表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KABUKIコーポレーション  作者: イー401号
70/107

辞令

俺は動揺し、とても驚愕していた。

社会人となりこれほど心が動かされることは初めてだ。

心臓の鼓動が、バクバクしてる。


どうなってんだ?


取締役とは、会社の中枢であり他社員の模範となるべき最高の役職を持った人達だと思っていたからだ。


それが、有害な接待、、、


金品の強要、、、


会社のお金を横領、、、


セクハラ、強制性交、、、


いままで、実際にそんなことをした人間を俺は見た事が無かったから、想像以上に心が揺れる。


「そんなバカな!!」


これが、正直な今の気持ちだ。

いくら、性格の悪い大人がいたとしてもこれは、俺の想像を超える出来事だった。


モニターに映る、映像は既に誰も居なくなった、大会議室の映像だけだったが、俺は放心してサインアウトすることを忘れていた。


珍しく俺のいつもらしくない挙動に気付いた、隣に座る安藤先輩が、俺のパソコンの画面が自分の目に映らないように、顔は真っすぐ前に向けたまま、小声で話しかけてくる。


「火吹課長代理、大丈夫ですか?」


誰にも聞こないほど小さな声だったが、俺を現実に引き戻すのにはとても有効だった。


「す、すいません。先輩。」


つい、会社なのに先輩と言ってしまった。

それくらい今の自分は、動揺していた。


しかも、自分が尊敬する人事部神戸部長が常務取締役へ昇進。


木原柑奈さんも取締役に昇進。


自分の頭の中で整理することが、いまだ出来ずにいた。


「ちょっと、珈琲を買ってきます。」


と言い、パソコンをログアウトしてスリープ状態にして、パタンと閉じて、とりあえず外に出て頭を整理することにした。


法人営業部の扉を出て行く、俺を見て寸動班長と近藤班長が心配げに


「課長代理、何かあったのかしらね?」


「あんなに、取り乱してる姿。始めて見るわね」


二人の想像をはるかに超えた所で、俺は衝撃から一刻も早く立ち直らなくてはならないことを理解しながらも、その動揺を隠しきれずにいた。


妻の舞がそばにいてくれたら、こんな時は黙って俺の側に着いていてくれるんだが、会社では立場もある。


冷静になれ冷静になれとひたすら、俺は自分の心を整理していた。


そんな俺の心とは全く違う所、、、本社ビル最上階にある社長室では、仁社長のテーブルの前に戸田新副社長、神部新常務、木島新専務、木原新取締役の4人が社長の前で直立不動の姿勢を崩さずに整列していた。


木島専務だけは、どうしても外せない打ち合わせがあるという事で、業務にすぐ戻っていった。


葛城仁社長は、両手を組んで肘をテーブルの上に乗せ、両手の上に自分の(あご)を乗せて、いつもと変わらずに話す。


「引継ぎは、皆よろしく頼むね」


戸田副社長が代表して


「それは、問題ありませんが、社長こう言う事は前日の休みの日に言われるのでなく、もう少し前にお知らせ頂けると助かるのですが」


今回の取締役人事は、昨日の日曜日に報告されたようだ。


仁社長は「ふふふ」と笑いながら


「木原君に今回の不祥事事件調査を頼んでいたんだけど、昨日最終報告が来たもんでね」


戸田社長は、休みの日迄まじめに働く一部の隙も無い女性を見て


「木原取締役が有能で、勤勉なのはわかりますが、せめてご相談くらい頂けると心の準備もありますので」


仁社長は微笑みながら

「君たちの気持ちも分かるけど、もう決まった事だから」


「頑張ってくださいね」


「「「はい!!」」」


3人の声が、唱和する。


新しく生まれ変わった、京仁織物株式会社のスタートはここから始まった。


戸田副社長が、やや興奮したように頬を紅潮させていた。

それは、そうだ。


幾ら実績を上げて、現場の叩き上げの元営業本部長取締役から何の相談もなく、いきなり今日から副社長と言われれば大抵の人は驚くに違いない。


その百戦錬磨の戸田副社長にしても、同様だったようだ。


「葛城社長、しかし3人の不正を良く見つけられましたね」


葛城社長は、全く変わらない。

両手をデスクの上で組んで、自分の顎を乗せながら


「うん、取締役には全員秘書がつくでしょ。それを統括しているのは、誰だっけ?」


戸田副社長が両手で【ポン】と手を叩き


「そうですか!それで木原取締役に命じて、秘書課総動員して調査した結果という事ですね」


仁社長は、全く変わらず(うなず)く。


「元秘書課、室長であり統括課長の木原君に調査してもらったら、直ぐに判明したよ。」


「でも、これからはそういった、不正に対して監督監視する組織作りもしていかないといけないね」


「その辺は、神部常務取締役が適任だと思うんだけど、どうかな?」


【鬼の人事部長】の異名を持っていた、彼ならそう言った不正に対しても、厳しく対処するだろうとの考えから、葛城社長は、この人選に至ったのだろう


大柄な戸田副社長が隣にいる、神部常務を見て


「適任ですね。」


仁社長は最初から最後まで変わらずに話し


「うん、それじゃ、神部常務には人事部の他に社内監督部所を設けて、その人選をお願いします。」


ずっと、沈黙を守ってきた神戸常務は表情を全く変えずに


「畏まりました。」


「その人選の中に、第2法人営業部の火吹課長代理を入れる事は可能でしょうか?」


葛城仁社長は、にこりと初めて笑い


「常務も火吹君の事を認めている。大人の1人だったんだね」


「しかし、残念ながら彼には違う事をやってもらいたいんだ。」


神部常務は、社長の言う事に対して反論せずに、一言で返す。


「畏まりました」


っと、何をさせるつもりなのか?自分が火吹課長代理の事を高く評価していることなど、余分な事は一切言わない。


それが、神部正志(かんべまさし)という人間性の表れだった。


30代半ばで上場企業の常務取締役と言えば、経営者の親族でもなければ大大出世である。

それを当然の事の様に、自然に受け入れてしまうスリムで、厳しい目つきだが、心優しく能力が非常に高い男は、微動だにせず凛々しくただ直立不動で起立している。


そして場所は変わり、渋谷のスタバで俺はブラックの珈琲を飲みながら、先ほどの緊急取締役の様子をモニターしていた事を思い出しながら、仁社長の意図と今後自分がどうしなければいけないか、具体的な事を一人で珈琲の香りを楽しむ余裕もなく思考に深く深くふけっていた。


30分も自分の考えに(ふけ)っていると、いきなりスマホの着信音が鳴る。


俺はびっくりして、スマホを取り出しお店のトイレ近くの隅に移動して、スマホに出る。


相手は安藤主任からだった。


「課長代理、休憩中すいません。」


俺はゆっくりと深呼吸をして


「大丈夫です。何かありましたか?」


っと、まだ整理がつかない頭で何とか会話を成立させる。

相手が安藤聡先輩だったのが、幸いした。

先輩なら、お互い人間関係も出来てるし、何よりも絶対の信頼感があるからだ。


しかし、その安藤主任でも動揺を隠しきれずに


「課長代理、葛城社長が社長室にすぐ来るようにとの事です。」


「!!」


俺もびっくりした。っが、先輩には


「わかりました。このまま直行します。そちらはよろしくお願いします。」


「はい。お気をつけて課長代理。」


っと、俺を最後まで気づかう、安定感と心優しを併せ持つ、信頼できる先輩だ。


俺は、残りかけの珈琲をお店でかたずけて、走って本社まで戻りそのまま、エレベーターで最上階の社長室に向かう。


コンコン


扉を叩くと、今では取締役である木原柑奈さんが、扉を開けて出迎えてくれた。


俺は「失礼します。」っと緊張気味に言い、社長室に入ると、驚く事に戸田副社長と神戸常務がソファに腰かけていた。


まだ、頭の中がぐちゃぐちゃなのに、この現実はかなりおれにとって、厳しい。


そんなことを知ってか知らずか、葛城仁社長は公人として俺に話しかけてくる。


「火吹課長代理、これは内示だけどね。君には戸塚にある営業所兼工場の所長に就任してもらうよ」


(なになに?なんだって?もう俺のキャパをはるかに超えてるよ)


言葉にしては


「は、はい。僕で勤まりますでしょうか?」


葛城社長は父親としてでなく、社長として話してくる。

公私をしっかり分けられる大人だ。


「うん、戸塚営業所の現所長が、60歳になるので役職が外れるんだ。本人の希望もあって、正社員として残ってはいくんだけどね。」


「そこで、白羽の矢が立ったのが君だという事さ。」


「君は何度か、研修も兼ねて戸塚営業所に行っているよね。そこで今の所長、十柄氏 源吉(とがらしげんきち)君が君を推薦して来たんだよ。」


「それとね、先週の土曜日にテレビ出演した君の噂は、本社では、ハチの巣をつついたように騒ぎになっていてね。君には一度、本社から出るのが良いのかなと思ったんだ。」


「どうだろう?」


(どうだろうって、言われてもお義父さん、それは突然すぎますよ)


珍しく悩み、返答に困っている俺を見て、神部常務がソファから立ち上がり


「火吹君、営業所所長というのは、いわば本社とは別の小さな会社の社長みたいなものなんだ。」


「その権限は、今の君が考えてるよりはるかに大きく、責任ももちろんその分重くなるけど、将来の君の夢に近づくためには、一番の近道になると思うよ」


俺は、まだ頭が整理できたわけではないが、俺の尊敬する大人が2人も俺を押してくれる役職ならば


「わかりました。拝命いたします。」


俺は直立不動になり、両手を両腿(りょうもも)に付けて、90度腰を曲げお辞儀する。


仁社長はにこりとして


「それで、今の君の第2法人営業部3課の部下も一緒に移動だから、少しはやりやすいんじゃないかな?」


父親としての心使いか?

【助かる】というのが、一番の本音だ。


全く分からない、営業所という部署でこの年齢で所長として一人で仕事するのと、心優しい門田応史係長、安定感ある心強い安藤聡主任、事務デスクワークに関してはエキスパートの寸動永誇(すんどうえいこ)班長に近道直子(こんどうなおこ)班長。

この4人が居てくれるだけでも、相当違うと思う。


そして、俺は初めに言わなければならなかったことを思いだして、大声でまた深く頭を下げてお辞儀する。


「戸田副社長、神部常務、木原取締役、遅くなりましたが、ご就任おめでとうございます!!」


「ははは」


代表して、戸田副社長が話をしてくる。


「それはありがとう。」


「しかし、今決まったばかりの人事を君が知っているという事は、君はあの取締役会をリモートで見ていたんだね」


「!!!」


(しまった!!)


仁父さんが、俺の閲覧アクセスコードを無限にしてくれているからこそ、見れたもので


一般社員が見れるもので、無い事を喋ってしまった。


緊張する、俺を見て戸田副社長は笑いながら


「君が、葛城社長の娘さんと結婚され、二人のお子さんがいること、KABUKIコーポレーション創始者の曾孫であることは、此処にいる者は皆知っている事実だから、それくらいの事、気にしなくて大丈夫だよ」


(ほっ。)


安心したが、よく考えたら神部常務と木原取締役は全部俺の事をして知っていたのだ。


戸田副社長だけ、俺個人的に人間関係を築けていなかったので、知らないと思っていたが、テレビの効果か?仁父さんが話したのかわからないが、此処には良い大人ばかりが揃っているんだな。


そこで、じっと成り行きを見ていた、葛城仁社長が皆に向けて言葉を発する。


「武将君、君にしては珍しく大分(うわ)ついているね。それは、先ほどの取締役会を見たショックが抜けないからかな?」


(!!)


俺の名前を会社の中で、皆の前で呼んだ。


初めてだ、社内と屋敷ではきちんと公私を分けている、父さんが社長室で、俺の事を武将と呼んだのは!


そんな俺の驚きをこの人は間違いなく、見越して


「人間の中には【欲望】は誰しもあるものだよ。その中には【欲望】に負けてしまう人間がいるというのは、正直先ほどの事以外にも沢山ある事だよ。」


「だけどね、己の欲望と戦う人間も沢山いるし、一度過ちを犯しても立ち直る人もいれば、立ち直れず溺れてしまう人もいる。」


「大切なのは、その人間がどんな人間か見抜いて一緒になって磨く事だと僕は思うよ。」


「武将君の様に【帝王学】を小さな頃から叩き込まれた人間は、中々理解に苦しむかもしれないけどね」


沢山喋って、一息ついたところで、神部常務が俺に話してくる。


「以前、君に当社に入社するには、ある程度以上の学歴が無いと無理だと話したことを覚えているかい?」


「はい」


俺は常務の目を見て、話す。


「うん、その理由なんだけどね。大切なのは学歴では無くて、そう言う大学に行くには相応の努力と、相応の家庭環境が必要だという事なんだよ。」


(学歴ではない!努力と家庭環境、、、)


常務は話し続ける


「そう、でもこれも言ったと思うけど、良い大学出てるから優秀な社員とは限らない。」


「実際僕は、それほど優秀な大学を卒業していないし、君の先輩の安藤主任も高卒なのに、実績は大卒の社員より上げている。」


「君の課の寸動さんと近藤さんは、とても優秀な大学を出ているけど、君の部下になるまでは社内で腫れもの扱いで、人事考課はあまり良くなかった。それが、君の部下となり1年。彼女らの人事考課は上がり、成果も確実に伸ばし周囲との人間関係も上手くこなしていると聞く。」


「会社にとって大切なのは、そう言う事が出来る上司を育てるという事じゃないかな?」


(要は、犯した罪を責めるのではなく、罪を犯す前に立派な人間に育てることが重要で、例え過ちを犯したとしても更正できる人物には、キチンとした教育を施す必要があるという事だな。会社が大きくなれば相応にそう言った組織作りをしなくてはいけないという事だな。)


(よし!!飲み込めたぞ)


「皆様、若輩の私にお気を使わせてしまい、大変申し訳ありません。」


本日3度目の最高のお辞儀をする。


しばらく、頭を下げたままでいると、葛城仁社長がまとめる。


「君の未来は、日本だけの話では済まなくなるかも知らない。そんな君という人間を見守り育てていきたいというのが、正直僕たちの気持ちだけどね。きっとここにいる皆、同じ気持ちだと思うよ。」


「まぁ~僕の個人的な意見を言わせてもらえれば、武将君がこの会社を継いでくれたら、鬼に金棒なんだけど、君はこの会社だけで収まる人間ではないね。」


(またまた~お父さん。もう、今日はお腹いっぱい過ぎて、、、)


とりあえず、来期から京仁織物株式会社 戸塚営業所 火吹武将所長が誕生する。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ