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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
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4 美しい地で見る雷の夢

 火奈の代わりに送った水玖も天界へ一向に帰ってこない。

「まぁ、こうなる事はお見通しでしたけど……」

 予想通りの結果だが、それがかえって苛立ちを増加させる要因となる。

 誰も彼も何故貧乏神を殺さないのか。貧乏神の何処に魅力を感じているのか、さっぱり理解できない。

「どうかしましたの?」

「水玖ちゃんはやっぱり神引きしませんでした」

「火奈も水玖も一人じゃ非力。天子に勝つ事は無理ですわ」

「あら、何か考えでも?」

「えぇ。私達二人であの男(貧乏神)ればいいんですの」

「なるほど。それならすぐに終わらせる事ができますね」

「そうと決まれば、今から行きますわよ」

 

 

 水玖ちゃんがうちにやって来てから二週間が経った。あれほど心配していた残りの神様も来る気配がなく、平和な時間を過ごしていた。ただ一人を除いて。

「姉さぁん、そんなに張り切らなくていいよぉ」

 この二週間、ひいちゃんは梅雨とその湿気に参り、部屋でグダグダした毎日を過ごしていた。

「何言ってるの。これぐらいやらないと夏に水不足になっちゃうでしょ」

「えぅ〜。兄さん助けてぇ」

 雑誌を読んでいた僕の足に擦り寄り、涙の懇願。

 因みに今日は学校説明会があるので、生徒は部活動を行なう以外は登校しなくても良い日だった。

「こればっかりは仕方ないよ」

「そうだよ。ぐずらないの」

「えぅ〜……」

 僕の足を掴んだまま窓の方を見て、恨めしそうにしているひいちゃんが可笑しかった。

『そういえば、水玖ちゃんは?』

 辺りを見回すと、僕の勉強机に座っていた。机の上に鍋が置かれ、その上で手をグーパーさせていた。

「水玖ちゃんは何やってるの?」

 雑誌を置き、足元のひいちゃんを持っていたアメで釣って退かして、水玖ちゃんの隣に行った。

「……これ?」

「そうそう」

「空気中の水分を圧縮して水を作ってる」

 そう言うと、水玖ちゃんの掌からチャポチャポと水が少量溢れてきた。

「すごっ! 見てて飽きないな、コレ」

 思わず見入ってしまう。昔から噴水や池、川とか水が流れたり、あったりする所には必ずと言っていい程見入ってしまうのは僕だけだろうか。

「さてと、雨は一旦お休みにして……。輝、お買い物行こう」

「あ、はいはい」

「私も行く。部屋ん中じゃつまんないもん」

「水玖ちゃんはどうする? お姉ちゃん達と来る?」

「……待ってる」

 どうやらあの遊びをやってるつもりだろう。僕も帰ってきたら見ようっと。

「じゃあ、行ってくるからね。誰か来ても出ちゃダメだよ」

 水玖ちゃんは無言でコクリと頷くと小さく手を振った。

 一人にするのはちょっと心配だったが、水玖ちゃんはイタズラもしないし、聞きわけのいい子なので彼女を信用しよう。

 

 

 近くのスーパーまでは散歩も兼ねて歩いて行く事にした。

 通りの植木には紫陽花あじさいが満開に咲き、さっきまで降っていた雨粒を綺麗な紫の花びらに乗せ、陽の光を反射し輝かせていた。

「うわぁ、すごい綺麗」

 ひいちゃんは紫陽花に近づき、じーっと見て呟いた。

「梅雨も中々悪くないでしょ?」

「うん、いいかも」

 部屋の時とは打ってかわって 上機嫌な様子で何よりだ。

「私はこの川が好きだな」

 そう言って天子が指差したのは砦川とりでがわ。ここは隣町との間にまたがる大きな川で、釣りの名所として知られている。

「今は雨降った後だから荒々しいけど、普段は緩やかでキラキラしてて綺麗なんだよね」

「分かる。川の流れを見てると嫌な事とか忘れさせてくれるよね」

「そうなの! 輝、フィーリング合うねぇ」

「オホン、エホン。あー……私、帰ろうかな」

 ひいちゃんはわざとらしく咳をし、ジト目で僕達を見ていた。

「変に気使わなくていいから。ほら、今日は何にしようか?」

「はい! コロッケがいいと思います!」

 ジト目から一転。目を輝かせたひいちゃんは綺麗な挙手で提案した。

「あ、僕もそれがいいな」

「オッケー。じゃあコロッケにしよう」

 コロッケなんて久しぶりだな。まだ寮に入ってない頃は母さんによく作ってもらってたのを思い出すよ。

「久しぶりだから僕も手伝うよ」

「ありがとう。お料理本読んだけど作り方がイマイチ分からなくて」

 いつの間に料理本なんて読んでたのか。意外と勉強熱心なところもまた可愛さがあるんだよな、うん。

 

 

「……ふぅ」

 留守番中の水玖もグーパーするのに疲れ、休んでいた。

 鍋の中の水はだいぶ多く溜まり、それを満足そうに見ていた。

『帰って来たら満杯の鍋を見せようかな』

 あと十分、十五分もあれば満杯にできる。満杯にしたのを見てもらったら、どんな顔で見てくれるだろうか。水玖は時計を見て早く帰って来ないかソワソワしている、その時だった。

「ごきげんよう」

 突然、自分以外に誰もいない筈のこの部屋から聞こえた声。水玖は後ろを振り返った。

「……っ!」

 そこにいたのは、金髪をポニーテールに結わいた、天子と同じくらいの女の子がベッドに座っていた。

「ここにはあなた一人? 天子と火奈、それと貧乏神はどこへ?」

 水玖は彼女の問いに応えず、相手の目をジッと見ていた。

「そう、応えたくありませんのね」

 女の子はやれやれといった表情で立ち上がった。水玖も咄嗟に立ち上がり、相手の攻撃に備え構える。

「……あなたも、お仕置きが必要みたいですわね!」

「!!」

 女の子が掌を水玖に向けると同時に水玖はその場に倒れこんだ。

「ま、聞かなくとも貧乏神の位置ぐらいお見通しですけど……」

 

 

 その頃、公園を通る近道をしていた僕達の目の前に、一人の女性が現れた。

「輝、下がって!」

「私達が守ります。身を低くして」

 僕の前に天子とひいちゃんが各々の武器を生成して出てくる。

「まさか、この人……」

「そう。神引きの為に派遣された森羅万象神の一人。地神、地佳ちか……」

 地佳と呼ばれるその女神は、茶髪のゆるふわな髪をその大きな胸まで伸ばし、目元にホクロがある、一見優しそうな女神だった。

「母親に刃を向けるなんて、少し叱ってやらないとダメですねぇ」

 落ち着いた物腰、そして不敵な笑み。明らかに天子達と風格が違う。

「地神……母親……四人目」

「四人目だけじゃなくてよ?」

 後ろから別の声!? 慌てて天子が後ろに回り込む。

「お久しぶり。天子……」

雷夢らむ……」

「この子が雷神!?」

「地神と雷神が手を組んだようね……」

 天子の額から一筋の汗が流れる。彼女も驚きと焦りの表情が表れていた。

 生唾を飲んだ。お互いに一歩も動かず、相手の出方を伺っている。ただならぬ緊張感が周囲一帯を覆った。

「天子、この二人には勝てそう?」

「……私と雷夢はほぼ互角。母さんには勝てるかどうか」

「そうか……」

 苦笑いが出てくる。これってかなりヤバイんじゃないか。

「火奈、どっちとやる?」

 ひいちゃんは地佳を見た後、後ろにいる雷夢を見て、もう一度地佳を見た。

「……母さん。雷姉のスピードにはついていけそうにないから。姉さんなら雷姉についていけるでしょ?」

「そうね……。即行で雷夢との戦いに方をつけて、二人で母さんをやろう」

 作戦が決まった。天子は一度、大きく深呼吸をすると、ゆっくりと刀を構え相手の動きに集中し始めた。

「貧乏神を残して逃げれば良いのに。学習能力もお無くなりになって?」

「輝はらせない。私が決めた事なんだから」

「でしたら、水玖同様にお仕置きしてあげますわ」

 雷夢は手を上にあげるとバチバチッと雷の柱が下り、剣が現れた。

 日本刀の天子に対し、雷夢は西洋の剣。確かクレイモアだったか。

「『水玖同様』って、あの子に何をしたの!?」

「ですから……お・し・お・き」

「お前……!」

 楽しげに、どこかふざけたその言い方に怒りが沸々(ふつふつ)と込み上げてきた。

「ダメ」

 一歩二歩と無意識に雷夢に近づいたところを天子によって止められた。

「輝、水玖ちゃんが心配だから寮に戻って待ってて」

「……分かった。やられないで!」

 天子がニコッと笑うのを確認すると、走ってその場を後にした。この場は二人を信じよう。

「二人を大人しくさせてから、メインを頂きましょうか」

「えぇ。そのつもりで」

「いくよ! 火奈!」

「うん!」

 

 

 不安は的中した。

 何故あの時、一緒に行こうと言えなかったんだ。

 何故あの時、僕も一緒に留守番しようって思わなかったんだ。

 いつ他の女神が来るかも分からないのに、一人にさせてしまった自分の判断に後悔した。

「水玖ちゃん……」

 全速力で寮に戻った。息は切れて、のどの奥が鉄の味がするけどそんなの関係ない。

 急いで部屋の鍵を回し、中に入った。

「ハァ…ハァ……水玖ちゃん!!」

 水玖ちゃんは部屋の中央でうつ伏せに倒れていた。

「水玖ちゃん、大丈夫か!? 水玖ちゃん!!」

 ダメージを負った身体に障らないよう、ゆっくりと起こし、容体を確認する。

 出血や骨折などの外傷は無い。雷夢の電撃にやられたのだろう。

「……ず」

「え?」

「……み……ず…」

「分かった。ちょっと待って」

 一度水玖ちゃんをベッドに寝かせ、冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて、水玖ちゃんに飲ませてあげる。コップ一杯をゆっくり飲み干すと目を開いた。

「……あ」

 良かった。倒れていた時はドキッとしたけど、今は安堵の気持ちでいっぱいだ。

「ゴメン。僕のせいだ。僕があの時、水玖ちゃんも一緒に行こうって言えば良かっ……」

「……ッ! ……グスッ」

 水玖ちゃんは僕の胸に飛びつくと声を殺すようにして泣き始めた。

「ゴメンね。ゴメンね……」

 彼女の背中を摩り、頭を撫でながら何度も謝る。それが今僕ができる最大の誠意だった。

 

 

「落ち着いた?」

 すすり泣く声がいつしか止み、水玖ちゃんの顔を覗いた。

「……他の神様が来た」

 水玖ちゃんが自分から話してくれた。なんか感動。

「うん。今天子達が二人の神様と戦ってるんだ」

「二人?」

「地神と雷神が一緒に来たんだよ」

「……分かった」

 水玖ちゃんは玄関に向かうと靴を片手に持ち、窓のサッシに片足をかけた。

「ど、何処に行くの?」

「お姉ちゃん達のところ」

「危ないよ。ここで待ってろって言われたから僕と……」

「水玖も……神様だよ」

 初めて見せてくれた笑顔に頼れるものを感じ、何も言い返す事ができなかった。

「ありがとう、行ってきます。お兄ちゃん」

 そう言うと、水玖ちゃんは窓から降りると天子達のもとへ向かっていった。

 

 

「やあぁぁっ!」

「なるほど、力は落ちていないようですわね」

 天子と雷夢の刃が交わる度に火花が散る。

「あの貧乏神に何の未練があって生かすのか、私には理解しがたいですわ」

「あんたが理解するような事じゃないの! ほっといてよ」

「ほっとけないから私達が来てるんじゃなくて?」

「あんたのそうゆうところ、本当に大っ嫌い!」

「お互い様!」

 

 

咲斬火さざんか!」

 地佳と対峙した火奈は槍を振るうと、三本の火の斬撃を放った。

「あらまぁ〜」

 地佳はやれやれと言った様子で神力で地面を隆起させ、土の壁を作り、火奈の攻撃を容易く防御した。

「私との神力の相性はいいですが、それだけではおろか、雷夢の足下にも及びませんよ」

「くっ!?」

「私を倒すつもりなら火奈、殺意が無ければ無駄ですよ」

 地佳はその場にしゃがみ込み、地面に触れると彼女の神聖武器である薙刀を生成する。

 その薙刀は地佳の身長よりも長い代物だった。

『……確かに母さんの言う通り、生半可な攻撃は無駄な神力を消費するだけ』

 火奈は胸の前に手を置き、気持ちの整理をした。

「私は姉さんと約束したんだ。貧乏神(兄さん)を守るって。だから、母さん……あなたを殺します!!」

「来なさい。優しく殺してあげる」

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