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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
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5 力の覚醒

 水玖ちゃんが窓から降りた後、一人になった僕はいたたまれない気持ちになっていた。

『輝は殺らせない。私が決めた事なんだから』

『私達が守ります。身を低くして』

『水玖も……神様だよ』

 何度も何度も、彼女達の言葉が頭をよぎっていく。

「僕は……何してるんだ?」

 命がけで僕を守ろうとしている人達をおいて、守られている自分は高みの見物。自分の今の立場を考えたら腹が立った。

「怒られてもいい。それに僕だって『貧乏の神様』なら……」

 もう迷わない。僕は部屋から飛び出した。

 

 

「さっきまでの威勢はどうしました?」

「くっ!?」

 地佳は自分の背丈を越す薙刀を軽々と涼しい顔で振り回す。

 槍と薙刀、互いの神聖武器のリーチは長いがその猛攻に火奈は押される一方だった。

「やれやれ、防戦一方ですか。仕方ありませんねぇ。大地讃頌、鞭打ち木(むちうちぎ)

 地佳の右手がボウっと光り、そのまま地面に当てる。すると、植え込みの木がザワザワと動き、枝が伸び、火奈を襲った。

「ここは植物が多くて土もある。私の独壇場テリトリーです」

「うあぁ!!」

 四方八方からの鞭打ちにより、火奈の身体はダメージが蓄積されていった。

火壁ひかべ藤棚ふじだな

 一旦態勢を整える為、地佳との間に火の壁が立った。

「それで攻撃を防いだつもりですか?」

「え……」

 火の壁から出てきた地佳が容赦なく火奈の腹に手刀を入れた。

「か…はっ……」

 目がぐるっと上を向く。腹を押さえながら、火奈はその場に崩れた。

「火奈!!」

 雷夢との交戦中、火奈の事が気になっていた天子は隙を見ては彼女の方を見ていたが、やはり分が悪かったようだ。

 助けに行きたいが、天子も雷夢との交戦が精一杯だった。

「よそ見できる場合ですの?」

「……なさい」

「え?」

「どきなさいって言ってんのよ!!」

 天子の眼がキッと鋭くなる。その刹那、雷夢の方へ向かい風、突風が襲った。

「キャーッ!?」

 近くにあった自転車やプランターとともに、雷夢は飛んでいった。

 邪魔者はとりあえず消した。天子は急いで、火奈の下に向かう。

「母さん!」

「大丈夫ですよ、天子。火奈を殺ったら次はあなたの番ですから」

 冷徹に淡々と言うと、地佳は薙刀を構え、躊躇いもなく一気に振り下ろした。

「……っ!!」

「火奈ぁ!!」

 天子の叫びが辺り一帯を木霊する。

「……」

 振り下ろされた薙刀がピタリと止まった。いや止められたといった方が正しかった。地面から伸びた氷が薙刀を包むようにして凍らせられていた。

「……危なかった」

 天子の後ろから幼く、か細くも、自信に満ちた強い声がした。

「み……水玖ちゃん!?」

「……み…く」

「あらあら、増えてしまいました」

 この隙に水玖は氷で作った自分の分身を使い、火奈を安全な場所まで連れて行った。

「身体は大丈夫なの?」

「お兄ちゃんに助けてもらった。……雷姉は?」

「さっき神力で吹っ飛ばしたけど、また来ると思う」

「そう。……お姉ちゃん、雷姉は水玖がやる」

「天子ィ!!」

 光の速さで戻ってきた雷夢は、植え込みに突っ込んだらしく髪に葉を付けたままで復帰した。相当ご立腹な様子だった。

「平気なの?」

「うん。仕返しする」

 両方の掌から水球を出し、その水で生成された水玖の神聖武器、双剣を持ちながら天子に伝える。

「分かった。母さんは任せて!」

 天子はゆっくり地佳に近づく。

「火奈の次は天子ですか?」

 余裕があるのか、氷づけにされた薙刀を一気に引き抜くと、火奈に見せる事は無かった構えを見せた。

「そう。覚悟して」

 

 

「あら、水玖。目が覚めましたのね」

 水玖は雷夢の皮肉にも応じずに黙ったまま双剣を構える。

 もう、さっきの不意打ちは食らわない為に。

「まさかとは思いますけど、あなた……この私と戦うおつもり?」

「それ以外に何が?」

「ハッ、面白い! いいですわ! なら、もう一度……いいえ、今度は永遠に眠らせてあげますわ!」

 バチッと弾ける音がした後、雷夢は水玖との間合いを一気に詰めた。

「っ……!」

 両手に持った剣で雷夢の刃を十字にして防御する。

「いつもボーッとしてると思ったら、意外と反射神経はよろしいようね」

『追いつけないって程じゃないけど、すごく速い……』

「ほらほら、ただ逃げてるだけですの?」

 近づけば光速の斬撃。離れれば神力による電撃。今はなす術がない状況で雷夢の攻撃をかわすのに精一杯だが、水玖は雷夢の一瞬の隙を狙っていた。

「次は大きいやつをプレゼントしてさしあげますわ」

 隙ができた。雷夢は神力を使う一瞬に僅かなタメができる。水玖はその瞬間を見逃さなかった。

水衣みごろも!」

 突き出した拳から出る大量の水が雷夢に襲いかかる。

「は……しま!?」

 自分の左手に雷の球を生み出し、発射態勢に入っている。このまま身体が濡れて発射すれば、いや、発射せずとも感電は避けられない。

『今までチョロチョロと逃げていたのはこの一瞬の為!? 侮りましたわ。でも!』

「私のスピードを忘れてもらっては……」

 地面を蹴って水をかわそうとしたが足が動かない。

「氷!?」

「今日は雨が降ってたから地面が良く濡れてる」

 迫り来る水。雷夢は一瞬、恐怖に顔が歪んだ。そして。

「うああぁあぁぁ!!」

 水に濡れると同時に、青白い閃光がバチバチッと不気味な音を立てながら雷夢の身体を迸る。

 程なくして、雷夢はガクンと膝から崩れ落ちた。

「水は電気に弱いけど、電気も水に弱い。神力の属性戦闘において相手の相性が良いものは、自分にとっても危険」

「ウ……く…」

 あんな威力の電撃を自ら食らったのにまだ意識があるとは。流石雷の神という事だけある。

「これでもう、あなたは神力が使えなくなった。諦めて投降して」

「そ……それで勝ったおつもり? 神力が…使えなくとも……まだ剣がある」

 雷夢は剣にもたれるように、よろよろと立ち上がった。

「五十%のあなたの力で、水玖の百%の力に勝てない」

「黙りなさい! あなただけは確実に息の根を止めてさしあげますわ」

 

 

 一方、天子と地佳も激しい戦闘が繰り広げられていた。薙刀と刀が絶えず激しく交差し、風が吹き荒れ、地が揺れる。

 隙を見せれば死が待っている。雷夢の時とはまた違った戦い。

「集中が切れませんね。雷夢が苦戦する訳です」

下界こっちに来てからも、ちゃんとお稽古してたもん」

「あの貧乏神を守る為ですか?」

「そう!」

 鍔迫り合いとなり、互いの顔が近づく。

「何故です?」

「え……?」

「あなたは今までたくさんの神引きをしてきました。雷夢よりも……いいえ、年長の私よりもたくさん殺してきました。それなのに何故、あの貧乏神だけ生かすのです?」

「わ……私は…」

 地佳の言葉を聞いた途端に、天子は震え始めた。

「あの貧乏神だけは特別扱い、という訳ですか? それで今まで殺された元人間は納得するのですか?」

「そんな……ちが…」

 

 

「いた!」

 天子が地神の地佳と、水玖ちゃんが雷神の雷夢と戦っている。

ひいちゃんはお腹を押さえ木にもたれていた。

 まだ誰も僕の存在に気づいていないようだ。

「天子!」

「輝!?」

 僕の声で天子が振り返る。

「ほぉら、よそ見ですよー」

 天子の胸に滑らせた薙刀の後に一筋の赤い線が表れる。

「天子!」

「来……ない…で…」

 彼女の下に近づこうとするが、今にも消えそうな声で静止させられた。

「まだ……終わって……ない…」

「じゃあ、これでおしまいです」

 地佳は薙刀をグッと後ろに引いた。天子の身体を貫こうって魂胆か。

『マズイ! 何か……何か武器は…』

 辺りを見渡し役に立つ物を探すがそう都合よく見つからない。

「兄さん……」

 消え入りそうな声でひいちゃんは僕を呼んだ。何か言いたげな表情をしていた彼女の下へ走っていった。

「ひいちゃん」

「手を出して」

 言われた通りに右手を差し出すと、ひいちゃんは指と指を交差するように手を握った。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。

「……オッケー」

「何をしたの?」

「兄さんに私の神力を半分あげたの。あとコレを……」

 そう言って、彼女の小脇にあった槍を僕に手渡した。意外と重い事に驚き。

「ありがとう」

 天子の方へ振り向き、急いで彼女の援護に向かう。

「やめろぉ!!」

 全力で走る。今までの人生でこんなにも速く走る事ができるなんて。これも神力のおかげか。

「貧乏神、火奈の神力を得たところで殺れますか? この私を」

「退いてもらいます!」

 薙刀の攻撃を受け止める。地佳の標的が僕になった。

「天子、思い出しなさい。あなたが行なってきた全てを!」

「あ……あ…」

 どうしたんだ? 天子の様子がおかしい。頭を抱え、瞳は小さくなり、呼吸は荒く尋常じゃない汗が流れている。時折、カタカタ震えている。

「天子……?」

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 何かに吹っ切れたように叫び出した。

「な、何をしたんです?」

「あの子自身が忘れようとしていた過去の記憶の断片を蘇らせました。今あの子の精神は過去の自分に乗っ取られてます」

「過去? 天子の過去に何が──」

「うあぁぁ!!」

 ブンと空気を割く音を察した僕と地佳は、鍔迫り合いから離れ天子の攻撃から避けた。

 その際、ちょっと反応が遅れた僕は斬られはしなかったものの、髪の毛が何本かもってかれた。

「天子……」

 瞳が紅くなり、髪も逆立ち殺気がビリビリ感じる。だが何より目を引いたのは──。

「ヒッ……! …グスッ!」

 涙を流している。あの涙は天子の心が残っている証拠なのか?

「さぁ、やりなさい天子。貧乏神を消すのです」

「だあぁぁ!!」

 横一閃による斬り払いをバックステップで避け、拳を出し神力を使う。いつか見たような火炎が出るが天子は何の造作もなく、火炎を避けると再び僕の下に走ってきた。

「くそ!?」

「はあぁぁ!!」

 今までのキレが良い攻撃はなくなる代わりに、鈍く重い斬撃が繰り返される。

「天子、落ち着いて! こんな事何の意味もない!」

「酷いですね。守る者と守られる者の戦いというのも」

「あなたが言える事か! 天子やひいちゃん、水玖ちゃんを傷つけて!」

「あの子達が聞き分けない事を言うからです。……ほら、来ましたよ」

 縦の斬り下ろしを水平にした槍でガードする事はできたが、ガラ空きになった腹に蹴りが入った。

「ぐあっ!?」

 神力入りか! 吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。

 ……ダメだ、身体が動かない。たった一発の蹴りでこのザマかよ。

「おしまいですね。貧乏神」

 おわった。切り刻まれるのか、身体中滅多刺しにされるのか。

「みん……な…死ね……あんたも……死ね…」

「え?」

 天子は地佳の方を向くと、突然彼女に向かって斬りつけ始めた。

「な、何!?」

 間一髪のところを避けた地佳は呆気あっけに取られていた。

「肉を見せろ! 血を見せろ!」

 邪悪な笑いを浮かべ、不気味な言葉を何度も重ねている。

 これが、あの天子なのか。まるで別人だ。

「くっ!? 左官壁さかんへき

 隆起した地面が地佳の目の前を覆い、壁として立ちはだかった。

「うぇあ!!」

 土の壁がいとも簡単に斬られ、ポッカリと空いた穴から天子が現れる。

「みぃつけた……」

「あぐっ……」

 天子は刀の柄で地佳の頬を殴り飛ばす。五メートル程飛ばされた地佳は意識はあったものの、起き上がる事は出来なかった。

「バカな……。あの貧乏神じゃあるまいし、こんなにダメージがある訳……」

 天子はゆっくり地佳に近づく。

 この時地佳は天子の恐ろしさを再認識する事になった。

「真っ赤な血。ドクドクいっぱいおいしそう……」

 そう呟くと、地佳の身体を何度も斬り始めた。

「……!」

 十回ほど斬りつけると、刀を高く天にかざした。

「振り下ろす気か!?」

 このままじゃ本当に殺しかねない。動かない全身に鞭打つように力を入れ、立ち上がる。

 意を決し、興奮状態の天子から地佳を救出しようと走り出した。

「死ね」

「やめろ、天子ィ!!」

 刀が振り下ろされる。だが斬られたのは僕だった。

 地佳を覆うように庇い、背中に縦一閃の傷が入る。

「う! クッ……!?」

 あまりの激痛に膝立ちになった。

「……あなた……」

 よかった。傷は酷いが地佳はまだ意識がある。あとは、天子の暴走を止めるだけ。

 全身が悲鳴を上げている。立ち上がった僕は、そのまま天子を抱きしめた。

「天子、もういい。戦わなくていい!!」

 これは賭けだ。さっき流していた涙が少しでも彼女の心のものだったら、引き戻せるかもしれない。

「離せ!! お前も殺してやる!!」

「ウッ!?」

 首筋を噛まれた。そのまま首の肉を噛みちぎろうかの如くの力だが、僕は怯まなかった。

「離さない。天子は僕の……大切な人だから!」

 残る全ての力を込めて天子を抱きしめる。

 すると首を噛んでいた力がどんどん弱まっていき、顔が離れた。

「……輝…」

 瞳は透き通った青に戻り、逆立った髪も綺麗なストレートになっていた。そして今にも泣きそうな顔。

 やった。賭けに勝った。

「天……し…」

 安心しきってしまった僕は身体の激痛を思い出し、そのまま天子に身を預けるようにして気絶した。

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