武将の新たな覚悟
怒気を含んだ、緊張感がたんまりと貯まった戸塚営業所所長室では、どす黒い空気が木島菊道という一人の工場長の呆れ果てた、気持ちの代わり用途と共に空間の香りも変わっていった。
「おめぇ~の言ってることが、よくわからねんだが、、、」
「そりゃ~おめぇが25歳で独立する時には、この京仁織物の社長になってるってことか?」
俺は、自分で何を喋ったか理解はしていたが、勢いと木島工場長の発するどす黒い緊張感の中、思わず叫んでいた。
葛城仁という義理の父に対する、感謝の思いとこの会社に対する愛情それは自分の中では、デカくてとても大切で、蔑ろに出来るものでないは無いのは事実だ。
とは言え、独立する時に京仁織物株式会社の社長になっているのかと聞かれたら【はい、そうです。】と簡単に答えられる事案では全くない。
確かに俺は、火吹本家当主で仁社長とは同居していて、いろいろと面倒を見てもらっているのは事実だが、仁父さんの会社の社長になる?
俺が?
深く己の思考の中に沈み込む俺を木島工場長は、黙って見つめていた。
俺は心を決めて、木島社長の目を見て話しだす。
「独立する時、私がこの会社の社長になっているかどうかは正直わかりません。しかし私が受けた会社に対する恩、葛城社長個人に対する御恩は、共に絶対に忘れることも捨てることもありません。また、将来独立するからといって、今の仕事で手を抜くこともありません。」
「この回答では、納得していただけんせんか?」
昭和の職人、木島工場長はしばらく俺の顔をジッと厳しい眼差しで、心をすべて見透かすように射貫く。
再び、緊張感と沈黙で部屋の中の空気が張り詰めたように、パンパンに膨れ上がる。
数十秒の沈黙の後、先に話し始めたのは木島菊道だった。
「おめぇの話が、本当ならおめえは歴史に残る大社長になるか、とんでもない稀代のペテン師のどちらかだな。」
(ペテン師は無いんじゃないかなぁ~)
「俺の聞きたい答えは、納得はしてねぇが一応聞けた。」
木島工場長の鋭い眼付がやや和らぐ
「これから、よろしくな火吹所長。」
俺は内心安堵して
「こちらこそ、よろしくお願いします。木島工場長。」
年下の礼儀として、両手をぴたっりと両足にくっつけてお辞儀をする。
その姿を見て、木島工場長は初めて所長室のソファに腰かけて俺に前のソファに座るように、手を差し招く。
俺の倍以上生きている、大先輩の言われるがまま俺は木島さんの向かいにスッと音もなく腰掛ける。
固い空気が大分柔らかくなり、木島さんは俺の両眼を睨みながら話し続ける。
「最近本社で専務とかになってやがる、俺と同じ名前の木島ってのが、いるだろう。」
(元事業部長の木島専務の事かな?あまり話したことが無いけどな)
「あいつは俺の弟でな」
「!!」
(なんだって!弟、、、)
「お話したことはありませんが、お顔は覚えております。」
(そういえば、確かに専務に似てるな、、、木島工場長。)
「俺は葛城社長が、京仁織物株式会社を立ち上げる時に、今で言うヘッドハンティングっていう奴で、葛城社長にスカウトされたんだ。」
(ヘッドハンティングも今日びあまり聞かないけどなぁ~)
「そこで、俺は織物技術に専念して、弟は当時大手商社会社の課長をやっていたんだが、俺が葛城社長に惚れ込んで、弟もこの会社に入れてもらったんだよ。」
「いつの間にか、弟の方が俺より先に出世しやがってよ。まっ、俺は根っからの職人だからな。本社の地下に新技術研究室ってのがあって、そこの課長が変わりもんなんだが、あいつも以前俺が叩き上げたんだよ。始めはグチャグチャ文句ばっか言ってたが、頭はたいて技術教え込んだらよ以外に、うまく成長しやがってよ」
(小田井課長のことかな?ちょっと、小田井課長が可哀想に思えるのは、勘違い、、、じゃないよな。それに今じゃ、頭はたいて仕事教えちゃアウトだよ)
(でも、木島さんも兄弟揃って、京仁織物株式会社の立派な立役者なんだな)
俺は会話の間中、木島工場長の怖い眼光から少しも、自分の視線を外すことなく、ジッと見つめながら気負うことも無く自然体で話し続ける。
「木島さんは、葛城社長のどんなところが気に入られえたんですか?」
俺は突拍子もないが、尊敬する父の話を振ってみた。
木島さんは少し考えて、自分の中で自分の思考をまとめる時間を使い低い声で、ゆっくり話し出す。
「俺は不器用な人間でな、今で言うコミュニケーション能力というのか?そいつが全く欠如していてな、若いころは結構あちこちでトラブルを起こしていたもんだ。」
「だが、葛城社長はそんな俺の性格より、俺の腕を見込んで頼むと言ってくれた。」
「不器用な俺でも、その時は嬉しかったもんだよ。」
(そうか!京仁織物古参の現場叩き上げ正社員と俺がどのように仕事をしていくか、どうまとめ上げることができるか、それが仁社長の本当の狙いなかもしれないな、、、)
「そうですか、貴重なお話を伺えて私も嬉しく思います。」
俺はずっと、黙ったまま木島さんの語る言葉に耳を貸し、一切言葉をとぎらずに視線も動かさずに、自然体で堂々と話しを聞いていた。
そして、木島工場長が語り終えたところで、感謝の意を表現する。
木島工場長は、そんな俺の事を見つめながら今日初めて笑みを見せて
「おめぇさん、若いのに随分肝も座っているようだな。大抵俺と二人きりで話をすると、ビビっちまう奴がほとんどなんだが、おめぇは常に堂々としていやがる。」
「嫌いじゃねぇぜ、そういう奴は。」
「ありがとうございます。」
自然と感謝の意を込める。
スッと、木島工場長は立ち上がり俺に向かって右手を差し出してきた。
「改めてこれからよろしくな、火吹所長。」
俺も素早く、立ち上がりテーブルの前でがっしりと木島菊道工場長の分厚い右手の平を握る。
木島工場長と言い、十柄氏元営業所所長、五十吾副所長と京仁織物株式会社をここまで牽引してきた、現場バリバリの勇士なんだな。
そんな歴戦の戦士を率いて、この社会で戦い抜き戸塚営業所という方面の将軍として采配を振るい勝利を勝ち取るのが、俺の新しい仕事だ。
頑張らなくては、俺が俺を認めて褒めてやれるようになる迄は。
更に前へ会社を押し上げるために、俺がもっと成長できるようなる為に。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
木島工場長が、己の戦場に戻り十柄氏さんと五十吾副所長が営業所所長室に戻ってくると、同時に横濱銀行戸塚支店の支店長と渉外(主に会社に対して貸し付けを行う部署)という部署の部長が、二人で来所してきた。
戸塚営業所勤務が決まると同じくしてまた、更に一つギアを上げて、総務から事務、庶務、秘書役も兼ねている万能才女、寸動玲子主任と近藤直子主任が銀行屋の2人を案内してお茶を入れてくれる。
俺は接待用ソファの右に十柄氏さん、左に五十吾さんと挟まれるように、横濱銀行戸塚支店支店長と相対して、名刺交換を済ませて腰かける。
戸塚支店長はまだ、30歳になるかならないかのかなり銀行の支店長としては若い人で、背も高く俺と同じくらいあり、イケメンだった。(楓真ほどではないが、一般的には色男の部類だろう)
一方、渉外部の部長は年の頃は40代後半といったところか、柔和な銀行屋の顔をしながら、目の奥は笑っていなかった。
俺は先手取るように話し始めた。開口一番
「私のような若輩の年齢で、戸塚営業所長という重責を担うことになりました、火吹武将と申します。」
座ったまま、お辞儀をする。
若くイケメンの支店長は、自分によほどの自信を持っているようで、この部屋に入ってきた時から顔はにこにこ笑っていたが、俺の事を小ばかにした態度をずっと取っていることに俺ばかりか横の2人も気づいていた。
優秀な大学を出て、かなりの経験と勉強をしてきた結果が今の地位を築いているのだろうから、そのプライドの高さは当然と言えば、当然なんだろうが、、、
古参の老兵から見れば、(なんだぁ~この中身のない奴は?)ってな感じである。
その中身のない支店長が、ちょっと甲高い声で話し始める。
俺にはこの声も不快に感じた。まぁ~それは本人の責任でもないから、何とも言えないがこの甲高い声と気位の高さはやはり 不快そのものであるのが事実だ。
「すごいですねぇ~火吹さんは未成年で、上場企業である京仁織物株式会社の第二の心臓部と言われている、この戸塚営業所の所長に抜擢されるとは~よほど優秀な大学を出ているのでしょうね」
(このパターンの奴か!)
俺は内心で毒づいた。
社会人になって、2年半。こういう人間には嫌というほどあってきた。
「君はどこの大学出身なんだい?」
「君は大学では、何を選考していたんだい?」
「君は大学ではどんなサークルに入っていたんだい?」
散々聞いてきた、言葉だ。
俺は勝手に思っているが、こういう輩は自分に自信がない奴が本当は多い。
いい大学に入り、良い会社に勤め、出世して、マイホームを建てる。それは良いことだろうが、人の幸福感は人それぞれだ。押し付けるものでも型にはめる物でも無い。
何に、自分が合っていて、何がやり甲斐となり、幸福感を求めるか!
中には出世より、お金よりも自分の時間を大切にしたい者もいるだろう
また、自分の家族を大切に思う者もいるだろう
当然、俺の様に仕事に幸福感を感じる者もいるだろう
他人に対して、マウントや承認欲求を求める奴に共通しているのは、俺的には自信がない奴かまだ走り出してない奴のどちらかだ。
俺は何時もの様に堂々と横濱銀行戸塚支店支店長に対してはっきりと
「帝城高等学校中退ですが。」
っと爽やかに普通の事を事実を感情を込めずに喋る。
だが、これも想像できたことだが、相手の反応は過剰で激情だった。
「高校中退が、その若さで営業所長!」
「おっと失礼、京仁織物さんとも長いお付き合いのようですが、これほど驚くことは今まで聞いたことがなかったですねぇ~」
俺の両隣に座る老練な戦士の放つ空気が、どす黒くなるのを感じる。
俺は俺のせいで、仁社長の信任熱い老練な社員が爆発する前に先手を更に打つ。
「高校中退なのが、私の能力となんの関係があると思ってらっしゃるのかわかりませんが、もし私の就任にご不満があるようでしたら、今まで当社が御社から借り入れてる運転資金、全て一括で返金してお取引を中止してもかまいませんよ」
以前に京仁織物本社で小袋織物有限会社に3億円の投資を稟議書を提出して、取締役会で決議された時に葛城仁社長が、社長決裁の事を俺に話したことを後に、シゲさんが知り俺の個人口座には常に5億円のお小遣いが入っているようになっていた。
シゲさんのお金で、苦労させないという思いやりからなんだろうが、俺は今まで一円足りとそのお金には手を付けていなかった。
若く高慢な支店長笑いながら
「あははは、、、君は何もわかっていないようだ、当行が御社に貸付している金額は今日現在で、2億2千万円あるんだよ。それを君が一括で返すって!」
「はははこれは、おかしい。」
俺はこの変梃りんな若い支店長に対して、一切態度を変えずに、火吹節を貫く。
「ええ、私のお小遣いで返せる金額なので、一度私が建て替え、後ほど会社から貸し付け金として返してもらいます。それで、あなたの顔を見ずにいられるなら安いものですよ。」
わかりやすいほど、こういう男に共通な過剰反応が起こる。
「呆れてものが言えませんね。金の大きさも大切さも理解していない、こんな営業所長とは、こちらこそ貸付金の一括返済を求めます。」
俺は黙ってスマホを取り出して、言われた金額を送金しようとしたところで、年配の渉外部長が初めて言葉を発する。
「大変失礼いたしました。火吹営業所長。」
恭しく頭を下げて、語り始める。
「この支店長は、先月本社から移動してきたばかりで、正直馬鹿でしてね、人を見る目も何も持っちゃいません。」
「な、なにを言い出すんだ!!」甲高い声が響き渡る、っが
渉外部部長が、若い高慢な支店長の右肩を自分の右手で、力で抑え込み無理やりソファに押し込み、口を封じ自分の上司に対して暴言を吐きだす。
「若いあんたにはわからんかもしれんがな、今京仁織物さんの様な最優良企業との縁を切ったとしたら、あんた首じゃ済まんぞ」
柔和な顔だが、奥の目が怖い。
「それに、あんたこの間のテレビ見ていなかったのか?この方はKABUKIコーポレーション創設者の直系で、今では火吹本家のご当主だ。2億2千万の端た金なんぞ、お小遣いで返せる方だぞ、地銀の俺たちからしたら地面舐めてでもいいお付き合いをしなくちゃならん相手だぞ。」
「な、な、な」
甲高い声のエリート支店長が声を失う。
まっ、いつものパターンと言えばそうだが、今回はこの渉外部部長の覇気が優男の支店長の口を黙らせた。
俺の両隣に座る、老練な達人たちもこの渉外部部長の怒気を理解して、謝罪を受け止めることにしたらしい。
どす黒く纏っていた空気が、消えていく。
やはり、俺には若い奴よりこういった老練な方達の方が、性に会う。
一緒に居て安心するし、落ち着く。
オジサン趣向があるのかもしれないが、若い奴と話をするより勉強になるし何よりも、その人間の生き様をはっきりと感じることが嬉しくて嬉しくて貯まらなく嬉しいのだ。
変な奴なのだ。
俺という人間は!
等と、思考におぼれて身を任せていると、現実世界では高慢な支店長は既に退室しており、横濱銀行戸塚支店 渉外部部長新倉誠だけが俺の向かいに座っていた。
「京仁織物さんと火吹所長には、大変不快な思いをさせてしまい、心から謝罪いたします。」
俺の倍は長く生きている、金貸の本当のプロは謝罪から始まった。
「あの支店長は、明日中には戸塚支店から追い出しますので、今後とも当行とのお付き合いを心からお願い申し上げます。」
俺は新倉誠と名乗った、渉外部部長の名前と顔をしっかりと頭に叩き込んだ。
この人も立派な大人の一人だ。
俺は新倉部長の顔を見ながら、話を交わす。
「新倉部長から見られて、私の評価はどうですか?」
新倉部長ははじめ何を言われているか理解できずにいたが、すぐに立ち直り
「ご質問の意図がはっきりと、わかりませんがもし火吹所長が自らをご成長されるために私のような者から、意見をお聞きしたいという事でしたら、、、」
俺は何の迷いもなく
「ええ、その通りです。私は今、成長することに大変貪欲です。あなた方、銀行屋さんは沢山の経営者の方とお会いしてらっしゃるでしょうから、率直な意見をお聞きしたいのです。」
新倉誠渉外部部長は、柔和な顔を初めて変化させて真面目で真剣な顔に変貌する。
「ーー火吹様は正直、今現時点で全てをお持ちであります。それでもなお、自らを成長させるために私の様な者からも意見を聞きたいとおっしゃられる。」
「驚きしかありませんが、そうですね、、、」
真剣に深く、新倉部長は自分の考えをまとめていく。
「行動力、判断力、精神力、経営者として申し分ございません。そして、自らの若輩さを謙虚に理解し傲慢になることも無く、ご自分でおっしゃられていたように成長に貪欲である。という事は、私個人、銀行屋としても最高評価に値すると存じます。もし、意見、、、いや年長者としてご忠告できるとしたら、ご自分の世界観、、、常識と言い換えてもいいですが、一般の御社の従業員は勿論、他者に対しても押し付けてはならないという事ぐらいでしょうか」
新倉部長は、真剣に一生懸命話し続けた。
俺の両隣にいる、老兵たちも同意見で頷く様に首を縦に振る。
「貴重なご意見ありがとうございます。また、身に余る評価をいただき感謝いたします。」
俺は初めてソファから立ち上がり、新倉部長に対し右手をさしだして握手を求める。
心から柔和な笑顔に新倉部長は表情を変えて、自分の右手を出し固く握手する。
「今後とも、当行とのお付き合いをよろしくお願い申し上げます。」
「わかりました。私事になりますが、先ほど申し上げた2億円を新倉部長に預けますので、運用していただけますか?」
運用とは、銀行や証券会社、コンサルティング会社などが行う、投資家からお金を集めて、増やすために様々な方法で投資することを言うが、そこにはもちろんリスクも伴う。
失敗すれば、元本は全く保証されない。
だが、銀行としても2億円もの現金が手元にあるというのは形容出来ないほど、嬉しいことでもある。
もちろんそれは、新倉誠の成績に、人事考課に大きく作用する。
火吹武将が、申し出た2億円の運用とは、新倉部長を信用した上で、全て任せるという暗黙の信頼を表す。
新倉部長は、驚愕の目と共に俺を再度ジッと見つめて
「かしこまりました。私が責任もって運用させていただきます」
「よろしくお願いします。」
と言って、スマホをいじり新倉部長に指定された口座にその場で、2億円を振り込む。
当人同士はさておき、火吹所長の両隣に座る、古参の老兵は知っていたことでもあるが、改めて火吹武将の経済力に驚き口をぽかんと開けっ放しになってしまっていた。




