30 絶望と消失
「死……神…!?」
「そうだ。だから神の存在、神力の使い方、全てを知ってて何もおかしい事はねェ!」
まさか、貧乏神の他に人間に取り憑く神がいたなんて。
「貧乏神、疫病神、そして死神。これらの神は『低級神』と呼ばれ、人間に災いをもたらすが故に森羅万象神達に殺される。……だがな、死神は別だ」
「別……?」
「元々死神は森羅万象、影の神。森羅万象神の影を操り、天界の破滅をはたらいたせいで堕神され、低級神になったと聞く。堕神された時に波動を負にされてな」
堕神? 波動? 何が言いたいんだ、こいつは……。
「森羅万象神は正の波動を持ち、死神は負の波動を持つ。そして貧乏神と疫病神は零の波動。零は正に滅せられるが、正は負によって滅せられる」
森羅万象神を殺せるだと!? 待てよ、今この場にいない天子が帰ってきたら。
「俺の言いたい事が分かったようだな」
宮城はニヤリと笑う。
「殺すなら……僕だけ……やれ…。彼女は……関係…ない」
「馬鹿が。お前の言葉で俺の計画が止まる筈ねェだろが。お前も当然殺すが、まだその時じゃない。今回は精神に死んでもらう」
そう言うと、宮城は生成した鎌を振りかぶる。
「それじゃあ、お前が貯めた八年の苦痛を存分に楽しめや! 精神破壊劇」
鎌が振り下ろされ、刃が僕の胸に突き刺さる。痛みはなく、流血もない。
「開幕……」
宮城が放ったその一言を聞いた途端、僕の目の前は真っ暗になった。何が起こっているのか分からない。全方位が真っ暗闇で落下する感覚だけが僕を襲う。
目を開けると見たことがある場所だった。木々に囲まれた中に建つ白い校舎。ここは僕が通っていた小学校、その校庭のど真ん中に僕は横たわっていた。
「なんで……こんな所に……」
起き上がり、ホコリをはらう。締められていた首をさすりながら、周りを見るが宮城の姿はない。
一瞬にして移動させられたのだろうか。だとしたら天子が、みんなが危ない。
まずはここを出よう。振り返り、校門に向かおうとした時だった。いつの間にいたのか、目の前に数人の男子生徒が一人の男の子を囲って、殴る蹴るの暴行を行なっていた。
「君たち何を……」
止めに入ろうとし、いじめられている子の顔を見た瞬間、僕は凍りついたように固まった。
その男の子は若き日の僕だったのだ。
「まさか……そんな…」
ありえない光景に頭を抱える。それと同時に思い出す忌々しい記憶。確かこの時、生え変わりでグラついていた乳歯が顔面を蹴られた瞬間に抜け、強烈な痛みが襲ったのだ。
「東山! 少しは相手しろ……よ!」
記憶通り、いじめっ子の蹴りが顔面に入った。自分が経験した事なのに思わず顔を背けた、その瞬間だった。
「ウッ!!」
突如として右の前歯に目を見開く程の激しい痛みが現れ、固い何かが口の中を転がる。吐き出すと、それは血に塗れた白い歯だった。
「こんな……これは…」
「助けてくれないんだね」
声変わりもまだの、高くも冷たい声に僕はハッとした。幼い僕は悲しげな目で僕を見つめていた。
「君もいじめっ子達と一緒だ。所詮自分がかわいいだけなんだ」
「ち、違う! 僕は……」
幼い僕に近づこうと歩み寄った途端、また目の前が真っ暗になり、浮遊感に襲われた。
「今度はどこだ……!?」
男子トイレのようだ。小学校のだろうか。
「あれ、歯が」
握っていた歯はなくなり、口の中の痛みも消え、抜けていた所も元通りになっていた。
「現実じゃないのか? でもあの痛みは……」
「うぉらぁ!!」
考えていられたのも束の間。男子の野太い声とともにトイレの扉が勢いよく開かれ、制服を着た数人の生徒が入ってくる。その中には先程と同じように学ランを着た中学生の頃の僕、そしてそれを傍観している宮城がいた。
「東山よぉ、昨日掃除当番変わっとけって言ったよな?」
「う……うん。でも、先生に頼み事されて」
「お前さ、忙しいから遅刻しましたって理由になると思うか? ならねぇよなぁ!」
そう言って、男子生徒は過去の僕をトイレの窓に叩きつける。古く、薄いガラスだった為に激しい音とともに割れ、僕の腕に破片が突き刺さった。
「うわぁぁ!!」
「あグ!!?」
例の如く、痛みがフィードバックされ、血が流れる。
「宮城、持ってきたぞ」
一人の生徒がバケツを持ってやってきた。
「少ねェなァ。ま、いいか」
宮城はバケツをひったくると、痛みに悶える当時の僕の目の前にそれを置いた。
「ガラスの破片か、こいつ……どっち食いたい?」
バケツの中にいたのはミミズだった。十匹くらいいるだろうか。大小様々な個体のそれが、バケツを這っていた。
「無理だよ……どっちも……」
「じゃあ、両方だな」
そう言って宮城は落ちたガラスの破片を手に取る。
「待って! ミミズ! ミミズにする」
ガラスの破片をバケツに入れられる前に決断する。バケツを自分の方に引き寄せ、生唾を飲み、それをジッと見ている。
思い出した。僕はこの時何をしたのか。そしてどうなったかを。
『やめろ、やめろ! やめろ!!』
堪えきれなくなった僕はトイレから逃げ出した。通っていた中学校の間取りは覚えている。階段を降り、昇降口を出た瞬間だった。
「ほらね、やっぱり逃げ出すだろ」
制服姿の僕が正面に立ち塞がる。小学校の時とは表情は違く、微笑んでいた。
「君が他人に優しくする理由は、誰かに認められたいだけなんだ。上っ面だけの偽善。あの女の子の風船を取ってあげたのだって、そうすれば周りの他人に自分の存在をアピールして認めてくれる。感謝の言葉を得られれば認めてもらえる。そう思ってやっただけの事」
「そんな……そんなつもりは…」
「そうだったの? 輝」
天子の声がした。振り返るとまるで汚い物を見るかのような冷ややかな目で僕を見ている。
「お兄ちゃんの事、見損なった」
「兄さんって意外と小癪で卑怯なんだね」
「思った通り。貧乏神を生かすのなんて愚の骨頂ですわ」
「輝君、自分を騙して私達を言い包めるのは楽しいですか?」
水玖ちゃんにひいちゃん、雷夢さんや地佳さんまでもが現れ、軽蔑した視線をさしてくる。
「うわああぁあぁあ!!?」
過去の自分に否定され、五人の女神にも見放され、僕は独りになった。絶望と消失で膝から崩れ落ちると、四つん這いで涙を流した。




