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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
30/125

29 死神

「公園行こ、公園。もう警察はいないからゆっくり散歩できるよ」

 天子に手を繋がれ、彼女の背中を追うように歩く。ルンルン気分の天子とは裏腹に、僕は散歩自体に乗り気ではなかった。こうして今外に出ているのも、寮で天子につい怒鳴ってしまった償い、それだけの為だった。

 歩いて五分程で地佳さんと雷夢さんが奇襲を仕掛けてきた公園にやってきた。平日の朝という事もあり、人気は(まば)らだった。

「う〜ん! こんなに気持ちいい朝だとなんか身体を動かしたくなっちゃうね。……あれ、輝」

「な、何」

 天子はジッと僕の顔を見つめる。思わず僕は顔を背けた。

「アハハ! ちょっといい?」

 そう言って彼女は僕の顔面に向けて手を伸ばしてきた。

 何故だろう……。この時、僕は彼女の笑顔が上っ面の仮面を被ったように見え、今まさにその伸ばした手で叩こうとしているように見えた。

「!!」

 恐怖に堪えきれず天子の手を掴む。

「え……どうしたの?」

 突然の予想外の行動に天子も驚いた様子だった。

「あ、いや……何するつもりだったの?」

「頭に葉っぱが付いてるから取ってあげようと思って」

 僕はもう片方の手で頭を乱暴に払うと、彼女の言うとおり一枚の木の葉がゆっくりと地面に舞い落ちた。

「……ごめん」

「いいよいいよ。急に手を出したからびっくりしたんだよね」

 天子の必死なフォローにも何も言えず、ただ俯くばかり。

「気を取り直してデート……じゃなかった。お散歩再開!」

 そう言うと彼女は笑顔のまま僕の手を握り、鼻歌まじりに歩きだした。

 不思議だった。何故、僕を放っとかないのだろう。こんな僕といても、何も面白くないのに。何度か天子の顔をチラチラ見ても、夏休みの旅行で見せていたあの笑顔だった。

『夏休みか……。あの時は実家に帰ったのに、こうはならなかったな』

 楽しかった夏休みの思い出を振り返っていると、僕はある考えに至った。



 今日に至るまでの間、僕は自分自身に嘘をついていたから上手く立ち回れた。でも本当の僕はこんなにも弱くて、脆くて、まともにコミュニケーションを取る事すらできない。

 そんな嘘を見破った天子が僕を殺す為、最期の情けとして散歩という名の猶予を与えているのではないか、と。



 心臓の鼓動が早くなり、汗が吹き出る。終いには吐き気まで催してきた。

「そろそろ秋かぁ。だんだん寒くしていかないとなぁ」

 一瞬の隙をついて握られていた手を振り解くと、一気に走り出した。

「あ、輝! どこ行くの!?」

 異変に気が付いた天子はすぐに僕を追いかけた。

 捕まったら殺される。ある種のパニック状態に陥り、無我夢中で逃げるが無駄な事だった。

「捕まえた。どうしたの?」

 覚束ない足取り且つ体力に自信のない僕を捕まえるのは容易である。

「ご……ごめんなさい。嘘…嘘ついてました」

「え? 嘘?」

 話が全くみえて来ない天子。眉間にシワを寄せ、その場で固まっていた。

「謝るから。どんな罰でも受けますから、殺さないで!」

「分かった、殺さない! だから落ち着い……」

「ウ!? ぐ……」

 さっきから渦巻いていた、腹の奥底にいた吐き気がこみ上げて地面を汚した。

「吐いちゃったの!? ……あそこのベンチで休もう! 歩ける?」

 僕は頷き、天子の肩を借りながら近くのベンチまで何とか歩く。

「大丈夫?」

「……多分」

「熱は……ないね」

 額と額を合わせ熱を測る。顔色を伺ってもみたが、異常は見られない。

「何か飲む? 買ってこようか?」

「……うん」

「オッケー。ちょっと待っててね。また勝手にどこか行かないでね?」

 僕が首を縦に振ったのを確認すると、天子は小走りで行ってしまった。

『殺され……なかった』

 一人残った僕は地面に目を向け、ホッと胸をなで降ろす。殺すどころか、僕の身を案じてくれる彼女の行動がますます分からなくなってきた。

「僕は……生きてもいいのかな」

「いや、ダメだろ」

 突然聞こえた冷酷な声。後ろを振り返ると、昨日学校で僕をなぐった男がいた。

宮城(みやぎ)……」

 ベンチから立ち上がり、そいつから離れる。

「今日は学校にいねぇと思って探したら、こんな所にいるとはなァ……。サボりか?」

 恐怖で頭の中が真っ白になる。

「震えて声も出ねぇのか。情けねェ」

「だ、黙れ!」

「フフフ……。昔なら抵抗もできない軟弱者だったのに、変わったもんだな。森羅万象神達のおかげか?」

 なんだ、こいつ!? 何故、天子達の存在を知っているんだ!? 一瞬、僕がたじろいだのを見た宮城はニヤッと不敵な笑みを浮かべる。

拷問部屋(アーティファクト)

 僕と宮城の周りを薄暗い影が囲う。それは直径十m程のドーム状となった。

「これで外から俺らの姿、声が認識されなくなった」

「ぐぁっ!!」

 宮城の背後から黒く伸びたモノが僕の首を掴んだ。まるで人の手で締められているみたいだ。

「俺はてめぇと同じように、()()()に憑かれている」

「神……!?」

 不気味に、そして静かに笑う宮城は空いた右手に黒い閃光を迸らせる。その瞬間、自分の丈と同じくらいの鎌が現れた。

「俺は、死神だ」

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