武将の決断
「うぃっす。」
タプタプしながら、保東康臣ことホトが、重そうな体を揺らして椅子に腰かける。
帝城高校食堂テラス、窓際のいつもの指定席。
HANZOのメンバーが集まっていた。
葛城舞だけ、珍しく学校を欠席していた。
「みんな、話があるんだ。」
ホトが小粒の目をキラキラさせながら見つめてくる。
(にくめねぇな~こいつは、、、)
常慶貴彦こと、タカヒコが左手の薬指で銀縁の眼鏡の中央を押し込み聞いてくる。
「どうした?将軍、何かあったのか」
彭城諷真は首をこっちに向けるだけで何も言わない。
小動物系の御堂大智は興味津々に聞く耳立てて、俺を見つめる。
そして俺、火吹武将が静かに皆に話し始める。
「俺、高校辞めるよ。」
一瞬、沈黙、、、、
『!』
「「「「えっ~!!」」」」
テラスにいる、他の生徒たちが全員こっちに振り返る。
俺が「声がでけぇって!」皆を嗜める。
「詳しい話は、放課後ここで話すから授業終わったら集まってくれよ」
タカヒコが一言「気が変わる事はないのか?」
「それはない。」はっきりと言い切る俺だった。
皆、戸惑いながらも授業の予鈴がなった為、各クラスに向かっていく、、、
ー話は昨日の夕方だー
普通にシゲさんの運転する車で、俺たちは学校から帰宅して自分達の部屋に戻ると、舞が話しかけてきた。
「武将、話があるんだけど」
「どうした?」
その時の俺は今後の展開など何も考えずに返事をする。
舞はいきなり爆弾を落としてきた。
「子供が出来たみたい」
沈黙「こども????」
舞は引き続き話してくる。
「まだ、妊娠検査薬で調べただけだけど、陽性だった。明日、病院に行ってくる。」
俺は真剣に考え、現実を飲み込むよう全ての能力をフル稼働させる。
子供?
親?
子育て?
自分の将来?
分からない事だらけだが、はっきりしている事が見つかった。
舞を愛している。一生一緒に居たい。
子供を無いものにする事は絶対許せない。
そして、結論を出す。
「舞、仁さん(舞の父親)は今晩、自宅にいるかな?」
舞はちょっと考えて「いるわよ」と答えるが、動揺や不安な気持ちは微塵も感じていない様だった、、、
「それじゃ、会いに行くからって伝えておいてくれる?」
「わかったわ」と言い、スマホを取り出し、自宅に電話をかけ母親の葛城唯に話し始める。
俺は部屋を出て、シゲさんに今晩、葛城家に行くために車を出してくれるように頼みに行き、ツネさんを探した。
感の良いツネさんは俺が、いつもと違う行動をとりシゲさんに葛城家へ車を出してもらう事を聞いていて、、、
用意を済ませていた。
ツネさんは亡くなった父、火吹虎雄がよく好んでお茶を飲んでいた、和室にいた。
俺の顔を見ると、ツネさんは俺が何も言わないのに
「こちらにご用意してありますよ」
と言い、父虎雄が好んで来ていた茶色がかった銀色の着物を着物専用のスタンドに掛て、壁一面に広がる様に用意していた、、、
俺と舞の洗濯は全部ツネさんがやってくれている。
きっと、ツネさんは舞の生理が無い事を知っていたのだろう、、、
そして俺がどうするかも、わかって用意していてくれていたのだ。
なんて、なんて、、、なんて言ったらいいのか思いつかなかった、、、
ツネさんは黙ったまま、後は何も喋らなかった。
夜6時。
ツネさんに手伝ってもらい、父の着物を着る。
この着物に袖を通すのは初めてだ。
父が死んで、4年。
まだ乗り越えられていない自分がそこにはいる。
だが、今日はこれを着なければならない。
それだけは誰にも譲れない。
絶対譲れない。
もし、譲ったら俺が俺でなくなる。
そんな事は絶対嫌だ!
俺は俺をいつも好きでありたい。
他人がどう言おうと、自分だけは自分を信じてやりたい。
(親父、借りるよ)
寸法はピッタリだった。まるで図ったようなよく出来た着心地で、この着物を見る事さえも怖がっていた頃もあった。
今は不思議と父に抱きしめられているような安心感に変わっていた。
着替えを済まして、玄関に向かうと舞は制服のまま俺を迎えてくれた。
そのまま、シゲさんの運転するロールスロイス ファントムに乗り込み東京都の高級住宅地の麻布にある葛城家の実家へ向かう。
渋滞にも合わず、7時前には葛城家の前に到着した。
シゲさんはいつもと変わらず、優雅に運転席より降り俺達が乗る後部扉を白い手袋をはめた手で開けてくれる。
舞が先に降りて、自分の家のインターフォンを押す。
「舞よ。」
と言い、玄関を自分で開けて慣れた手つきで中に入っていく。
父親の葛城仁と母親の唯は既に自宅にいるとの事だ。
葛城仁はリビングで仕事帰りなので、スーツ姿で寛いでいた。
ピンポ~ン
チャイムが鳴り
「舞よ」
とインターフォンの画面から声がする。
「母さん、舞と武将君が来たみたいだよ」
仁が声を掛けた時には、母の唯は玄関に向かっていた。
唯は言葉をなにも発せず、俺達二人を家の中に入れてくれる。
舞を先頭に母唯と俺が、父仁がいるリビングに向かう。
母の唯は全く何も喋らない。
リビングに俺達が入っていくと、、、
仁は気軽に声を掛け「どうしたのかな、、、」ようとした所で、俺が父虎雄の着物を着ている事に気付き、、、
少し、間が開く。
「舞、和室で待っていてくれ」
父仁はスーツのネクタイを緩めながら立ち上がり
「母さん、ちょっと手伝ってくれるかい」
と言い、奥間に入っていく。
奥間に入っていくと、そこには仁のお気に入りの着物が既に畳んで用意されていた。
父は黙って、着物に着替え始めると、母唯も黙って着替えの手伝いを始める。
ほぼ、着替え終えた所で仁は唯に一言
「君は今日の事、知っていたんだね」
唯は何も言わず、静かに下を向いていた。
出来た女性は、どんな時も余計な事は言わず、ただ沈黙を守り助けてくれる。
それがどれほど安心するか、、、
ツネさんも然り、昭和の古き良き女性の姿だと思う。
葛城仁は着物に着替え、和室に行くと、、、
火吹武将と葛城舞は用意された座布団を横に置き、畳の上にじかに正座していた。
葛城仁も正座する。
「武将君、その着物は虎雄のお気に入りだったものだね」
葛城仁は武将の父親、火吹虎雄とは大学時代の同期で親友であった。
「どうして、その着物を着て内に来たのかな?」
優しく、話しかける仁。
俺は両手を前に突き、腰を折り頭を下げる。
そして、はっきりと告げる。
「娘さんの舞さんと結婚を許していただきたく参りました。」
心臓は爆発しそうなくらいだったが、表面上は微塵もそんな素振りは見せなかった。
「ふむ、何故この時期なんだろうね?」
仁は少し考え込む、、、
そこで、舞が爆弾発言をする。
「お父さんは進化してお爺ちゃんになるからよ。」
【!!!】
さすがの仁さんも言葉が出ない、、、
仁さんが唯さんの方を向いて
「君はこの事も知っていたのかい?」
唯は静かにそして控えめに
「さっき聞いたばかりですよ」
「・・・・・・・・・」
舞は思考停止している、父親に向かって
「明日、病院に行くまではっきりとはわからないけど、まず間違いありません。」
「来年には、お父さんはお爺ちゃんになってます。」
(おいおいそんなに追い込むなよ~お義父さんだって驚くだろう、、、)
仁は深く深く、息を吸い込み吐き出す。
「僕の人生も今まで、いろいろな事があったけど、今夜はその中でもダントツの一番の驚きだね、、、」
「そう、それで結婚を申し込み来たわけだね武将君は虎雄のお気に入りの着物を着て僕に会いに来たんだ。」
「舞」
娘に優しく声を掛ける葛城仁。
「君には4年前に言ってあると思うけど、僕は君の父親だどんな時も君の見方だと!」
舞は胸を張り凛と声を張って答える。
「はい、憶えてます。」
「散々、お父さんやお母さんに心配かけた事も良く分かっているつもりです。」
「それでも、結婚を許してください。」
仁はジッと、娘舞の目を見る。しばらく睨み合いが続く、、、
仁は再び「ふぅ~」と息を大きく吐き出し
「君達は高校生で、子どもを産んで育てる気なのだね」
俺が正座しながら、上体を起こし
「はい」
っと、答える。
仁は俺の方を向き
「君がどういう男なのか、小さな時から見てきた私は良く知っている、、、」
「学校は辞める気なんだね」
俺は迷わず答える「はい」胸を張り
仁は諭す様に優しく丁寧に俺に話してくる。
この人はどんな時も、取り乱さない。社長業をしている人間は皆そうなのかもしれない、俺の親父もそうだったから、、、
「君の家の財力と葛城家であれば、高校を辞めなくても卒業する事も難しくないと思うけど、そこはどう考えたのかな?」
俺は仁さんの目を真っすぐに見据え
「それでは、僕自身が僕を許せないからです。」
「自分に子供が出来て、働かない親と言う考えは僕の中にはありません。」
葛城仁は更にゆっくりと語る。
「それでは、高校を辞めて君はどうするつもりなんだい?」
俺は少し戸惑いながらも
「具体的には、はっきりと言えませんが、25歳になったら起業したいと思います。」
「これからの8年間で社会のルールや会社経営、法律や様々な事、その中でも一番【人間】の事を学びたいと思います。」
葛城仁はしばらく、間をおき
「働きながら8年間で、それらすべてを勉強すると、、、」
「はい。」仁の目をじっと見据えて
「わかった。結婚を許そう、ひとつだけ条件がある。」
正直ホッと、一瞬したが、【条件】と言う言葉が妙に不安にさせた。俺は少し戸惑いながらも
「ありがとうございます。それで条件とは何ですか?」
葛城仁は笑みをこぼしながら
「君が私の会社で働くことだ。」
「えっ?」
仁は驚きを隠せずにいる俺に向かって
「君が求める物を提供できるのは、私の元で働くのが一番の近道だよ」
「君の事は今までも、本当の息子の様に考えてきた。」
「そして、今日本当の息子になったのだから、父親らしい事をさせてくれよ」
心が高ぶる、感動で心が震える。
自然と頬を涙が流れる、、、、
「あ、ありがとうございます。お義父さん」
「正直、不安もありました、、、」
「でも、舞さんは必ず幸せにして見せます。」
舞が不貞腐れ気味に、小さな口をとんがらせて言う。
「男同士盛り上がっているのは良いんですけど、私まだ、ちゃんとプロポーズしてもらってないんですけど!」
(はい?)
「「「・・・・・・」」」