6 新たな決意
病院内、他所様に迷惑にならないよう小走りで手術室前まで戻ると、地佳さんと担当医師が話をしていた。
「真の友人の東山です! 真は大丈夫なんですか!?」
「輝」
興奮のあまり医師に触れないように天子は間に割って入って制止させる。いきなり大声で横入りしてくる僕に対し、医師は驚いた表情を見せるが、すぐに顔を引き締め、術後の内容を話し始めた。
「えぇ、無事に成功しました。今日から入院していただき、傷の治癒経過をみながら退院をしていただく方針とします」
生きていた。良かった、本当に良かった。心の中で膨らんでいた不安という名の風船から一気に空気が抜けていく。
「すみません、病室に運びますので道をあけて下さい」
手術室の扉が開いた。看護師の声とともに移動式ベッドで眠る真の姿が見える。呼吸器のマスクや点滴のチューブをつけた彼は、僕とつるんでいた頃と比べてとても弱々しく感じられた。
「真……」
「しばらくはご家族のみの面会とさせていただきます。では」
「ありがとうございました」
医師と看護師が作る白い壁に真は覆われ、その姿を消していった。
「東山君、あの……」
「時雨さん……」
名前を呼ばれ、またドキッとしたが覚悟を決めた。どんな言葉も受け入れる。それ相応の事をした僕の罪の償いだ。
「さっきはごめんなさい。何も知らなかったとはいえ、あんな言い方して、私──」
予想外の発言に一瞬思考が停止した。すぐに頭の中を整理して僕も謝罪の言葉を伝える
「……いや、僕の方こそ。結果はどうあれ、真に怪我を負わせてしまって──」
「はい、そこまでにしましょうか」
地佳さんの仲裁が入り、僕と時雨さんはそれ以上は何も言わずに頭を下げるだけで終えた。
病院の外に出ると、辺りは夕焼け色に染まっていた。
「真のご両親には私からうまく説明するね」
「うん。あの……真が目を覚ましたら連絡してほしいんだけど、いいかな?」
「うん。電話番号でいい?」
「大丈夫。ありがとう」
通話アプリに時雨さんの連絡先が入った事を確認し、僕達は時雨さんと別れた。
神力で帰る為、人目のつかない高い建物を捜索しながら僕達は帰路についた。
「地佳さん、時間経過以外に真を人間に戻す方法ってあったりします?」
「時間経過以外に……ですか……」
う〜んと小さく唸る地佳さん。このメンバーの中だと一番知ってそうだったけど、やっぱり分からないか。
「生き物を殺させない事……かな」
ふと聞こえた小さな声の主は水玖ちゃんだった。
「どうゆう事?」
「水玖の考えだと、低級神は自分の存在する意義的な行動や仕草を行なわないと消滅しちゃうんだと思う。現に、貧乏ゆすりをしなくなったお兄ちゃんは一度人間に戻ったし、それをまたやった事で貧乏神に戻れた」
なるほど。水玖ちゃんの説明を聞いて一同、妙に納得した。
「でも、あくまで考察。実際にこれで戻るかどうかは分からない」
だとしても、多分これが最速の方法だと思うし、これ以上の案は無さそうだ。
「水玖ちゃんの考察の方法しかないか。あとは真が目を覚ました時『真』なのか『宮城』なのか……。うまい事真の意識が表に出てくれればいいんだけど」
天子達曰く、病院に運んだ時点ではまだ死神の神力は抜けていないという事なので今も彼は死神のまま。また暴れ出したら止めに行かないといけないし、その時こそ必ず僕の手で救わなければならない。
いずれ来たる友との戦いに覚悟を決めた時、ふと四年前に宮城と戦う時に天子に言われた事を思い出した。
『神力の戦い方は何事にも動じぬ心。揺らがぬ精神。凛として極める集中力。そして何よりも絶対に屈しない己の思い』
この四つの言葉、これらを今日の戦いに生かせただろうか。
「みんな!」
前を歩く五人の女神を呼び止める。
「僕に神力の戦い方を教えてほしい」
いきなりの僕の発言に五人の女神達は目を丸くしていた。驚くのは分かってる。でも決めたんだ。
「ちょ、輝!? 急にどうしたの?」
「万が一、また真が暴走するようならば僕が押さえる。今度こそうまく。その為にも神力の使い方をコントロールできるようにならないといけないと思うんだ。だから──」
「ダメですわ」
雷夢さんは鋭い目つきで僕の提案を否定した。その目つきは初めて僕と対峙した時のように冷たい。
「ダメって……なんで!?」
「神力を会得して戦う事の意味をご存知?」
「……え?」
「何かを犠牲にしても厭わない覚悟を持つ事ですわ。あなたにその覚悟はお持ちなの?」
持ってるさ。君達が笑顔で僕の目の前にいてくれるなら、僕はこの身を犠牲にしたって構わない。
「雷夢、輝だって──」
「天子」
雷夢さんを宥めようと天子が割って入るが、地佳さんがそれを阻止する。
「まだ神力を使いこなせていないとはいえ、真は死神なんだ! 雷夢さん達が戦ったら……」
「やられると?」
そうはならないと思う。思うけど、やっぱりどこかでそう思ってしまう自分もいる。
「なめられたものですわね」
「!?」
雷夢さんは神聖武器を生成した。まさか斬るつもりじゃ……。
「誰も怪我しないでほしい、死んでほしくないから、僕も戦う術を学びたいんだ」
「不毛ですわ」
「くっ!?」
本当に来た! 咄嗟に天子の手にパッと触れ、神聖武器を生成できる分だけの僅かな神力を取り、刀を生成する。斬りかかってくる雷夢さんの刃を間一髪のところで受け止めた。
「親友と生死をかける戦いに身を投じるのだって一つの覚悟じゃないか! なんで分かってくれないんだ!?」
「それは理由ですわ」
「理由……っ!?」
僕と雷夢さんの間に氷の壁が現れた。水玖ちゃんの神力だった。
「そこまで」
氷の壁を隔てた事によって、少し冷静さを取り戻した。ちょうど奪った天子の神力も切れて刀はスーッと消えていくと、氷の壁は役目を終えたように溶けて水になっていく。
「雷夢、こうなった輝君はテコでも動きませんよ」
「……」
雷夢さんは少し考えた後、ため息をつくと剣をしまった。
「いいでしょう。輝君の熱意に免じて明日から神力の修行を始めます。その代わり厳しくやりますよ」
「はい!」
良かった。地佳さん直々にお許しが出た。
「貧乏神」
心の中でガッツポーズをしていると、雷夢さんがポンと僕の肩に手を置いた。
「決して自分だけではない。私達もいる事を忘れないで」
僕は無言で小さく首を縦に振った。
どうしてだろうか。雷夢さんの表情は攻撃を仕掛けてきた鬼気迫るものではなく、どこか不安そうな顔だった。




