組織の在り方
「火吹課長代理、あんな約束して大丈夫なんですか?」
年長者の門田応史係長が、帰りの電車の中で、話しかけてきた。
安藤主任は、俺の素性を知っているせいか、何も言わずただ自分の考えに耽っていた。
俺が決めた仕事に対し、自分はどう動けばいいか、どうすればこの案件をサポートできるか、安藤先輩なりに考えていた。
俺は係長に向けて
「ここからは、僕らの仕事です。私が稟議書の原案を制作するので、寸動班長と近藤班長に詰めてもらいましょう。」
文章を作るというスキルは、俺たち男の実戦部隊より、彼女たちの方がはるかにスキルが高い。
有名難関大学を卒業しているという事は、それだけこういった勉強をしっかりしてきた証なのだから
そして、渋谷の本社に着くと、上司の木下課長に一通り、今日の内容を報告して、稟議書を作る許可を取り、早速取り掛かる。
木下課長は少し嬉しそうに、自分の子供に愚痴をこぼすように話す。
「正直、この話がまとまると、私も嬉しいんだよね。あのオッサンには若い時水分手を焼いたけど、助けられもしたんだ。」
課長は嬉し気に、俺の計画を許可してくれた。
寸動さんや近道さんにも事情を説明して、協力を仰ぐと即座に返答が来た。
寸動さんが「それでは、私 法務局に行き小袋織物有限会社の登記簿を取ってきます。」
近道さんは「私は、小袋社長に連絡を取り、3年分の決算書を借りて参ります。」
即座に反応する、この二人の有能さに改めて感心する。
「近藤さん、私からも連絡を入れておきますが、小袋社長はちょっと個性的なので、感情的にならないよう気を付けて下さい。出来れば、奥様とお話しした方が話がスムーズにいくと思います」
「わかりました」と答えて、二人とも営業部を自分のカバンと上着を着て、出ていく。
俺は門田係長を見て
「清水号建設という会社の番号を言うので、アポを取って下さい。そして、小袋織物会社 母屋の建て直しプランを話し合ってもらえますか?」
背の高い人の好い、門田係長も即座に
「わかりました。」
と、答えて直ぐに俺から聞いた電話番号に、電話をかける。
清水号建設社長の清水郷壱とは、COOBデザインハウス株式会社の完全100%下請け会社として、拡大つつある。前にちょっと聞いた話では、従業員も50人を超えて、忙しいようだ。 COOBデザインハウスの受注も順調に行っており、当社の防水シートも良く売れて何よりだ。
それに、自宅の衛士塔などを建造してもらった、今では経済界の女王であり同居人である候葺縁社長の信頼熱い、人間の1人だ。
俺の上げる、稟議書の骨格は以下のような内容になる。
①新繊維を加工する技術、工場を自社で整備するとなると、相応の金額がかかり、リスクもある。
②下請け会社に投資することで、自社の万一の際、被害を最小にとどめる事が出来る。
また、小袋織物有限会社が所有する土地には、当社が抵当権を持ち、最悪 土地を売却すれば、損害は過少になる。
③小袋織物有限会社の持つ、織物技術と同等の職人を教育するより、手早くコストもかからない。
④長年、弊社との長い実績と信用関係を更に深いものとする。
⑤職人に拘る、小袋社長の優秀な技術と強い覚悟は当社の新繊維での商品化に欠かせないと判断すること。
⑥補足であるが、新繊維による新商品の開発は、【特別丈夫で軽い】を【売り】にした防水防護上着。
警察、消防始め、土建業や屋外での使用を想定し、完全防水で防寒そして、超頑丈。包丁で刺されても刃を通さない。
10年着ても全く商品劣化の無いものを作るのが、主目的だ。
そして、この条件をクリアできる、縫製技術は小袋織物有限会社にしかないと判断する。
以上が俺の考えた、優秀な上司を説得する原案だ。
そこから、俺はひたすらパソコンとにらめっこして、文章を打ち込む、打ち込む。
あっという間に時間がたち、終業時間が来た頃、寸動さんと近藤さんも帰社して、俺の原案を見て、それぞれ意見を言ってくれる。
寸動さんが、「どなたか、小袋織物有限会社にお世話になった、部長以上の方の推薦など頂けると、話が通りやすくなると思いますが」
すると、優しく面長、長身な門田係長が横のデスクから話を始める。
「そうだ!根回しはとても大切ですよ火吹課長代理。」
俺は、まだ帰宅せずに残業している上司に向かって、声をかける。
「木下課長、思い当たる方はいらっしゃいますか?」
木下課長は、自分の仕事をこなしながら、俺達の会話を聞いていたようで、直ぐに反応してくれた。
「う~ん、確か、昔 戸田取締役営業本部長もあのオヤジには世話になっていたんだ。戸田本部長がウンと言ってくれれば心強いけどな」
俺は戸田取締役と会ったことはない。
そこで、ちょっと自分の思考に耽る。
「木下課長、人事部長の神戸部長と戸田取締役に、何か接点はありませんんか?」
木下課長は、即答する。
「戸田取締役と神戸部長は、確か同じ大学で同じサークルの先輩と後輩だと聞いたことがあるよ。」
【鬼の人事部長】の名前が、俺からいきなり出てきた理由は、聞かずに用件だけを話す、上司はやはり相当有能なのだ。
俺は、直ぐに席を立ち人事部に向かう。
(まだ、いるかな?)
皆には「今日はこの辺にして、明日また話し合いましょう」と言って、部屋を出ていく。
本社ビル3階にある、人事部を訪ねてみる。
エレベーターで3階に下りた時、丁度帰宅しようとしていた神戸正志部長と部下の春日百合さんが、人事部から出てきたところだった。
神部部長と春日さんは、同じ人事部で長く働いているいわば、ツーカーの仲である。
二人はエレベーターの扉が開いて、俺が乗っていたことに少し驚いたようだったが、神部部長は直ぐに声をかけてくれた。
「お疲れ様って、感じじゃないね。火吹課長代理」
(さすがは、神部部長だ、)
俺が鞄を持っていないこと、上着を着ていないことを一瞬で見抜いて、ここに来たという事を一瞬で理解してくれる。
「お帰りのところ大変申し訳ありませんが、少しお時間いただけますか?」
俺は、丁寧にきちんと堂々と話す。
「ああ、もちろん構わないよ。」
神部部長は、出てきた人事部の扉を開け、電気をつけて俺を招き入れる。
春日さんには「先に帰っていて、いいよ。」と声をかける。
春日さんも、長い付き合いなので直ぐに理解して「それではお先に失礼します。」「火吹君またね」と言って、俺の乗ってきたエレベーターに乗り込み退社する。
管理職でもない、彼女を残業代の出ない 業務に付き合わせるのは、不当と判断した神戸部長なりの気配りだ。
細かい所も、キチンと気が回り直ぐに行動できる。とても優秀で尊敬する、【鬼の人事部長】の異名を取るが、本当はとても優しく温かい人柄なのは、俺はよく知っている。
人事部に入り、小さい会議用の4人テーブルに神戸部長と向き合って腰掛け、事の成り行きを一通り話す。
神部部長は、ただ黙って聞いていた。
「という事で、戸田取締役の推薦を頂けると心強いのですが、戸田取締役との間を取り持っていただけませんか?」
俺は、変わらぬ調子で、最後の一番大事な要件を伝えた。
珍しく、神部部長も自分の中で、考えをまとめていた。
しばし、沈黙があるが やがて神戸部長が口を開く
「火吹君、此処だけの話だが、君は葛城社長の娘さんと結婚しているよね」
俺は変わらずに「はい」とだけ答える。
すると神戸部長は不思議そうな顔をして
「それなら、直接社長に直談判すればいいんじゃないの?」
俺は、また変わらずに火吹節を貫く。
「それは、できません。」
「何故だい?義理の父親に頼べば済むことだと思うけどなぁ」【鬼の人事部長】は軽口をたたくように、俺に話しかける。
「上場している会社において、親族だからと優遇される事は組織として正常に作用しているとは思われません。身内だからこそ、あえて厳しくする位が丁度良いと私は判断します。」
パチパチパチ
いきなり、神部部長は手を叩き始める。
(???)
神部部長は、俺を見ながら
「君の人事考課を書き換えないといけないな、3プラスから5プラス以上かな?」
「君は、その年齢にしてとてつもない実績を立て、役職にも就いている。君は経営という仕事を通して、人の上に立つために生まれてきた人間のようだね」
(いやぁ~さすがにそれは褒めすぎでしょう、、、)
っと、心の中で思うが、口には出さず黙って、神部部長の話を聞く。
「わかった、戸田取締役は私が必ず説得してみせるよ。実は、プライベートな事だが戸田先輩には【貸し】が一つあるんだ。その案件は、任せてくれて大丈夫だよ。」
「でも、3億円もの貸付となると、15人いる取締役の半分は根回しして、こちら側に取り込んでおきたいね。」
神部部長は、右手で拳を作り自分の口に当て、深く思考を始める。
「うん、何とかなりそうだね。そっちは私に任して、君は完璧なプレゼンの用意をしておいてくれるかい。」
実に頼りになる、味方だ。
俺の素直な、感想だ。
自分の知らないところ、足りない部分をしっかりと助けてくれる。
俺の信頼熱い、立派な上司で大人だ。
俺は立ちあがり、両手を太ももに付け45度、頭を下げ
「ありがとうございます。」
っと最大の感謝を述べる。
神部部長は、含んだ笑みを浮かべ
「君の役に立てて、僕も嬉しいよ」
今まで、自分の事を【私】と言っていた神戸部長が【僕】と言った。
俺との人間関係が、良好なものとして進んだってことかな?
神部部長との話し合いも、頼もしい強力な見方を付ける結果になり、俺は喜びを心の奥にしまって7階にある法人営業部の自分の職場に戻る。
俺が神戸部長と話していたのは、約1時間30分くらいだ。
営業部の電気は煌々と、全て点灯しており
(あれ?)
っと思い、入室すると驚く事に
木下課長始め、門田係長、安藤主任、寸動班長、近藤班長がまだ残って、俺の作った稟議書原案を更に皆で、話し合い肉付けしていた。
俺は「皆さん、ご苦労様です。もう終業時間も過ぎてますし、帰社するように言ったと思いますが」
寸動班長が立ち上がり
「タイムカードは、押してあります。好きで残っているだけです。お気遣いなく」
(変われば変わるものだなぁ~)などと呑気に考えたが
「それは、今の時世にはあてはまりません。管理職でない従業員をサービス残業させることは、会社として許容することは出来ません。」と厳しく、堂々と話す。
近道さんも立ち上がり
「それでは、火吹課長代理も管理職ではありませんよね。説得力に欠けると思いますが?」
(おいおい、そこは噛みつく場所が違うでしょ)
そこで、唯一の管理職である、木下課長が会話に入る。
「私が許可したんだよ。どうしても今日中にある程度固めておきたいからと、言って利かないから、SNSにアップしたり他人には、喋らないという条件付きでね」
「今時、こんなこと言う若者は ガラパゴス並みに珍しいけどね」
寸動さんが「それは、モラハラになるんじゃありませんか?課長。」
木下課長は、薄くなった頭をかきながら
「いやいや、すまん、すまん。褒めたつもりなんだがね」
門田係長が、笑いながら
「ジェネレーションギャップですよ、課長。」
「「「「はははは~」」」」
陽も暮れた、京仁織物株式会社 本社ビル7階に笑いが木魂する。
その日は、そこで皆帰宅して残りは明日という事になった。
翌日、珍しく朝 安藤主任は日課の掃除に現れなかった。
そして、始業時間ギリギリに安藤先輩は、事業部に飛び込んできた。
大汗をかきながら
「おはようございます。安藤主任、何かあったのですか?」
俺は、いつも俺と同じか俺より早く出社する、先輩がせき込んでギリギリに出社したことに、疑問がわいた。
(先輩に限って、寝坊はあり得ないだろうし、もしかして身内に何かあったのか?)
だが、俺の心配は全く違う形で帰ってきた。
「お、おはようございます。課長代理。小袋織物の件ですが、小袋織物で製造した新製品をワークオンが、販売を前提に検討したいと言ってくれました。」
ワークオンとは、全国展開している土建、屋外用専門店舗だ。
デザイン性では、いまひとつ感は否めないが、丈夫で機能的な商品を比較的安価で販売しており、昨今販売実績を上げ急成長してる会社だ。
ワークオン+というデザイン性にも気を配った、ショップも新しく展開して、女性層にも支持を受けている。
以前、俺と先輩で飛び込み営業に行った会社だ。
その時は、剣もほろほろに追い返されたもんだけどな、、、
昨日、帰宅した後アポを取り、朝一番で始業前に会ってきたってことか、、、
(なんて、行動力だ。しかし相手も驚いただろうな、、、よく聞いてくれたな、、、先輩の人柄かな?)
俺は一言「ご苦労様です。では、朝礼の後詳しい話を聞きます。」と言い。
皆で朝礼に参加する。




