武将の試練
「ふぅ~、今日は冷え込むなぁ~」
港区虎ノ門のオフィス街のど真ん中にある、火吹家本家の自宅から出勤に向かう、本家当主、火吹武将である。
玄関まで、送りに来た妻の舞が、大きなお腹を両手で支えながら
「気を付けて行ってらっしゃい武将」
と言い、俺の唇に軽く、自分の小さく可愛い唇を当ててくる。
新婚夫婦みたいだな、、、
(いや、順番が逆だけど、俺達新婚なんだよな、、、)
「ああ、悪いが俺も出るんでいいかな?」
後ろから綺麗な声がかかる、同居している彭城諷真が背中にギターをしょって出て行くところである。
「ああ、悪い」と俺はちょっと照れながら、道を開ける。
舞は「ちょっとは気を使いなさいよ、私達新婚なんだから」と麗しの女王様はおっしゃる。
「俺は構わないから、好きにやってくれ」
諷真は、いつもの様にクールに感情込めずに話す。
(お前が構わなくても俺が構うんだよ)
俺は舞に向かって
「もうすぐ、出産予定日だろ。何かあったらすぐにシゲさんを呼ぶんだぞ」
「うん、大丈夫予定日までまだ2週間あるし、お母さんもいるし、学校でも用意してくれてるみたいだから、、、」
「そうか、じゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
俺は近くの地下鉄の駅、神谷町に向かって歩き出す。
諷真も、一緒に歩く。
スーツ姿の俺はこのオフィス街ではごく自然な姿だが
諷真の様にアーティストとして生きてる奴の格好はこのオフィス街ではかなり浮く。黒のジャケットに薄緑の細いズボン、首には長いスカーフの様な物をお洒落に巻いている。
しかも、超イケメン。
オフィス街を通り過ぎる、OLが皆振り返るぞ。
もう立派に、芸能人やってるじゃん。
「どうよ、諷真仕事の方は?」
「今日、月9ドラマのオーデションだ」
「えっ、今日だったのか。」
「ああ」
「上手くいくといいな。」
「ああ」
諷真とは、中等部からの付き合いだ。
俺の両親が事故で死んだ時、俺を心配してくれて一緒に居てくれた、舞と同じく大切な親友だ。
身長190センチ、小顔でイケメン、豪華な髪は軽くカールがかっていて、男の俺から見てもかっこいいと思う。
そして、音楽の天才。
だが、コミュニケーション能力はかなり低い。
俺から言わせてもらえれば、【不器用】。
駅で諷真と別れると俺は、渋谷にある舞の父が経営する。
京仁織物株式会社本社に出社する。
社会人になって、半年が過ぎ、やっと仕事に慣れてきた感じだ。
最近では法人営業部もやりながら、いろいろな部署を経験させてもらっている。
朝、俺は何時もの様に法人営業部第2部第3課にある自分のデスクに腰かける。
まだ、出社している人はまばらだ。
早速自分のパソコンを起こし、メールをチェックする。
蛇目野社長からメールが来ていた。
内容は、、、、
京仁織物会社との共同出資による、新ブランド会社がついに設立する事になったようだ。
ついて、打ち合わせしたという内容だ。
俺が、提案した案件だから、声がかかるのは仕方ないとしても、17歳の俺に新会社の取締役なんて、出来るのか?
蛇目野さんはとても個性的だが、押しの強さ、実行力に関しては流石、長年社長として采配を振るってきただけはあると思う。
等々、メールを見てそれぞれに返信を丁寧に書いていると、3課の木下課長が出社してきた。
俺はパソコンを打つ手を止め、立ち上がり挨拶する。
「課長、おはようございます。」
木下課長は、俺より身長が小さいが、清潔感があり意志の強さが目に現れていた。
「おお、相変わらず早いな火吹君は」
「新米ですから、当然です。」
俺は普通に返したつもりだったのだが、木下課長の答えは
「昔は、それが当然だったんだがな、働き方改革やら欧米先進国の真似をしようとして、決めた法律が今の日本にあっているのかどうか非常に疑問だよ」
「在宅ワークだの、残業禁止だの、有給完全消化だの、日本人の【勤労】という文化は何処へ行ったんだろうね、会社が儲からなくては、私達社員の給料だって上がらないのにね」
「おっと、朝からすまない、愚痴っぽくなってしまったね、今日午後から君の予定は空けておくように社長から連絡が昨日遅くにあったんだけど、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。午前中は人事部に顔を出すように言われてますが、午後は大丈夫です。」
「そうか、それじゃよろしく頼むね」
木下課長は要件を言うと、上着を脱ぎ、仕事に掛かりだした。
働き方改革、、、
最近よく耳にするワードだ。
会社のこなさなければならない仕事の量を減らす事は出来ない。
でも、残業をさせてはならない。有給はすべて消化しなくてはならない。
うちの会社は有給公休合わせて118日あるから、大体3日に1日は休む計算になる。
では残った、仕事は誰がやるんだ?
(昨日遅くに、社長から連絡があった、、、)
木下課長の言っていた言葉がひっかった。
俺は18時には、退社して自宅で勉強していた。
葛城仁社長が帰宅したのは、22時過ぎ、、、
木下課長もそれまで仕事していたのか!
残った仕事をこなしているのは、管理職の課長以上の人達だ。
衝撃だった。
本来なら、目上の人物に苦労させずに、自分達がやらねばならぬ仕事を組合に属さない管理職の人達がやっているなんて、、、
それはおかしい。
俺の中で、憤りの無い気持ちが持ち上がる。
そこに丁度、出社してきた門田応史主任が、声を掛けてきた。
「火吹君、おはよう。」
「今、下で人事部の神戸部長とあってね、もし君が出社しているようならすぐに人事部に来てくれって」
門田主任は28歳、俺の世話係でいろいろ、大人のルールを教えてくれる。
優しく、人の好い人物だ。
「わかりました。」
と返事し、3階の人事部に向かう。
コンコン
「営業部の火吹です。失礼します。」
と言い、人事部の扉を開けて、入室する。
人事部の部屋は、基本個人情報の塊なので、2重扉になっている。
今。俺が入って来たのが、人事部の一つ目の扉。
目の前にインターフォンがあり、呼び出しボタンを押し再度名前を名乗る。
周りは防犯カメラが、4つあり二つ目の扉は電子ロックされており、中からしか開けられない。
電子ロックの扉が開き、顔見知りの女性が声を掛けてくれる。
「おはよう、火吹君。」
春日百合さん28歳だ。
俺が始めて、この会社で仲良くなった大人だ。
相変わらず、綺麗で清潔感があり、微かに香水の匂いがした。
「おはようございます。」
キチンとお辞儀して、中に入る。
人事部の内部は幾つもの、ブースに分かれておりそれぞれに鍵付きの扉が着いていた。
入って、一番広く取ってあるフロアにソファがあり、来客や打ち合わせなどが、出来るスペースがある。
そこに人事部長の神部正志さんが座っていた。
迎いには、俺と同じくらいの年齢の顔は見た事が無いが若い男性が座っていた。
「おはようございます。神部部長。」
と言い、90度腰を曲げてお辞儀する。
神部部長は相変わらず、紳士でシュッとした、いかにも仕事できますオーラを出しまくっていた。
「やぁ、おはよう火吹君、営業部はどうだい?」
「だいぶ慣れました。」
「なんか社内で凄い噂になってるよ、偏屈の蛇目野社長と仲良くなって、新しい事業が立ち上がるって」
「いえいえ、一生懸命、真面目に仕事してるだけですよ。」
「そこが、君の良い所だろうね」
神戸部長は座りなおして、厳しい顔をして俺に自分の隣に座る様に促す。
俺は素直に従い「失礼します」と言い、神部部長の隣に座り俺と変わらないくらいの年齢の人を見る。
色白で、顔にはそばかすがあり、着なれないスーツを着ている。印象は悪くない。人の好さそうな感じがする。
それが俺の帝城高校の先輩安藤聡の第一印象だ。
神部部長は、真面目な顔をして俺に話しかけてくる。
「彼は、火吹君と同じ帝城高校、今季卒業予定の安藤聡君、君と同じく【特別枠】で弊社に面接に来たんだ」
(帝城高校先輩、、、特別枠、、、今朝、舞もお父さんも何も俺には言っていなかった、、、どういう事だろう?)
神部部長は話を続ける。
「っで、彼の面接と合否を君に決めてもらうように社長から指示されている。」
「えっ!!」
俺は思わず、驚きの声を出してしまう。
「どういうことですか?僕はまだ、入社して半年です。」
「人事面接や採用の事なんてわかりませんが、、、」
「うん、君の気持ちもわかるが、社長命令でね。私が同席してアドバイスするから、これからやってみようか」
「はぁ~」
歯切れ悪く、返事する。
それはそうだろう、人事とはその人間の人生を左右する事にもなりかねない重要な部署であり責任だ。
俺の様な若造が、決めていいものではないはずだ。
神部部長は、穏やかに
「君の気持ちもわかるけど、これも勉強だと思えばいいんじゃないかな?」
「君にとってマイナスになる事は無いと思うよ」
「わかりました。よろしくお願いします。」
俺の腹は座った。前にいる先輩を採用すかどうか、自分の判断に全て委ねられたと言う事だ。
通常、この会社に入る為には、エントリーシートを提出し、書類選考を通過して、3回の面接に最終的には役員面接で、晴れて採用となるわけだが、、、
それを全て省いて、俺の責任で一任すると言う事だ。
(仁父さんも無理をしてくれる、、、俺に目の前にいる人間の人生を背おれるのか?)




