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KABUKIコーポレーション  作者: イー401号
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激動前夜

現KABUKIコーポレーション社長であり、叔父の火吹竜治から火吹財閥の歴史を聞き自分の役目の重さに驚きを隠せぬ現火吹財閥当主【火吹武将】はどう選択し、どう動くのか?

また、義理父であり京仁織物株式会社 社長の葛城仁はある覚悟をもって動き出す。

怒涛の展開を楽しんで下さい。

その夜、俺は全く眠れなかった。

いつも布団に入ると数秒で爆睡する自分にとっては、大変珍しいことである。

その理由は言うまでもなく、先ほどまで港区のど真ん中にある火吹財閥屋敷内での現KABUKIエンターテイメント社長である火吹竜治叔父の話の内容が、深くて大きすぎて、、、、、


っというか、全く現実味を感じないくらい心と頭脳がついていけてなく、ただ興奮だけが先走りしているためであった。


コンコン


武将の部屋の扉がノックされる。


既に竜治叔父はじめ京香叔母にタカヒコ、ミッドは帰宅していた。


深夜3時。


この時間に武将の私室扉をノックするのは、この屋敷には二人しかいない。


そのどちらかだと俺は思った。


「あいてるよ」


俺は机に向かって、振り向きもせずに答える。


「夜分にごめんなさい。なんだか眠れなくて、、、、」


愛する妻の舞の方だったようだ。


「将軍、聞いたぞ。」


二人ともかい!


そう、今や全世界の注目の的と言っても過言ではないスーパースター


彭城楓真(さかきふうま)である。


仕事が遅くなったのか、今帰ってきたばかりのようだ。

顔にはうっすらと化粧が施されていて、来てる服も正にスターが今帰ってきましたと言わんばかりの派手目な服であった。


そもそもこの部屋は俺と舞の部屋だった。


だが今は夫婦とはいえ、部屋を別にしている。

もちろんそれには理由がある。


1番は、俺の仕事がハードすぎて舞のことをかまってやれる余裕がないということだが、舞本人もそんなことは百も承知で全く気にしておらず、子育てもあることから自然とこの部屋に居る時間が減ったということだ。

しかも、着たい時に来ているのが現状だ。


2番目は、同居人が増えすぎて舞と俺が同じ部屋にいられるのを舞は言葉にはしないが、恥ずかしく思うようになってきているみたいだ。


高校生の時に出産しているとはいえ、高校生時代の友人と一緒に暮らすのは、22歳の舞にとってわずかばかり面はゆいようだ。

ホトと侯葺縁(こうぶきゆかり)さんは同居しているというというのに、、、、


まっ、あちらは新婚同様だからなぁ~


3番目は、こいつ楓真がちょくちょく俺の部屋に入り浸っているせいでもある。

これだけ、スケジュールも忙しく全世界を飛び回っている男が暇さえあれば、俺の部屋に遊びに来る。


舞からしたらとんでもない邪魔者だ。


「将軍!やっと覚悟が決まったんだな」


楓真が疲れている身体に無限の夢をのせて、気持ちが乗り越え怒涛の如く俺に降りかかってくる。

軽やかだが重く綺麗な声で2重にのしかかってくる。


「さっき、俺も聞いたばかりだ。まだ呑み込めてないよ」


「将軍はやりたい事業があって、それにKABUKIコーポレーション社長という強い武器があれば、成功する可能性はかなり上がってくるんじゃないのか?」


楓真の言ってることもわからないでもない。

だが、まだ俺の心の中で整理が全く追い付いていない。

俺は下を向き、肯定も否定もしない。


「楓真、今日は遅いから悪いけど武将一人にしてあげましょう」


俺の妻は、とても俺のことを理解してくれている。

それは昔からずっと変わらない。


中学校のあの事件の時から今もずっと、俺の事だけ見て俺を気遣ってくれる。


俺のこの世界でただ一人愛する妻だ。


「楓真すまん。今は勘弁だ。」


「・・・・・・わかった。」


楓真も自分の興奮する心を閉じ込めて、舞の言葉を受け入れてくれる。


パタン


静かに閉じられる扉の音がいつもに増して、静かに俺を気遣うようにそっと、閉じられた。



そして、朝日が昇り月曜日の朝がやってくる。

結局俺は一睡もできなかったが、一晩の徹夜くらい俺にとってはどうってことない。

若さと体力は自分が思っている以上に、周りから見ると無尽蔵のように見えるらしい、、、


よく俺と共に働く信頼する仲間、京仁織物株式会社 戸塚営業所の寸動永子(すんどうえいこ)係長にはよく言われる。


関東周辺に大雪が降り交通機関が麻痺して、帰宅難民が何万人と出た、1年前の出来事は記憶に新しい。


あの時も武将は、徹夜で帰宅難民者を救済してその朝、営業所前の道路を一人で雪かきして、その後マスコミや救済した人たちからのお礼の対応に追われ、その晩には帝城高校先輩 安藤聡課長のコイバナの内容に激怒して、安藤課長とお付き合いしている菊地陽子さんの自宅に乗り込んだこともある。

自覚のない心優しく強靭な帝王である。


一晩俺は思い考え思考する。

俺が誕生した役割とオヤジやオフクロの思い、火吹家の歴史、KABUKIコーポレーション社長となることの意味、責任。


その結果は、、、、




火吹邸の月曜日朝は、早くからごった返す。


俺やホトは、人一倍早く起床して早めに会社に行く。


舞は東京大学という日本最難関大学を主席と15か国語を堪能に話し、4年連続ミスコンというおまけ付きで卒業単位以上の成果を出して、子供の面倒まで見てる。


全くとんでもない女性だ。


楓真は仕事柄か、1日のスケジュール時間はバラバラだがこいつは仕事がない日でも俺たちと同じように早くから起きている。


これほど自分に厳しく、無駄 無理 無謀を削ぎ落したスターはまずいないだろうと俺自身が太鼓判を押すほどだ。


火吹邸には、朝皆が食べる食堂がある。

その横には、立派な厨房と言っていい巨大キッチンが備えてあり、それをすべて駆使して調理をするのはツネさん事。


松茸 常子(まつたけつねこ)さんだ。


代々、火吹家に尽くしてくれている忠臣中の忠臣。


シゲさんと並ぶ火吹家においていなくてはならない存在だ。


ということは昨晩聞いたが、聞くほどに今まで気づかずにいた事柄が納得するところも多い。


敷地内に松茸家の家が建っていることや俺が生まれる前からツネさんの存在があったこと。


ツネさん家族が、俺たち火吹家の人間に異常なくらい気を使っていること。


今まで気づかないことが、どんどん整理され納得していく。


火吹財閥の歴史と当主としての重責。


たった一晩だが、俺なりにかなり自分の中に落とし込めたと思う。


この屋敷に長男として生命を受けた以上、絶対逃れられない宿命なら、、、、


上等だ!!


俺がこの俺と仲間の皆でオヤジを超えてやる!


【天国で見てろよオヤジ!】


武将の心の中は、一晩の徹夜で決まった。

普通の人間なら、金持ちに憧れ喜ぶのが当然の反応だが、この男の覚悟は、金、権力、名声、地位そういった俗物には全くと言っていいほど興味がないどころではなく、嫌ってさえいた。


覚悟は違うところにある。


日本をひいては世界を平和で安全、豊かに良くしたい!!


ただそれだけであった。


父親を超える。いたって簡単で誰もが思う感情であるが、武将の場合、スケールと動く金が国家権力並みということの違いだろうか


本人は全く理解していないし、分かりたいとも思ってないのかもしれないが、彼が動く所 そこにはすべて今までではあり得なかったことが当然のことのように巻き起こる。


そして、俺のテーブル前に座る父親であり勤める会社社長 葛城仁が微笑みながら俺に目線を向けて声をかけてくる。


「おはよう、【将軍】。」


「え?」


「お義父さん、どうしたんですか?」


葛城仁はニコリと微笑み

「これからは、僕たちもこの屋敷の中では火吹家当主に対してそう呼ぼうということになったんだけど、いいかな?」


(いいも、悪いも俺にとっては仁義父さんは舞の父親であり俺の尊敬する大人だ、、、、、昨晩から一気に物事の進み方が早くなってきたよ~)


「皆さんがそうお決めになられたのなら、私に異論はございいませんが、私の皆様に対するお気持ちはこれまでもこれからも全く変わることは無いと断言させて頂きます。」


「うん、そう来なくっちゃね。これからもっと忙しくなるよ。覚悟しておいてね。」


「はい、喜んで!!」


俺は胸を張り、お大声で答える。

今どき珍しいくらいの仕事大好き人間なのだ。


ここで本日一発目の爆弾が落とされる


「来月から、将軍は本社に戻り社長室長となってもらう。」


相談ではなく命令いや辞令がきた。


「はい、畏まりました。」


「戸塚営業所所長の後任には、土井田敦(つちいだあつし)副所長になってもらい、後の人事は君に決めてもらおうと思っているから、来月までには戸塚営業所をきっちりまとめといてくれるかな?」


(こりゃ~大変だ。忙しくなるぞ)


「それから、京仁織物株式会社の僕が持っている発行株式全てを君に譲渡するよ」


「え!!」




「そ、それは、、、」


流石の俺もこれには驚いた。立て続けに二発目の爆弾だ。


「将軍は僕の息子だ。息子に僕の持っているものをあげて何かおかしいかな?」


「お義父さんまで、竜治叔父さんみたいに余り私を急激に困らせないで頂けると嬉しいのですが、、、、」


「いや~僕は竜治君ほど冷徹にはなれないよ~これでも十分配慮しているつもりだよ~」


(いやいや、似た者同士だと感じるのは俺だけかな?)


そこに突然とこの屋敷の真の主人が現れ、透き通るような声で


「お父さん、私の夫をあまりいじめないで頂けます?」


仁社長にとって、唯一の弱点である娘の舞の発言だ。


「いやいや、僕は将軍を困らせたりしようとしているんじゃないよ、あくまで将軍のためを思ってだね、、、、」


「いくらごまかしてもダメです。」


「お父さんが楽をしたいからでしょ!!」


正に一刀両断で自分の父親の言葉を切り落とす。


切れ味抜群の名刀の叫び。


ガタン。


椅子を引いて立ち上がり


「わいは、遅れるからお先に行くかんね。」


会話には一切入ってこなかった、ホトこと保東康臣が椅子から立ち上がり自分の食べた食器をトレーごと持って、厨房にいるツネさんのところまで持っていく。


俺の未来が決まったと同時に、チームのやるべきことも決まったのだ。

ホトは自分の仕事を全うするため一足先に出陣していく。

愛する侯葺縁さんが経営するCOOBデザイン株式会社 本社へ一足先に出かける。


その行動一つで、この場を静めてしまうのが今のホトの実力だ。


「俺もすいませんがお先に行かせていただきます。」


ホトの作ってくれたチャンスを逃さずに俺も出陣していく。


ホトと同じく自分の食べた食器をトレーごと持って、厨房にいるツネさんの所に持っていき、スーツという戦闘服を羽織り仁社長にお辞儀して


「お先に失礼します。」


と言い、玄関に向かうとカバンを持った妻の舞が後をついてきた。


「行ってらっしゃい。気を付けてね」


「ああ、悪いが後はよろしく頼む。」


妻の舞は、現在大学卒業を控えているが、単位も卒業論文も全て完璧にこなしているため学校に行く日にちが少なく、屋敷で子供たちの世話や言語の勉強を続けていた。

彼女事だ、時間を無駄に使うようなことはしてないだろうから俺の知らないとんでもない勉強とかしているかもしれない。


ミッドは、KABUKIコーポレーションで働くことになっており、成田空港で会った希道直真(きみちなおま)君と新技術研究の手伝いを進めていくことになっていた。


彼の場合、仕事に就く前に一般常識から教えないといけないだろうから、ミッドにとっても大変だろうなと密かに思い込んでいた。


玄関を出るとシゲさんが、いつものように佇んで俺たちを見送ってくれる。


「お気をつけて武将様(・・・)。」


(この人だけは、変わらないんだな)


妙な安心感を抱き、舞からカバンを手渡されて


「行ってきます!」


元気に走り出す。なんだか心が軽い。

普通ならこれだけの重圧を一気に与えられれば、憂鬱になることもあるのかもしれないが、俺はこれからの期待に胸を含まらせながらスキップでもするように屋敷を後にする。


身長2mを超し格闘技では圧倒的な強さを誇る、強面の顔とは裏腹に心優しい土門武(どもんたけし)に見送られいつもと同じように、地下鉄の神谷町駅まで小走りに走っていく。


先を歩くホトに追いつき、肩をポンと叩く


「さっきはありがとうな」


「どってことじゃなかね。」


「ホトお前、縁さんはCOOBデザイン株式会社CEOにするって言っていたけど、どう動くんだ?」


「わいは変わらんよ。将軍と共に戦う。それだけじゃ」


「そうか」


無駄口を最近やたらしないこの男に必要以上に会話することはもうない。


俺と共にある。


という言葉が聞ければ後は自分で決める。


それが、俺たちのルールだ。


お仕着せや命令はしない。

自分で考え自分で行動する。


最良の判断を!!


もちろん助け合いや相談はいくらでもするが、要請はしても命令はしない。


俺の代の火吹家とはそういう形で作り上げたいから


二人はそれぞれの勤務する会社の方向に別れ、俺は東海道線に乗るため地下鉄に乗り込む。


KABUKIコーポレーション社長に就任したら、この電車通勤も無くなるのかもしれないが、俺は一度飲み込めばどんな環境、境遇になろうと変わることは無い。


常に堂々と思いやりと寛容さと思いやりと人間観察。


亡き父に教わった、数少ない事柄だがその少ない王者の振る舞いが火吹武将という人間を作り上げ、周囲に至極優秀な仲間が自然と集まる。


武将の影響を受け更に己たちを高みに伸ばす。


火吹武将と共に!



早朝、いつもと変わらずに京仁織物株式会社 戸塚営業所の門をくぐる。


定時30分前だというのに、既にほとんどの従業員は出勤している。

この現状が絶対に正しいとは俺は思わないが、本人たちの自由意思による行いであれば、それはやる気という評価につながる。


俺は秘書兼総務部係長の寸動永子(すんどうえいこ)は俺の顔を見るなり


「おはようございます。火吹所長。」


っと、いち早く声をかけてくる。


「朝からすいませんが、課長以上の主要な人たちを所長室に集めていただけますか?」


俺の態度と話の内容から察するに、、、最重要事項な事柄が起こったのだと気付きすぐに


「畏まりました。すぐに準備いたします。」


10分後、、、まだ就業時間前だ。


所長室には


副所長の土井田敦

顧問役の十柄氏源吉、五十吾茂三

工場長の木島菊道

営業課長の門田応史に安藤聡先輩

営業係長の木島直子

秘書兼総務部係長の寸動永子


の総勢9人が集合した。


誰も言葉を発さずに俺を見つめる。


皆、大事なことが決まったことを察知していて俺の言葉を聞き漏らすまいと朝から緊張の強張った顔立ちになっている。


俺は皆に視線を移してゆっくりと話し出す。


「辞令が出ました。」


「「「「「!!!!」」」」


全員が緊張マックスになる。


俺は言葉を更に続ける。


「来月から私は、本社社長室長を拝命しました。」


「「「「「!!!!」」」」


皆の思っている感情を無視するように淡々と俺は話し続ける。


「戸塚営業所所長には、土井田敦副所長に後任となっていただきます。」


「土井田さん、よろしいでしょうか?」


10歳以上も年上の歴戦戦士もこの話に戸惑いを見せている。


「わ、私はかまいませんが、、、、」


言葉に詰まる。


「所長!!」


激情化の女性がここでやっと声という炎を発し、会話に割り込む。


「私たちは、どうなるんですか?」


俺はゆっくりと声の主の寸動永子係長の美しい顔を見ながら


「残りの人事は、私に一任されました。」


「そ、それじゃ、、、、」


「そこで、私の希望と皆さんの気持ちをお聞きしたくて集まっていただきました。本来ならお1人ずつお話ていくのが最良なのでしょうが時間がないので、こうして集まっていただきました。」


「顧問役のお二人には、私個人的にはこのまま戸塚営業所に留まっていただきたいと考えますが、いかがですか?」


元所長の十柄氏さんが初めに声を絞り出す。


「古参のわしらにできる事があるというなら別に残ってもええがな、火吹所長は社長室長になった後はどうすんじゃね?」


さすが、伊達に経験を積んでるわけでもない古兵はその先を読んでいた。


ここで俺は真実を話すことに決めた。


「その件につきましては、皆さんに報告があります。以前からお話していたように私は25歳に事業を始めます。」


「そして、その事業を始めるにあたりKABUKIコーポレーション社長として就任することになりました。」


「「「「「!!!!」」」」


「これは、まだどこにも出ていない人事ですんのでくれぐれも内密にお願いいた、、、、、」


「火吹所長!!私も連れて行ってください。」


眼から炎を吐き出す勢いで、烈火の情熱女子は思いの丈を吐き出す。


俺はその炎を全身で受け止めて、一呼吸おく。


「、、、、木島工場長はこれまで通り、工場長としてお願いしたいのですがよろしいですか?」


寸動永子さんの言葉とは裏腹に、大切な人事を決めていく。


「おう、おりゃかまわねぇが、、、、、」


常に職人気質で質実剛健な木島工場長だが、珍しく歯切れが悪い、、、、


俺が寸動さんの言葉を無視して、先に木島工場長に話しかけたせいだろう


「門田課長には、戸塚営業所副所長の任についていただきたいのですが、どうですか?」


背が高く、人の好い男は微笑みながらも


「僕は火吹所長がいなければ、ずっとヒラで終わっていた人間です。君の期待に精一杯応えさせてもらいます。」


次に話しかけたのは、帝城高校先輩で俺の戸塚営業所の相方だ。


「安藤課長には、私と一緒に本社に移動していただきたいのですが、、、、」


安藤聡課長は、下を向き言葉少ななに話し出す。


「大変光栄なお話ですが、、、、、」


「僕の能力では、ここまでです。」


「火吹所長には大変優秀なお仲間が沢山いらっしゃいます。僕にできるのは、、、、もうありません、、、、」


「それに、高卒で東証一部上場企業の課長職になれて、今度マイホームを建てる予定です。そこで母と陽子さんで暮らすつもりです。」


陽子さんとは、かつて火吹武将の縁によって交際に発展した菊地陽子さんのことだ。


きっと婚約したんだろうな、、、、


安藤先輩は涙を浮かべながら俺を見て


「火吹所長、本当にありがとうございます。貴方が居なかったら僕はこんな幸福には慣れなかったでしょう。」


「その御恩に報いたい気持ちはありますが、、、、僕の力では、これからの貴方のサポートをするのは余りに力不足です。足手まといにはなりたくないんです。本当に今までありがとうございました。」


俺は一歩前に出て安藤聡の前で


右手を出す。


「先輩、僕の方こそ今まで沢山無理言ってすいませんでした。」


先輩は両手で俺の右手をしっかり包み込みながら、目から流れる涙を拭おうともせずに自分の額を俺のつかんだ右手にこするように感謝を体現する。


これほど心のこもった言葉は俺は聞いたことがない。


自分の限界能力を知っている。

20歳代でそれがわかる人間が、どれほどいるだろうか?

チャンスがあれば、もっと上に上がろうとするのが普通かもしれないが、安藤聡という人間は実に現実的で心優しく己を最もよく熟知しているからこそこの結論に至ったのだろう


しばらく、安藤先輩との感謝と感情のやり取りは俺の右手と安藤先輩の全身でその場の誰もが涙ぐむほど、心に直接刺さるやり取りであった。


社会人になって一番長い付き合いの一人だからこそ


共に成長しあってきた、仲間だからこそ


戦友としての別れを告げたのだ。

これからの戦いの場では、自分では戦えないと理解して自ら身を引いたのだ。


所長室には、後二人 女子の人事が残っていたが、今はこの男と共に戦えぬ別れを噛みしめていた。

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