戦闘鍛錬
ズドン!!
バコン!!
ドカッ!!
東京港区虎ノ門にある火吹邸内正門を守備する【衛士棟】最上階には50人は同時に鍛錬できるトレーニングルームがある。
その中央にはロープに囲まれた本格的なリングが設置されていた。
そこで、今俺は衛士隊の中でも今や実力ナンバーワンとなった、土門武士とスパーリングをしていた。
帝城高校時代 いやHANZOというバンドを組んでいた頃からの練習スタジオに使用していたスタジオ支配人【ゴンゾー】さんの甥っ子であり年齢的には後輩である大きな恐れる巨人、ジュニア格闘技全国覇者にして火吹邸の守護人。
ブン!!
暴風を伴って飛んでくるリーチの長い右フック。
俺は頭をガードして姿勢を低くして、そのフックを交わして武士の懐に飛び込みながら両足膝裏をつかみ、自分の右肩を押し付けタックルを決める。
武士は俺のタックルを受けて後方に倒れこみながら、俺の右腕を怪力でつかみ取り態勢を瞬時に入れ替えて俺の腕を自分の両足で挟み込み右手をギリリっと雑巾を絞るように巻き上げる。
腕ひしき十字固めだ。
俺は思わず武士の腕を叩きながら
「タップ、タップ」
ギブアップの合図を送るとスルリと俺を解放してくれた大いなる巨人。
「やっぱり、武士にはまだまだかなわないな~」
強面で無口な巨人は俺を見下げて
「将軍さんは良いスジしてます」
ドスの利いた声で答える。
以前はこの風貌と声だけで怖がっていたものだが、今ではたまにこうやって一緒にスパーリングしているようになった。
COOBデザイン株式会社CEOである侯葺縁さんからのアドバイスで始めた護身術だ。
衛士隊隊長であり警備責任者である谷樫心衛、元総合格闘技日本一になりかけた男で土門武士が信頼する数少ない大先輩。
「武士の言う通り、武将様は格闘技の素質十分ありますよ。経営者を目指していなければプロで十分通用するレベルです。」
「そうですか?ここで練習しているとどんどん自信が無くなるんですけど」
「ははは、ここにいる連中は武将様もご存じだと思いますがほぼ乱呪出身者ですから」
乱呪とは土門武士や谷樫心衛さんがこの屋敷警備する火吹衛士隊(命名 侯葺縁)に入隊する以前プロの格闘家として切磋琢磨していた格闘技ジムである。
世界戦にも出場経験者を出すほどの本格的なジムだが、一番個性的なのは乱呪はスポーツというより実践に重きを置いた格闘技専門ジムだということだ。
「そうは言いますけど、武士 俺がさっきタックルした時、自分から倒れこんで態勢を変えていたよな」
恐れる巨人は一言
「将軍さんはすごいです。」
たまらず谷樫心衛さんがフォローに入る。
「武士、いくら何でもそれじゃわからないだろう。武将様は武士の右フックを姿勢を低くしてかわしてそのまま武士の懐に飛び込みました。2メートル以上ある長身の武士にとって自分の懐に入られるのは苦手なんです。武士は遠距離で打ちあうタイプですから」
「なので、自分から後方に倒れこみ主導権を失わないようにしながら武将様の腕をとり寝技に持ち込んだんです。でも、本来 武士は寝技は得意としません。武将様の攻め込むスピードが速かった為、仕方なくそうせざる得なかったのです。」
「そこまで、武士を追い込んだ武将様が凄いと言いたいのです。しかも武将様は格闘技を習い始めて日も浅く、この短期間に今の武士をここまで追い込むことのできる素人はまずいないでしょう」
「そうですか?」
(あまり褒められている気はしないけどな~)
「谷樫さんなら武士とどう戦いますか?」
俺は興味本位で聞いてみた。
谷樫さんは笑いながら
「今の武士に勝てる格闘家は日本にはいませんよ。」
(そうなの?)
「しかし、これが格闘技でなく犯罪者としてなら武器を使ったり不意打ちをくらわしたり、人質を取ったり卑怯なやり方はいくらでもあります。」
「それを食い止めるのが我らの仕事と捉えてます。」
(えっ?)
「格闘技日本一という称号よりここにいた方がいいのですか?」
気が付くと俺たちの会話をそこにいる衛士隊全員が俺を見つめて聞いていた。
代表して谷樫心衛さんが分厚い胸を張って
「当然です。」
「武将様はじめこの屋敷に住まう方々の警護をすることの方が遥かに楽しく誇りある仕事と全員思ってますよ」
俺は無性に嬉しかった。これだけの強者達が俺たちを守ってくれているのが《誇り》だと言ってくれることが何よりも俺の心を感動という言葉で震わした。
その後、俺はそこにいる衛士隊全員と一人一人と握手して挨拶を交わして、衛士棟から屋敷へと向かった。
二十歳にも満たない小僧であった、俺が勝手に作り上げた警備組織が数年でこれほどの信頼と感動を築けるとは当時全く思っていなかったのだが、これからの俺たちにはこれほど心強い仲間はいないだろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
話しはガラッと変わるが、先日京仁織物株式会社 戸塚営業所 所長室で話された人事異動のことだ。
寸動永子さんのこれからの話は、本人が己の意思の硬さを証明して、俺が2年後の25歳を迎えKABUKIコーポレーショングループ社長就任に向けて共に歩むこととなった。
人の能力なんて、俺はどうにでもなると勝手に個人的には考えている。
大切なのは、やるかやらないかという覚悟と相応の努力だと思うが、誰しもチャンスはあるが達成できるかは本人の意思が一番重要だろう
当然、自分を取り巻く環境や人間関係も大きく作用するだろうが、俺の目が届くところに不正なハラスメント行為や不法ないかなる暴力も俺は絶対に許容しない。
今後その規模が莫大で壮大になろうとそれは変わらない。
俺の目が届かなかった。
俺は知らなかった。
等と言い訳にはしない。
その為の努力をこれから2年間のうちに学ばねばならない。
足元の基礎を固めてこそ俺の夢はかなえられる。
寸動永子さんだけに関わっている時間は俺には無い。
寸動さんにはもちろん共に幸福と成功をつかんでもらいたいという気持ちはあるが、そのために俺が全てを教え込むことは不可能だ。
本人の意思と努力にかけるしかない。
屋敷に付くと玄関でシゲさんが全くいつもと変わらずに俺を出迎えてくれる。
そして、妻の舞は汗をかいた俺にタオルを手渡し
「お疲れ様」
っと優し気に声をかけてくれる。
リビングに進むとソファに座るのと同時にツネさんが冷たいお茶をそっと手渡してくれる。
こんな日常が普通でないのは、とっくにわかっていたことだが叔父の火吹竜治からあの重大発表があって以来、いつもと変わらない屋敷内が違って見える。
俺が火吹財閥当主として真に皆に認められ、自分自身もその責任の重さを熟知し始めたから、、、、
いつもの日常が、違う日常に見える。感じる。
しかしそれはとても【心地よい】
自然に受け止めている自分がいる。
今までただ、がむしゃらに突き進んできた自分だが、今また新たに成長して古い自分を脱ぎ捨て、脱皮しようとしている自分を感じた。
寸動永子さんの件にしても彼女とは、共に頑張ってきた仲間である。
その彼女がこれからも俺自身と共に歩んでいきたいと望むのなら、以前の俺なら自分で全部面倒を見ようと考えただろう
だが、今の俺の判断は違った。
リビングに二人並んで腰かけている新婚夫婦に向けて俺は話しかける
「縁さんお願いがあるのですが」
妖艶と言える経済界の女王は長く豊かなカールした髪を軽く振り
「何でございますの?」
「女性を一人、鍛えていただきたいのですが」
美しい女性は首を右に傾けて
「武将様がそのように申しますのは、ホト以来初めてでございますこと」
俺は一度だけ瞬きをして麗しい女性の眼を見て
「はい、ホトと同じようにしていただきたいのです。2年間で」
「その方は、武将様にとって大切な方なのですね」
俺はただ一言
「はい」
っとだけ答える。美女の決断は早く決定的だった。
「分かりましてよ。それではホト、あなたがその女性をお鍛えなさいな。」
驚くのは隣で座っている俺の大親友
「わいがですか?」
坂本龍馬を尊敬している大親友は、気心知れている仲間といるときだけなんちゃって竜馬節になる。
「我社のCEOの座を蹴っ飛ばしておいてわたくしの言うことが利けないなんてことはありませんことよね」
「えっ!!」
「ホト、お前COOBデザイン継がないのか?」
俺が少し慌てて聞き直すと当人は
「はぁ~~~じゃよ、わいは将軍と共にある。それだけじゃ。」
麗しの大人の美女はここぞとばかり、会社で言えなかったことを続々と吐き出し始めた。
「武将様、お聞きになってくださいましな。ここまで手塩にかけて育てたわたくしよりホトは武将様をお選びになったのですわ。まったく人の気持ちもわからず図々しいにもほどありましてよ。その上、これほど美貌と財力、権力をもつわたくしの頼みごとを上級役員会議で皆の見ている前で堂々と断りわたくしのメンツも丸つぶれですわ」
俺とホトは目を合わせたがホトは全く何の反応も示さなかった。
仕方なく俺が話すことに
「美貌はともかく財力と権力に僕たちが興味がないことはご存じだったのでは?」
「わたくしが世界一美しいなんて、お褒め頂けることはこの身に余るお言葉ですけど、、、、、、、、、」
(駄目だこりゃ、夫婦喧嘩は犬も食わないってやつか)
「そいで、誰を鍛えればええんかの?」
過去のホトなら好意を持つ女性の発言を途中で遮るようなことは無かったであろう
それだけ二人の関係が深くなったというかホトが成長したのだろうな
俺は確信のついた問いに答えようと立ち上がり
「京仁織物株式会社 戸塚営業所の寸動永子さんだ」
ホトはただ一言
「わかった」
「来月からCOOBデザイン株式会社に出向という形で行かせるからよろしく頼む。」
ホトは俺の眼を見て睨みつけるように
「本物にするということでいいんじゃな」
俺もホトの眼を見て
「ああ」
っと、だけ答える。
これだけのやり取りの中に、俺の気持ちをすべて取り組み本気でやることを約束し、もし万一ついてこれなくてもよいかと俺に確認してきたやり取りだった。
寸動永子さんは、京仁織物株式会社の正社員である。
戸塚営業所の人事に関しては、火吹武将が葛城仁社長より一任されているので、リビングのいつもの場所に腰掛ける京仁織物株式会社社長は黙ったままやり取りだけを聞いていた。
(やることが満載だな、、、、わくわくするよ、、、)
とんでもない男はこのとんでもない状況を楽しんでさえいたのだ。
それを知る者は、数少ないだろうがこの男は間違いなく感じ取っていたに違いない。
赤坂にあるKABUKIエンターテイメント本社最上階にある社長室
俺の親友彭城楓真は水島社長の前で細く長い脚を組みよくとおる綺麗な高音で会話していた。
「楓真君、今年のグラミーは惜しかったね。ノミネートはされたんだけどね」
「俺の力不足です。」
「来年は必ずもぎ取ります。」
同姓が見てもこれ以上造形美に達した人類を見たことが無いと思うのは俺だけではないはずだ。
顔は小さく、肩まで延びた髪は豪奢で軽くワックスでまとめられていた。
手足は異常と言えるほど細く長く、美しいが繊細さとは違った力強さを体全体から発していた。
「水島さん、来年は俺ニューヨークにずっと居ようかと思います。」
水島社長のことをさん付けで呼べる唯一のアーティストだがそれを聞いていても全く不快や不敬に感じさせないのは、この男の持って生まれた神聖性とでも言うのか雰囲気がそう感じさせている。
「わかったよ。それじゃスケジュールにその他もろもろの準備はこちらでやっておくとしよう。」
「何か特別に向こうで会いたいプロデューサーとか音楽家とかいるかな?アポを取っておくよ」
「ありがとうございます。音楽関係者に会いたい人はいません。日本と同じで練習場所や撮影、配信、音楽監督諸々のスタッフだけ用意をお願いします。」
「わかった。向こうのテレビやメディア関係にはいつでも出演できるようにしておこうそれと警備スタッフは増やしておくよ。お国柄安全面は重要だからね」
「お願いします。」
KABUKIエンターテイメント社長と直に二人きりで話せる年下の男は武将の状況を知り自分の能力を更に上げる努力を始めたのだった。
今や日本を代表するアーティストと言っても過言でない、天才で才能に溢れた男は、自分を成功の上へと更に鍛え上げることに余念がない。
しかも他人の真似事や時代の受け狙い、流行とは全く関係なく【自分の音】を作り上げることに余念がない。
水島社長との打ち合わせを終えて、帰宅してきた楓真は今日は日曜日で皆で先ほどまで寸動永子さんの事を侯葺縁さんにお願いしていたリビングにモデルの用に軽やかに優雅に入ってきた。
早速俺に話しかけてきた。
「将軍、俺は来年アメリカに一年間行ってくる。」
俺は古くからの付き合いのスーパースターに顔を向けていつもと変わらずに話しかける。
「そうか、グラミーとるんだな。」
「ああ」
たった、これだけの会話の中にどれだけの感情が入り込んでいるか知っているのは、これもごくわずかだろう
驚いたのは、その場にいる大人たちである。
初めに楓真の一番初めのファンを自称する 俺の義理母 葛城唯母さんが興奮した目つきで
「ふ、楓真さんついに世界でもトップを狙うんですね」
楓真は流し目でちらっと唯母さんをみて
「はい」
っと、だけ答える。
だがそれだけで、唯母さんは興奮マックスになるのだ。
一緒に同棲してすでに数年が経つというのに、スターと同居するということはファンにとっては究極の幸福感なのかもしれなかった。
唯母さんは両手を顔の手の前で、握りながら目を輝かせて
「わ、私も楓真さんの身の回りのお世話にアメリカに行こうかしら?」
(いやいや、お義母さんそれは駄目ですよ~)
苦笑しながら数十年にわたって伴侶としてやってきた人が一言
「母さん、楓真君は遊びに行くのではないよ」
仁義父さんの言葉に珍しく?賛意を示す愛娘は
「そうよ、お母さんには尚武や結紬の面倒も見てもらわないと困るし、私たちはこれから更に忙しくなるだろうから、ツネさんとこの屋敷を守ってもらわないと」
「舞まで、そんなこと言うの?」
愛娘の裏切り発言にちょっとがっかりした乙女を捨てきれない母なる女性は両肩を落としながら
「今まで、何十年も舞やお父さんの面倒を見てきたんだから少しくらい、、、いいじゃないの、、、、」
俺は葛城家のことに関しては、何も言える立場でなかったし【御恩】しかない唯母さんに物申す勇気は無かった。
「唯さん、俺は一年したら必ずグラミーとって戻ってきます。そして一番初めにグラミーのタテを唯さんにお見せすることを約束します。」
スーパースターの一言は、ここにいるどんな権威権力を持つ誰よりも説得力が唯母さんにとってはあった。
「わかりました。楽しみにお待ちしてますね、楓真さん。」
唯母さんの思いはここで一段落ついたのだが、楓真は更なる手榴弾を安全ピンを抜いて投げきた。
「将軍、武士を俺の警護として連れて行っていいか?」
「武士を?どうしてだ?」
俺は珍しく楓真の考えが読めずにいた。
警護なら水島社長が用意してくれるだろうに
「これからの警護は、格闘だけでなく銃や武器に対する訓練も必要だからだ」
「「「「!!!」」」」
そこにいる全員が気付いた。
KABUKIコーポレーショングループ社長に就任する火吹武将を警護するには、日本のやり方では限度があるということを
銃の扱いや武器の知識、警護方法の違い、、、、
銃社会であるアメリカで武士が学ぶことはとても多いだろう
それに気づいたのが、日本を代表するアーティストだけだったとは、何とも情けない気分だ。
「そうじゃな、楓真の言う通りぜよ。武士君だけでなくて数名行かせた方がいいじゃろうな~」
もう一人の俺の親友が坂本竜馬節で賛成表明する。
俺は即断して
「わかった、人選は谷樫さんと相談して早めに決めておくよ」
最後に絶対安全安定の昭和の執事シゲさんが話を締めくくる。
「そういうことでしたら、シークレットサービスの代表とミスターマルガッス・シュタインは深いパイプを持っております。ミスターに一言お願いするのが良いかと」
シークレットサービス、、、、
確か大統領や要人を警護する組織だったよな。
その代表とマルガッス・シュタインさんが友人だとは縁が紡がれるものだな。
俺は密かにこの縁という事柄を【ゼロシティ】とは別に事業にできないか模索しているところだった。
火吹武将の未来は、とんでもない多忙さと困難さの中に新しい光を誕生させる事のようであった。




