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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
9/125

8 君が望む僕

 暑い。六月ももう後半ということもあり、こんにちは夏の太陽といった感じでジリジリと照りつける。

 なんでこんな日に登校しなきゃあならないんだ。しかも今日は三時間目の授業に体育で外にて球技。殺す気でしょうか?

「天子、こんなに暑くしなくていいんじゃないかな……」

 今日は天子が一緒に登校する事となった。てか、この間のひいちゃんみたいだな、僕。

「ダメ! ここらでこれくらい暑くしないと、いざ夏本番で暑くしたら体調崩す人が多いんだもん。それにニュースで『例年に比べて六日遅れの夏日』なんて言われたんだよ。こっちの事情も知らないでさ」

 あの気象予報士、余計なことを……。

「でもこの暑さは死んでしまう」

「学校行くだけで何言ってんの! ほら早くしないと!」

 背中を押して僕の歩行を促してくれる。電動アシスト付き自転車に乗ったみたいだ。乗った事ないけど。

「おほぉ〜、楽チン楽チン」

「何が楽チンよ!」

 ガスッと後頭部にチョップが飛んできた。

「痛! ちょっとした冗談だって……」

「冗談は通じません。あと十二分で遅刻です。遅刻したらお仕置きします」

「何!? 急ぐぞ!!」

 お仕置きはちょっと興味をそそるけど、遅刻はダメだ。小走りで学校へ向かった。



 授業中も当然の事ながらダレる。

 驚くことに、この学校は私立高校なのに教室にはエアコンが無い。授業中もどんだけ暑かろうが窓を開ける。それのみ。

 みんな下敷きやうちわで扇ぐか、眠っている。僕はその両方だった。

「輝、起きて。授業聞かないと」

 僕にしか聞こえないようヒソヒソと耳打ちで会話。

「大丈夫だよ。ノートはとってるから」

「そうゆう事じゃなくて。しゃんとしなさいって事よ! 背筋を伸ばしなさい」

 仕方ない。のそのそと起き上がり、言われた通りピシッとする。が、目は閉じる。

「……怒るよ」

 ヤバイ。天子の眉がつり上がって、鋭い眼光で僕を見ている。

「ごめんなさい、冗談です」

 慌てて書き写していないところを猛スピードで写す。

「とんだ授業参観だよ……」

「なんか言った?」

「何でもないよ。独り言」

 明日から来てもらうのはご遠慮願おうかな。



 お昼。真から屋上の合鍵を借り、天子と二人でお昼を食べる事に。

「まったく、ぐうたらばっかして!」

「痛! なんでぶつ……痛!」

 お弁当を食うつもりが、お説教を食う羽目になるとは。

「なんでそんなにだらしないのよ!」

「暑いからだよ」

「意味分かんない! 私の知ってる輝はもっとシャキッとしてて真面目な人だったのに!」

 天子は頬を膨らませ、ツーンとそっぽを向いた。

「そうは言っても、ダメな時はダメなんだよ」

 この言葉を言った瞬間、ハッとした。つい、口を滑らしてしまった。

 恐る恐る天子の方を見ると、膝に抱えていたお弁当を見ながら、微かに震えていた。

「ごめん、冗談……」

「……これだ」

「え?」

「そうやって、反省も無しに謝って、『冗談です』で片付けて。私の事馬鹿にしてるの!?」

 天子がキレた。何度か怒り口調の彼女を見た事はあるが、明らかに今までのそれと違う。

「馬鹿になんか……。どうしたんだよ」

「『どうしたんだよ』って、よくそんな呑気な事が言えるね。朝から私に言われた事を理解してない証拠だよ!!」

 広げたお弁当の風呂敷をまたキュッと締め始め、乱暴に立ち上がった。

「さっきの独り言だって、私は輝の事が心配だったから一緒に学校へ行ったのに、あんな言い方するならもういいよ!!」

 手付かずのお弁当を持った天子はツカツカと屋上のフェンスに向かって行った。

「天子、待って! どこに行くの?」

「うるさい!! 輝には関係ない!! もう知らない!!」

 ジャンプし、幅十センチもないフェンスの上に立ち、こちらに振り向く。

「アンタなんか……生かさなきゃよかった」

 彼女のその言葉を聞いた途端、目の前が真っ暗になった。その顔から感じる冷たい表情が近づこうとする僕を拒絶している事を物語っている。

「天……」

 我に返ったその時にはもう遅い。天子はいなかった。一人残された僕の胸に、何かが突き刺さるような痛みが残っていた。

「お〜い、輝。そろそろ昼休み終わるぞ」

「え、あ……うん」

 学食に行ってた真がいつの間にかやって来てた。

「どうした、何ボケっとしてんだよ。愛する女神様の手作り弁当食ったんだろ?」

「うん、まぁ……」

 ウソだ。言えない。言えるわけない。自分が招いた種で彼女とケンカしたなんて。

『アンタなんか……生かさなきゃよかった』

 天子の放ったこの言葉が僕の心を引っ掻き回している。

「次、化学だってよ。ったりぃな」

「悪い、真。僕早退する」

「は!? おい!」

 こんなモヤモヤした状態で残りの授業なんて受けられない。

 いち早く天子に会って謝りたい。聞く耳持たない状態かもしれないけど、僕ができる最大の誠意を込めて。

 靴に履き替え、校門まで出る。

「寮に戻ってるかな?」

 僕は一度部屋に帰る事にした。




 砦川の河川敷の土手に天子はいた。

「ハァ……」

 何回ため息をついたろう。体育座りのままどのくらいいただろう。ランニングをする人、犬の散歩をしている人。色んな人を何人、ここで見てきただろう。

 ついカッとなって言ってしまった自分の言動に後悔していた。

 きっと謝っても許してもらえないだろう。仮に許されたとしても、今までのような仲が良い雰囲気で接せられるだろうか。自信が無い。

「……天界に帰ろうかな」

 彼の事は忘れよう。やっぱり私に恋愛なんてできない。

「あら、そうなんですの?」

 背後から聞き覚えのある独特な話し方。いつかは来ると思っていた雷夢がそこにいた。

「雷夢……!」

「この間はどうも。貧乏神は一緒じゃないみたいですわね。好都合」

「好都合?」

 天子の問いには答えず、雷夢は神聖武器を生成した。

「あなたの抹殺は天界で満場一致。先にあなたから始末してあげますわ」

「は!? なにそれ!?」

 訳がわからないまま雷夢は襲いかかってくる。地佳と襲撃した時のように素早い。本気だった。

「ちょっと待って! 私天界に帰る予定なんだけど」

「神引きの邪魔をしておいて何を今更!!」

「そうだけど……」

『このままじゃやられる。こうなったら……』

 やるしかない。刀を生成し、雷夢の剣を受け止める。

「ようやく、やる気になりましたわね」

「こんな状況じゃ、やるしかないじゃない」

「あなたとは最期に手合わせ願いしたかった。私が勝って、最強の座になってみせますわ!」



 部屋の鍵を回し、乱暴にドアを開け、中に入る。

「天子!!」

「おわっ!? びっくりした」

 居間にいたのはジェンガをやっていた、ひいちゃんと水玖ちゃんの二人だけだった。

「天子は……帰ってきてない?」

「まだだよ。ってか、兄さんと一緒じゃなかったの?」

「ちょっと事情があって。天子が帰ってきたら絶対に待ってるように言っといて」

 そうしてまた飛び出して行った。爆発するかのように現れ、消える時は嵐のように立ち去る。

「なんだったんだろ?」

「さあ……」

 二人は首を傾げるも再びジェンガを興じ始めた。



 寮にはいない。まだ外にいるのか?

「どこへ行った?」

 あと、思い当たる場所なんてどこがある? まさか、天界へ帰ったんじゃないよな!? いや、落ち着け。まだきっと、人間界(こっち)にいる筈だ。天子と行った事のある場所を探そう。

『服屋……はない。学校にもいない。スーパーは……あのケンカの後だありえない。公園はどうだ? いやまだ警察が現場検証を行なっている。あとは……砦川……』

 そうだ、あそこだ。ここの風景が好きって言ってたし、もうそこに賭けるしかない。それでダメならこの足が棒になったって構わない。町中を探してやる。

 砦川に向けて全力で走りだした。




「どうしました、天子!? まるで手応えがありませんわよ!!」

 天子自身も分かってる。そしてその原因も。

『昼の事は忘れないと。迷ってたら剣が鈍る』

「何かありましたわね? 仲良しの貧乏神と」

「うるさい!!」

「図星ですわね。ほら隙あり」

「うあっ!!」

 雷夢の繰り出した突きが、左肩を捉えた。貫かれるのは避けられたが深い切創(せっそう)となってしまった。

「ハァ…ハァ……」

 抜かった。精神的動揺で隙を見せてしまった。普段ならあんな攻撃は軽くかわせるのに。

「今日は助けに来ませんの? 愛する貧乏神の」

「黙れ!!」

 雷夢に近づき、右腕一本で刀を振り下ろすが、いとも簡単に弾かれる。

「生半可な気持ちで向かって来るから丸腰になるんですのよ」

「そんな……」

 カランカランと弾かれた刀が地面に落ち、音を立てる。

『もう……いっか。もう抗わなくて……』

 何もかもが中途半端だった。この戦いもそうだし、自分の人生もそう。

『結局、私は何一つ成し遂げないまま死ぬのか』

 きっとそれが運命なのだと、天子は悟った。

「さようなら、天子」

 天子の心臓目掛け雷夢は渾身の力を込めて、突きを繰り出した。

「う……!?」

 咄嗟だった。自分でもなんでこんな方法を選んだのか分からない。

 天子と雷夢の間に入り、右手に地面に落ちた彼女の刀を持って、雷夢に背中を見せるような形になっていた。

「輝……?」

 天子の心臓が貫かれるのは阻止できたが、代わりに僕の右胸から雷夢の刃が出ていた。

「ガぼ……!?」

 刃を抜かれた途端に血がゲロを吐くかのように込み上げ、吐血した。その際彼女の綺麗な顔にピピッとかかる。

「輝、ウソでしょ!? 輝!!」

 天子にもたれるように倒れ込み、そのまま二人して座り込む。

「…ウ……てん…シ…」

「ダメ……死なないで……ヤダ……ヤダ…」

「……が!?」

 言葉が発せられないし、目が霞んできた。それでも必死で天子の顔を見ようと努力する。

「……」

 右手に持っていた弾かれた刀。力なく震える手で彼女に渡す。

「ごめんね。ごめんね……」

 ポツポツと彼女の涙が頬に当たる。心配しないで、と言いたいが声も出ないので笑ってみせた。

「輝……」

 天子は僕の頭をお腹に抱き、何度も何度も名前を呼んでくれた。

 考えてみれば、いつだってそうだった。いつも僕を一番に思って、考えて、行動してくれて。そんな彼女の思いやりを無碍にし、怒らせた挙句、泣かせてしまうなんて。僕は本当にどうしようもないやつだ。

「貧乏神も虫の息。次は天子、あなたの番ですわ」

 やがて天子は力の入らない僕の手を優しく握った。暖かくてボンヤリと光る。神力を入れられたのだ。

「待ってて。すぐ終わらせるから。それまでの間、しっかり気を持って。いいね?」

 無言で一回頷き、僕はそのまま地面に寝かされた。

 天子はゆっくりと立ち上がり、雷夢を睨みつける。

「覚悟を決めた」

「死ぬ覚悟?」

「あんたを倒して、輝と暮らす覚悟」

「面白い。腕一本のあなたがどこまで足搔けるか見ものですわ」

「あんただけは……あんただけは許さない!!」

 足にグッと力を入れ、一気に雷夢に近づく。

「やあぁっ!!」

「遅いですわよ」

 雷夢の言う通りだった。天子の刀を拾った時(ひいちゃんの槍もそうだったが)意外に重いと感じた。そんな代物を片腕だけで振り回すのは、流石に無理であろう。

「そんな戦い方で。また弾き飛ばされるのがオチですわよ?」

「それでも私は戦う。輝を助ける!」

 なんと言われようと、天子は攻撃の手を緩めなかった。

「天子、いい加減その攻撃パターンしかありませんの?」

「……」

「シカト。なら遠慮なく……」

 言いかけた雷夢は一瞬にして言葉を失った。前方にいた筈の天子が視界から消え、ポニーテールに結わかれた髪がバサっと下された。

「な……何ですの!?」

「雷夢……。あなたはたった一つの失敗をした」

 雷夢は後ろを振り返る。

「失敗?」

「そう。満足に戦えない私を弄ぶようにしていた」

「クスッ……それだけ? たったそれだけですの?」

「うん。あなたが時間を作ってくれたおかげで、右腕が刀の重さに慣れてくれてね」

「だとしても、あなたの方が不利であるという事をお忘れなく」

「私じゃない。雷夢が不利なの」

 穏やかに勝利を約束されたような笑みを見せる。

「いいですわ。なら、ここで決着といきましょうか。雷鳥(らいちょう)!」

 雷夢の残像が四つ現れ、五人に見える。

「最大奥義であなたを殺しますわ!」

 五人の雷夢は電気を纏った剣を一斉に天子目掛け振り下ろした。

「天神、討ち取りましたわ!!」

 高らかな勝利宣言にも耳を貸さず、天子は襲ってくる五つの攻撃を蝶が舞うかの如くかわしていく。

「それが本体か」

 天子は腰から抜刀するような構えを見せ、その場に留まった。雷夢の攻撃はもうすぐそこまで来ているが、静かなる集中でタイミングを伺う。

「神斬……天蠍宮(てんかつきゅう)!!」

 光の速度を超える速さで雷夢を横切っていく。

「残像が消え……速い!?」

 その速さは雷夢にも見えていなかった。

「おそまつ様でした」

 天子が刀を鞘に入れた瞬間、雷夢の服が一枚の布きれとなって地面に落ち、高飛車な雷夢が身につけているとは思えない水玉の可愛らしい下着上下が露わになった。

「イヤァァァ!!」

 下着を手で隠すと同時に、ペタンとその場に座り込む。

「裸にされなかっただけ、ありがたいと思いなさい」

 羞恥で固まる雷夢に言い放つ。彼女はこれで再起不能だろう。刀をしまい、急いで輝のもとへ向かった。

「輝!!」

「おわ……っ…た?」

「うん。今水玖ちゃんのところに連れてくから、まだしっかり気を持つんだよ? 死んじゃ嫌だよ? 約束だよ?」

「……天…子…」

「何?」

「努力……するから…。天子が……望む…僕で、いるから。だから……そばに……ずっといて」

 消えそうな声で話すと、天子の目からはまた涙が溢れてきた。

「バカだなぁ……。ずっといるに決まってるでしょ?」

 僕は小さく頷くと、抱きかかえられるようにして天子に起こされた。

「おんぶで行くよ」

 女の子におんぶされるのは恥ずかしいが、今の状況でそんな事言ってられない。

 天子はヒョイと僕をおぶると、土手の上に向かった。

「私に……こんな羞恥な格好を。許しませんわ……天子!!」

 死ではなく、生き恥を晒される。これ以上の屈辱があるだろうか。しかもその要因が天子という事に怒りが湧いてくる。

「まだ、終わってませんわよ」

 もう下着姿なんざ、どうでもいい。剣を持ち直し自分に背を向けて走る天子に向かって雷夢は走り出した。

「この勝負、私の勝利に以前変わりなし! 貧乏神とともに逝きなさい!」

「な!? 雷夢!」

『まずい。神力が輝にあげたのと雷夢との戦いでもう……。こんな事なら情けなんかかけなければ良かった』

 僕は直感で分かった。死ぬんだなと。でも恐怖はない。天子と逝けるんだったら。

「二日ぶり、雷夢」

「え……!?」

「母さん!」

 雷夢の剣が振り下ろされる直前に地佳さんの薙刀が彼女の刃を止めていた。

「早く寮に行きなさい」

「うん。輝、跳ぶよ」

 土手を上がりきると、欄干(らんかん)に飛び乗り、更にその反動で電柱の上に飛び乗り……を繰り返し、少なくなった神力でも尚、素早く移動できる手段で寮に戻る事になった。

「母様、どうゆう事ですの? 何故、貧乏神を?」

「輝君が私の命を救ってくれたから、ですかね」

「なら、母様。あなたも倒……」

「いい加減にしなさい、雷夢!!」

 雷夢は身体をビクッとさせ、地佳の話を聞き始めた。

「自分に正直になりなさい。本当は誰も傷つけたくない事も。天子達の事が羨ましい事も」

「……っ!」

 雷夢は言葉を失った。やがて彼女は目を瞑ると、大きく息を吐いた。剣はフッと消え、怒りの炎もいつの間にか鎮火しかけている。

「私についてらっしゃい」

 地佳も薙刀をしまうと、寮のある方向へと歩いて行った。

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