水曜日の夜
18:30地下鉄の神谷町駅は、帰宅の人達で溢れかえっていた。
そんな人ごみの中を俺と安藤先輩は、地上に上がる階段を上がっていた。
東京という町の中心でもある、港区虎ノ門。
東京タワーがある日本のシンボル。
まっすぐ行けば、警視庁や国会議事堂がある。
日本の中枢が集まる場所でもある。
しかし、これだけの人間が、この街に仕事をしに来ているのかと思うと、ため息が出てしまうのも仕方のないことかもしれない。
俺は腕時計を見て「先輩、ちょっと早く来てしまったようですね」と声をかけ、階段出口を見てみると、、、
今朝会った、女性が俺の傘を綺麗にたたみ、胸に抱き待っていた。
俺の顔を見ると、静かにお辞儀する。
約束の30分前だ。
俺は、今朝と同じくこの女性に好印象を持った。
「早いですね、約束の時間までまだ30分ありますよ」
女性は、にこりと微笑んで
「仕事が一段落したのと、お待たせしては失礼かと思いまして」
「それは、ありがとうございます。逆に気を使わせてしまってすいませんでした。」
俺は軽く会釈する。
女性は、胸に持っていた俺の黒い傘を丁寧に持ち手を俺に向けて返却してくれる。
「今朝は、大変助かりました。ありがとうございました。」
お礼と共に、、、
俺は、自然な態度で自分の傘を受け取り
「困った時はお互い様です。」
と言ったところで、女性の横にいる気の強そうな女性が、口を挟んでくる。
「悪い男じゃなさそうね!!」
「優ちゃん止めて、失礼よ」
俺はごく自然にいつもと同じく
「初めまして、私は火吹武将と言います。そちらの女性はどちら様ですか?」
優ちゃんと呼ばれた気の強そうな女性は
「陽子は、天然でお人好しで 男に騙されやすいから、私が付いてきてのよ!!」
啖呵を切るように、喧嘩腰で言葉を言い放つ。
俺は優しく
「良いお友達をお持ちですね」
「それでは、僕はここらで失礼させていただきます。」
傘を貸した、天然の女性が慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっとお待ちください。せめてお礼にお食事でもいかがですか?」
俺は優しく微笑んで
「お気持ちだけで十分です。僕もこの駅は毎日使うので、またお会いしたら、お話ししましょう。それでは失礼します。」
「ちょっと、あんた!!待ちなさいよ。」
(あんた?初対面で、、、)
気の強い優ちゃんが、声を張り上げ俺を制する。
「あんた、悪い男じゃなそうだし、陽子の誘いを断るのは失礼じゃないの!」
「こう見えても私たち、天下のKABUKIコーポレーション本社で仕事しているのよ!!」
(はぁ~、叔父さんとこにいるのか、、、邪剣には出来ないな~)
そこで、雀斑だらけの人の好い、安藤先輩が俺の後方から提案する。
「良かったら、僕の予約しているレストランで食事しないかな?母も一緒だけど。」
(ありゃりゃ、これは面倒くさい事になりそうだな、、、)
「誰あんた?」
気の強い優ちゃんは、たった一言話すだけで、敵を大勢作りそうな性格である。
「ぼ、僕は火吹君と同じく、京仁織物株式会社の営業の安藤聡と言います。今晩、母がこの近くのレストランで僕の就職祝いをしてくれるとレストランを予約しているので、ご一緒にどうかと思って」
「お母さんが一緒なら、悪い事は出来そうにないわね。いいわよ、そこにしましょ」
(自分も来るつもりなのかな?)
勝手に全てを自分の都合で、決めてしまう優ちゃんだ。
この手の女性には、俺は免疫力がたっぷりと付いているから、逆らうのが愚策だという事はよくわかっている。
というか、体に染みついている。
安藤先輩は、レストランに電話して人数が増える事を伝えて、続けて母親に友人を連れて行くとスマホに続けて電話する。
俺もツネさんに、外食していくので食事はいらないと連絡する。
男女4人はそうして、神谷町の駅から歩いて5分もしないレストランに入っていった。
先に席についていた、安藤聡先輩の母親が席を立ち俺に挨拶してくる。
「どうも、はじめまして。聡の母です。火吹君には大変お世話になってありがとうございます。」
肩まである長い髪の毛が、垂れ下がるほど深くお辞儀をする。
俺も「お母さん、お世話になってるのは僕の方ですよ。顔をあげて下さい。それに突然大勢でお邪魔してしまって、すいません。」腰を折って、挨拶をする。
とりあえず、一息つこうと俺は考えひとまず全員席に腰かける。
当然、俺は女性の椅子を引きエスコートする。
男性として当たり前の事だ。
だが、された方は当たり前ではなかったようだ。
「キザったらしいわね、あんた」
気の強い優ちゃんだ。
天然の陽子さんが「失礼よ、優ちゃん。」
俺は無視して、そっと椅子を腰掛けやすいように、動かす。
レストラン自体は、高級店というわけではなかったが、清潔で良い匂いがして、空腹の食欲を刺激する。
俺は自分の席に着き、対面に座っている女性二人に声をかける。
「それでは、自己紹介からさせ頂いてよろしいですか?」
「あ、それは私から、、、」天然の陽子さんだ。
「私は、菊池陽子24歳です。KABUKIコーポレーション本社の庶務をしております。」
隣にいる、気の強い優ちゃんは、続けて話す。
「私は、陽子の先輩で林田優子。同じく、KABUKIコーポレーションの庶務。陽子とは大学時代からの親友だわ。ちなみに大学は慶応義塾大学ね」
(誰もそこまで聞いてないっての、、、)
俺は静かに立ち上がり、一礼して話し始める。
「皆さま、始めまして、私は火吹武将 18歳です。」
「「えっ!!未成年なの」」
「ワカ!!」気の強い優ちゃんだ。
俺は立ったまま、安藤先輩に手を振り
「こちらは、僕の高校の先輩で、安藤聡さんとお母様です。」
先輩とお母さんは、同時にお辞儀する。
気の強い優ちゃんが、追い打ちをかけてくる。
「高卒で、京仁織物なんて入社できないでしょ!!」
俺は、静かにまたこれもいつもと同様に堂々と話す。
「先輩は帝城高校卒業ですが、僕は中退です。」
「「高校中退!!」」
(ピッタリ合ってるよ。どこにもいるんだよなぁ~っていうかそれが当然なのかな?)
気の強い優ちゃんが追い込みたたみかける。
「どんなコネを使って、高校中退のあんたが東証一部上場企業に就職なんてできたのよ!!」
(妻の父親が経営してるとは言えないよなぁ~)
「そんなことより、メニューを選びませんか?従業員の方も困ってますよ」
安藤先輩のお母さんの言葉だ。
事情を全て知っている、大人の気配りだ。
やっぱり、安藤先輩のお母さんも出来た人なんだな。
女性人二人は、いまひとつ釈然としないまま、メニューを選び、先輩のお母さんと女性陣二人は、赤ワインを注文し それぞれにメニューを頼んだ。
俺と安藤先輩は、ソフトドリンクだが
時間も食事を食べ始めて、1時間もした頃だろうか?
少し酔いも回り始めて、優ちゃんの活舌が更にヒートアップする。
「あんたたちが悪い人間ではないとは、分かったけど 謎が多すぎるわよ!!火吹君は大体なんで、高校を辞めたのよ!先生でも殴っちゃった?」
冗談交じりでも、俺はそんなことは絶対にしない。
別に腹を立てる事もないが
「妻が妊娠したので、高校を辞めて働いただけです。」
「「奥さんがいるの!!」」
(またはもってるよ、よっぽど気が合うんだな、、、性格は正反対なのに)
「子供も二人、居ますよ。」
俺はごく自然に普通に話したつもりなんだが
「「子供が二人も!!」」
(なんとまぁ、中がよろしい事で)
「一体どういう、事なのかわかるように話しなさい!!」
気の強い、優ちゃんは酔いに任せて命令してきた。
困り果てた、俺は嘘は付けないので本当の事を話す。
「あなた方が、お勤めの会社社長は、僕の叔父です。」
今日最強の爆弾が投下された。
そしてそれは、本日最高の効果をもたらす。
「「えええええええええ!!!」」
(ここもぶれないんだな)
気の強い優ちゃんが自分を取り戻して
「た、確かあなたの名前、、、か、火吹武将君だったよね、、、」
(あんたからあなたに昇進したよ、君付けだし)
「ええ、KABUKIコーポレーショ創始者の曾孫にあたり、火吹家本家現代当主でもあります。」
「「なななななぁ~!!」」
(言葉になってないっての)
「ここまで、話したんで全部言いますと、僕の妻は京仁織物株式会社社長の娘で、僕は義理の父の会社に勤めております。」
「「!!!!」」
(ついに言葉が出なくなったのかな?)
「これで、お分かりかと思いますが、世間ではこれを【コネ】というのかもしれませんが、僕にとっては義理の父の会社で働くのはごく自然なことです。」
安藤先輩が優しく、話しかけてくる。
「初めて聞いたら、びっくりするよね。僕も初めはびっくりしっぱなしだったからね。でも火吹君から言われたんだけど、金持ちも貧乏人も皆同じで、そこに格差はないって言うんだ。」
「格差は、自分で作り上げて勝手に、含まらせているだけだと彼は言うんだ。僕も最近そう思うようになってきたよ。」
「彼は、朝から晩までそれこそ必死で頑張っているけど、他人には少しも愚痴や疲れた姿を見せないし、困ってる人が居たら手を差し伸べる。」
「そんな姿を僕は、ずっとここ一年見てきたからね。」
「だから、火吹君には普通に接してもらいたい。菊池さんに傘を貸したのも、彼にとってはごく当たり前の事。レストランで女性の椅子を引く事も彼にとっては当然のことなんだ。」
「彼は王ではあるけど、王である前に心優しい立派な1人の人間なんだよ」
「素敵ですわ」
菊池陽子さんが、安藤先輩の熱のこもった話を聞いて、俺より安藤先輩の優しげな顔を自分の頬を朱に染めて、瞳をウルウルさせながら見つめている。
(あれ?これってもしかして、、、恋の始まり?)
などと、時間は素敵な料理を食しながら過ぎていき、時間は21時を回る頃になった。
会話は、食前と違って騒ぎ立てるようなことなく、真逆に畏まっている。
俺は一切変わらないのだが。
安藤先輩のお母さんと、話が弾んだのは今晩一番の収穫だ。
流石は大人で、シングルマザーとはいえ子供二人を立派に育て上げただけはある。
それは、安藤先輩の人柄を見ればすぐにわかる。
菊池陽子さんは、それからはうっとりと安藤先輩を見つめ続けているだけで、会話にはあまり入ってこないというか、夢うつつの様な感じだ。
このまま、この時間に帰宅させるのも不安が残るので、トイレに行くふりをしてシゲさんに連絡を取り事情を説明して、迎えに来てもらう。
レストランも閉店時間となり、伝票が持ってこられた。
安藤先輩のお母さんが、支払いをしようとしたが、従業員が持ってきたのは、領収書だった。
俺が、ついでに支払いを済ませていたのだ。
流石に親子水入らずなら、問題ないだろうがいきなり5人分もの食事代となれば、シングルマザーのお母さんには失礼ながら、負担になりかねないと思いそっと支払っておいたのだ。
お母さんには「いつも先輩にお世話になっているので、どうぞ遠慮しないで下さい。」と、優しく話しかける。
出来た大人は、直ぐに俺の気持ちを察して、「すいません。ご馳走様になります。」と一言いい、お辞儀する。
本来、貸した傘のお礼をすると言って食事に誘ったのは、菊池陽子さんだが、安藤先輩の事が気になってそれどころではないらしい。
気の強い、優ちゃんは完全意気消沈して、沈黙のままだ。
そして、レストランを出るとそこには、本日最後のイベントであることが起こっていた。
高級外車ロールスロイスファントムと深紅のFerrariが縦列に2台止まっていたのである。
「「「「!!!!」」」」
ロールスロイスファントムの後部席は執事のシゲさんが正装で白い手袋をして、扉を開けて待っていてくれる。
そして後ろのFerrariには、見目麗しき美女候葺縁さんが、際どい服装で俺に手を振っている。
俺は4人に向かって
「もう夜も遅いですから、自宅までお送りします。」
安藤先輩とお母さんは、俺に会釈してロールスロイスファントムに乗り込む。
女性人二人は放心状態。
「叔父の会社に勤める、方々が万一事故にあったら僕が怒られます。どうぞお乗りください。」
菊池陽子さんは喜び安藤先輩の横の席に座る。
気の強い、優ちゃんは「ありがとうございます」とか細くいって車に乗り込む。
バタンと静かに扉は閉められ、ロールスロイスファントムは静かにゆっくりと走り出す。
それを見送る俺と候葺縁さん
ちらっと俺は縁さんを見て
「なんで、縁さん迄来たんです?」
「あらぁ~妾ですもの、大切なご主人様にはお尽くしいたしますわよ」
大きく開いた胸元と、魅惑的な細く長い足が、俺に襲い掛かる時期を見計らっている様にくねくねしている。
俺は仕方なく、深紅のFerrariの助手席に乗る。
夜の虎ノ門を爆音が、新しい恋の芽生えを祝福するように歌いだす。




