40 激突
輝が通う神園高等学校には旧校舎がある。授業で使う事もあるがそれも年に数回程度。教職員も生徒も立ち入る事はないその校舎裏に天子はいた。
その表情は険しく、さっきまで輝と一緒にいて優しく微笑んでいたとは思えない程の迫力である男を睨んでいた。
「そう、睨みなさんなって」
天子の威嚇に屈する事なく、欠伸をしながら答えるのは死神、宮城だった。
「お前が学校に来る事は知っていた」
「神は見通しってか。……ああ、そうだ。あいつの貧弱な精神ならとっくに自殺したと思ったが、今日になってもまだ貧乏神の神力を感じるからなァ。それで来た」
頭を掻きながらヘラヘラと喋る宮城に対し、天子は拳を強く握り締め、ギリッと歯を食いしばった。
「残念だな。輝は死なない。お前に苦しめられても、辛い過去があっても、それでも生きたいって心から願ったんだ! あの子が受けた苦痛を……お前にも味わってもらう!」
その言葉の後、天子は持てる神力を一気に解放させた。彼女を中心に風が吹き荒れ、土埃が舞う。
ゾクッとするほど溢れ出る殺気。次第に髪も逆立ち、瞳が紅くなっていく。地佳と雷夢が襲来した時のように、天子は自ら暴走状態となったのだ。
「巨大な神力に自分が飲み込まれたか……。それをやって帰ってこれるのかねェ? ま、これから死ぬ奴にそんな事気にかけても無駄か」
宮城は冷笑しながら神聖武器の鎌を生成した。一方の天子は拳を握り締め、身を低くし、臨戦態勢に入る。
「そういや、天神の神聖武器は折れたんだったな。こいつァ勝負にならんな」
「私の存在そのものが武器だ! 覚悟しろ!」
ドンッと地面を蹴り、天子は宮城に向かって行く。二度目の戦いが始まった。
授業中、ふと窓から外を見た。快晴だった空がだんだんかげっている。雲の隙間のところどころから青い空が見えるから雨が降るという事はなさそうだ。
天子と分かれてから十五分くらい経っただろうか。一時間目の授業が始まったのにまだ帰ってこない。
「東山君!」
「は!? はい!」
先生の目に止まってしまった。裏返った声で返事をし、席を立つ。
「今のところをもう一度読んで下さい」
机の上に開かれた古典の教科書を持ち、軽く咳払いして読み始めた。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」
「いいです。でも授業中はちゃんと前を向いて下さい」
すみませんと一言謝り、僕は席についた。
「……」
進んだ板書を写した後、僕はまた外をチラッと見て前を向き、おずおずと挙手をした。
「……先生、申しわけないです。ちょっと……腹痛が……」
「なんだ輝、MM5か!?」
真の茶化しにクラスメイトがドッと沸いた。
「早く行ってきなさい。漏らされても困りますからね」
先生の一言で更に教室は沸いた。僕は席を立ち、会釈しながら再度すみませんと謝ると教室から出た。
神聖武器の無い天子は正拳突きや回し蹴り等、多彩な格闘技を繰り出すが宮城には当てる事はできず、逆に宮城からの攻撃をくらいすぎていた。
「ハァ……ハァ……」
「パワー、スピード……前に手合わせした時とはまるで違う。別物みたいに上がっているが、それに相反してキレが無ェ。そんな中途半端な強化で……俺には敵わねェよ!」
天子の腹に宮城の拳が入った。一瞬、目の前が真っ白になり意識が飛びそうになる。しかし、これはチャンスになった。
自分の唇をグッと噛んで失神するのを堪え、右手に密かに溜めていた神力を宮城の顔面に叩き込む。
「だあぁあ!!」
完全に不意をついたつもりだった。しかし、宮城も甘くない。不用意に近づけばこうなる事は容易に予測できた。自分に向けて放たれた衝撃波を背後から伸ばした影の腕で受けとめ、吸収したのだ。
「バカが。てめぇ如きの浅はかな考えなんて、お見通しなんだよ。返すぜ、影送り」
天子の腹に当てた自分の拳を開き、彼女が放ったまんまの衝撃波を放出させる。
「あぐ!?」
いとも簡単に天子の身体は吹き飛んだ。校舎の壁に叩きつけられ、崩れるように地面に倒れ込む。
「これで分かったんじゃねェか? 『勝てねェ』って。そもそもこの俺に歯向かう事自体、無駄なんだよ」
ポタポタと地面に赤い斑点を作りながら、朦朧とする意識の中、まるで生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる。
「勝て……る…」
宮城は目を地面に伏せ、頭を掻きながらため息をついた。
「そうゆう意味の無ェ冗談……イラつくんだよ!!」
宮城は眼をカッと見開き、影の拳で天子を滅多打ちにしていく。抵抗する事も、防御する事もなく、全ての連打をその華奢な身体で天子は受けた。それは『酷い』の一言で片付けるにはあまりにも簡単すぎる、凄惨な光景。
そしてその凄惨な光景を見ていた者がもう一人いた。
「な、何ですの!? これは!?」
輝の神力を追って学校に来た雷夢は、二つの異様な殺気を感じ旧校舎の屋上から様子を見る。そこに広がるのはあの天子がボロボロにやられている光景だった。
「天子のこの殺気は母様との……」
以前、公園で地佳を圧倒していたあの力。それを以ってしても敵わない死神。勝ち目はあるのだろうか。
「女をいたぶる趣味は無ェ俺が……少々大人げなかったな。安心しろ。今引導を渡してやる」
不気味な笑みを浮かべながら、ユラユラと天子に近づく。
「天子……!」
ピクリとも動かない。気を失っているらしい。
『暗殺するしかないですわ……』
神聖武器を生成するにしても、雷を落とすにしても神力が発生して奴に気付かれ、返り討ちにあってしまう。
このまま降りて死神の脳天ギリギリまで落ち、剣で貫く。雷夢の闘いの精神に背く行為になるが、四の五の言ってられない。
旧校舎のひび割れた屋上の縁に足をかけ、降りようとした時、雷夢はあるものを発見した。
「え!?」
死神の背後を柄の長い箒を持って、全速力で走る一人の男子生徒。輝だった。
「でやぁ!!」
野球のバットのようにフルスイングする。避けられるか、防御されると思ったが、それは宮城の頭に当たった。
演技なのか? よろよろとよろめきながら天子から離れる。
「美化委員が掃除道具で殴っちまった」
箒を地面に置き、天子の下へ駆け寄った。彼女の傷に障らないようにそっと抱き寄せる。
ひどい怪我だ。身体は勿論、額や口等、顔面からの出血が痛々しい。
「天子……君は一人で……」
「東山ァ、来ると思ったぜェ。安心しろ、まだ死んじゃいねェよ」
クククと笑う宮城は顔をさすりながらユラユラと立ち上がった。予測はしていたが、奴の顔を見るにダメージは入っていないだろう。
「僕を殺したいんだろ? なんで彼女を!?」
「俺の計画は元から森羅万象神の抹殺だ。てめぇが先か、女神が先か。順番なんざ最初からどうでもいいんだよ」
天子をゆっくり地面に寝かして彼女の頭を撫でる。目を閉じたまま、表情は変わる事はなかったが、どこか安心しているように見える。
「にしても、結構タフだったぜ? ボコボコにしてる最中で、いつ、どの攻撃で死ぬか楽しみでよォ。その整った顔をグチャグチャにするのも面白そうだったんだがなァ」
「ふざけるなぁ!!」
考えるより先に拳が出た。今の僕には、こいつに対する恐怖を感じない。天子をこんな目に合わせた怒り、憎しみが勝っていた。
パァンと乾いた音が旧校舎の壁に反響し、軽いやまびことなる。僕の拳は宮城の顔面を捉えた……筈だった。
「!?」
宮城の背後から、以前僕の首を締め上げていた影の腕が、僕の拳を受け止めていた。
「残念だったなァ、東山! そもそもてめぇのパンチ如きで倒れる俺でもねェがな。さっきのフルスイングも敢えて食らったが、大した事なかったぜ?」
顔を歪めて笑う宮城。右手に持つスラッとのびる鎌を振り上げた。
『ヤバイ!』
拳を引こうとするが影の腕にがっしりと掴まれ、離れる事ができない。
「俺に対する恐怖を克服した事は褒めてやる。だが、死への恐怖はどうかな?」
漆黒の刃が僕の首目掛け振り下ろされるその時だった。サラサラと流れる金髪のポニーテールが颯爽と現れ、鎌の刃を受け止めてくれた。
「雷夢さん!?」
「拝見させてもらいましたわ。後は私に任せなさい」
影の腕を切り落としてもらい、自由になった僕は雷夢さんの後ろにつく。
「ダメだ、僕も戦う……」
「いいですから、輝君は天子を守ってなさい」
おっとりとした声と同時にポンと肩に手を置かれ、そのままグイッと後ろに引き寄せられた。
尻もちを付きながら見た、ゆるふわカールの茶髪の女性。地佳さんも来ていた。
「大地讃頌、囲い木」
「待って、地佳さ……」
隆起する地面と生える木が、僕と天子を包み込む。そしてそれは隙間を作る事なくドーム状となった。
「瀕死の天神と役立たずの貧乏神を避難させて、随分とご満悦そうじゃあねェか」
「あら、分かっていて逃がしてくれたのかと思いましたわ」
髪をかき上げ、挑発するかのように雷夢は笑う。
「千影……いえ、死神。あなたを逃がしてしまった事をあの時程後悔した事はありませんでした。今こそ、全ての清算をここで行ないます」
「なぁに言ってっか分からねェが、てめぇらも森羅万象神だろ? なら殺すしかねェなァ!」
地佳は神聖武器を生成し構える。久しぶりに雷夢とのツーマンセル。過去のけじめをつける為、今激突する。




