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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
32/125

31 輝の声

「うわああぁあぁあ!!」

 公園内に恐怖の叫びが木霊する。宮城はその悲鳴をまるでクラシックかロックを聴くように目を閉じ、首を縦に振ってリズムを取っていた。

「フフフ……。だいぶ効いているみたいだな。精神世界とはいえ、現実と変わらない痛みや苦しみが一度に追体験できるわけだからな」

 宮城は更に刃を食い込ませる。ズブズブと胸に沈んでいき、刃の半分以上が姿を隠した。

「うぐぁああぁああ!!」

「そうだろう、そうだろう。八年の苦痛だ! そう簡単には終わらせねェよ! お前の声なんざ、このドームにいる限り誰にも届きゃあしねェんだからよ」

「バカ言っちゃいけないよ!」

 ゴォォという音とともに僕と宮城の間に割って入る炎。それは次第に龍の形になり、輝の周りをぐるりと巻くと宮城に威嚇した。

 当の宮城はすんでのところで鎌を抜き、軽快にバックステップで避けていった。射程距離の関係からドームも消えていき、周りの景色の色が鮮やかになっていった。

「火神か……」

 思わぬ横槍で計画に狂いが生じ、宮城はキッと睨みながら舌打ちをする。

「私達は家族なんだ! どこに行っても兄さんの声は聞こえる!」

「声だけだろ?」

 鎌を構え、狙いを火奈に切り替える。今まさに火奈に斬りかかろうとしたその時だった。

「風林火山!」

 輝の周りを覆っていた炎の龍が突風に煽られ、その大口で宮城に襲いかかった。

「天神も来たか、面倒だな」

 宮城は逃げる事もせず鎌を一振りする。炎の龍は口を境に真っ二つになり、宮城の横を枝分かれするように横切った。

「火奈、輝は?」

「ここに!」

 火奈が指差す先、横たわり震える輝のもとに天子は駆けていった。

「輝、大丈夫!? 輝!」

 天子は必死に呼びかけるが反応がない。ただ何かに怯えるようにガタガタと震え、小さな声で何か呟いている。

「輝に何をしたの!?」

 怒りと焦りが入り混じった声で天子は宮城に怒鳴った。

「心を壊した。そいつが貯めてた数年の精神的、肉体的苦痛を使ってなァ。もう生きる事に自信をなくして、自ら命を絶つだろうよ」

「貴様!!」

 ケタケタと笑いながら話す宮城に対し、天子はギリッと歯を食いしばる。

「もう一つ教えてやるよ。そいつをそこまで追い込んでやったのはこの俺だ」

「この野郎ぉ!!」

 天子の中の堪えていた理性の感情の糸がブチッと切れる音がした。地面を蹴って滑空しながら、右手に神聖武器の刀を生成し、一直線に宮城に向かう。

〈ガキン!〉

 天子の刃と宮城の刃が交わり、公園内に甲高い金属音が響く。鍔迫り合いとなって近づくお互いの顔。

「中々早く、重い攻撃だ。俺に対する殺意がビリビリ伝わってくる」

「当たり前だ!!」

 鋭い眼光を宮城に向けながら天子は声を荒げる。

「だが、ホントにいいのかねェ? 心の底で思ってるだろ? 俺を殺して解決するのか。治す手立てを俺から聞き出さなければならない。とか……」

「……っ!?」

「図星だろ。刀から焦りが感じ取れるぜ?」

 宮城はニヤリと不気味に笑うと背後から影を伸ばした。その影は玉状に分離すると、蝙蝠(こうもり)の形になる。ざっと数えて三十はいるだろうか。

影飛鼠(かげひそ)

 宮城の発声とともに蝙蝠は次々と天子に襲いかかる。

「姉さん!」

「来ないで! 輝を守って!」

 援護に向かおうとする火奈を静止させる天子。火奈はその場に立ち止まり、輝の下へ戻った。

『攻撃の手数が多い……!』

 次から次に来る蝙蝠を刀で斬り、落としていくがキリがない。ダメージこそ無いが、前にいる宮城の姿を確認できない。その時だった。

「俺登場……」

「!?」

 蝙蝠の後ろから鎌を振りかぶる宮城が姿を現した。その距離、約二m。

「取った!」

 宮城の顔に勝利の笑顔が浮かぶ。

『やられる……!』

 刀を右に払い、身体を開いた瞬間を狙われた。上肢は完全に隙だらけ。天子の頬に一筋の汗が流れる。

『間に合えっ!』

 天子は右腕に神力を集中させて、左から来る宮城の鎌に向け腕を振った。

 天子の身体に鎌の刃が触れる前。なんとか間に合った。その勢いのまま宮城の刃を押し弾こうとした時、天子は柄に何か異変を感じた。今まで感じた事のない振動と響きが手に伝わってくる。何か嫌な予感がする。

〈バキィィイ……ン〉

「……!?」

 予感は的中した。天子の刀は刃長(はちょう)の半分の所で砕け散ったのだ。

「姉さんの刀が……折れた……!?」

「ほぅ、コイツは儲けもんだな」

 宮城はその場でジャンプすると、公園内の街灯に着地した。

「今すぐてめェらを殺してやりたいが、さすがの俺も神力を使いすぎちまった。次会う時にその首、貰い受けてやる」

 呆気に取られていた女神二人を尻目に、宮城は黒い煙の如くスゥーッと姿を消した。

「……輝」

 折れた刀を鞘に戻し、天子は輝と火奈の下に駆け寄った。

「火奈、怪我はない?」

「私は大丈夫。でも……」

 火奈は悲しげな視線を地面に(うずくま)る輝に向ける。天子はすぐさましゃがむと輝の背中に手を添える。

「輝、聞こえる? 輝?」

 ゆっくり輝の身体を起こして彼の視界に自分の顔を入れるようにした。

「天子……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 謝りながら、手で頭を覆い泣き震えている。何故謝っているのか、何に恐れているのか全く検討がつかなかった。

「私のせいだ。私が外に行こうなんて言わなければ……。私があの時、輝を一人にさせなければ……」

 責任と罪悪感、そして後悔。天子の目からポタポタと涙が頬を伝わり、地面に落ちる。

「姉さんのせいじゃないよ。まさか誰も、死神が兄さんを狙ってるなんて思わないじゃん」

「……」

 火奈のフォローにも天子は反応を示さなかった。

「姉さん、一旦寮に戻ろう。母さんや雷姉に聞けば何か知っているかもしれないし、水玖だって治し方をもしかしたら知っているかもしれない」

「うん……そうだね」

 涙を拭い、火奈と協力して輝に肩を貸す。

「火奈、行くよ」

「いつでもいいよ」

 三人は音もなくフッと姿を消し、公園を後にした。

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