合格発表
火吹本家邸では、仁父さんと唯母さんと縁さんが、いつもの様に高級赤葡萄酒を片手に持ちながら、談笑している。
俺は、仕事が終わり帰宅すると 時間は午後9時を回っていた。
仁父さんが、俺に顔の向きを変え
「お帰り、最近帰宅が 遅いけど大丈夫かい?」
俺は、紺のスーツを脱ぎながら
「ご心配かけてすいません。大丈夫です。」
サッと、ツネさんが駆け寄ってきて、スーツを受け取って、ハンガーにかけてくれる。
俺は帰宅すれば、食事は用意されており、洗濯もツネさんがしてくれる。掃除もしかり、子供たちの面倒もツネさんや唯母さんが、見てくれる。
以前、子供たちが生まれた時に唯母さんに言われた【恵まれている】というのはこう言う事なのだろうなと思う。
家事をやらなくて済む分、仕事に専念できる。
そこにリビングに愛する妻、舞が入ってくる。
「武将、今度の日曜日。付き合ってくれない?」
俺は内容も聞かずに「ああ、いいよ」と気軽に答える。
これが、とんでもない事になるとは、この時はツユとも知らずに、、、
そして日曜日、天気も良く太陽の光が眩しい。
舞は、子供たちを連れ出し、舞は結紬を両手で抱き、俺は同じく息子の尚武を抱き、車ではなく電車で出かける。
俺は、家を出たあたりから【抱っこ紐】を取り出し「舞、重いだろう 俺が二人を背負うよ」と言い、自分の前に、尚武を抱き 背中に結紬を背負う。
今の抱っこ紐というか、これは紐のレベルでない。
リュックサックを子供用に、改造した実に良く出来た商品だ。
出来栄え、性能 抱き心地 デザイン 全てに正直驚いた。
こんな風に、家族水入らずで出かけることも随分久しぶりのように感じる。
俺も舞もこの一年、滅茶苦茶忙しかったからな。
しかし、子供の成長ぶりにはいつも驚かさられる。
でかく重くなったのは、当然だが、昨日できなかったことが、今日は出来るようになっていたり、成長速度が大人よりはるかに速い。
大人もこれくらい早く成長できれば、この世界も変わるんじゃね。
等と思ってしまう。
それでも、小さい時は女の子の方が、何をやっても上手くできるし、成長が早い。力も今は結紬の方が、尚武を圧倒している。
山手線に乗り込む、俺の家族。
周りの視線が、温かく微笑ましく感じる。
俺は、身長180センチ、体重この間 測った時は、78キロ。
充分大柄に入る部類の男だから、二人の子供を抱いていても、それほど負担には思わないが、電車の中では、若い女性が「どうぞ」と言って、席を譲ってくれる。
混んでる、駅の通路でも俺達 家族が通る空間が自然と開く。
電車の隣に座った、初老の女性が、気軽に話しかけてくる。
「双子なの?」
俺より先に舞が、「はい、今年で2歳になるんです。」微笑みながら言葉を返す。
初老女性は「まぁ~お父さんとお母さんに似て、とても美男美女の兄弟ね」とニコニコしながら語る。
きっと、この女性にも同じ年頃の孫がいるんじゃないかな?
ふと、そんなことを考えてしまう。
だが、この女性の言うように、最近骨格がしっかりしてきたせいか、尚武は凛々しくかっこいい顔になりつつある。
結紬の顔は、舞にそっくりで小顔で、髪の毛がふさふさの直毛で、美女になる要素満載だ。(親ばかかな?)
子供の顔は、7回変わるとも唯母さんが言っていたこともあったから、まだ何とも言えないが、心は立派に誇りをもって育ててあげたいと思う。
そして、こんな他愛無い光景が、俺は素晴らしいと感じてしまう。
【日本人】まだまだ捨てたもんじゃないぞ。
最近おかしな、ニュースや出来事もあるけど、こういう優しさに触れると、日本人っていいなぁっと心から思う。
弱者にやさしく、高給取りからは高額の納税を取る。
いろいろな意見があるだろうが、俺は正しいと思う。
あるところから取り、無い人に助け船を出す。
至って当たり前だと、俺個人的には思う。
実際、自分がいくら納税しているかはシゲさんのみが知るだが、、、俺の給料は年収で約380万円くらいか、、、
今度、昇格したからもうちょと上がるかな?
19歳の給料にしては、高いなと自分でも思う。
そして、火吹家一行は地下鉄に乗り換えて、本郷三丁目駅で降りる。
俺は行き先を聞いていなかったが、何となくわかって来た感じがする。
似たような、年齢の人が大勢 同じ方向に向かって歩いていく。
そうだ。
大学の合格発表だ!!
今時、合否を学校に張り出す大学なんて ここしかないと確信する。
【東京大学】だ。
有名な赤門をくぐり、隣の美しい妻の握る手が、少し緊張を伝えてくる。
(そうか、東大 本気で受けたのか、、、誰にも何も言わず、俺と家族で合格発表に来たのか、、、舞らしい)
周りの若人も皆、足早に緊張の面持ちで、掲示板に向かっていく。
まだ、合格発表は掲示されていない。
テレビのマスコミも来ている。
大きなカメラを肩に背負った男性と、美しい女性レポーターが合格発表を今か今かとジッと待機している。
すると、大学職員の人らしい人達が、大きな白い紙を持って出てくる。
いよいよ、合格発表だ!!
一同にいる全員にとって、緊張の一瞬だ。
これまでの努力が、一年間の勉強が、結果となって表れる大事な時間。
ひと時のシンと静まり返った、後 張り出された大きな紙に自分の番号があるか、舞は自分で探す。
受験していることも知らない、俺にとっては受験番号すらも分からない。
だが、俺も緊張する。
その緊張が子供に伝わったのか、前と後ろの双子の兄弟もシンと静かにしていてくれる。
人生を左右するかもしれない、この一瞬。
次の瞬間
黒髪が美しく、舞い上がる!!
「あった!!」
俺も同時に、驚愕する。
「どこだ?何番だ?」
今更、受験番号を確認する、頼りにならない夫でもあった。
「501-31564番、あの右側から3列目。上から7番目!!」
「本当だ!!合格だ。凄いぞ舞。」
思わず、場所もわきまえず抱き合って喜ぶ二人。
真ん中に挟まった、尚武が機嫌が悪い顔をしている。
舞が受験した学部は、東大 文化1類。
合格した人は、合格書類を貰いに隣のテントに張られた、テーブルに行って合格手続きの書類を貰う。
舞と俺は一緒に、テーブルに並ぶ。
受験番号と氏名を名乗ると、職員が満面の笑みを浮かべて
「火吹舞さん、合格おめでとうございます。あなたは、当大学受験で最高得点で入学されました。出来れば入学式に一言、壇上でお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
(え?な、なんて言ったの?最高得点????)
「まじかー!!」
「シャア!!」珍しく舞も、ガッツポーズを取る。
その様子を、後方で見ていたカメラを持った男性が、女性リポーターに声をかける
「あの凄く綺麗な、黒髪の長い女の子。合格したみたいだからインタビュー行こう」
「はい」女性リポーターは、マイク片手に俺達の所に走ってきた。
「突然すいません。朝日テレビです。東大御入学おめでとうございます。一言今の気持ちを聞かせて頂けませんか?」
舞に向かって、マイクを向ける。
舞は躊躇なく答える。
「合格できたのはとても嬉しいです。だけどこれは、まだ通過点です。ゴールはまだまだ先にあります。それまで走り続けます。」
はっきりと自分の考えをマイクに向かって、堂々と言えるこの肝の座り方が っパネェの。
女性リポーターは、俺の存在に気付き 舞に更にマイクを向け尋ねる。
「こちらの男性と子供たちは、ご兄弟か親戚の方かしら?」
舞は誇らしく大きな胸を逸らして
「私の夫と私の産んだ、子供達です。」
女性リポーターとカメラマンが、大きく動揺する。
「え? で、では、結婚 出産 育児されながら東大に合格されたのですか?」
噛み噛みのリポーターだが、このことについては同情を禁じ得ない。
そりゃ普通じゃねぇだろ。
舞は変わらず「ええ、合格最高得点だって言われました。」
「え~!!」
再び、社会人のリポーターと同時にカメラマン迄驚き慄く。
カメラマンは、ディレクターも兼ねているらしい
カメラを置いて、舞に話してくる。
「私、朝日テレビの早坂と言います。大変不躾なお願いなんですが、出来れば連絡先を教えてもらえませんか?」
名刺を丁寧に、出し頭を下げる。
舞は堂々と「私、今はメディアに興味はありません。」
「そ、そこを何とか、お願い出来ないでしょうか?」
大きな体をこれでもかという位、小さくしてお願いする、大人。
テレビ局の正社員だとすると、かなり優秀な大学を出て、成績も立派だったに違いない。
その大人が、舞にお願いしている。
同じ社会人として、少し同情を禁じ得ない。
俺も飛び込み営業で、どれだけ無下に冷たくあしらわれてきたことか
「舞、自宅の電話ならいいんじゃないか?」
俺が話に割って入る。
「武将が言うなら、仕方ないわね」
と言い、もらった名刺の裏に火吹家の電話番号を書いて、早坂と名乗った、男に渡す。
(おいおいそれは、マナー違反だろう)
貰った名刺を返す。
それは、社会では禁句ともとらわれない行為だ。
しかし、早坂ディレクターは礼を言って、立ち去り 次の獲物を探す。
いやはや、火吹舞という女性の能力 性格は一番付き合いの長い俺が一番理解しているつもりだったが、それを軽く超えてきやがる。
我 妻ながら、関心するやら誇りに思うやら、正直に言うと呆れてしまう、、、、
楓真と言い、タカヒコやミッドなど、超人が大勢いる俺の親友たちの中でも、この負けず嫌いで 肝っ玉の太さは随一であるのは、疑いようがない。
俺は、舞に向かって
「お祝いに美味しい物でも食べて行こうよ。俺が奢るよ。何が食べたい?」
舞は、即決する。
「かつ丼!!勝ったぞ。なんてね」
(珍しい、舞がオヤジギャク言って、しかも外してるよ)
「ああ、いいんじゃないか。ちょっと待ってて、今調べるから」
っと、心とは裏腹に自分のスマホを取り出し、検索する。
(小さな子供もいるから、出来れば静かな座敷がある個室が良いかな?)
(あった。)
「見つかったよ、此処から直ぐだから行こう。一応予約入れておこうかな」
俺は、スマホの画面をタッチして、電話をかける。
予約はスムーズに取れた。
国宝亭・随庵と言う、ホテルの中にある和食屋さんだ。
名前からして、相当上手いんだろうと期待しながら、家族で徒歩で向かう。
そのホテルは、確かに高級三ツ星ホテルとまではいかないが、充分立派なホテルであるのは、入り口の豪華さと建物の規模から事実だった。
玄関では、従業員(ドアボーイらしき人)が、俺達若い家族を微笑みながら迎えてくれる。
悪い印象はない。
フロントも清潔感があって、悪くない。
エレベーターに乗り、レストランフロアに向かう。
国宝亭・随庵は入り口がかなり高級感に拘っていて、フロア内なのに植物が、配置良く綺麗に豪華に飾られていた。
入り口の扉は、一枚木材を上から吊り、使用した豪勢な扉だ。
(これは味も期待大だな)
年齢の割には、俺も舞もこういった高級店やホテルの場数 経験値では、同じ年代の人達には負けていない。
それにプラスして、俺も舞も見た目より中身を大切にして、いつでもどこでも、堂々としている。
気負った感も無く、ごく自然体で高級料亭に入っていく。
予約を取った旨を伝えて名前を告げると、直ぐに着物を着た係の人が、俺達を案内してくれる。
個室とネットには書いていたが、実際席に案内されると周囲からは敷板で、囲まれただけで 話の内容や臭い、声は隣に聞こえてしまう。
小さな子供持つ親としては、そこはちょっと残念だったが、他に席も空いてないようなので、座敷でもあるので、子供たちをゴロンと横にして、メニューを見る。
俺は直ぐに、スタッフに声をかけて、特上かつ丼を2人前とソフトドリンクを俺と舞様に1杯ずつ注文する。
特上かつ丼なるものは、一人前8000円(税別)だった。
確かに、値段だけ見ると安くはない。
そして、俺達の様な未成年だけで来るようなお店でもない。
だが、俺達は俺達だ。
舞は用意していた、ミルクを保温バックから取り出し、尚武と結紬を交互に抱きミルクを飲ませる。
正に母親の顔とは、こういったものなのだろうなと思う。
母親、妻、そして受験生。
それでこの結果を残すとは、改めて驚くしかない。
子供たちは、ミルクを飲んでオムツを変えると、スヤスヤと眠ってしまった。
親ばかなのは百も承知だが、うちの子供は外でもあまり泣かないし、何といっても手がかからない。
これがとても助かる。
泣く時は、お腹が減っている時か、オムツが濡れている時か、眠い時だけである。
その不要因子を取り除いてあげれば、大抵はおとなしくしていてくれる。
そこにほっかほっかの、特上かつ丼が運ばれてくる。
(確かにこりゃうまそうだ)
「舞、合格おめでとう!!」
一緒に運ばれてきた、コーラと珈琲で乾杯する。
「ありがとう」
カン!
ささやかな家族だけでのお祝い。
幸福をこんな時に感じるのは、俺だけか?
いや、舞自身も嬉しいようだ。
合格したのもそうだが、こうして家族だけで、外に出るのも本当に久しぶりで、俺を独占できるのもどうやら嬉しいようだ。
そんなことで、良かったらいつでも、一緒に行くのに、、、と思いながら、上手い特上かつ丼をハフハフしながら食べる。
確かに肉の分厚さ、柔らかさ、だしの利いた薄味の上品さ どれも共素晴らしい。
ここにして、正解のお店だな。
ポロロ~ン
食事中に突然、俺と舞のスマホのLINEの着信音が鳴る。
スマホを見てみると、タカヒコから俺達のグループLINEでメッセージが送られてきた。
一言
『東京大学 理科1類入学決定!!法学部目指すぞ。』
俺は舞と目を交し
「タカヒコも東大、合格したようだな。」
舞は「彼なら、当然ね」と得意げにかつ丼を頬張りながら喋る。
こんな姿、俺にしか見せない。
口の中に食べ物を入れて、喋る舞を見たらクラスメートはたまげるだろうな、、、
東大は途中から、専門課程を選択する形になっており1年生から法学部に入学できるわけではないらしい。
まぁ、タカヒコなら大丈夫だろう。
そして、美味しく上品なかつ丼を食べ終わり、舞と雑談しているといきなり
隣で、食事をしていた年配の男性が、立ち上がる時にふら付き敷板にぶつかり【ドン】と大きな音がする。
その音に驚いたのだろう、結紬が甲高い高音で響き渡るように泣き叫ぶ。
敷板にぶつかってきた、男は昼間なのに酔っぱらっているらしく、あから顔だった。
酔っぱらっているだけでなくその男は、いきなりべらんめぇ口調で叫び始めた。
「なんだぁ、この店は何時からこんなガキが入れるような、低俗な店になったんだ?」
直ぐに、着物を着たスタッフが飛んできて、謝っているが、男の口調は全く変わらずに
「こんな、ガキどもを入れる店が、悪いんだぞ!!高い金取って、これじゃここもおしめぇだな!!」
流石にこの言葉の捨てセリフの様なものには、舞もカチンときたらしく振り向き、小さな口を大きく開き 文句を言おうとするが
俺がスッと、先に立ち上がり
「失礼な事をしたのは、あなたではないですか。お店の責任は何処にもありません。」
「謝罪すべきは、お店で無くあなた自身です。」
いつもと変わらずに、全く感情的にならずに堂々と、自分の父親と同じ年齢位の あから顔の男に面と向かって正論を吐き出す。
身長180センチの大柄な俺が立ちあがった事に、相手の男性も少し怯んだように見えたが、こういう男は一回感情が噴き出ると収まりがつかない。
「なんだぁ、ガキがいっちょ前に、大人に文句言おうってのか~」
「文句ではありません。お店の方も他のお客さんもあなたの行為に対して、迷惑していると言っているだけです。」
淡々と俺は、感情的にならずに冷静に話す。
とても10代の男性の態度とは思えない、堂々と胸を張って静かにごく普通に。
べらんめぇ男は、自分がどんなに大声を張り上げ、威嚇してもビビりもせず、堂々としている俺に対して、ついに最終手段に訴えてきた。
ブウゥン!!
「てめぇ生意気面すんじゃねぇ!!」
殴りかかってきた。
さすがに、これにはちょっと驚いた。
今時公共の場で、暴力を振るえばどうなるか、大人ならわかるだろうに
呆れるやら、なんやら
俺は右手の掌で、オッサンの握りこぶしを受け止め、そのままオッサンの右腕をひねり、地面に押し倒し、オッサンの背中に右足の膝を乗せて、制圧完了。




