戸塚営業所長
港区虎ノ門のど真ん中、火吹家本家屋敷では、白熱した熱いエネルギーを具現化するように、話し合いが部屋中を満たして溢れんばかりだった。
俺の妻の舞が、口を尖がらせて話していた。
「そこまでは理解できましたが、何故マスコミの方たちが一斉に退去されたんですか?」
「うん、そこは僕が話そう。」
京仁織物株式会社 葛城仁社長である。
舞の実の父親で俺の勤める会社の最高経営責任者に大株主。
いわば、自分の好き勝手出来る上場企業の社長だ。
「実は簡単な事なんだけどね、僕の京仁織物と縁さんのCOOBデザインと竜治君のKABUKIコーポレーション系列各社。この3社でマスコミやネットへの広告宣伝費って年間いくらくらいになるかわかるかな?」
(無理だ~全く想像できない、、、とんでもない金額になるだろうな~くらいしかわからん。)
俺と舞が、わからずに黙っていると、仁父んはにこりと微笑み
「そう、君たちが考えている通り、途方もない金額なんだよね。」
「それを全部打ち切るなんて、各マスコミの最高経営者に話したらどうなると思うかな?」
「「!!」」
(そうか、だからその話が出て、一斉にマスコミ各社の現場のスマホが鳴り、撤収命令がでたのか、、、)
(やはり、此処でもお金が絡んでくるんだな、、、)
「それでね、一応言っておくけど、その電話をしたのが天下のKABUKIコーポレーション社長本人だったら、大抵のマスコミに限らず、世の中はひっくり返るよね」
(竜治叔父さん、自らマスコミ各社に電話してくれたの?)
実際は、竜治社長の秘書たちが、次々にマスコミ各社の代表に電話を繋ぎ、マスコミ代表を電話口の向こう側で待たせて置き
竜治社長が同じことを何度も言うという流れだったのだが、土曜日の休みの日に、出勤させられた秘書も大変だったのには間違いがない。
俺は大体想像ついていたが、恐る恐る尋ねてみる。
「すると、あのタイミングを見はからったかの様に現れたお巡りさんたちは、、、」
仁父さんは、笑いながら
「ああ、多田君だね。彼は僕の高校時やっていた、硬式テニス部の後輩でね。京仁織物会社としても警視庁には、日頃から感謝という名目のお布施をたっぷりしてるからね」
「こういう時は、電話一本で飛んできてくれるんだよ」
(そんなもんだよな~っていうか、この大人の人達凄すぎない?)
いい加減、諦めた方がよいと思いながらも、常識外れで桁外れな感覚にとらわれながらも、つい感服してしまう。
っというのが、今回の騒動の発端と経過、事後処理となったのだった。
そこで、天然ボケのこいつが、とんでもないことを言う。
「それで、この騒ぎは誰が原因なんだ?」
当の本人である、彭城楓真が実に楓真節をぶちかます。
そこにいる全員が一瞬、固まる。
これには、流石の舞と縁さんが揃って発言する。
舞は「あんたねぇ~ふざけたこと言ってると、本気でその細い首絞めるよ」怒気を含んで、実際行動に移そうとする。
縁さんは、大人らしく
「楓真さんのその天然さは、大変魅力的ですけど、今回はさすがに少々呆れてしまいますわね」
楓真は変わらず楓真節を貫く。
「俺、ぜっんぜん褒められてる気しねぇけど。」
「「誰も褒めてません!!」」
リビングではその後、笑いの渦が広がり今回の事件は1件落着した。
俺はそっと自分の部屋に戻り、スマホを取り出し電話をかける。
相手はワンコールで出てくれた。
「叔父さん、今大丈夫ですか?」
そう、相手はKABUKIコーポレーション社長火吹竜治叔父だ。
「うん、大丈夫だよ。」
俺は恐縮しながら
「この度は、彭城楓真のことでいろいろ骨を折っていただきありがとうございました。」
叔父は、仕事モードの時とは全く違い、優しく話しかけてくる。
「武将の親友を守る為なら、僕にできる事は何でもするよ。」
俺は感謝と共に「ありがとうございます。でも大分お金もかかってしまったのではありませんか?」
竜治叔父の反応は、俺の想像をはるかに超えて帰ってきた。
「彭城楓真君の才能なら、10億くらい僅かな端金だよ。いや、先行投資というものかな?」
(え!!10億。な、何に使ったんだ?)
俺は声には感情を出さずに
「そう言って頂けると、僕も気が少し楽になります。本当にありがとうございました。」
竜治叔父は、心から嬉しい様に声を明るく弾ませて
「うん、また何か困ったことがあったらいつでも、私を頼ってくれよ。」
こんな風に喋る火吹竜治を見たら、KABUKIコーポレーション側近の社員たちは目を飛び出して驚くことだろうな、、、
俺が身内だからこそだな。
「ありがとうございます。」
「うん、それじゃ体に気を付けて、あ、そうだ子供達や舞さんにも私が、よろしく言っていたと伝えておいてくれよ。」
「わかりました。」
スマホは、そこで切れる。
俺はすぐさま、次の人物に電話をかける。
やはりワンコールで直ぐ出てくれる。
「水島社長、この度は楓真がご面倒をおかけして、誠にすいませんでした。」
土曜日なのに、仕事モード全開で未成年の俺に敬語で話してくる。
芸能界では3本の指に入るKABUKIエンターテイメント社長は恐縮して
「いえ、当事務所所属のタレントを守るのは、私の仕事でありますから、武将様が気になさることではございません。それより武将様のご親友である、彭城君をあくどい魔手から守りきれず、大変申し訳ございませんでした。」
(これにもなれないとな~)
っと、思いながら口に出しては
「水島社長には心から感謝します。ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願い致します。」
「はい、もちろんでございます。」
お礼の電話をしているつもりが、逆にお礼を言われてしまった感、満載だ。
俺は続いて、楓真のスタッフである、武藤さんや山田さんたちにお礼とお詫びの電話をしたが、やはりともに逆に恐縮されてしまった。
慣れないといけないのは分かるけど、中々難しいな。
俺の部屋の外では、トイレに行くと言って席を外した仁父さんが、俺の電話に聞き耳を立てていて、にこりと微笑みリビングに戻っていった。
親や上司、年上、尊敬する大人たちが、今回は全て楓真の為に奔走してくれた。
屋敷当主として、親友として、お礼の電話を入れるくらいは当然の行いだ。俺が社会で生きてきた経験と亡き父親に教わった、教育のせいだが、やってもらって当たり前などと天狗になっていてはいけないことは、身にしみてわかる。
俺の行動を確認して、葛城仁社長は赤葡萄酒を昼間っから、楽しんで一人ほくそ笑み好みの赤葡萄酒を趣飲していた。
俺は、一通りお礼の電話を終えると、リビングに戻り隅っこに直立不動で立っているシゲさんに対して、小声で
「いろいろ、ご迷惑をおかけしました。」
シゲさんは、どんな時も全く変わらず
「火吹家執事として、当然の事をしたまででございます。お気になさらぬよう」
やはりみな、素晴らしい。
尊敬する大人たちだ。
俺も早くそうならねばと、心に誓うのだった。
アイドルのアッチャンこと鷺原 歩は、翌日に芸能界引退宣言を出し、涙ながらに会見をやらされ、芸能界から去って行った。
その後、芸能業界内では彭城楓真に手を出すと、【潰される】という暗黙の常識が伝え響いていったのに、それほど時間はかからなかった。
そして、偽りの記事を掲載したゴシップ週刊誌は週刊誌にしてはとても珍しく、記事が間違っていた事の謝罪記事を掲載した。
他のマスコミは、その後は一切の沈黙を守り【彭城楓真熱愛報道事件】はわずか一日で、全て一件落着したのだった。
背後で、動いてくれた火吹家に連なる立派な大人たちのおかげで。
全て楓真本人は全く知るところでは無かった。
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そして幾日が経ち、今日は嘘をついても怒られない日。
俺が、京仁織物株式会社本社勤務から戸塚工場兼営業所の責任者として、赴任する一日目だ。
昨日まで、実は本社業務の引継ぎに追われて、戸塚営業所に所長として顔を出すのは実に今日が、初日となってしまったのだ。
以前にも、何度も研修やら体験などで、お邪魔したことがある営業所である。
俺の記憶に特に残っているのは、工場で働くおばちゃんたちの心の優しさだった。
俺は中学に上がる頃、両親を亡くし親の愛というものに、飢えていたのかもしれないが、ここで働く昔で言うなら【お針子さん】従業員の皆さんの人柄に良さに、涙したこともあったほどだ。
あれからだ1年ちょっと、営業所長として赴任することになるとは、思いもよらなかった。
しかもその人事を推薦してくれたのが、前所長の十柄氏 源吉さん、今年60歳の本人だというのだから、驚きだ。
正直、前所長とはそれほど深い人間関係を築いていたわけでは無かった。
研修に行ったときに、挨拶をする程度の人間関係だったのだが、何故か次の営業所長に俺を名指しで推薦してくれたらしい。
普通、営業所の所長と言えば本社では、部長待遇だ。
今年成人するとはいえ、そんな若輩者が成っていい役職ではない。
それくらい、この営業所所長を長年されてきた方なら、よくわかるだろうにと、俺の中で本当の所はそう言った気持ちが強い。
火吹武将の唯一の弱点というか、己で理解しかねている点は、自分の事を冷静に判断できず、超過小評価してしまう所だった。
良い方に考えれば、火吹武将という人間は自分に対しては超超超が3回つくくらい、厳しいのだと言わざるを得ない。
これだけ、頑張り続け実績も確実にだし、高校中退という最終学歴にして、若干19歳で課長代理、20歳にして戸塚営業所長というとんでもない、幾ら経営者の身内だからとはいえ大出世を成し遂げている現実世界での偉業者、だという事は間違い用の無い事実だ。
お昼ごろ、俺を含めた元第2法人営業部3課の4人は、社用車のバンに、私物からパソコンなど業務用品を載せて、国道1号線から、首都高へ入り、横浜新道を抜けて戸塚営業所に到着した。運転するのは年長者の門田応史課長だ。
そう、俺の転勤と一緒に、門田係長も課長へと昇進し、他のメンバーも安藤聡主任は係長へ、寸動永誇班長と近藤道子班長は共に主任へと昇格していた。
大きな渋滞にも引っかからず、時間にして約1時間半くらいで戸塚営業所へと到着した。
戸塚営業所の敷地面積は約400坪(おおよそ1320平方メートル)の敷地内に工場棟と営業所兼食堂やら更衣室やら休憩所がある営業所棟の2つが並び立つ。
営業所が所有する車は、営業車、運搬用トラック、マイクロバス含めて26台。
全て、敷地内の駐車場に止めてある。
従業員数は、アルバイトを含めて総勢約150名。
うち、正社員は20名ほどだ。
残りは契約社員や派遣社員、アルバイトなどである。
それら従業員全てを直接統括するのが、火吹武将であった。
戸塚営業所に到着した俺たちは、始めに4人揃って、前営業所長の十柄氏源吉さんのいる営業所棟の事務所に、バンに詰め込んだ荷物はそのままに、向かった。
営業所棟の入り口には、俺たちを迎えに出てくれた5名の社員がいた。
1人は、当然前営業所長十柄氏さんだ。
今年満60歳となり、役職を外れるが職務は1年更新で本人の希望があれば。65歳定年だが70歳までは更新可能だそうだ。
雇用や税金、そのほか身近にある法律も毎年コロコロ変わるので、勉強しないとついていけない。
知っている人と知らない人とでは、それこそ法律格差につながる。
格差といえば、話がそれるが急速に進むIT情報関係のインフラだが、パソコンやスマホ、タブレットといったアイテムが使える人と使えない人とでは、これもIT格差につながるような気が俺はする。
お年寄りの方に、パソコンで銀行や役所の書類、手続きをしろと言われても出来るはずがない。
まして今後、投票や各種手続きは、ネットからでしかできない。
等となってしまったら、どうなるんだろう?
便利なのは大変いいことだが、それについていけない方々に対するフォローはどうするのだろうか?
個人的にもやもやする案件であった。
十柄氏前所長のように健康で会社からも、一年契約更新とはいえ職場をもらえる人はいい方だと思う。
会社にとって、有能有用有益だからこそなのだろうが、そうでない人の方が多いのが、現実だ。
十柄氏前所長の隣には、副所長の五十吾 茂三48歳。
身長はそれほど高くなく165センチくらいだろうか?
体重は逆に、俺よりもありそうな感じで受ける印象は柔らかい。
きっと、顔が柔和だからだろう。髪の毛も薄いが短く刈り込んでいて、清潔感を感じる。
また、その隣には工場長の木島菊道45歳。
工場長だけあって、職人風な鋭い眼光と愛想のない頑固者の顔をしている。
ふと、小袋織物有限会社の小袋社長のオッサン顔が頭をよぎる。
こういう職人人間を俺は、大好きだ。
一つのことを人生かけて貫き通す。その姿勢が俺はとても好きだ。
また、その横には営業課長の戸井田 敦35歳。
35歳で、営業所課長となっていれば、出世で出遅れているということはないだろう。
きっと役職に見合う、能力人柄があるのだろうと想像する。
営業職だけあって、スーツはきっちりと着こなし、ネクタイもお洒落だ。
ハンサムと言って良いレベルの顔立ちだ。
そして最後の一人は、正社員で営業の山口洋二25歳。身長175センチ、ハンサムではないが優しい顔立ちの性格も明るそうな若手社員といったところか
若手社員といっても、俺より全然年上なんだけどな、、、
等と、駐車場から戸塚営業所玄関まで、歩く間の数十秒で俺は玄関に並ぶ人たちを見つめて、考えていた。
戸塚営業所は、以前から知っているが良い印象しかない。
火吹部隊4名は、戸塚営業所に到着し俺が代表して、元十柄氏営業所長に話しかける。
自分の右手を先に差し出して
「火吹武将です。よろしくお願いします。」
ガシッ!!
っと熱く握手を交わして目を見て、挨拶する。
十柄氏さんは、皺深い目元を更に皺を寄せて
「ようこそ、戸塚営業所へ火吹所長。」
っと、満面の笑顔で俺たちを迎えてくれた。
そして波乱万丈の営業所所長としての仕事が始まるのだった。




