雪(後編)
太平洋上を異常に発達した大低気圧が、日本付近を速度を落としゆっくりと猛進する。
外は冷気と雪が猛吹雪となり、100年に1度と言われるほどの吹雪を関東で猛威を振るっていた。
午後7時半。
ガラララララーーー
戸塚駅のシャッターが閉まり始める。
駅構内に避難していた人間たちは、無造作にまるで物の様に駅員によって追い出される。
「な、なに、するんじゃ!この年寄りに寒い外で凍えろというんか!」
「てめぇら駅員だけ中に居て、客である俺達を追い脱すってのか!ふざけんな!」
あちらこちらで、怒号が飛び交う。
しかし、駅員たちは黙ったまま会社が決めた命令に従う。
確かに、駅構内は私有地にあたるので退去勧告されれば、法律では退去しないと違法になってしまう。
しかし、この天候で、、、
状況は最悪だ。
だが、京仁織物株式会社 戸塚支店営業所員は全員活気に満ち溢れていた。
25台ある社用車に、分担して運転手が乗り込み、余った人間は自分の車を持ち出してきた。
そして、拠点とするべく大型バス内に女性社員2名と、運転ができない社員達が乗り込む。運転するのは、副支店長の土井田敦だ。
バスの中には、宿泊用の毛布があるったけ積まれ、タオルや温かいお茶も大量に用意されて、救助態勢は万全だが戸塚駅の周辺は想像を遥かに絶する、混乱とパニックになっていた。
しかし、火吹武将支店長率いる京仁織物部隊は、一切ひるむことなく行動に移る。
始めの送迎は、駅周辺、ターミナル内にはとても入れる状況でなかったので、近くに車を止めて運転手自ら対象となる人々に優しくそっと声をかけて用意した車の乗車させて、車は力強く走り出す。
営業として、神奈川県横浜市戸塚周辺の地理は裏道に至るまですべて頭に入っている。
空いている道を選んで、それぞれ散っていく。
車の横には大きく【京仁織物株式会社】の社名を乗せて、、、
運転手全員、ハンズフリーの電話で状況を報告しあって、拠点であるバスに連絡する。
流れは、意外にもスムーズでアクシデントも無く、救援活動は開始された。
バス内では、土井田副支店長が運転席から降りて
「それでは、私も社用車に乗り換えて、送迎に回ります」
十柄氏顧問役が静かに答える。
「よろしく頼むじゃ、こっちは任せてええからの~」
寸動永誇係長が、ここまで運転してきた社用車に乗り換えて土井田敦副支店長も動き出す。
彼は車の運転に関しては、大型2種の免許まで持つ見た目以上に能力が高い人間なのである。
バスのエンジンはかけっぱなしにして、エアコンを利かせて社内を寒くないように保つ。
「よ~し、そんじゃ声掛け作戦開始じゃな。」
「十柄氏さん、私はこの辺の地理に詳しいから、バス内で待機して送迎コースごとに対象者を振り分けます」
五十吾顧問役が、言うと
「わかった、送迎車の対応も必要だろうから、後2名ほど残しておこうかの~」
「ありがとうございます。」
そして、女性2名と残った社員5名ほどは猛吹雪でどうにもならなくなった、戦場に駆け出して行った。
ます始めの対象者は胸に小さな子供を抱っこして、幼稚園年中さんくらいの男の子の手を引き、一人茫然としている若い母親女性に優しく近藤係長が声をかける。
「可愛らしいお子さんですね。」
女性は声をかけられて、少し驚いたが相手が若き女性なのでちょっと安心して会話が始まる。
「朝の天気予報だと、こんなになるなんて言ってなかったから、母の所にちょっと遊びに行った帰りなんですけど、、、まさかこんなことになるとは、、、」
困り果て、憔悴している女性の肩を軽く触れ、小さな声で
「ご自宅は、どの辺ですか?よかったらお送りしますよ」
「!」
始め女性は、嬉しく感じたようだが、その後疑惑が浮かぶ顔をする。
当然だ。
このご時世、困った時にそんな行為をする人間は怪しまれても仕方ない。
近藤さんは微笑み、赤ちゃんの冷え切った小さな手を握りながら
「安心して下さい。私達は、この戸塚駅の近くにある【京仁織物】という会社の社員です。この状況を見てうちの所長が、少しでも助けてあげようというので、皆でボランティアしてるんです。」
パッと、女性の顔が明るくなる。
バスもタクシーも来ない、外は大雪。
凍える寒さ、避難場所さえない。
「よ、よろしいんですか?」
「ええ、あちらのバスにとりあえず来て、子供たちを温めてあげましょう」
3人救出。
次の対象者は大きなバッグを持った、年の頃は70代半ばくらいの夫婦が途方に暮れている。
同じ年代の十柄氏顧問役が話しかける。
「わしゃ~この近くの会社の者ですが、よかったらご自宅までお送りしましょうかのぅ?」
老夫婦の夫の方が十柄氏さんの方を向き
「困っていたところなんですが、、、ほんとによろしいんですかな?」
「ええ、遠慮なさらずあっちのバスで待っていてください」
やはり長く生きてきた者同士、初対面でこの状況もあり、相手が信用できる者かどうか一瞬で判断する。
「しかし、あなたたちはどうしてこんなことをされているのかな?」
老紳士が、矍鑠と十柄氏さんに話しかける。
「ええ、内の支店長が変わりもんでしてね~困ってる人がいると何とかしてあげようなんて、今時珍しい人なんですよ~」
「そうですか、その方のお名前をお聞きしてもよろしいですかな?」
「ええ、火吹武将と言いますじゃ」
(かぶきたけまささんか、、、)
紳士然とした老人は、心の中にその名を留め置いた。
その頃、送迎しているドライバーたちの間ではそれぞれ拠点であるバスに連絡が、ひっきりなしに送られていた。
「国道1号線は、混んじゃって駄目です。裏道を使った方がいいです。」
「遠藤車、送迎者無事に送り届けこれより戸塚駅に戻ります。大体20分くらいで戻れると思います。」
「藤沢方面、事故あり混雑してます。全車気を付けてください。」
そして、火吹武将が運転する車は、既に戸塚駅を2往復してそれぞれ困窮者を自宅まで無事に送り届けている。
今は3回目の送迎中である。
後部座席に小さな子供と母親2人と年老いた女性を含めた3人。助手席には車椅子で戸塚駅を彷徨っていた、若い男性1人を乗車率満タンな状態で、住宅街を走っていた。
車椅子は当然畳んで、車のトランクに入っている。
雪は全く止む気配が無い。
現在21:00。
外気温はどんどん下がっていく。
ボランティア救助は時間との勝負にもなってきた。
このまま時間がたち、深夜になれば温度は間違いなくマイナス 2℃以下になるだろう、現在の車のメーターパネル内に表示される、外気温はマイナス1℃。
そんな中、火吹武将が運転する車は住宅街に入る。
道路は一面真っ白。純白な景色である。
景色としてみれば、綺麗ではあるが都市圏でこれだけの雪が積もればそれは脅威でしかない。
後部席に座る女性が、武将に声をかける。
「どうして、あなた達はこのようなことをなさるのですか?」
ハンドルを握り、目線はまっすぐ前を向きながら、火吹武将はニコリと笑い応える。
「理由なんて、必要ですか?困っている人達が大勢いて、私共には僅かですが、お助けする術があった。それだけですよ」
「それに、私にもあなたの子供と同じくらいの子供がいるんです。困ったときはお互い様ですよ。」
女性はちょっとはにかみ、微笑しながら
「今時、その様なことをされる方はとても珍しいですね。」
「でも、会社に怒られたりしませんか?」
溜まらずに武将は笑いながら
「ハハハ~その時は、素直に謝りますよ。」
女性は一抹の不安を感じながらも、感謝の意を込めて頭をペコリと下げる。
そして車は住宅街に入っていく。
急勾配な坂の途中、、、
武将はヘッドライトに照らされ倒れている、お婆さんを見つける。
キキ~
スタッドレスタイヤを履いた車は、勾配のある坂の途中でもしっかりと雪と地面を捉えて停車する。
武将は乗車している、全員に向けて
「すいませんちょっと、様子を見てきます。」
ガチャ
運転席の扉が開くと同時に物凄い冷気が車内に入ってくる。
外がどれだけ厳しい状況なのか、一瞬で感じ取れる。
そんな吹雪の中、火吹武将は雪を踏み込み倒れている老婆に近寄る。
老婆の体には、既に数センチの雪が積もっていた。
急いで、声をかける。
「お婆さん大丈夫ですか!!」
老婆はゆっくりと首を上へ向けて武将の顔を見る。
身体は全身冷え切っていた。
だが、意識ははっきりとしていた。
早急な対応が必要と武将は即座に判断した。
しかし、車は既に満車状態。
これ以上、人を乗車させては交通違反だ。
困ってる人を助ける、ボランティアだからこそ法令順守、絶対無事故は徹底しなければならい。
そう、宣言したのも火吹武将本人だ。
それでも、このお婆さんをこの場に放置することは武将の中にはあり得ないと決めていた。
「お婆さん、家はこの辺ですか?」
優しく語り掛ける。
純白の雪ドレスを着た老婆は、はっきりと
「海老名まで帰る途中じゃが、この坂で足を滑らせてしもうてのぅ」
この場所は、地下鉄立場駅周辺の住宅街。
海老名までは、徒歩では軽く2時間以上かかる。
しかもこの天気では、とてもこの老婆には不可能な距離だ。
武将に迷いはない。
「僕の背中におぶさってください。自宅までお送りしますよ」
ザク ザク ザク
雪が敷き詰める地面を、火吹武将はしっかりと確実に車に向かって歩き出す。
車の前に着いた時に、後部席の扉が開く。
若い母親と小さな子供は、車から降りてきて席を俺が連れてきた老婆に譲る。
外の気温は氷点下、雪はまだ降っている。
「私の家はここからなら、歩けば30分くらいですから、お婆さんを送ってあげてください。」
俺は自然と感動していた。
心が、揺れる。人と人が助け合う。
ただ単純な行為に、これほど心が揺れることは無かった。
「すみません。ありがとうございます」
っと言い、お婆さんを後部座席に座らせると
「それでは、せめてこれを着てください。」
俺は自分の来ていた、社名が刻まれた厚手の作業用ジャンパーを脱ぎ女性に着せる。
そして女性が連れた、男の子の前に膝をつきかがみこみ声をける。
「お母さんをしっかり守るんだよ」
4歳か5歳くらいの男の子は、俺の眼を見て
「うん!!」
っと元気よく返事した。
そして、火吹武将が運転する車は豪雪を物ともせずに、雪を踏みしっかり地面を掴み走り出す。
ペコリ
子供を連れた女性は、そっと車が走り去る後に頭を下げた。
ーー場所は変わりーー
火吹武将の自宅。
というか火吹財閥本家御屋敷では、1階の大ホールの様なリビングにそれぞれ持ち主である主人以外の住人は、集まり大型テレビを眺めていた。
愛飲するアルコールを持ちながら
カラン
今や世界的大スターの彭城楓真が高級ブランデーをロックグラスに不定形な氷塊の中に入れ、愛飲する。
楓真も22歳。
アルコールは強い方だ。
しかも度数の強い、ブランデーをロックで光を彼方此方綺麗に反射させながら、飲む姿は実に優雅という言葉に収まらない程相応しかった。
京仁織物株式会社 社長で愛妻火吹舞の父親である、葛城仁も愛飲する高級赤ワインを大きく薄いガラスに片手で抱え込み、いかにも渋く威厳さえ感じるように嗜む。
その横では、先だって俺の親友である保東康臣と婚約が決まった、COOBデザインCEO候葺縁さんが女性の色香を巻き散らしながら葛城仁と同じ赤葡萄酒を愛飲する。
テレビでは、大雪による交通被害状況が続々と放送され続けていた。
「こんな、大雪になるとは~思いませんでしたわね~」
腰近くまで伸びた、豪奢なカールされた髪を搔き分けながら女帝は単純に感想を漏らす。
「そうだね、武将君の電話で社員を早めに帰宅させて良かったよ」
京仁織物株式会社社長は、この場にいない義理の息子の事を褒める。
っと、そこで
「あれ!!」
火吹舞がテレビを見て叫ぶ。
交通麻痺による、被害が一番甚大だったのは東京都内から帰宅する途中駅で、東海道線、京浜東北線や何本もの主要路線が集中する戸塚駅だ。
各路線が、この駅で停まったしまったせいもあるだろう。
戸塚駅の惨状が、テレビに大きく映りだしていた。
何万人という、帰宅遭難者が駅周辺に溢れかえっていた。
現在22:00
そのパニック寸前の帰宅避難者の中を【京仁織物株式会社 戸塚営業所】の名前がしっかりと刻まれた、車両やバスが駅ターミナル内を行ったり来たりしていた。
テレビの司会をする、アナウンサーも気づき
「詳しくはわかりませんが、近くの会社の方達と思われる車が帰宅避難者を送迎しているようでもあります。」
はっきりと全国放送の電波に乗せて、実情を知らせていた。
コトン。
縁女史が、愛飲するグラスをガラスのテーブルの上に置き、葛城仁の方を向く。
「これは、武将様のご指示ですわよね、、、」
それ以上は、何も言わないのが経営者であり大人の女王の態度だ。
自社の看板が大きく映った、映像を見てその社長は、何かゆっくりと考える様子をして
「うん、そうだね。戸塚営業所は武将君に任せてあるから、とりあえず我々は、彼お信じて全て任そうよ」
「、、、、わかりました、、、、」
候葺縁CEOは、火吹武将の性格をよく知っている。
この行為は、彼の性格してから当然普通の行為であろう
だが、、、、
世間は?マスコミは?
どうとらえるだろうか?
違法行為、自社の宣伝行為、売名行為として悪く取られことにもなりかねないっと、瞬時に危機感を感じ取る。
最悪を考え、それでも生き残れる道を選ぶ。
それが、経営者ならではの嗅覚でもある。
その嗅覚が、危険な匂いを感じ取っていたのだ。
ーー場所は戸塚駅に戻りーー
駅ターミナル内にある、京仁織物株式会社の社名が大きく映っている大型バス内。
既にバス内は、想定していた帰宅避難者の数を優に上回り、満杯状態であった。
指揮を執る、五十吾茂三顧問役と社員2名は、火吹所長が立てた当該者の帰宅先を確認しながら毛布や温かいお茶を入れ、それぞれのコースに分けて人を振り分けていた。
ドンドンドン
忙しく動き回る、3人に大型バスの前方扉が大きなノックと共に粗々しく、開かれる。
冷気が威嚇という制服姿の男2人と共に車内に入ってくる。
若い20代半ばくらいの警察官と後ろには年配の警察官が二人、車内に入ってきた。
若い警察官が、無表情に喋り始める。
「こんな、場所にバスを止めないで下さい。苦情が来てます。」
年配の五十吾相談役兼顧問役は、何ら動じることなく対応する。
「すまんですな。あと少し待ってもらえませんかな?」
若い警察官は、全くの無表情で繰り返す。
「直ちに移動して下さい。迷惑している人が大勢いるのですから」
五十吾顧問役は自分の息子の様な年齢の警察官にもキチンと対応する。
「このような天気で、このような状況です。もう少しだけ待ってもらえませんかね」
無情にも若い公務員は正当性のある言葉を続ける。
「駄目です。即刻移動して下さい。」
「、、、、それが、、、ドライバーがいないんですよ。」
頭を掻きながら、五十吾相談役は無理と感じながらも説得と説明を続ける。
若い警察官は、無表情から一転して
「それは、道路交通法違反になりますよ!!」
そのやり取りを聞いていた、帰宅避難者たちは揃って声を上げる。
「駅員だけじゃなく、警察までこんな老いぼれをこの冬空に叩き出そうというのか!!」
「この人達は、な~んにも悪いことりゃしとらん。わしら年寄りや小さな子供を抱えた母親を助けて下さっておる。」
「ひどいのは、あんたらや駅員じゃないかの!!」
一人の老紳士が立ち上がり、バス前方まで歩いてくる。
「警察の方々の言い分もあるかもしれんが、今はこの非常時でもある。少しは目を瞑ってくれんかの。こちらの方々は全く悪くない!!金銭や利益目的にわしらを助けてくれてるわけじゃない。」
「ただの善意からだ。」
流石にこの状況に若い警察官もたじろぎ、後ろの年配警察官の顔を見る。
年配警察官は、ゆっくりとバスの運転席に座り、全員に向かって言う。
「この場所だと、公営バスの邪魔になりますんで、ちょっと進ませます。皆さん手摺に摑まってください。」
若い警察官が、年配警察官に向かって
「いいんですか?」
シートベルトを締めながら
「君にだって、祖父母や小さな子供を持つ兄弟もいるんじゃないかな?本来、こういう仕事は我々がやらねばならんのかもしれんんが、公務員はいろいろ制限が多くてね。」
五十吾顧問役と年配の警察官の目が合い、五十吾顧問役はそっと会釈する。
「ありがとうございます」
大きなハンドルを軽く回しながら
「法律は万能ではありませんから、ただ事故だけは十分注意して下さい。」
「ありがとうございます。」
最後は頭を下げ、感謝の意を混める。
バスを降りた、警察官二人は駅前交番に戻り、厚手の皮の黒いコートを脱ぎ、白く長い表面がツルツルしたコートを羽織る。
「民間の方が、ああやって動いているんだ。我々も出来るだけのことはしようじゃないか」
年配の警察官が、誘導灯を持ち若い警察官に対して
「バスとタクシー、歩行者の誘導をしようじゃないか」
この寒空の中で、、、、
っと、若い警察官は思ったが先輩の警察官について、大雪で足元も非常に歩きづらくなってる道路に出て、誘導と安全を確保するべく、警察官としての出来る仕事に取り組み始める。
23:00
雪はまだまだ降り続けている。
寒気と白い粉のような雪を大量に降りまきながら、、、
不安を乗せて、人間の生活を自然という驚異が覆いつくす。




