6 告白
「母様がやられた!?」
「あなたも同じ。覚悟して」
雷夢は今の状況を整理し始めた。神力こそ封じられたが水玖はなんとかなる。だが、天子が来られたら勝ち目は無い。雷夢はギリッと歯を食いしばる。
「今日のところは退いてあげますわ。でも忘れない事。次こそ、貧乏神と纏めて殺してあげますわ」
苦し紛れの捨て台詞を吐き、雷夢はこの場から消えていった。
戦いは終わった。水玖はため息一つで双剣を戻すと、火奈の下へ駆け寄った。
「ひい姉、ケガ見せて」
「私はいいから、兄さんを」
水玖は火奈が指差す方を見る。確かにあちらの方が重症人が多そうだ。
「お姉ちゃん」
「水玖ちゃん、輝を! 輝を治して!」
天子の鬼気迫る懇願に水玖は驚いたが、また冷静になった。
「一度おうちに戻ろう。ここで騒ぎを起こし過ぎた」
パトカーのサイレン音がだんだんと大きくなってきた。確かにここは水玖の言う通り、場所を変えた方が良さそうだ。天子は無言で頷いた。
「ひい姉を連れてくる」
水玖は再び火奈の下へ駆けて行った。
「母さん」
輝を抱えた天子は地佳に手を差し伸べた。その手は若干震えている。
「私も……連れて行くんですか……?」
「本当は恐いよ。でも輝は母さんを助けようとした。だから私もこの子の意志を継いで助ける」
「なるほど……。こうゆうところなんですね」
「え?」
「いいえ。こちらの話です」
「訳わかんない事言ってないで行くよ」
フッと風が吹いたのと同時に天子達の姿は公園からいなくなった。
気がついたのは深夜だった。
最後に意識があったのは明るい時間だったので、暗い寮の部屋にいることに一瞬驚いた。
昼の騒動から何時間寝ていたのだろう。戦いによって負傷した怪我は丁寧に包帯で巻かれ、処置されていた。
「みんな……無事なのか…?」
僕一人で寝ていたベッドから起き上がり、みんなの安否を確認する。ひいちゃん、水玖ちゃんが寝息を立てていた。ひいちゃんもダメージを負っていたが無事で良かった。そして地佳……地佳!?
『何故!?』
彼女の隣でひいちゃん達と一緒にスヤスヤと眠っているのを見るに敵対関係ではなくなったとみてよいのだろうか。
疑問が残るが、あと一人足りない。辺りを見渡し、ふとベランダへ通じる窓を見る。月明かりに照らされた綺麗な白銀色がポツンとあった。
「天子……」
ひいちゃん達を起こさないよう静かに窓の方へ向かった。
「どうしたの? こんなところで」
突然の声に驚いたらしい。天子は肩をビクッと上げ、こちらに振り向いた。
「輝!? 傷は!? 大丈夫なの!?」
「まぁ、まだ痛むけど、何とかね」
「そう……。よかった」
良かったというにはあまり浮かばない顔をしている。こういう時何か気の紛れる話をするべきなんだけど、恋愛経験ゼロの不甲斐ない僕に何も浮かばなかった。
「輝、聞いて」
沈黙を破ったのは天子だった。僕はうんと一言頷くと耳を傾けた。
「……私ね、前は神引きをする事が楽しいって思ってた時期があるの」
「え……?」
「いつもいつも、世界中の天候を私が操って。そんな毎日が嫌だったの。神様なんだから当たり前だろって言われたら確かにそうなんだけど、あの頃の私はそれが退屈で仕方なかった。純粋に殺しが楽しかったし、神引きをすれば、娯楽のある下界に遊びに行ける。だから率先して神引きに立候補して何人も殺した。雷夢よりも。母さんよりも。……輝は覚えてないかな。あなたがまだ貧乏神になる前、私……輝に一度会ってるんだ」
いつだ? こんなに特徴ある女性を見てたら印象に残っている筈だけど……。
「あれは一年前の秋だった……」
電光掲示板の音声から、サッカー日本代表入りが決定したエースストライカー、千葉選手が一週間の休息を取ると報道された。自分と二つしか歳が違わないのに、国を背負う存在になれるなんて素直に感心してしまう。
そんな事を思いながら、輝はコンビニで買ったペットボトルのお茶を一口飲み、真と待ち合わせていた場所で待ちぼうけをしていた。腕時計を見ると、待ち合わせの時間からすでに十分経っている。
「真め……。また遅刻か?」
どこにいるかメールで聞いてみようとケータイを取り出す。すると、いいタイミングでケータイのバイブが鳴った。真からの着信だった。
「もしもし、真? 今どこ? ……え、北口!? 南じゃなくて!? マジか、ゴメン。あー、うん分かった。じゃあ中央口で」
どうやら集合場所を間違えたのは自分だったらしい。真の機転により、中央口で合流することになった。彼の厚意を無下にはできない。輝は急いで中央口に向かった。
行き交う人々の間をかき分け、すり抜け、目的地に向かう最中でパーカーのフードを目深に被った背の高い男が歩いてきた。
『でっけぇ。外国人かな』
モーゼの海を割る奇跡のように、通行人がその男の通る道を開けるように歩いていった。
当然、輝も避けた。が、輝の前方にいる親子。風船を持った少女が母親との会話に夢中で、その男とぶつかってしまった。
「すいません。ほら、なっちゃんも」
「あ、風船!」
少女はぶつかった衝撃で手を放してしまった。フワッと空に向かっていく赤い風船。
『届くか……?』
思考より行動が速かった。輝はジャンプして風船に括られたヒモに手を伸ばす。
「よっしゃ」
あまりよくないと自覚してる自分の運動神経も、このときばかりはよくやったと褒めてやりたい。
着地もしっかりと決め、風船を少女に渡してあげる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべて少女とその母親はお礼を言った。
いいことをすると身体も気分も軽くなる。輝はその余韻に浸りながら中央口へと向かって走り出した、その時だった。
ブワッと、いきなり吹いた突風。その刹那、どこからともなく女性の悲鳴が木霊した。
『一体何なんだ?』
輝は振り返ると自分の目を疑った。そこには先程風船を手渡した親子と、フードの大男がアスファルトの歩道に血の水たまりを作って倒れていた。
『なんだよ、コレ……。通り魔か何かか!?』
あまりに異常な光景に身体が固まり、恐怖と緊張で足が震える。
「君、聞こえるかい? 君!」
輝はハッとした。事故現場のド真ん中に一人のスーツの男性が入り込み、自分を呼んでいた。
「君、救急車を呼んでくれ!」
「は、はい!」
急いでズボンのポケットからケータイを取り出し、救急に電話をする。
「救急車、今から五分後に到着するようです!」
「ありがとう! 君、AEDは使えるかい?」
「……いえ」
「それじゃあ、私がAEDの準備をするから君は心臓マッサージを頼む」
スーツの男性とその場を交代する。パーカーの大男の胸に手をあて、全体重をかけてマッサージをする。
親子連れの方をチラッと見ると、恐らく、僕と一緒の、通りがけの一般女性の方が同じように処置している。
「準備ができた。彼の服を脱がすから離れて!」
輝は言われた通りパーカーの男性から三歩下がった。スーツの男性は手際よく彼の服を脱がしていく。素顔が露わになると周りの野次馬達がざわつき始めた。
「この人、サッカーの千葉選手じゃね?」
ホクロの位置や髪型。間違いない。電光掲示板で見た顔と一緒だ。本物の千葉選手だ。名プレーヤーの事故とだけあり、野次馬の人だかりはますます増えていく一方となった。
「こいつら……。何を呑気に……」
スーツの男性は小声で呟いた。表情は見えていなかったが、その声色は怒りのそれだった。
そうしてる内に救急車のサイレンが近づいてきた。意外と早い。一台の救急車は側道に停まった。
「大丈夫ですか!?」
二名の救急隊員が降りてきて、こちらに向かってくる。
「重症はこの人とあそこの親子です」
輝は救急隊員に伝えると、救急隊員は親子の方へと行き、そして千葉選手の方へとやってきた。
「どちらも心肺停止状態です。この場合、どちらかを我々が来た救急車で運ぶのですが……」
「どちらかって、千葉選手か親子かという事ですか!?」
輝の問いかけに救急隊員は黙って頷いた。
「もちろん、後から別の救急車が来ます。我々が一番現場近くにいたので一足先に来たのです」
「じゃあ、誰かを今乗せたとして、次に来る救急車の到着時間は!?」
「あと七分くらいかと」
最悪だ。どっちも選べない。かといってこのままではどちらも……。
「馬鹿だなぁ……。私の攻撃で生きてる筈なんかないのに」
神引きを終えた天子はビルの屋上からその光景を見ていた。普段ならすぐ遊びに行くのだが、その時はただの好奇心から神引き後の行く末を見ていたのだ。
「あの男の子、何必死になってんだろ。自分の家族でも友達でもないのに」
輝とスーツの男性はどちらも答えを出せずに口を閉じたままだった。
「助けるなら、千葉だろ」
どこからともなく野次馬から聞こえた声。輝は声のした方を振り向くが、誰が言ったのかは当然分からない。
「私達も千葉選手を優先した方が良いかと。彼は日本を背負う存在だ。これからの活躍に日本中が期待している」
救急隊員の一人が呟いた。この人は何を言っているんだ!?
「彼から運ぶぞ。担架!」
救急隊員は輝達の有無を言わさず、行動に移し始めた。
「待てよ……何だよ、それ」
輝は救急隊員の腕を掴んだ。
「命は平等じゃあないのか!? 命を救うあなたたちが優先を決めるのか!?」
「君、口に気をつけたまえ!」
救急隊員の怒鳴り声にも怯まず、輝は腕を掴んだまま、ジッと睨んだ。
「げ!? あいつ!」
再度設定した待ち合わせ場所にもいない輝を探していた真は、人だかりから聞き覚えのある声がした。かき分けて行くととんでもないことになっていた。事故もそうだが、あの温厚の輝が一触即発の雰囲気になっていた事だ。
「おい輝、落ち着けって!」
急いで友を羽交い締めして、救急隊員から輝を離す。
「地位や名声や財産で、命の価値を計ろうとするな!!」
「……!」
天子はこの時初めて見た。赤の他人への心配を偽善だとか下心を持たずに本心から思える、言える人間の存在を。
『なんだろう……。なんで私、こんなに胸が苦しいんだろ……』
それ以後、天子は天界に戻っても輝の事を見るようになった。あんなに率先していた神引きを後回しにするほど。