誕生
結局、良く分からないまま、仁社長と秘書の木原柑奈さんと共に、社用車に乗り渋谷にある京仁織物本社に戻った。
木原柑奈さんとは、何度か会ったことがあるが、20代後半くらいの年齢で、とてもきれいな人で、スタイル抜群で、頭の好さそうな女性だ。
スキの無さが、とても好感が持てる。
三菱銀行本社ビルの最上階にある貴賓会議室に、一緒にいた木原さんは自分の事を全て、知っているのだろう、、、
仁父さんも木原さんを同行させたと言う事は、木原さんをそれだけ信用しているという事なんだろうなと思いながら、仁社長に促されるまま、社長室に戻り、来客用のソファにお互い向き合って座ると、俺に仁父さんは話しかけてきた。
「さてと、素直な感想を聞かせてもらおうかな」
「はぁ、いきなり大手銀行の頭取とお会いしたり、新会社の取締役になれだの、17歳の今の僕には荷が重いです。」
「それはそうだろうね、ただ、君自身が思っているより、大人の社会ではKABUKIコーポレーションという名前は、遥かに価値のあるものなんだよ。」
「何度も言いますが、僕はKABUKIコーポレーションとは全く関係ないですよ」
「それはどうかな、、、、」
仁父さんは意味ありげに、言葉を途中で濁した。
俺は、仁父さんが何を考えているか、全く想像できなかったので、自分の中では処理できないと判断し、考える事を止めた。
「それはそうと、新会社の名前が決まった事は知っているかい?」仁社長は話題を変えてきた。
「いえ、まだ聞いてません。」
「【TAKERU】という名だそうだ」
「たける、、、まさか僕の武将から取ったなんて事は無いですよね」
「ピンポーン正解だね。蛇目野社長が考案したらしいよ」
「はぁ~」
もう溜息しか出ないっての、、、
微笑みながら、仁社長は爆弾を投げ込む。
「後ね、話はかわるけど、君の子供が先程、無事に生まれたらしいよ」
「えっ~」
思わず立ち上がり、驚きを表現する。
(そっちを先に言って下さいよ~)
ー半日ほど前に戻るー
帝城高校、2年1組特進クラスでは1限目の数学の授業をしていた。
シンと静まり返る、教室内。
黒板に文字を書くチョークの音だけが、カッカッと響き渡る。
進学校の特進クラスだけあって、授業中の緊張感は半端ない。
まぁ、ほとんど全員、授業は復習であり、メインの勉強は塾や自宅でやっている。
そんな静けさの中で、それは唐突に起こった。
ガタン!
葛城舞が、椅子から倒れた。
隣に座っていた、親友の遠藤美月が、慌てて駆け寄る。
舞は苦しそうに、お腹を押さえて
「こ、子供が生まれる、、、」
HANZOのメンバー常慶貴彦は、席を立ち直ぐに駆け寄る。
数学の教師は、まだ若くオロオロするばかりだ。
教室内は騒然となり、何をどうしていいか分からず、皆で右往左往する。
そんな中、遠藤美月が声を張り上げる。
「先生!病院に連絡して、車を用意して下さい!!」
「男子は担架を持って来て!」
「女子は毛布をありったけ、持ってきて」
タカヒコは、驚いた。
普段、舞の親友である、遠藤美月はこんなタイプの女子ではないと思っていたからだ。
改めて認識を改める。タカヒコだが、今はそれどころではない。
駆け寄り、苦しんでいる、舞に声を掛けてみる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫、、、ごめん、、、」
「直ぐに、病院に運ぶから安心しろ」
男子が、担架を運んでくる。
女子も毛布を持って来る。
タカヒコは、直ぐに担架に毛布を敷き、舞にも毛布を掛けてやる。
「男子、舞を担架に移すぞ、手伝え。」
近くにいた男子が、4人、舞の頭と背中を支えて、タカヒコが足を持つ。
「ゆっくりとだ、持ち上げたら、担架を下に入れるんだ」
「よし、持ち上げるぞ」
「いっせ~の」
すぐさま、舞は担架に乗せられる。
そこに教師が、3人入ってくる。
女性の教師が、舞に声を掛ける
「葛城さん大丈夫?車は準備できてるから、病院に行くわよ」
男性教員とタカヒコで、担架を持ち上げゆっくりと車まで運ぶ。
女性教員が、声を掛ける。
「慌てないで、ゆっくりと安全に運んで!!」
出産予定日より2週間あるので、唯母さんもシゲさんも学校にはいなかった。
車は教師の車を用意してもらった。
丁度、車はワンボックスの大きい車だったので、2、3列目シートを倒し担架のまま後部ハッチから、舞を運び込む。
助手席には男性教員が乗り込み、舞の横には女性教員が、付いて支えてくれる。
そのまま、車は校門を出て行く。
タカヒコは直ちに、火吹家に連絡を入れ報告する。
そして、自らも残った教師に、許可をもらいタクシーで病院に向かう。
遠藤美月も同乗してきた。
静かな帝城高校は一瞬にして、緊張感と騒然が合いまった雰囲気に包まれる。
タカヒコ達が、病院に着いた時は、シゲさんと唯母さんが病院にいた。
シゲさんは、病院から出て、スマホ片手に電話をかけていた。
大きな大学病院だ。
産婦人科の前で、俺達4人は黙って、待ち続ける。
2時間後
医師と助産婦が、分娩室から出てきて、唯母さんに向かって
「母子ともに、無事ですよ。男の子と女の子の双子です。」
唯母さんは、医者に向かって深々とお辞儀し、何度も何度もお礼を述べていた。
タカヒコは自分自身でも不思議な思いに包まれていた。
子供出産、、、新しい命の誕生、、、
親友の子供、、、神秘だな。
遠藤美月は、医者に確認を取り病室に入っていった。
そこには、疲れ切ったような葛城舞が寝かされていたが、意識はちゃんとあり、会話もできそうだ。
さっき迄、はち切れんばかりに膨らんでいた、お腹は元のスッキリしたお腹に凹んでいた。
遠藤美月が「舞、おめでとう。」と満面の笑みで舞に話しかける、親友だ。
唯母さんも声をかける「お疲れ様、舞よくやったわね」
「ありがとう、母さん、美月。」
「武将は?」
シゲさんが、「何やら、重要な打ち合わせが入ったとかで、連絡が取れません。」
「申し訳ございません。舞様」
「シゲさんが、謝る事は無いわ、それに仕事なら仕方ないし私も子供も無事だから何の問題も無いしね」
タカヒコは、こう言った時に女性になんと声をかけていいか分からずに沈黙で見守っていた。
そして、お昼ごろ。
大きな大学病院の前に、仁父さんと俺の乗る高級車が病院の前に着くと同じくして、黒塗りの高級車が止まり、中から竜治叔父と京香叔母が出てくる。
舞の病室は、あっという間に大勢の人間で埋まった。
俺はその一番前で愛する妻に声をかける
「よくやったな、舞。」
「ありがとう、武将。」
誰もいなければ、抱き合うほど嬉しかったが、さすがにこれだけの人数と親戚の前では、無理だな、、、
KABUKIコーポレーション社長の竜治叔父が、舞を微笑み視線を向ける。
「頑張りましたね、舞さん」
「ありがとうございます。叔父様お約束通り、名前を考えて下さいませ」
「ああ、あれからずっと考えていたんだがね、【尚武】というのはどうかな?」
横から、竜治叔父の妻の京香叔母が
「この人ったら、結婚式以来、ずっと文字数がどうのこうのと考えていたのよ」
舞は嬉しそうに微笑み
「火吹尚武、とってもいい名前ですね。」
俺も竜治叔父に向かって謝意を述べる。
「ありがとうございます。竜治叔父さん。」
「気に入ってもらえて、良かったよ。」
叔父は、続けて話しをしてくる。
「女の子の名前は決まったのかい?」
舞は「武将さんが良ければ【結紬】なんてどうかしら?」
俺は考える。結び紬会うと言う意味かな?
そして、俺達夫婦にとって唯一の存在で【ゆいつ】。
「火吹結紬、良いな。」
そこで竜治叔父が
「では、ガラス越しにでも【尚武】君と【結紬】さんに会ってお暇しようかね」
「何しろ、大事な会議を抜け出してきてるのでね」
俺は一緒に、新生児室のガラス越しに我が子たちを見て、思わず感動に震える。
こんな小さな手は見た事が無い。
俺にそっくりの尚武、髪の毛も結構あるんだな、、、
舞にそっくりな結紬、こんなにちっちゃいのに眉毛が長いんだな、、、
これが、俺の子供たち、、、
そんな俺の気持ちを知ってか、竜治叔父は優しく俺の肩を叩いてくれた。
純粋に嬉しかった。
お互い、これと言って何も話しかけなかったが、なんとなく分かり合えるのが、身内と言うものなのかな、、、
最後、車まで見送り乗り込む、叔父と叔母に感謝をつたえる。
「いろいろとありがとうございます。」
「なんの、これしき何でもないよ。武将君こそ、仕事慣れるまで大変だろうけど、頑張ってね」
「はいっ」
京香叔母はにこりと微笑み、軽く会釈して車に乗り込んだ。
車が病院の敷地から出て行くまで、ずっと見送る。
病室に戻ると、仁父さんと唯母さんが、孫たちの顔をガラス越しに見て微笑んで話をしていた。
「二人共、親に似て美男美女になるわね」
唯母さんが、眼を細く微笑みながら、初孫の顔を見ている。
俺は、タカヒコと舞の親友、遠藤美月と帝城高校の付き添っていただいた、教師の方々に丁重にお礼を述べ、後はこちらで引き受けるので、学校に戻ってもらった。
タカヒコはバタバタする中、俺に一言だけ
「おめでとうパパ将軍」
っと、すれ違いざまに言って学校に帰って行った。
俺は何も返さずに、眼と眼を合わせる。
俺達はまだまだ、これからだ。
出産も育児も、仕事も起業も全てこれからだ!!
気合を入れなおして、唯母さんに話しかける。
「お母さん、後はお任せしても良いですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
唯母さんは、優しく微笑んでくれた。
「社長、それでは会社に戻りましょう。まだ仕事が残ってます。」
仁父さんも唯母さんと同じくただ微笑み
「そうだね」
っと、だけ言って会社に戻る。
父親として、また新しい一歩を踏み出した〔火吹武将〕であった。




