3 悲壮の再会
つい先日の事。天子とともに大学から帰宅した僕達のもとに、ひいちゃんがやって来てこんな事を言っていた。
「おかえり。二人とも大丈夫だった?」
「え? 何が?」
「ニュースだよ。見てないの?」
僕と天子は無言で頷いた後、お互いの顔を見合わせた。何の事だか分からない僕達に、ひいちゃんは「こっち来て」と言い、リビングに案内された。リビングには水玖ちゃんが既にいて、ニュース番組を見ていた。
「通り魔事件……場所って、この近くじゃないか!?」
「死者がいないのが不幸中の幸い」
この間のメイド喫茶強盗といい、通り魔といい何かがおかしい。
「輝、気をつけてね?」
「うん。みんなも外に行く時は充分に注意しよう」
この会話の四日後、事件が起きた。
「ひいちゃん!」
「火奈!」
アパートのドアを乱暴に開け、部屋の中へ入る。
昼休み中に雷夢さんから僕のスマホに電話があった。ひいちゃんが通り魔にやられた、と。
「わっ!? びっくりした」
「それはこっちのセリフだよ」
「大丈夫なの、火奈? 怪我はない?」
「うん、服を斬られただけだから。なんともないよ?」
いつも通りの笑顔を装っているが、カタカタと小さく震えていた。どんなに怖い思いをしたのか、考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
「……これ以上、人間にも神様にも被害は出てほしくない」
「なら、ちょっと懲らしめてやりませんこと?」
雷夢さんは剣を抜いていた。彼女も僕と同じように妹に恐怖を与えた犯人に憤りを感じているようだ。
「では、私が犯人と思しき人物を探します。輝君と雷夢で犯人をとっちめてやりなさい」
「よろしくお願いします。天子、神力を貰える?」
「うん……」
差し出された手を躊躇いつつも、彼女はゆっくり両手で握った。
「無理しないでね? 雷夢、輝をお願い」
「お任せなさい」
雷夢さんは力強く頷いた。彼女の返事も聞き、心配そうな表情を浮かべていた天子も安堵のそれに変わる。
「ありがとう、天子。よし、行こう」
靴を履いた僕と雷夢さんはアパートの屋根に上り、地佳さんは下に降りてしゃがみ込むと、そっと手を地面に添えた。
「大地讃頌、地説」
どこにいるか分からない犯人の居場所を掴む為、地佳さんは地面に神力を流して、めぼしい人物の特定をし始めた。
「もう刀を?」
僕の右手に持った刀を見た雷夢さんは目を丸くしていた。
「久しぶりで出せるかどうかと、護身用で。決して早く斬りたいとかじゃないよ」
「相手に触れないよう、充分注意するんですのよ?」
「うん、気をつけます」
「いました! 砦川河川敷です!」
砦川……。四年前に天子と雷夢さんが戦った場所。というよりなんでそんな所にいるんだ? 犯行を行なっていたのは僕達が住むこのアパート付近じゃなかったのか? ここから砦川は電車で片道七十分程かかる。敵は人間ではないのか!?
『いや、考えても無駄だ。行ってこの目で確かめればそれでいい、それしかない』
「行きますわよ」
「いざ」
僕と雷夢さんは風がそよぐよりも静かに音を立て、この場を後にした。
女性の悲鳴が響く。彼女の目の前にはナイフを持ち、不気味な笑顔を浮かべながらゆっくりと近づく男がいた。
「来ないで!」
石や土、雑草等、女性は手当たり次第に掴んだ物を男に投げるが効果がない。それどころか、必死な抵抗をする女性に対し、優越感を煽るものとなり逆効果となってしまっていた。
「誰か……」
男のナイフが天に掲げられ振り下ろされる、その時だった。僕の刀と男のナイフが交わる。危機一髪の状況だったが、なんとか間に合った。
「っ!」
「こっちは無事ですわよ」
女性の救護に向かった雷夢さんの声が聞こえた。その声を合図に僕は相手のナイフを弾き、無防備になった身体目掛けて、神力を叩き込む。
ズザザザと地面と服が擦れる音を立てながら、男は大の字となって倒れた。
「ハァ……ハァ……」
「貧乏神……?」
妙に息が荒い僕に対し、雷夢さんは眉をひそめる。
「何かありましたの?」
僕に近づこうとする雷夢さんに対し、左手で制止させ、アイコンタクトで問題ない事を伝える。
一度大きく息を吸って吐き出し、乱れた呼吸を整えると、僕は大の字で倒れる男の方を見た。
「お前……お前……何やってんだよ!? 真ぉ!!」
嘘だと思いたかった。ただの見間違いだと信じたかった。四年経ったとはいえ、長い友の顔を間違える僕じゃない。
「ひ、東山君!? 雷夢さんも」
「え!?」
「み、美穂!?」
振り返ると、かつてのクラスメイトで真の恋人がいた。真に殺されそうになっていたのは紛れもなく、時雨 美穂だった。
「時雨さん……真に何があったの?」
ふるふると首を横に振った後、重い口を開いた。
「分からない。四日前から急に音信不通になって……。砦川で見つけたら、急に襲われて……」
『真がいなくなったのも、通り魔が現れ始めたのも四日前……。くそ、疑う余地がないじゃないか』
真の方を見る。気絶させるほどの神力を放って、食らわせたのに、ケロリとした表情で立ち上がっていた。
「雷夢さん……僕には神力を見分け、感じる事ができないけど、あいつ……もしかして……」
「えぇ……死神ですわ」
やはりそうか。ゴクリと生唾を飲み込む。これから、友と刃を交えなければならないと思うとどうにかなってしまいそうだ。
『真、お前どうして……』
「来ますわよ!」
「畜生ぉ!」
僕の咆哮は虚しく空を裂いた。




