社長決裁
京仁織物株式会社
本社ビル 最上階
社長室
この人の前でなら、自分を晒す事が出来る。
数少ない、俺の大切な身内で尊敬する 生きてるオヤジだ。
俺がなぜ泣いているか、尋ねる事もなくただ、俺が落ち着くのを待っていてくれる。
葛城仁という男の優しさを感じた。
「すいません。お見苦しい所をお見せ、、、」
俺は素直に謝罪した。つもりだったが、仁父さんは
何時の間にか、デスクを回って俺の座る椅子の前に立っていた。
そして、優しく俺の頭を抱きかかえてくれる。
「武将、君は充分頑張っているよ。僕の前では甘えてもいいんだよ」
「お、お父さん、、、」
止まった涙がまた溢れかえってきた。
全てを知っている、木原柑奈さんは、わざと席を外していた。
子供の様に、何故か泣いて泣いて、涙が溢れて溢れて
10分くらいしただろうか、俺は落ち着きいつもの自分に戻っていることを感じる。
こんなに人前で泣いたのは、実の両親が他界した時以来、初めてだ。
その時は、中学生で 今では妻になっている舞の前で一晩中泣いて泣き疲れてしまったものだ、、、
子供が出来て、高校を中退して、ここで働いて息をつく暇もなく、ただひたすらひたすら働いて 働いて、頑張ってきた。
張り詰めていた、糸が今少しだけ途切れた途端に、火吹武将という人間は、ごく普通の19歳の青年に変わっていた。
俺のごく自然な、素の自分を出せるのは、今の所 仁父さんとシゲさん、ツネさんと妻の舞の前だけだ。
それ以外では、常に【火吹武将】という人間でいなければならない。
亡き虎雄オヤジに叩き込まれた、人の上に立つための【帝王学】を守る常に強きリーダーであり続ける。
自分では、いまだ未熟と思い込んではいるが、生きてきた道が、、実績が、、全てを物語っている。
理解していないのは、本人だけという何とも悲しい事実。
仁社長は、俺が落ち着くと優しく抱いてくれていた俺の頭をそっと放しまた、ゆっくりとデスクを回り込み、自分の席に戻り俺の目を見て 話を再開する。
「【社長決裁】という言葉を知っているかな?」
「???」
(社長が決済するという事で、何が違うんだ?)
俺が返答に困っていると、社長であり父親である人は続けて
「この会社の現金資産、社内留保金がいくらあるか知っているかな?」
(現金資産、、、つまり運転資金の事。社内留保金も同じように会社で保留している資産の事。東証一部上場企業だから50億はあるのかな?)
っと、考えていると、仁父さんは自ら答えを話し出す。
「現金資産は、約150億円。社内留保金は300億円くらいあるんだ。その中で、社長である僕が、勝手に決済してもいい金額を社長決裁と言うんだけど、これが50億円までの決済なら、僕が勝手に使っていい事になっているんだ。」
珍しく、多くを話す。尊敬する葛城仁という優秀な社長。
「3億くらいの投資なら、僕のプライベートマネーでも出来るから、そういう事はまず僕に相談してくれよ」
(君の家なら、恐らく君のお小遣い程度でも、まかなえると思うけどね、何しろ10兆円ポンと出してミスターマルガッシュの会社を買ってしまうんだからね、、、)
とは、心の中でだけ話していた。
「それと君の作った稟議書を見たけど、かなりレベルの高い内容だったね。それに君の部下になった人間は皆、性格が変わったように評価が良くなるって、人事部の神戸部長が言っていたよ」
「それに、今日の役員会での君の態度は、まさに王者の風格だったね」
(うちの会社の膿みも、見えたしね、、、)
流石にここまで、褒めちぎられると照れてしまう。
「あの稟議書を作ったのは、僕だけの能力では無理でした。皆の助力があって、やっと出来たんです。」
仁社長は静かに「会社というものは一人で、どうにかなるものではないよ。大切なのは、商品と販売価格 利益率をしっかり出せる組織作りと 人はモノでは無いから どれだけ個々の人間を適材適所に配置して、やり甲斐や労働意欲を産むことができるかだね」
「結果と報酬は、後から付いてくるからね」
「ただ、逆に大きくなると、気付かない悪いものも出て来てしまうけどね、、、」
葛城仁社長が、何をどう考えているかなど、俺の考えの及ばないところだ。
だが、仁社長は今、何か大きな波を社内でおこそうとしている事は、感じ取れた。
今日の取締役員会議があって、俺には感じ取れない何かを社長は感じ取ったのだろう。
その後、社長も暇なわけではないので、挨拶とお詫びをして社長室を退室する。
部屋を出る時、木原柑奈さんが優しく声をかけてくれた。
「火吹君、負けちゃ駄目だよ、頑張るんだぞ。」
珍しく、口調が違う。
本来はこういう口調なのかもしれない。
仕事中は、【社長秘書 木原柑奈】を演じているのだろう。
俺が本当に自分で自分を認められる、大人になるのはまだまだ時間がかりそうだ。
俺は元気よく『はい!!』っと大きな声で返事をして『失礼します』と言い、退出する。
扉が閉まる間際、木原柑奈さんが『くすっ』と、微笑んだのが見えた。一瞬の出来事だったが、俺は妙に嬉しい気持ちになった。
普段から一部の隙も感じない、立派な大人に認められたような気持がしたから
洗面所で、泣きはらした顔を洗い、会議室に戻ると門田係長から連絡を受けた。
「火吹課長代理、清水号建設の清水社長が、出来れば午後にでも会いたいと連絡がありました」
(さすがは、清水郷壱社長。動きが速いな、今決済が決まったばかりなのに、もう動き出している)
「わかりました。午後いちで、そちらに行くと伝えて下さい。」
門田係長はちょっと気まずそうに、大きな身長をかがめる様に
「清水社長は、今日の現場がこの近くだった為、火吹課長代理のOKが出たら、 既にこちらに向かっているので内の会社に来られるそうです。」
(なんとまぁ~行動力在りすぎだろ、、、でもそうでないとあの候葺縁さんとタッグは組めないかもなぁ~)
「わかりました。会議室を押さえておいてください。」
俺は門田係長にごく普通に指示を出す。先ほど感情が溢れるほど取り乱したことなど微塵も感じさせずに
一方、社長室では
仁社長が、秘書の木原柑奈と話をしていた。
それは、もちろん社内改革につながる事であった。
一通り話が済むと、優秀なる美人の秘書は、必要な指示をノートに書き留め、優雅にお辞儀をして
「畏まりました。直ちに、行動いたします。」
真っすぐの艶と張りのある見事な黒髪をまとめて、容姿も能力も隙も無い優秀な女性が優雅にお辞儀する。
そして、社長室を後にする。
後ろ姿も、かっこいい。
とても35歳とは思えない、体型と能力であった。
昼食は、いつものコンビニでちゃっちゃと済ませて、第2法人営業部3課の会議室に向かう。
既に清水号建設社長の清水郷壱社長は、到着しているとの事だ。
俺は、会議室の扉をノックして明け
「すいません、お待たせしました。清水社長。」
清水郷壱という男は、一言で言うならば職人にして営業マン。
全てをこなす、短髪で体格と腕っぷしが立派な出来る男である。
顔も四角く、男らしさを周囲に放つこれぞ男という男っぷりの良い男性だ。
今日も作業服のままだ、きっと現場と営業を兼ねて飛び回っているんだろうな
俺が会議室に入室すると、直ぐに座っていた椅子から立ち上がり、俺に深々とお辞儀をする。
俺の生い立ちを知る、人間は大抵どんな立派な大人でも、畏まる。
俺はそんな必要はないと言い続けるのだが、かつてKABUKIエンターテイメント社長の水島さんにも、【大人のルール】だからと拒否された。
今では、そう言うものだと割り切れるようになってきた感じがする。
そして、依頼する仕事の内容を口頭で説明する。
次に俺は、ずばりお金の話にはいる。
「建て替え予算は最大で2億円です。しかし安ければ安いに越したことはありません。」
黙って、メモを取るガテン系の優秀な社長。
残りの1億の内5千万を設備投資に、残った5千万円を運転資金に回す予定だ。
だが、運転資金や材料調達費、人件費等、運転資金は多ければ多いほどいい。
「今回は、とにかく安く仕上げて下さい。上手く軌道に乗っていけば、またその時に修繕工事をするという方向性でお願いします。」
ガテン社長はずっとメモを取り続けて、一言顔を上げ俺に話してくる。
「今ある建物は、コンクリート製ですか?」
っと、訪ねてくる。
俺は「かなり古いですが、基礎はコンクリートと鉄骨で出来ています。」見た目はボロボロだけど、、、
優秀なガテン系社長は
「それでは、これより現場に向かい確認いたします。」
「何を確認したいのですか?」俺はふと沸いた質問をそのままぶつけた。
建設のプロは「基礎と梁の鉄骨がまだ生きているようなら、それほど金額はかかりません。解体して一からとなると、それなりにかかってしまうので、まずはそこを確認したいと思います。」
自社の利益売り上げを考えれば、建て替えるのが一番だろうに、こちらの事情、要望を聞き、プロの目線で決断し行動する。
そして無駄が一切ない。
この人も、やはりとてもできる大人だ。
俺は深くお辞儀をして「よろしくお願いします。」と言い
相手はすぐさま「現場を確認後、出来れば今日中には見積書をメールで送ります。では失礼いたします。」
(なんと、行動力のある人だ。)
京仁織物株式会社を後にする、現在では年商80億円、従業員数100名に達するほどの規模に急成長した、清水号建設株式会社の社長は正に、エネルギーと活力にあふれた人物だった。
その内、COOBデザイン会社の売り上げを抜いてしまうんではないかと、ふと頭に浮かぶがあの候葺縁社長が、居る限りそれは無理だろうなぁ~
仕事に関しては、まだまだ縁さんの方が一枚も二枚も上手だ。
ただ、COOBホールディングスとしてなら、充分に片翼を担う企業として、活躍していけるだろう、、、
その後、雑務をこなして大変な一日がやっと終わる。
17:00終業時間だ。
今日は特別残業する予定もないので、係の皆に話しかける。
「皆さん、今日は本当にご苦労様でした。もしよろしければ、晩御飯でもご馳走しますので食べていきませんか?」
「あっ、もちろんこれは業務命令ではありませんから、用がある人は遠慮なく言って下さい。」
人事部神部部長の指導を思い出し、慌てて補足したのだが
メンバーは全員笑いながら
「課長代理、気を使いすぎですよ。」
寸動班長が言う。
「そうです。今更じゃないですか」
近藤班長も言う。
二人とも依然とは、全く違うオーラを纏って、笑顔が多くなったような気がする。
火吹イズムの効果なのだが、当人だけは全く理解していない。
笑いながら、火吹部隊の面々は会社を後にする。
渋谷の繁華街にある、小さな洋食屋さんに入ることにした。
値段はごく普通だが、美味しくインスタ映えすると寸動さんが進めてくれたのだ。
カランコロン
俺達5人は、スーツ姿のまま入店する。
「いらっしゃいませ~」
直ぐに、若く恐らくアルバイトの若い女性が席に案内してくれる。
役職が一番上の俺だけが、まだ未成年なのでソフトドリンクを頼むが、寸動さんはワインを近道さんと門田係長は生ビールを先日、二十歳になった安藤先輩は果実酒のソーダ割を頼んだ。
飲み物は、手早く直ぐにテーブルに並び、皆と乾杯する。
「今日の成功は皆さんのおかげです。お疲れさまでした。」
カン!!
涼しく清らかに鳴り響く、乾杯のグラスの音。
「ぱぁ~」
生ビールを一気に飲み干し、思わず声を出す近道さんだった。
意外な一面を見たようで、俺はつい感想を言う。
「良い飲みっぷりですね」
ッと途端に顔を真っ赤にする、近藤さんが「す、すいません。つい、、、」
門田主任も生ビールを美味しそうに一気に飲みながら
「いやいや、仕事がうまくいったんだし、良いじゃないですか」
「食事やアルコールを飲むとき迄、気を使っていたら疲れてしまいますよ」
俺も、相槌を打つ。
ははははぁ~
思わず、談笑に包まれる。
食事のメニューは、寸動さんがおすすめの物をアラカルトで注文してくれた。
運ばれてくる、料理の見た目と味はコスパ以上の満足感だった。
一時間もアルコールを嗜み、美味しい料理に舌を満悦させて、会話も弾む。
俺は「安藤先輩、ディズニィーランドはどうだったんですか?」っと、軽く尋ねたつもりだったが
女子二人がすかさず、食らい付く。
「安藤主任、誰と行ったんですか?」
「恋人ですか?」
(しまったかな?)
俺は、ちょっと反省したが、安藤先輩はしっかりと自分の言葉で
「ええ、楽しかったですよ。今度は江ノ島水族館に行こうって、約束してます。」
俺はホッとして「それはよかったですね」
だが、最近の女子は肉食系が多いのだろうか?
更に食いついてくる。
「それは、どんなお相手なんですか?」
「お仕事は何をされているんですか?」
(おいおい~)
だが、安藤さんは根っからの良い人を具現化したような人なので、裏も表も無くきちんと話す。
「先日、火吹課長代理が傘を貸した、女性がお礼にと食事に誘ってくださり、僕も一緒にいたので皆で食事をして、意気投合したので、休みの日に出かけているんです。」
寸動さんが、アルコールで顔を赤くしながら
「それは、デートですよね」
安藤先輩は照れながら
「いやぁ~デートってほど、大したものじゃないよ」
「それで、安藤主任はその方が好きなんですか?」
近道さんが、直球をど真ん中に投げ込んでくる。
「それは、まだわからないよ。出会ってまだ間もないからね」
(何とも、先輩らしい言い方だ)
そこで、長身の生きてきた経験が一番豊富な、門田係長が
「まぁまぁ、君たちの好奇心も分かるけど、君たちだってそんな根掘り葉掘りプライベートなこと聞かれたら、嫌だろう。この辺にしておこうよ。」
(流石は年長者。上手くまとめる)
好奇心を必死で抑えて、黙り込む肉食女子。
好きな食べ物は【コイバナ】らしい。
いかにもお年頃だ。
俺は、一番若いのに子供がいるからなぁ~




