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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
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3 雨に唄えば

 天子とひいちゃん、二人の女神様と暮らすことになって、早一週間。新しい家族との生活にもだんだん慣れてきた。

 人というものは不思議なもので、緊張して物事に臨めば、失敗をすることは限りなくゼロに近くなる。でもそれがルーティーン化され、慣れてきた時に事故となる可能性が高くなる。

 さて、長々と説教じみた事を述べているが、僕こと東山 輝はたった今、そのルーティーン化による事故を起こした。寝坊である。

「どうして起こしてくれなかったんだよぉ!」

 泣きながら制服のズボンを履き、ベルトを締める。この慌ただしい朝だってのに、未だベッドで寝ているひいちゃんを見ると非常に恨めしく思えた。

「いや〜、今日はどうやって起こそうかなぁって考えてたら二度寝しちゃって。てへ!」

 『てへ!』じゃないだろぉ! 後生だ、普通に起こしてくれ!

「と、とにかく行ってくるから。悪戯しないでね」

 朝食を食べる時間も無い。(用意もされていなかったが)カバンを持ち、玄関へ向かう。

「輝は他の人に触れられないように」

「うん、いってきます」

 ドアを開けると、雨の音が聞こえた。今日に限って天子、君って神は……。傘を持って急いで出る。いつもなら階段で会う真の姿も流石になかった。

 梅雨入りには早すぎる雨の中、ひたすら走る。途中何度か風が吹き、傘が持ってかれそうになっても走った。(この風、まさか天子が吹かせたんじゃないよな)

「ウソだろ!? あと五分!?」

 もう濡れてもいい。遅刻だけは絶対したくない。僕は傘を閉じ、ダッシュした。その時だった。

「ん? あの子……」

 そこには電柱の隣に立って、傘もささずに雨空を見上げていた小学生ぐらいの女の子がいた。長い間そこにいたのか、服もツインテールに結わかれた髪も濡れていた。

「どうしたの?」

 急いでいるけど、放っておけない。僕はその子に声をかけた。

「風邪ひくよ。これあげるから使って」

 そう言って手に持っていた傘とカバンからタオルを差し出した。本当ならこの子の家まで送ってあげたいけど……。

「ごめん。お兄ちゃん行くね。気をつけて帰るんだよ!」

 学校に向かって再び走り出す。女の子は僕の姿が見えなくなるまで見ていた。

 ずぶ濡れになり、本気の走りも空しく、結局学校には遅刻した……。

 

 

「よぉ、昼メシ一緒にどうだ?」

 四時間目の授業が終わるや否や、真がいつも通りのテンションで誘ってきた。

「学食じゃないんだ? 珍しい」

「コンビニだけどな。晴れたし、屋上行こうぜ」

「屋上? 開いてないだろ」

 屋上は常時閉鎖されている筈だ。ラノベやギャルゲーのように、そう都合よく開放されてはいない。

「合鍵作った」

 真はニッと笑いながら、鍵を指に引っ掛け、ブンブン回している。

「どうやって作ったし」

「練り消しで職員室にあるマスターキーの型を取ってな。あと、家庭科室と図書室、視聴覚室に……」

「もういい、もういい」

 学校を秘密基地か何かと勘違いしてないか、こいつ。

「で、どうする? ん?」

 すげぇ目を輝かせてる。まぁせっかくの友からのお誘いだし、僕も屋上で昼食なんて憧れていたから、答えは決まっていた。

「じゃあ行こうか」

 僕はカバンを持って、真の後ろについて行った。

 屋上へ行く為の唯一の階段は掃除がされておらず、埃がたまっていた。昼休みで賑わっているにも関わらず、幸いな事に、ここを上るところを誰にも見られなかったが、かなり緊張する。

「この南京錠古いな」

「いけそう?」

 扉自体の内鍵は容易に開けられたが取っ手部分に巻き付けられた鎖に南京錠。真の合鍵は恐らくこれだろう。

「後ろ見張ってろ」

 あ、流石にヤバイ事してるって自覚はあるんだ。安心したよ。

「大丈夫。誰も来てない」

「……よし、いいぞ」

 鉄製の扉が音をたてて開いた。雨あがりの為、下は濡れていたり水たまりがあったり最悪だったが、何となく青春を感じていた。昼休み、友達と、立ち入り禁止の屋上というシチュエーションに酔っていた。

「そういや、時雨とはどこまで行ったんだ?」

 そうだ、僕の事情をまだ真に言ってなかった。信じてもらえないかもしれないけど、いつまでも黙っている訳にもいかない。

「あのさ、時雨さんとの事なんだけど〜、実は僕……」

「輝ぅ〜」

 この声、まさか!? 声がした方を見ると、屋上に丁度着地した天子がいた。

「お弁当。作ったから持ってきたよ。はい」

 そう言って、丁寧に包まれたお弁当を渡された。

「あ、ありがとう」

「ちゃ〜んとお留守番してるから、寄り道しないで帰ってきてよ? じゃあね!」

 天子はこちらに向かって手を振ると、二mはあるフェンスを軽々と飛び越え、下に落ちた。

「は!? 何!? 何今の!? 落ちたぞ!?」

「真、落ち着け。今全部話すから」

 

 

「なるほど。さっきの落ちてったのは神様で、貧乏神となったお前を殺しに来たけど、一緒に暮らす事で命をつないだ。でも他の人間に触れられたら、触れた方、触れられた方御構いなしに殺される。これで合ってるか?」

「バッチリ」 

 五分後、用意周到な真が持ってきたレジャーシートに座り、僕は自分に起きた全ての事情を説明した。その際も茶化しやツッコミを一切せず、真剣に聞いてくれた。心底こいつが友達で本当に良かったと改めて思う。

「やっぱり、信じてない?」

「いや、アレ見て信じるなって方が無理だろ」

 フェンスを指差して苦笑いを浮かべていた。やはり相当ショッキングな光景だったんだろう。

「じゃあお前……時雨はどうすんだよ」

「僕が人間に戻れるのは最低でも三年はかかるらしいんだ。だから諦めるよ……」

 僕の特殊な事情に時雨さんを巻き込む訳にはいかない。これは本心で思っている。名残惜しいのも勿論あるけど。

「そうだよなぁ。デートで手ぇ繋ぐ事すらできねぇんだもんなぁ」

 昼休み終了のチャイムが鳴る。そろそろ戻らねば。僕と真は各々座っていたレジャーシートを畳み、教室に戻る支度をする。

「輝。その、なんだ……どれも正しい選択をしたと俺は思う」

 彼なりの励ましだった。どんな人が言っても真じゃなきゃ、ここまで説得力がない。

「ありがとう。次数学だ、急ごう」

 来た時のように鎖を取っ手に巻き、南京錠をする。僕達は屋上を後にした。

 

 

 最後の授業も終了し、下駄箱で靴に履き替える。

「ぬあ〜、今日も長かったぁ」

「うし。帰って今日こそボス倒すぞ」

「あー、真。当分ログインできないかも」

「そうか。神様とはいえ女の子と暮らしてんだもんな。しかも二人。めっちゃチヤホヤされてんだもんな。クソが!」

 真は悔しがっていたけど笑って誤魔化した。こいつもなんだかんだで恋人はいない。色恋沙汰なんてできるのか不思議だが。

「あ、東山君」

 名前を呼ばれ、振り返ると時雨さんがいた。その場にいる周りの男子の視線が怖い。

「先生が掴みバサミの事で何か聞きたい事があるそうなんだって。今度委員会の仕事があった時にでも、お話ししたいって」

 天子が神引きした時に真っ二つにされた代物。やはり、新品過ぎたのがアダとなったか。

「そうなんだ。いやぁ、僕もよく知らないんだけどねー」

 先生に説明したところで真のように察してくれる筈がない。その時がきたら、しらばっくれよう。

「来週当番が回ってくるけど、その時は行けるから! じゃあね!」

「うん。また明日」

 ボーっと手を振って下校する彼女の背中を見届ける。

「ハァ……。お前のあだ名は、今日から『モ輝』だ」

「は!? 何そのバカみたいなあだ名」

 いつの間に靴を履いたんだろう。真はスタスタと帰り始めていた。

「ちょっ、待って!」

 僕も慌てて靴を履き、真の後を追った。

 

 

 他愛もない話をしながら、寮に帰る。真は三◯一号室の為、一緒に帰る時はいつもこの二階の踊り場で別れる。

「じゃあな、モ輝」

「まだ言うか! じゃあね」

 真が見えなくなったのを確認するとポケットから鍵を取り出し、鍵穴に挿し捻る。換気扇から煮物のいい匂いがする。天子が用意してくれているのだろう。

「ただいま」

「あ、おかえ……」

 お迎えに来た天子が一歩下がる。

「え、どうしたの?」

「輝、その子は?」

 天子が指差す方を向く。

「君は! あの時の!」

 いつの間にいたんだろう。僕の後ろにいたのは、朝に傘とタオルをあげた女の子がいた。

『真も気づかなかったなんて』

 そんなことを思いながら、しばらく女の子を見ていると天子は僕の両肩を掴み、壁に押さえつけた。

「一体どうゆう事なのかなぁ?」

 ヒィィ、笑ってるぅ。

「この子とは今朝に会っただけだよ!」

「輝」

「はい」

「私ね。ウソは嫌いなの」

「はい」

「正直に言わないと、輝の男の子の証明斬っちゃうよぉ?」

 な、何ですとぉぉぉ!?

「本当だって! その子に聞いてみてよ」

水玖(みく)ちゃん、本当?」

「え、待って。何で名前を……もしかして」

「神様よ。水のね」

 そうだったのか。え、じゃあ僕殺されてたかもしれなかったのか。

 水玖ちゃんはポケットから、僕があげたタオルを出した。

「そう、それそれ。これで信じてくれた?」

 天子は出されたタオルをまじまじと見る。

「これが輝のかどうかが分からない。もしかしたら水玖ちゃんが適当に出したのかも」

 なぁに言ってんだ、この女神。もう一週間は同じ部屋で暮らしてるんだから、少しは信用してもいいんじゃなかろうか。

「黙ってるって事はウソなのね!? 輝、斬るから脱ぎなさい!」

 天子はベルトを器用に外し、ズボンを下ろそうとした。もちろん僕は抵抗。冤罪で大事な所を失うなんてたまったもんじゃない。

「やめ…ウソなんかついてない!」

「ついてるじゃない! 覚悟しなさい!」

「もぉ〜二人とも何騒いで……ワ〜オ!」

 漫画を片手に奥からひいちゃんが来た。助かった。

「え? なになに!? 何なのこの状況。ワクワクしちゃうんだけど」

 チクショー、楽しそうに嬉しそうに見てんじゃねー。

「ひいちゃん、助けて!」

「え? 違うの?」

 なぁに言ってんだ、この女神も。ひいちゃんはちょっと落胆した様子で天子の方へ寄った。

「あのぉ、姉さん……やめ…」

「あっちで漫画読んでなさい……」

「は〜い(汗)」

 頼みの綱が見えなくなった。抵抗する力ももうヤバイ。諦めかけたその時だった。

「そうだ! ちょっとタオル貸して!」

 水玖ちゃんは何も言わずタオルを差し出す。

「天子見て! 洗濯表示のここ!」

 タグを見せる。そう、そこには落としても持ち主が分かるように『輝』と名前が書かれているのだ。

「……あ」

 動かぬ証拠を見た天子はズボンを下ろそうとする手を離し、僕を見上げる。

「私のぉ、おっちょこちょい!(てへぺろ)」

 なぁに言ってんだ、この女神。張り倒すぞ。

「ックシュ」

 可愛らしいくしゃみの発信源は水玖ちゃんだった。水の神様とはいえ、やっぱり身体が冷えてしまったようだ。

「天子、一緒にお風呂に入って温めてあげて」

「うん。おいで水玖ちゃん」

 水玖ちゃんはコクリと頷くと、部屋に入っていった。

「なんとか助かった」

 学校から帰ってきただけなのに、この疲労感。今日は早く寝よう。

「兄さん、斬られなくてよかったね」

「まったくだよ。他人に触れてもいないのに、なんで天子に殺されそうになるのか分からん」

「……多分だけど、うたぐってたのかも」

 うたぐる? 僕を?

「どうして?」

「水玖は水とかの液体と氷を操れるの。で、あの子の神力で作られる氷人形は一体だけにしぼると、かなり精巧なモノになるのよ。

 姉さん、兄さんが氷人形なのか本人なのか確認する為にあんな事してたんじゃないかな」

 僕似の氷人形による不意打ちで一網打尽にされるのを事前に防いだって事か。

「でもまぁ、水玖は神引きはしないから無駄な心配なんだけどね」

「え? 天界から神引きの命令が下ったから、ここに来たんだよね?」

「そうだけど、理由はよく分からないんだ。見ての通り、あの子何も話さないから」

 そっか。誰にでも、言いたくない事はあるもんね。神引きの事に関してはソッとしてあげよう。

「あと、二人か……」

 制服のブレザーを脱いでハンガーに掛け、ネクタイを外しながら呟いた。

 神引きを放棄した三人の代わりに来るかも……いや、確実に来る神様。ひいちゃんの時のように分かり合えればいいなと思う僕はうつけ者なのかな。

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