役員決議
朝礼が終わり
俺は自分の席に着き、隣に座る安藤主任に声をかけた。
「ワークオンが、よくこの時間に会ってくれましたね」
安藤先輩は、照れくさそうに
「昨日、あれから以前 名刺交換していた、仕入れ担当者のスマホに電話して何とか朝、出勤前に会う約束を取り付けて、商品の概要を話したら、是非前向きに検討したいからサンプルを一日も早く送ってくれと、言われました。」
俺は先輩の肩を叩きながら「凄いじゃないですか!」
すかさず、寸動班長が話を聞きつけて
「ワークオンと言えば、店舗数も400店舗を超えると思います。1店舗5着おいてもらったとしても、凄い数になります。その内容も、稟議書に付け加えた方が、良いですね。」
(さすが、呑み込みが早く、行動力もある。内の部隊は、これで結構すごいじゃん)
結構どころか、もしこの話がうまく転べば、京仁織物にとっても収益を上方修正するほどの、プランになること間違いない。
ただでさえ、火吹武将が入社して、僅か2年でジャメノ靴製造会社との取引額倍増、TAKERUシューズ、COOBデザイン及びCOOBデザインハウスとの取引額がとんでもない金額に上がっていることや、その他にも沢山の実績を残してきた、その本人が一番自分の事を過小評価している所が、安藤主任始め、周囲の人間からすると何とも歯がゆいのだ。
そんな、他人の事はよくわかりすぎる人間が、自分の事となると全くトンチンカンな俺が話す。
「それでは、新商品の試作品を借りて午後一に、門田係長と安藤主任の3人で会いに行きましょう。アポをお願いします。」
即座に安藤主任が返事をして、電話の受話器を持つ。
ワークオンとの話し合いは、順調に進んだ。
実際、果物ナイフでその場で切り裂いてみても 全く切れないことをパフォーマンスして、丈夫さと軽さをアッピールし、警察や消防、出来れば自衛隊などにも、配備出来るよう営業していることを伝えると、二つ返事で
「取引することを前提に、上司に上げます。」っと約束してくれた。
サンプルは、そのままワークオンに置いてきて、「良かったら実物をご覧になっていただき、お決めください。尚、これはまだ試作品なので、完成品はもっとデザイン 耐久性 縫製技術どれも格段に上がっております。」と伝え、ワークオン本社を出る。
小袋社長が、作ればどれほどの商品が出来るか、期待で一杯だ。
そして日にちはあっという間に経ち、月曜日。
小袋織物有限会社の未来を決める【プレゼンの日】が来た。
本社ビル最上階、社長室の並びにある役員大会議室で朝一から、内の部隊、木下課長が小袋有限会社への3億円の投資についてのプレゼンの用意をする。
小袋社長夫妻には、隣室で待機してもらっている。
次々と、取締役が集まってくる中、意外にも人事部の神戸部長が一番初めに来て、それぞれ顔見知りの取締役と握手していた。
(以前、誰かが言っていたな、、、会議は始まる前に結果は決まっているって。候葺縁さんだったかな?)
そして、最後に義理の父であり京仁織物株式の創設者にして、社長。一代で東証一部上場企業に迄、発展させた尊敬する大人の代表格。
【葛城 仁】が秘書の木原柑奈さんを連れて入室してくる。
秘書の木原柑奈さんは相変わらず、一分の隙も見せず凛とした雰囲気を持った、女性だ。
全員が、着席するのを確認して 戸田営業本部長取締役が司会を始める。
「皆さま、お忙しい中 時間を頂きありがとうございます。今日の役員会議は、当社の下請け会社として長年お付き合いのある、小袋織物有限会社に対して、当社より3億円の投資を決議する内容です。」
「詳細は、発案者である、法人第2営業部3課 木下課長と火吹課長代理に説明してもらいます。」
木下課長も相当緊張しているようだ。
これだけの取締役の前で、もし失敗したら自分の未来は無いと感じているのだろうか?
「葛城社長はじめ、取締役の皆様にお手間を取らせて大変申し訳ありません。第2営業法人3課 課長の 木下 尊です。」
っと、挨拶をしたところで、年配の役員の1人が
「皆忙しいんだ、挨拶は良いから話を進めなさい。」
っと、声を少し荒げる様に木下課長を刺激する。
緊張気味の課長は、更に委縮してしまい、ろれつがうまく回らなかった。
俺はスクッと立ち上がり
「原案の発案者である私が、木下課長に変わってご説明申し上げます。」
さっき、木下課長を刺激した、初老の取締役がまたも
「3億もの投資の発案者が、君のような若造なのかね」
俺は180センチの長身を縮めることなく、堂々と胸を張りどんな時も変わらずに火吹節を貫く。
しかし、ここには見方も居た。
戸田営業本部長取締役が、口を挟む
「まぁまぁ、火吹課長代理の営業実績は、過去類を見ないほど、物凄いものです。まずは話を聞きましょう。」
さすがに営業本部長という肩書と取締役と、これまでの実績を知っている、初老の取締役は渋々、引き下がる。
俺はすかさず
「それでは、皆さんのテーブルにございます。モニターをご覧ください。」
役員会議室には、でかいテーブルの上に埋め込まれた様に、パソコンの画面がハメ込まれていた。
そこに、パワーポイントを使った稟議書が表示され、次に当社の新製品の特長や、製造方法などをわかりやすく、図と写真で表示して説明していく。
寸動さんと近藤さんが、準備してくれたものだ。
このプレゼンもほとんど彼女たちが作り上げたのだ。
俺や安藤先輩にこんなスキルはない。
そして、最後に
「この特殊繊維を縫製する技術は、現在弊社の工場にはありません。」
「そこで、自社で新しく工場を建造するより、はるかにリスクの少ない、【下請け会社への投資】という形をご提案するに至りました。」
「尚、新商品の販売をワークオン様が、既に取引販売する契約書を結びたいと言ってきております。」
「また、官公庁 警察 消防 地方自治体職員用 警備各社 ゼネコン大手各社とも営業を始めており、皆様とても前向きに捉えていただいております。」
そして俺は最後のダメ押しに入る。
「ここに、新商品をご用意いたしました。皆様一度着てみていただけますでしょうか?」
すぐさま、3課の部隊がそれぞれの取締役に、新商品の上着を配布する。
それぞれ、感想を漏らす。
「見た目は結構ごついな」
「おっ、着てみると軽いな」
「それに風を通さないから、温かいな」
そして、俺自らも新商品を着用して
「この商品の一番の特徴をご説明いたします。安藤主任お願いします。」
声をかけられた、先輩は超緊張しながら取締役会に一番ふさわしくないものを持ち出してきた。
刃渡り30センチはある、両刃の調理用包丁【牛刀】である。
ざわつく、取り締まり連中。
俺は、全く変わらずに「この商品は、ケプラー繊維と当社特殊繊維で織り込まれているのは、先ほどご説明させていただきましたが、実際にご覧ください」安藤先輩の方を見て、俺は頷く。
安藤先輩は、緊張しっぱなしで牛刀を両手で持ち、俺に切りかかってきた。
切りかかってきたと言っても、俺の左胸から右わき腹迄を力を込めて、牛刀で切りつけただけだが
ガリガリガリ
包丁が布地を切り裂く音が、響き渡る。
そして、役員全員が息をのんでる所で、俺は上着を脱ぎ
全員に見える様に、脱いで見せる。
上着には傷ひとつついていなかった。
全くの無傷。
動揺が、役員の間を走り抜ける。
どよどよどよ
さざめく様に、取締役たちは驚いている。
俺は、全員が確認した後に
「これを縫製したのが、小袋織物有限会社 社長です。どうぞお入りください。」
隣室で待機していた、小袋社長夫妻はオズオズと扉を開けて入室してきた。
旦那のオヤジさんも、今日は髭をきちんと剃り、髪の毛もオールバックにして、黒色のスーツを着ている。
おかみさんは、紺のツーピースのきちんとした格好だった。
俺は、取締役全員に紹介する。
「こちらが、この新商品を縫製製造された、小袋織物有限会社社長御夫妻です。」
「小袋社長、実際作ってみて 感想はいかがですか?」
ぶっきらぼうのクソオヤジも多少は緊張しているようで、話し出すまで、少し間が空く
「こんな固く、扱いづらい生地は初めてだったが、機械と針を入れ替えれば、何とか出来るだろうよ」
(おいおい、ため口はやめてよ~)
その言葉に反応したのが、またこいつだ。
じじぃの取締役が
「小袋さんのところは、納期を守らないから、下請け契約を破棄するって話じゃなかったのか?」
(痛い所を付いてきやがる)
俺は全く変わることなく
「それにつきましては、本人も自覚しており今後は、納期を守ることを誓約するといっております。」
クソ取締役は
「そんな、誓約直ぐに破るんじゃないのか?」
俺は感情を込めずに「それにつきましては、私が責任を持って守るようにいたします。」と言ったが、このクソ取締役はどうも根性が悪いらしい
「責任を持つだと、若造がどう責任を取るというんだ?3億だぞ3億!!」
俺はそれでも変わらずに火吹節を押し通す。
「私の言葉に嘘はありません。私が責任を取るという事は、相応の責任をきちんと果たします。」
それでも、このクソ取締役は食って掛かってくる。
「若造が、会社を辞めれば責任を 取った事になるなんて考えてんじゃないだろうな」
俺はそれでも変わらず「3億円、会社が損失を出したら、私が3億円以上を稼いできましょう。それまでは給料も賞与も一切いりません。」
「それが、私の責任の取り方です。」
そこで、戸田営業本部長がまた、助け舟を出してくれる。
「リスクマネージメントを取るのは、当然ですが今回は小袋織物会社母屋の土地を 我が社の貸し付けに対し抵当権を付けるという小袋社長の覚悟もあります。」
「その辺は、皆様のご決断によって決めればよろしいかと思いますが、如何ですか?社長、これで決議を取りたいと思いますが」
葛城仁社長は、ずっと黙って会議の進行を黙って聞いていた。
そして、戸田取締役に判断を振られて、一言。
「いいよ、決議しよう」
戸田営業本部長が「それでは、小袋織物有限会社に対し3億円の投資に賛成する方は、ENTERキーを押してください。」テーブルモニター下方に設置してある、キーボードで採決を取る仕組みになっているらしい
一瞬で、裁決が下る。
取締役15人に社長を含めて総勢16名。
投資に賛成したのは、、、、
12名。
この場で、小袋織物有限会社への3億円の投資は決定された。
「ありがとうございます!!」
俺は直ぐに、全取締役に向かって深くお辞儀する。
続いて、小袋織物のおかみさんがオヤジさんの頭を掴んでお辞儀させる。
「皆さま、ありがとうございます。」
戸田取締役が、最後を締める
「後は、担当部署に任せて、今日の役員会議は終了といたします。よろしいですか?社長?」
仁社長は、「うん、いいよ」と言って、席を立ち社長室に戻る。その後を木原柑奈さんが影の様についていく。
クソ取締役は、俺の横を通る時に捨てセリフの様に
「自分の吐いた言葉を忘れんじゃないぞ、小僧。」
っと、言って退出したが、俺は全く動じない。
そんなことで、傷つく弱い心臓を俺は持っていない。
周りに心臓にぶっとい毛が生えた人間がうようよいるから、この程度で、ビビることは全くない。
戸田営業本部長が、俺の前にやってきて
「君には私も期待しているよ、頑張ってな」
っと励ましてくれる。いろいろな大人がいるものだ。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります。」と答え、戸田取締役を見送る。
最後に人事部の神戸部長が、やってきて俺にだけ聞こえる声で
「どうして、社長の義理の息子だって、言わなかったの?」
(あのクソ取締役に文句言われた時の話をしているんだな)
小声で「それは、前にもお話したと思いますが、それでこの案件が、もしまとまったとしていたら、小袋織物にとっても内にとっても良い事は全くありません。」
人事部長は、右手の拳を口に当てて クックックッと静かに笑う
「君は、本当に変わっているね。あっ、良い意味だよ。」
俺は、鬼の人事部長を目の前にしても変わらない。
「それより、根回ししていただき本当にありがとうございました」
神部部長は、直ぐ仕事の顔に戻って
「実は、戸田先輩にしか話はしていないんだよ。君の言う正常な組織運営というのが、ひっかかってね」
「えっ、そうなんですか?」俺はびっくりした12名もの賛成票が入ったからだ。
またもや右手の拳を口に付けて、クックッっと笑いながら「君達の実力だよ。内の会社も火吹流が流行りだすんじゃないかな?」
と言いながら、颯爽と仕事ができる【鬼の人事部長】は退出していく。
「おいクソガキ、、、」
パッカ~ン
(また始まったよ、夫婦漫才。ここではやめてほしいなぁ~)
「あんた、大恩人に向かって、なんて言い方すんだい」
おかみさんが、おでこに怒りマークつけながら、自分の旦那の頭を叩く。
おやっさんは、しばし間が空き
「か、火吹君、ありがとな」
(これだけ言うのにも、相当頑張っているんだろうな、、、こういう人間は、不器用だけど信用できる。)
「小袋社長、大変なのはこれからですよ。縫製技術の取得向上に正社員への技術教育、母屋の立て直し やる事は山ずみです。私も手伝うので、困った時はいつでも連絡ください。」
縫製の達人おやっさんは「す、すまねぇな」と言い、自分の頭をかく。
おかみさんは、逆にコミュニケーション能力においては、旦那さんをはるかに凌ぐものがある。
「本当にありがとうございました。全部火吹さんのおかげですよ。」
俺はおかみさんを見て同じことをもう一度言う。
「大変なのは、本当にこれからですよ。納期も守って下さいね。」
「わかりました。私がその辺は、きっちり守らせますから」
そして、全員が退出した後、3課は残って、後片付けをしていたところに、社長秘書の木原柑奈さんが、扉を開けて入ってきた。
俺の前に着て小声で「社長がお呼びです。」っと、言いクルリと来た通りに、出ていく。
付いて来いと言わんばかりに
俺は「課長すいません、社長に呼ばれてしまって、後をお願い出来ますか?」すぐ返事が返ってくる。「ああ、こっちは大丈夫だから早く行って」
俺は社長室の扉を叩くと、直ぐに木原さんが扉を開けてくれた。
俺は頭を下げ礼を言って、中に入る。
仁社長は社長室の自分の大きなデスクの椅子に腰かけていた。
「そこの椅子を持って、私の前に座りなさい。」
接客用の1人用椅子を持ち上げ、デスクを挟んで向かい合うように座る。
何時にもまして、仁社長のオーラが厳しいように感じる。
「あの稟議書をどうして僕の所に、直接持ってこなかったんだい?」
神部部長と同じことを聞いてきた。
(そんなに不思議なこと?)
神部部長に言ったことと同じことを言う。
「組織の在り方として、健全でありたかったからです。」
社長は「・・・・・」
「君は虎雄をも凌ぐ人物になるのかもしれないね」
俺は正直嬉しかった。自分の父親の背中を追うのは、息子なら当然だ。
その背中が、有り得ないほど巨大であれば、あるほど超えられると、言われたことは純粋にうれしかった。
もう、この世界にはいないのだから、追い抜く事なんて永遠に出来ないと思っていたから、、、
知らないうちに、俺の頬から涙がこぼれていた。
感動で心が震える。




