土曜日
金曜日、深夜になる頃
火吹低では、大リビングで屋敷の住人たちが、今夜の感想をそれぞれ話し、意見を言い合っていた。
年長の仁父さんが、愛飲する赤葡萄酒を大き目で薄いグラスに注ぎ、ゆっくりと嗜んでいる。
「いやぁ~、君たち3人のパフォーマンスは、ぶっつけ本番なのに完成度が高くて、素晴らしかったね」
候葺縁さんも、着替えを済ませて、先にお風呂に入り、女性ホルモンと華やかな香りを振りまきながら、仁さんと同じく高級赤ワインを飲み艶やかで大人の色気を溢れ出しながら、話す。
「仁さんったら、また武将様をお試しになったのですね」
「えっ!!」
思わず着物姿を着替え終わった、俺が思わず反応する。
縁さんが、俺の方を向いて
「豊社長との会食時間は19時と、仁さんはおっしゃいましたけど、20分前に着いた私たちより先に 仁さんも豊社長もいらっしゃいました。」
「とてもお忙しい、豊社長が遅れる事はあっても、先に来てるなんてあり得ませんわ」
「仁さんがわざと、武将様に会食の時間を遅らせて お伝えしたとしか思えません。なぜそのような事を成さったか、ちょっと考えればわかります事よ」
葛城仁は、優雅にワイングラスをくるくる回しながら
「ふふ」
としか、言葉を発しなかった。
俺は、またしても仁社長の思惑に嵌ってしまい、候葺縁さんや彭城楓真の助けを借りて何とか無事乗り越えたようだ。
しかし、義理の父親であり、俺が勤める会社の社長である、葛城仁という男の思惑が全く見えない。
これまでも、幾度となく俺を試すような、また時には教育するようなことを何度もされてきた。
候葺縁さんとこうして同じ屋根の下で、暮らす事になった原因もまた、葛城仁が放った策のせいだ。
しかし今回の件は、いくら仁父さんの大学の先輩だからとは言え、日本が世界に誇るユタカ自動車 社長との会食を俺の試練に使うというのは、いくらなんでも危険すぎないか?
もし、万一俺が失態をして、豊社長との人間関係がこじれた時の事は考えていなかったのかな?
仁父さんにとっても大きな賭けになっていただろうに、、、
そこまで、俺を信じてくれているという事かな?
いやいや、今晩の会食の成功は、彭城楓真の飛び込み参加や候葺縁さんの和装で行くという気転が無かったら、どうなっていたか、、、
それに加えて、俺達3人の【芸】が、豊社長が気に入ってくれたからよかったものの、もし機嫌を害していたらと思うと考えるだに恐ろしい。
俺だけが悶々としていたが、いきなり立ち上がり
「寝る。」
ッといって、リビングから自室に戻る、若きスターだ。
俺は首をひねり
「今日はありがとな」
「ああ」
短く、返答があり、楓真は大リビングの大階段を、音もたてずに登っていく。
(疲れていたんだな、俺に気を使わせて、悪い事したな)
そこに、入れ替わるように俺の愛する妻の舞が、階段を下りてくる。
仁父さんが、自分の娘に直ぐ声をかける。
「こんな遅くまで、勉強かい?」
舞は、最近纏う雰囲気が、違う。
この空気を俺は、よく知っている。
楓真が、本気でプロを目指していた時と同じだ。
他を寄せ付けない、ピリッとした緊張感。
俺個人的には、こういう緊迫した空気は嫌いでない。
本気で、やらねばならない時は、人間には必ずあると俺は思っている。
そういうモードにいま彼女は入っているんだなと密かに思う。
普通の人間から見ると、怖く感じたり、愛想が無くなったように見え、これまでの友人達も離れていくかもしれない。
しかし、ここ一番【本気】になれない人間を俺は認めない。
たとえ、1人になっても戦う!!
それが、俺達の生き方だ。
こう言っては、語弊があるかもしれないが、真剣モードに入っている人間の事を怖いとか、愛想が無いと離れていく人間には用がないと俺個人的には思う。
親友にはなれない。
認め。陰ながら、そっと見守る。
助けを求められたら、全力で助ける。
それが、俺達チームの暗黙の了解だ。
走り出した、奴は孤独だ。
だが、少なくとも俺達チームはどんなことになっても、仲間を 親友を 見捨てない。
共に走り続ける。
共に悩み。
共に戦う
その先にあるのは、、、、
まだ正直分からないが、それが俺達の生き方だ。
「お疲れ、お茶でも入れようか?」
俺が優しく声をかける。
「ありがとう、ちょっと休憩ね。」
俺は立ちあがり、愛妻にお茶を入れにキッチンに向かう。
キッチンと言っても、普通の家のキッチンとは相当違うのは言うまでもない。
カウンター越しにあるキッチンは約畳12畳はある。
しかも、このキッチンで料理することはまずない。
食堂が、一階の他の部屋にあるから、皆そこで食事する。
ちなみに食堂の隣には大きな厨房があり、ツネさんはそこで料理する。
あくまで、リビングにあるこのキッチンは、お茶を沸かしたり、簡単な調理しかしないが、設備は最新の冷蔵庫、冷凍庫完備で、はては食器洗浄機からスチームコンベクション(蒸気で焼く電気オーブン)まである。
使い方は分からないが、、、
今の時間帯は、ツネさんも敷地内にある自宅に戻っているので、俺がケトルでお湯を沸かし、お茶を入れる。
舞はソファに座り、黙り込む。
仁父さんが、心配して
「舞、あまり根を詰めると、身体に悪いよ」
「うん、大丈夫」
っと、一言しか返さない。
そこに俺は、そっとカフェインが入っていないほうじ茶を大きな湯飲みに入れ、そっと舞の前に置く。
俺の方に、目線を向けて舞は
「ありがとう」
とだけ答える。
「明日は、俺休みだから子供たちと一緒に公園でも行かないか?」
「それじゃ、悪いけど武将一人で、子供たちを公園に連れて行ってあげてくれる?」
「ああわかった。」
本気モードの彼女の意見を黙って尊重するのが、今の俺にできる唯一の事だ。
「ごめんね」
舞なりに、俺には気を使っているようだ。
そこで、いきなり俺のスマホの着信音が鳴り響く。
そっと、画面にタッチする。
通話相手は、御堂大智こと、ミッドからだ。
「将軍、夜遅くにごめんね。今大丈夫?」
「ああ、どうした?ミッド」
「じ、実は僕の銀行口座にとんでもないお金が振り込まれてるんだけど、、、」
俺は少し考えて「ああ、【ジャスティス・ロー】の印税だな。ちょっと待ってくれ。」
俺はスマホを置き、仁父さんに相談する。
「お父さん、ちょっとよろしいですか?楓真の曲が大ヒットして、作詞作曲の印税が御堂に入ったようです。何かしなくてはならない手続きはありますか?」
葛城仁は、即座に
「良い会計士を紹介するから、その事務所の指示に従うといいよ。間違っても今はお金に手を付けちゃだめだよ。後、彼は未成年だから、ご両親にも話の詳細を報告するように
ね」
「ありがとうございます。」
俺は仁父さんに、頭を軽く下げてスマホを再度耳にあてる。
「今の話聞こえたか?」
「うん、わかった。ありがとう、あまりに金額が大きいからびっくりしちゃって!」
「ああ、だが俺達が求める物は、もっと凄い物だぞ。しっかりアメリカで勉強して来い。」
「うん、頑張るよ。夜遅くにごめんね」
「それじゃ、またな」
「うん、おやすみ将軍」
静かに、スマホを切る。
候葺縁さんが、頬を朱に染めて話しかける。
「武将様のチームは、とても優秀ですのね。」
会ったこともまだない、タカヒコやホトの事など知らない経済界の女帝は、小さな口を微笑み
「楓真さんや、御堂さん、舞様を見ていれば分かりますわよ」
「皆さん、武将様と同じ匂いがしますもの恐らく、まだお会いしていない仲間の方も同じではないかしら?」
さすがだ。
全部見抜かれている。俺達の目標は今日俺が、豊社長に発表した。
後は、それを実現するための経験とスキルと教養と実行力だ。
俺達なら【出来る】いや【絶対実現する】その覚悟の無い、人間は俺のチームには、入れない。
舞が、俺の入れたお茶を飲みながら、俺に話しかけてくる。
「今日、何か大事な話でもあったの?」
ドキ。
流石は、妻だ。
俺は、今日ユタカ自動車 社長豊 一颯さんと会食した内容をかいつまんで、舞に話した。
舞は、黙って聞いていた。
そして、一通り聞き終わるとたった一言。
「わかった、それじゃ私もう少し、勉強してくるね」
今の自分には、勉強することが、俺のチームとして妻として出来る最善と判断した結果、言葉少なに自分にできる事をしに戻る。
舞の決意は、先日のマルガッス・シュタインさんとの会社乗っ取り騒動の際に、固く固く固まっている。
舞のやりたいことは、今の俺にはわからない。
聞かないし、喋っても来ない。
だが、【25歳の誓い】の為に今できる最大限の努力をしているのは間違いない。
育児と勉強の両立は、俺が考える以上に大変だろう。
塾も行かず、彼女は何を目指すのか?
今は、黙って見守るしかない。それが夫として、リーダーとしての俺の役割だ。
俺は俺で、もっともっと頑張らなくてはならない。
みんなを引っ張て行く、将軍として
夜も更けていき、日にちが変わり深夜2時頃、俺は就寝した。隣の舞のベッドはまだ空だった。
翌朝、9時に俺は食堂にやってきた。
久しぶりにゆっくりと眠れた。
だが、俺の隣のベッドの舞は俺が寝た後に、就寝したのに俺より早く起床していた。
俺は、睡眠時間がいつも少ないので、何処でもいつでも深く爆睡出来る。ちょっとやそっとじゃ、起きる事はないくらい深い眠りに瞬間的に付ける。
だが、俺以上に今の舞は、少ない睡眠時間で、育児と勉強をこなしている。
土曜日だというのに、、、、
候葺縁さんと仁父さんは、土曜日だというのに、仕事に行っているらしい。
家では、二人とも仕事の話はほとんどしないから、今日何の仕事をしているかは分からない。
だが、会社の経営者には、休みはあって無いような物なんだな。
見習わないといけないな。
密かに、自分の心に刻む。
俺は、朝食を取り終わると、我が子の尚武と結紬を横に並んだ、ベビーカーに寝かせながら散歩の支度をしていた。
最近の子供たちは、首は既にしっかりと座っていて、多少乱暴に扱っても大丈夫位大きくなっていた。
結紬の方は、女の子の方が成長が早いと聞いていたが、這い這いをするほどになっていた。
ベビーカーに乗せても厭きてくると、ゴロゴロ良く動き回る。
虎ノ門の土曜日は、ほぼゴーストタウンと化している。だから安心して、子供たちを近くの公園まで散歩に連れていける。
平日では絶対無理な話だ。
東京の中心地 虎ノ門の昼と夜、平日と休日の人間の人数の数の違いは、見た者でないと分からないくらい凄い。
歩道を悠々と、ベビーカーを押し散歩を始める。
背後に、妖しい気配を感じ振り返ると、そこには
土門武士が、2メートルを超す身長と、出鱈目にごっつい体躯に超目立つ、火吹衛士隊の制服のまま俺に付いてくる。
「武士、どうした?」
思わず、声が裏返りそうになりながら、声をかける。
こいつとは、もう一年以上一緒にいるが、いまだ慣れない。
こいつのこぇ~雰囲気に
根は、優しく良い奴なのは十分わかっているんだけど、身体が反射的に反応しちゃうんだよな。
巨人は一言「谷樫隊長から、将軍さんの護衛を命令されたっす。」
(あっそ、只の散歩だよ~)
俺はベビーカーを押しながら、初の公園デビューをはたした。
虎ノ門には、あまり公園が無い。
ちょっと、遠出して大きな公園に着いた。
数人、俺と同じ様な子供の面倒を見ている、お父さんを見かけたが、他はほとんどお母さんが子供を連れて遊んでいた。
そこに、俺が入っていくと全員が驚いたように、公園から出ていく。
まぁ~こうなるかと思っていたんだけどな。
俺の背後には、大きな心優しい巨人が怖い顔で付いてきているのだから、皆怖がって退散してしまった。
なんか悪いなぁ~と思いながらも、子供たちと一緒に居られる、少ない時間を大切にするため、芝生のある草むらに子供二人をゴロンと転がして、自由にさせてやる。
ミルクとオムツは、舞が予めベビーカーの下の籠に保温バックに詰めて入れてくれていた。
俺は尚武を抱っこして、慣れない手つきで哺乳瓶を持ちミルクをあげる。
結紬は、結構自由に動き回り始めた。
俺が、尚武を抱っこしていて動けない為、武士が恐る恐る、結紬を大きな手の平で、支えていた。
結紬は武士の滅茶苦茶大きな人差し指が気に入ったらしく、ぎゅっと掴んで、離さなかった。
そんな、結紬のちっちゃな手を武士は、好きにさせながら顔が優し気に微笑んでいた。
「将軍さん、子供って不思議な生き物っすね」
「どう不思議なんだ?」
「なんか、可愛いというのか、守ってやりたいって気持ちで一杯になるっす。」
若く大きな巨人は、意外に子煩悩な一面を見せていた。
俺にとってもちょっと意外な一面を見た感じがした。
こいつ結構、良い夫になるんじゃね?
嫁さんが、怖がらなければ。 だけど、、、
これほど、力で頼れる奴はまずいないだろうから、こいつの本当の良さを理解してくれる女性と会えたら良いのにな
そんなことを考えながら、久しぶりの子供達との休日を楽しんでいた。
火吹武将の一週間は、あっという間に激動の中、過ぎていったのである。




