁として阻むのは、火吹衛士隊の面々だ。
俺は秘書の寸動さんを見下ろしながら
「それじゃ、行きますか」
っと、散歩でも誘うように大股で一歩を踏み出す。
その後ろをチョコチョコと急いで、制服の中からいつも使用しているメモ帳とお気に入りのペンを出す。
スケジュール管理などは、タブレットを使うがその場で記憶しなければならない速度と確実性を重視することは、やはり【手書き】には叶わない。
秘書として、優秀な彼女は先端技術より実用性を第一に重視した結果、この形に落ち着いている。
ちなみに、お気に入りのペンは俺が彼女の誕生日にプレゼントしたもので、彼女の大のお気に入りの品の2つのうちの一つである。
もう一つは、以前武将から奪い取ったハンカチだ。
今も枕元に置いて、毎晩寝ているというのは本人だけの秘密でもある。
候葺縁さんが、親友保東康臣と婚約して、俺のチームに参加することが決まった時。
この女性も俺のチームに入りたいと相当、駄々をこねたものだった。
そして、京仁織物株式会社 戸塚営業工場支店正門までは、早朝にも拘わらず、一大騒動となり始めていた。
撮影用のカメラの照明は眩しく輝き、インタビューするキャスターの眼は血走っており、親の仇内にでも来たようだ。
俺は後ろに寸動秘書を連れて、火吹衛士隊が守る正門からマスコミの前に堂々と姿を現す。
フラッシュが、一気にたかれて照明のライトは眩いばかりに激しさを増し襲い掛かる。
まるで、悪人を追求する警察の様に
俺は小声で谷樫隊長に声をかける
「これでは、ご近隣の皆様のご迷惑になります。マスコミを中に入れるので、準備をお願いいたします。」
「はい。」
返事と行動が全く同じように、動く肉食動物のような獰猛な眼光を暗く輝かしながら武士や他の隊員に指示を飛ばす。
我が主君を守るために
閉ざされていた正門は、ガラガラと音を立てて開き
正門を塞ぐ様に止めていた火吹衛士隊のバスは移動された。
そこには、中央に火吹武将と後方に寸動永誇秘書のみ屹立していた。
大波の様に、何の秩序も無く流れ込んで来ようとするマスコミに対して
「皆様!大人として秩序をお持ちいただきたい!」
俺が腹に響く大声で、叫ぶ。
寸動さんでさえ、驚く様子が背中に伝わる。
この場で動じていないのは、火吹衛士隊のみであったろう
戦士として、戦う彼らに怯えるという単語は皆無である。
マスコミの怒涛の突進も俺の怒号ともとれる【激】に立ち留まる。
そこで俺は、静かに両手を広げて
「ここでは、ご近隣の迷惑になります。弊社敷地内にご案内しますので、秩序を保ちお入りください。」
俺はゆっくりと敷地内の駐車場の方に歩き出す。
そこには、臨時の特設会場が設置されようとしていた。
一番奥に俺と寸動さんの席が用意され、向かい合うようにマスコミ各社の椅子は無いが場所が、確保されている。
営業者の車両とマイクロバスと火吹衛士隊によって、外からは一切見えないようになっていた。
この数瞬の間に、これを作り上げる谷樫さんの優秀さを改めて感じながら、俺はゆっくりと一番前の席に座る。
マスコミ各社も準備が整い、カメラが一斉に俺に向けられる。
ミサイルでも発射するのか?
(そういえば、楓真はいつもこんな状況で、仕事しているんだな)
っと、場違いな第一の親友にして、世界を今や代表すると言っても過言でないアーティスト彭城楓真の事を考えていた。
すると、一番前に立っていた男性アナウンサーがマイクを俺に向けて、叫ぶ。
「あなたが、ここの責任者という事でよろしんですか?」
俺は自分の夢想する考えから現実に戻り
「京仁織物株式会社 戸塚営業所支店長 火吹武将です。」
濁流が堰を切ったように、声として溢れ出す。
「昨晩、戸塚駅周辺を御社の営業車と思われる、車両が多数 人を乗せて走り去る姿が目撃されてますが、それは事実ですか?」
俺は短く「事実です。」
すると次のアナウンサーは目を壕炎に変えて
「それが事実だとすると、それは白タク行為に当たるのではないですか?」
白タクとは、許可のない車両 運転手が客を乗せる違法行為である。
「他人の窮地に漬けこんで、違法行為をしてまで金儲けをあなたはしたいのですか!」
ギラッ
俺の眼が、今の発言をしたアナウンサーを睨む。
「な、なんですか!事実を言われたら今度は脅しですか?この会社はそういう会社なのですか?」
別のアナウンサーも発言してくる。
「そうです。それにあの時間、自社の社員を業務以外に就労させるのは、労働基準法にも抵触するのではありませんか?」
「その上、会社の車を勝手に使用し、職権乱用でもありますね」
言いたいことを勝手に白熱して、盛り上げて押し付けてくる。
【報道の自由】という名のもとに
俺は、黙って聞いていた。
心の中では
(結構めんどくさいんだな~あの楓真が出来んだから俺にも出来んだろなぁ~)
個性的で、我儘 我が道を貫く天才アーティストは中学、高校では孤高の存在であった。
唯一の友が俺であり、仲間がHANZOだ。




