始めての営業
俺が京仁織物株式会社に入社して、2ケ月が経った。
その間、お辞儀の仕方から、名刺交換の仕方、電話の受け答え方、社会保険の仕組みやら税金の種類についてと、大人になるための基礎知識を人事部で、教わった。
その中で、驚いたことがいくつかあった。
会社に掛かってきた電話を受ける時は、社長であろうと呼び捨てにすると言う事だった。
もちろん上司でもそうだ。
それと社会保険の仕組みについて、税金をこれほど一般の大人たちは払っているのかと驚くほどの金額だった。
国に支払う、所得税。
地方自治体に支払う、住民税。
病気をした時の為の社会保険は、会社と社員が折半で払っている事や年金についても、国民年金と厚生年金があり、会社に勤めるものは厚生年金に加入が義務化されており、労使折半になっている事。
退職金についても、教わった。
退職金は義務ではなく、ある会社と無い会社がある事。
ある会社は、目に見えない所で会社が従業員の為に、お金を出しているという事実。
もちろん京仁織物株式会社は後者で、退職金の積み立てをしていると言う事。
それらの中で俺が一番、俺が興味を引かれたのが【自社株式発行】についてだ。
【株】というと、お金儲けに使うリスクのある投資としかくらいの知識しか無かったが、勉強すればするほど奥が深い。
ひとまず、株の事は自宅で勉強していくとして、今日から晴れて【営業部】へ配属される。
今までお世話になった、人事部の春日百合さんに感謝を述べ、神部正志人事部長にお世話になったお礼とこれからも頑張っていく旨を伝えると、何か困ったことがあったら相談してくるようにと言われ、固く握手して人事部から営業部へ私物を持って、エレベーターを上がって行った。
本社自社ビルに人事部は3階にあり、営業部は部署が5つあり第1営業部から第5営業部まであり、5階から7階までの全てのフロアを占領していた。
俺は第2営業部に配属された。
主に法人(会社の事を言う)相手の営業をする課だそうだ。
ちなみに第1営業部も法人担当だが、取引規模によって第1と第2に別れているらしい。
俺の配属されたところは、人事部とは全く雰囲気が違った。
まるで戦場の様な、緊張感が溢れていた。
第2営業部 法人営業担当第3課に配属された。
3課の課長は木下尊という40歳の課長だ。
身長は170センチ程で、それほど大柄ではなくぽっちゃりした感じだが、目付きは鋭く、厳しいイメージを受けた。
髪はかなり薄くなってきているが、本人はそれほど気にしていないらしい。
短く刈り込んでいて、ぽっちゃり体型の割には、清潔感を感じる。
俺は私物を持った、段ボール箱を持った状態で、木下課長の元へ挨拶に行った。
「本日より、配属されました、火吹武将ですよろしくお願いします。」
大声で、腰を90度折り最上の挨拶をする。
木下課長は多忙の様で「ああ、君が火吹君だね、話は聞いてるよ。よろしくね」と、捲くし立てるように早口で、言うと部下の門田応史という28歳の主任を呼び、俺の面倒を見るようにこれまた早口で伝える。
門田主任は、俺と同じくらいの身長で、大柄な体格に優しそうな目をしていた。
「火吹君だっけ?、このデスク使ってよ」
一番奥の端にある、空いたデスクに案内された。
「ありがとうございます」
と、門田主任にお礼を述べ、私物をとりあえずデスクの上に置く。
「それじゃ、午前中にデスク片付けて、午後は僕と一緒に営業に出るよ」
「わかりました。」
「それじゃ、1時に出かけよう」
「はい」
周りは電話が、鳴りやまず、社員の名前を呼ぶ声が飛び交っており、まさに戦場であった。
私物を片付け、与えられたパソコンの初期設定を済ませて、営業3課の組織表に目を通し、名前を一応全部覚える。
少し時間が空いたので、昼食迄営業3課の成績を自分のアクセスキーを使って調べてみた。
恐らく仁父さんの配慮だろう、俺のアクセスキーは会社のどんな所にでもアクセスできるように、権限が与えられていた。
帳簿さえ除くことが可能なのだ。
社長の給料がいくらかも、わかってしまう。
それだけ自分の事を信用していると言う事だ。
決して裏切るまいと、密かに心に誓う。
あっという間に、午後になり門田主任は、優しい顔の中に厳しさを持って、俺の前にやってきた。
「火吹君、君と最初に行く会社ね、木下課長に言われたんだけど、かなり癖のある社長のいる会社なんだ。」
「とりあえず、何を言われても今日は耐えてくれよ。」
「はい、わかりました。」
渋谷から山手線で蒲田駅まで行き、徒歩で10分ほどの所にある【ジャメノ靴製造会社】まで来た。
敷地はとても広く、本社の横には工場も隣接していて運動靴から登山靴、スポーツシューズ迄、靴に関してはほとんどの靴を製造していた。
年商は京仁織物より、100億円位、高い会社だ。
親族経営で、社長から常務、専務、取締役まで全て親族が就任しているとの事だ。
受付で、アポの確認を取ってもらう間に門田主任は、再度俺に言ってきた。
「いいかい、正直17歳の君には荷が重い、担当かもしれないが、君の初担当になる会社だ。」
「くれぐれも、我慢してくれよ」
「わかりました。」と俺は普通に返す。
受付の女性が、笑顔で「10階の社長室にお上がりください、私がご案内します。」と声を掛けてきた。
「ありがとうございます」
と俺は、普通に話したつもりだが、案内してくれる女性は不安げに俺を見るのが気にかかった。
10階にエレベーターで上がり、案内してくれた女性が、社長室と大きく書いてある部屋の扉をノックする。
中から「入りなさい」と声が聞こえる。
女性は「失礼します」と言いながら、扉を開け中に入る。
「京仁織物株式会社の門田様と火吹様です。」
と言い、お辞儀をして部屋を出て行く。
ジャメノ靴製造会社の社長は、ゴルフのパターの練習をしながら、こっちをチラッと見る。
「今日は何の様だ?」
門田主任が、腰を90度折り曲げお辞儀をして
「お忙しい中、お時間を頂き誠にありがとうございます。」
「実は御社の担当が、私から火吹に変わるもので、ご挨拶に伺いました。」
すかさず、俺は同じく腰を90度折り曲げお辞儀をしながら
「火吹武将です。よろしくお願いします。」
と言い、名刺を渡そうとするが、ジャメノ社長は名刺を受け取るそぶりも見せずに言う。
「新しい、担当?君はどこの大学出だ?」
俺は堂々と自然にゆっくりと
「大学は出ておりません。」
とはっきりと言う。
ジャメノ社長の顔が変わる。
「高卒?」
俺は正直に話す。
「申し訳ありません、高校も出ておりません。高校中退です。」
ジャメノ社長の顔の形相が変わる。
「門田君、君はうちの会社をなめておるのかね、高校中退が担当なんて馬鹿にするのもほどほどにしろ!」
門田主任は、大きな体を小さくして
「も、申し訳ございません。か、会社の方針でございまして、、、そ、その、、、」
ジャメノ社長は大声で怒鳴る。
「もういい。お前の所との取引はやめだ!」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
「とっとと、出て行け!!」
持っていたゴルフのパターを門田主任目掛けて、投げつけてきた。
門田主任は、右腕でパタークラブを受けながら、逃げるように部屋を出て行く。
俺は悠然と、社長室に一人残る。
ジャメノ社長は、俺を睨み
「何をしているとっと帰らんか、高校中退のきさまになんぞ何も用はない!!」
俺は変わらず、堂々と激高するジャメノ社長を前に話し始める。
「社長は、私の人柄や能力など関係なく、高校中退だから弊社との取引を辞めると言うのですか?」
「ああ、そうだ!高校中退なんぞに大事な取引を任せていられものか!そもそも、高校中退なんぞを雇うお前の会社も底が知れてるな、とっとと出て行け!」
俺は全く変わらずに静かに話す。
「わかりました。」
ジャメノ社長は興奮した顔で
「わかったら出て行け!この出来損ないの不良が」
俺はそれでも変わらずに、話をする。
「あなたが、そういう大人なので、こういう言い方はしたくありませんが、、、」
「私の名前を社長は聞きましたか?」
「ふん、高校中退のガキの名前なんぞ知るものか!!」
俺は自然に、悠然と諭す様にゆっくりと話し出す。
「私の名前は【火吹武将】、曽祖父はKABUKIコーポレーションの創始者で、私は現在の火吹家当主です。」
「叔父はKABUKIコーポレーションの社長を務めております。」
ジャメノ社長の顔が一瞬で激変した。
俺は悠然と「失礼します」と言い、社長室の扉を閉めて出て行く。
一階に着くと、案内してくれた受付の女性と門田主任が、物凄く心配げに俺を見てきた。
門田主任が、始めに話しかけてきた。
「火吹君、大丈夫か?」
俺は明るく「大丈夫ですよ、心配には及びませんよ」
と、いたって普通に答える。
「主任、ちょっと電話してきてもいいですか?」
と断り、誰も見えない所まで行き自分のスマートフォンを出し、電話を掛ける。
「ミッドか、実は調べてもらいたいことがある。頼めるか?」
いくつか話して、通話を切る。
授業中の時間だが、ミッドは耳にはめたイヤフォンで話を聞き、文字で会話をこなす。情報系の天才なのだ。
直ぐに、俺は門田主任の所に戻り
「今日は、本社に戻りましょう」
受付の女性にキチンとお辞儀して
「バタバタさせちゃって、すいませんでした。」
受付の女性は「いえ、私達は慣れておりますから、、、」
と言い、身長180センチの俺を見て、少し頬を赤らめて、年下の俺を心配げに見送ってくれた。
蒲田から渋谷まで、約一時間くらいかかった。
帰る間中、門田主任は俺の事を気にかけてくれた。
俺は、心配しなくて大丈夫ですよ、と何度も言いどっちが年上だかわからない状況になっていた。
渋谷の本社に着くと、俺のタブレットにミッドから大量のデータが送られてきた。
そのデータに俺は目を通し、自然とデスクに座っていると、木下課長が、血相変えて俺の前まで来て、
「葛城社長がお呼びだ、直ぐに社長室に行ってくれ」
「わかりました」とごく自然に答え、タブレット片手に最上階の社長室に向かった。
営業室を出る時、門田主任が心配げに声を掛けてきたが
「大丈夫です。」
と優しく、声を掛けエレベーターに乗る。
社長室の前まで来て、ノックする
「火吹です。」
「入りなさい」
葛城社長から返答が来る。
「失礼します」
と言いながら、扉を開けるとそこには想像通り、ジャメノ社長が葛城社長と一緒に居た。
俺が入っていくと、いきなりジャメノ社長は、俺の間で土下座して謝罪してきた。
「すまない、君がKABUKIコーポレーションの一族とは露も知らず大変なご無礼を働いた。誠に申し訳ない。」
「今、KABUKIコーポレーションとの取引を切られたら我が社は倒産です。」
床に、頭をこすりつけて、自分の子供のような年齢の俺に土下座する。
これが、大人・な・の・か、、、
俺は葛城社長に断り、来賓室を使わせてもらいジャメノ社長を迎いに座ってもらい、俺の横に仁父さんが座る。
そこでも、ジャメノ社長は俺に謝り続けた。
俺はいつもと変わらず、自然にタブレットを開き話し始める。
「ジャメノ社長、ひとまず話をしましょう。」
「??」
「失礼ながら、御社の事を調べさせていただきました。」
「御社の売上は、順調に増加しているにもかかわらず、利益は逆に減ってます。」
「売り上げの8割強をメーカーの下請けに頼っている為、メーカーからのダンピング(値下げ)にあっているのではありませんか?」
「利益が減っているのに、役員報酬は変わらず、離職率が上がっております。」
「これは、社員達に利益を還元しないためにやる気を失っていると思われます。御社の抜本的な体質改善をしないと、メーカーから万一取引を停止された場合、命運にかかわります。」
「そこで、我が社からご提案があります。」
「・・・・・」
「この合成繊維をご覧下さい。」と言って、京仁織物で高級雨具に使用されている生地だ。
「この生地を使って、高級スポーツシューズのオリジナルブランドの立ち上げをご提案いたします。」
ジャメノ社長は、うちの生地を手に持ち引っ張ったり、もんだりして強度を確かめていた。
「これは、防水なのかね」
葛城社長が、誇らしげに
「ええ、雨具で売っておりますので、完全防水で軽量です。」
ジャメノ社長も、性格にはかなり問題はあるものの経営者であることに変わりはない。
この話に儲かるチャンスがある事を正確にかぎ取る。
「も、もしそのお話を形にした場合、御社はこの生地を他社に提供する事は、、、」
「ありませんよ」仁社長が、確約する。
ジャメノ社長はオロオロしながら
「あれほど、酷い事を言った私を許してもらえるのかね?」
俺はいつもと変わらずに
「許すも何も、僕は仕事しているだけですから」
ジャメノ社長は更に心配げに話をしてくる。
「今、うちはKABUKIコーポレーションの子会社【ADOMOSシューズ】と提携関係にあります。火吹さんの子会社に流した方が、良いのでは?」
「私の様な、若者にさん付けは止めて下さい。」
「今の私はKABUKIコーポレーションとは、全く関係ありません。むしろ葛城社長は義理父にあたります。」
「京仁織物の利益を優先するのは当然です。」
「どうです?リスクはありますが、賭けてみる価値はあると思いますが」
ジャメノ社長は右手を出して俺に握手を求めてきた。
「やりましょう。」
「ありがとうございます。」
高校中退の俺が、始めて取った仕事だった。




