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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
3/125

2 とある春の夏日

「珍しい事もあるんですね」

「え?」

「天子が神引(かみび)きを放棄しました」

「姉さんが!? まさか……」

「これは由々しき事態ですね。白羽の矢です。分かってますね?」

「……はい。東山 輝を抹消します」

 

 

 明朝、午前八時。寝ぼけまなこで時間を確認するが、日曜日の為、もう少しだけと二度寝する事にした。

「輝、ほら起きて」

 いつ起きたんだろう。早起きの天子は僕の身体を揺さぶりながら起こした。

「まだ早いよ……天子…」

「もう、しょうがないなぁ〜」

 諦めてくれたか。心配するな。ちゃんと十時頃には起きるから。

 再び夢の世界に踏み出そうとすると、腹に何やら圧迫感が生じた。

「よっ……と」

 圧迫感の正体は天子だった。(結構軽い)

 嗚呼、女の子との生活ってこんなにも微笑ましい光景が見られるんだなと放っておくと、在ろう事か彼女は僕の口と鼻を抑えつけ気道を塞いだ。当然、息ができないし、いきなりの事でパニックになり、暴れた。

「ふぇ……ふぇんひ……は」

 ジタバタしている僕をよそに、天子は意味不明な笑顔を浮かべている。

「起きる?」

 目を見開き、首を縦に振る。

「う〜ん、どうしよっかな〜」

 こんな緊急時にドSが出てきただと!? 埒があかない。こうなったら、こちらも唯一の必殺技で反撃に出るしかない。

 高々と突き上げた人差し指を天子のわき腹にさす。

「ひゃん!?」

 可愛らしい声を上げ、抑えていた手をようやく離した。

「ハァ……ハァ……。こ、殺す気か!?」

「ぬぅ〜、死ね!」

「『死ね』言うな」

 自分の攻めを妨害されたことに機嫌を損ねた天子は眉をつり上げ、変な口調で暴言を連発していた。

「ぬぅ〜、輝のバカ! アホ! 死ね!」

 いいや、この子は。言わせておこう。ベッドから起き上がると、テーブルの上にはバッチリ準備された朝食があった。

「これ、天子が作ったんだよね?」

「死……え? そ、そうだけど?」

「うおぉ! マジか! ありがとう!」

 嬉しすぎて、思わず彼女の手を握ってしまった。

「え……あ、うん……。へ、変なこと言ってないで食べて!」

「もちろん。いただきます」

 パジャマ姿のまま朝食をいただく。

「え、美味い! 美味いよ!」

「ありがとう。あ、これ自信作!」

 ドSな彼女がここまでやるとは驚いた。さっきの殺人未遂の件はチャラにしてあげよ。

 

 

「用意できた?」

 替えの下着すら無い女神様の為に、今日は服屋に行くことにした。

「できたけど、ちょっと恥ずかしいよ」

 とりあえず、貸してあげた僕の服一式。Tシャツの上にパーカー、下はジーンズを履いた天子が出てきた。

「男物でも良く似合ってるよ。良い意味でね」

 部屋の鍵をかけ、近くのファッションセンターに向かった。ここは安くて掘り出し物もたくさんあるので、この町に住んでる人には御用達のお店なのである。

「ねぇ、天子」

「ん?」

「歩きにくいし、他の人達の目が……」

 腕に抱きつかれながら、歩いてます。加えて天子の美貌だ。目立たない訳がない。

「いいじゃん、デートみたいでさ。あ、このブラかわいい」

 デート……か。十七年間生きてきて初めての経験だよ。いや、デートの前に同じベッドで一夜を過ごした方が先って健全といえるのかな。

「な〜に、輝。ヤらしい」

「いや、僕は何も……」

「そこのパンツをジッと見てたけど?」

「どれが似合うかなって見てただけだよ」

「『どれが似合う』ねぇ……」

 しまった、地雷を踏んだ。は、反論ができない……。

「じゃあ輝が見てたやつにしよう」

 そう言って真っ赤なパンツがカゴに入れられた。

「ねぇ、輝」

 チョイチョイと手招きをする天子。なんだろう。

「好きなの? 真っ赤なパンツ」

 耳打ちで言ってきた。彼女の柔らかな吐息が耳に当たり、ゾクゾクする。

「……はい」

「正直ね。いい子、いい子」

 頭を撫で、耳から顔を遠ざけ、もう何着か選び始めた。

「あっつ……」

 顔が熱い。あんな妖艶な攻め方されてこうならない男なんていないだろう。

 まぁその後もこういった攻めもあったり、普通に会話をして決めたりと、色々あった。

 当初は三日分の下着と服があれば大丈夫なんて話していたが、安さのあまり一週間分程の量を買ってしまった。(しかも荷物持ち)

「少し買いすぎたね」

「だから選べって言ったのに」

 たかが布切れなのに束になると凄く重い。寮の近くとはいえ、心が折れそう。

「まぁまぁ。今日の夕飯は私が作るから」

「え! 本当!? やったぜ!」

 そんなやりとりをしながら帰路を歩く。

「輝!!」

「うぉっ!」

 いきなり天子に突き飛ばされ、生け垣に突っ込んだ。

「な、何するん……」

 服や髪についた葉を落とし、天子を見る。

 彼女は刀を抜いていた。ただ抜いた先に見据えていたのは僕ではなく、ひとりの女の子だった。その女の子は栗色のショートヘアで天子よりも少し幼い風貌だった。中学生くらいだろうか。刀を突きつけられているにも関わらず、まったく動揺している気配を感じさせなかった。

「輝を殺しに来たんでしょ?」

「うん。命令されたから」

「やっぱり……」

「あ、あの〜」

「じっとしてて!」

「はい」

 今の会話で何となく分かった。きっとこの子も僕を殺しに来た神様だ。天子が僕を殺さなかった為に派遣された別の。

「輝は死なせない」

「邪魔するなら、姉さんも一緒に殺す」

 女の子は掌から炎を出すと、その炎で槍を生成した。

「待って、天子!」

 僕の言葉にお構いなくの様子で、二人は互いの武器を交える。

「……」

 目を見張る光景だった。あんなに笑顔がかわいい天子が、本気の目をして、本気の力で刀を振っている。僕を守る為……。

「ちょっと会わないうちに強くなったね」

「姉さんは知らないだろうけど、見てないところで努力してるんだよ」

「それは偉いね。だけど、まだまだ私には敵わない」

「うあっ!」

 懐に潜り込んだ天子は勢いよく女の子を蹴り飛ばした。

「て、天子! やりすぎだよ!」

「あの子はこのぐらいで死んだり、子宮が壊れたりしないよ」

 神様にも子宮がある……って違う! 何考えてんだ僕は! 天子も男の前で堂々と言わなくても。

放炎花(ほうえんか)

 蹴りを入れられた女の子は空中で態勢を整え着地し、拳を突き出した。

「ひぃ〜(泣)」

 前に映画で見た『バック・ドラフト』さながらの火炎が僕の目の前を横切り、天子を襲った。

「天子っ!」

「大丈夫。神風(かみかぜ)でガードしたから」

 炎は晴れ、その中から天子の姿が見えた。ひとまず安心はしたが、一瞬炎に包まれたからだろう。服が焦げて穴が開き、胸や腹、太ももが露わになった。熱さと不意過ぎる予想外のチラリズムについ鼻血が……。

「そんな神力(しんりょく)で私の火力を防ぎきれるものか!」

「私の神力がこんなものだと思ったら大間違いだよ」

 天子は目をカッと見開くと、突風が吹いた。昨日、体育館裏で起こしたものと同じやつだ。

「そんな……私の炎が逸れていく!?」

 突風によってできた道を天子は刀を持ちながら走り、女の子の顔の横に突き出した。

「あなたの負けよ」

「っ……」

 神様同士の戦いは天子が勝った。僕は天子の傍に行き、焦げてボロボロになった服を覆うように着ていたジャケットを羽織らせてあげる。

「……殺して。このまま天界に帰っても、私は非難されるだけ……。ならいっそ……楽にさせて」

 女の子は泣いていた。貧乏神を殺すという任務を失敗したら、ここまで追い込まれてしまうのか?

『僕のせいだ……。僕が生かされたからこの子まで、こんな苦しい目に……』

 自分の我儘と願望で命を繋いでしまった為に、一人の女神様の運命まで狂わせてしまった。

「……」

 天子は無言で刀を天に上げた。

「天子待って! 殺しちゃダメだ」

 天子の前に立ち塞がり、彼女を制止させる。

「どいて! 今ここで始末しなければ、また輝を襲いに来るかもしれないんだよ?」

 そんなの分かってる。けど放っておけない。何か、何か僕にできることはないだろうか。

 僕は女の子の方に振り向き、ある提案を出した。

「ねぇ、僕のところに来る? 狭いし、何のおもてなしもできないけど。天子もいいよね?」

「……輝がそれでいいなら、私は構わないよ」

 刀をフッと消し、鋭かった目つきはいつも通りに戻った。

「私を置いたら、またあなたの命を狙うかもしれないよ」

「それを承知の上で提案してる。僕は東山 輝。君は?」

「……火神の火奈ひなと言います」

「よろしくね、火奈ちゃん」

 僕は火奈ちゃんに手を差し伸べた。もう、殺し殺されの関係じゃない。

「はい……」

 火奈ちゃんは涙を拭いながら僕の手を掴んだ。

「早くここを退散しよう。熱すぎて」

「あ、今から三分後にここを雨降らせるようにしたから早く帰ろう」

「うぉ、マジか。火奈ちゃん行くぞ」

 買った服の入った袋を持ち、急いで寮に戻った。

 

 

 どうやら天子と火奈ちゃんは天界と呼ばれる園で義理姉妹であるらしい。

「ねぇ、思うんだけどさ」

 死守した大量の服が入った袋をテーブルの傍に置いて、僕はふと呟いた。

「なぁに?」

「あと何人くらいの神様が殺しに来るのかな?」

「森羅万象神の神々が主に神引きするからねぇ」

「神引きって?」

「輝のような貧乏神に憑かれた人間をあやめる事を言うの」

 人間の世界で言う間引きみたいな感じかな。

「森羅万象神、何人ぐらいいるの?」

 火奈ちゃんに尋ねる。

「私が知ってるのは天、火、水、地、雷だから、あと三人かな」

 三人。まだ何回かは命を狙われる事になる。気を引き締めなければ。だがその前に腹減ったな。

「天子ぃ、お腹が空きました」

「待ってて、今作ったげるから。先にお風呂でも入っててよ」

「はいよ〜」

 天子の言われた通り、先に風呂に入る事にした。朝に引き続き、彼女が料理してくれる。今日の献立が楽しみだ。

 

 

「うあ〜〜」

 騒がしい一日を乗り切った身体にお湯はかなり身にしみた。

 『天子はなんで僕を生かしてくれたんだろう。義妹いもうとや他の神様を敵に回してまで……』

 ま、いつか分かる時が来るか。今は焦らずに一日、一日をしっかり生きればいいな、うん。

「お邪魔しまぁす」

 ドアを開けて入ってきたのは、火奈ちゃん!?

「何故!?」

 慌てて隠す。向こうもタオルを巻いているのが幸いといったところか。(なんか残念、いや何でもない)

「しーっ! 私が入ってる事は姉さんには内緒なの」

「もしバレたら?」

「きっとヤバい……」

 そんな自動拳銃でやるロシアンルーレットのような賭けなどやりたくない。

「それじゃあ僕は出るから、後ゆっくりどうぞ」

「待って」

 呼び戻された。何故!?

「昼はごめんなさい」

「それは火奈ちゃんが謝ることじゃないよ」

「……あなたは優しいね。そうだ、私のこともう少し、くだけた感じで呼んでよ」

 くだけた感じか……。どうしようかな。

「じゃあ、『ひいちゃん』ってのはどう?」

 質問のニュアンスは合ってるのかな。

「それがいい! ありがとう、兄さん」

 兄さん……。生涯一度は言われたかった言葉に感無量だ。

「そんな、兄さんだなんて……」

 ついつい顔がにやけてしまう。おちゃらけた感じで嬉しさを隠しながら、風呂から出る。

「楽しそうだねぇ、輝?」

「……!」

 壊れたゼンマイロボットのおもちゃのように、ギギギと振り返る。脱衣所には自称、彼女兼お姉さんが異様なオーラを放ち、仁王立ちしながら笑っていた。

 この時の笑顔は『忘れない。忘れてはならない。忘れられない』の三拍子として、僕の心にいつまでも残しておくこととなった。

 

 

 その後、風呂から出た僕はパンツだけで、

「あなたって男は本当にどうしようもないロリコンね!」

 と罵られ、当の僕は、

「……はい、僕は性欲を持て余す、大変どうしようもない男です」

 こんな感じで正座をし、ひいちゃんの前で醜態を晒したのであった。そして、夕食。

「……」

「……」

 今晩は大好きなカレーだが、気分は最悪だった。半分ほど食べても誰も何も喋らない食卓は非常に空気が重い。

「姉さん、私が悪いんだって。兄さんを許してあげてよ」

 この重苦しい空気に耐えかねたひいちゃんは天子に尋ねた。

「許したよ。黙ってるのは反省してるんだよ」

 いえ、落ち込んでます。今日一日で天子との距離がぐっと近くなったなと思った矢先にこれなんで、かなりのダメージが。

「あ、そうなんだ!」

 コラ。そこ、納得しない! 誰一人として僕の心のSOSを感じとってくれないとは泣けるぜ……。

 

 

 ベッドは二人に占領された為、今日からは床で寝ることになる。よろしくな、床。

「あれ、兄さんそこで寝るの?」

「うん。昨日二人でいっぱいいっぱいだったから」

「輝、どうしたの? 早くおいで」

 昨夜みたく、また誘ってる。犬かなんかか? 僕は。

「いやでも、さっき怒られてるし、三人だと狭……」

〈チャキィィ…ン〉

 いつの間に出したんだろう。天子は刀を半分抜き、また鞘に戻した。その際出た美しい金属音が部屋に響く。

「一緒に……寝かせてください」

 ある種の脅迫だよな、コレ。それはさておき、今晩の寝方は天子が壁側、真ん中に何故か僕を入れ、ひいちゃんに挟まれる、所謂いわゆる『川の字』に決定した。

「やっぱ狭いね」

 当たり前だ許容オーバーもいいところだ。

「こうすれば問題ない。ギュ」

「おおぅ!?」

 いや、そうされると別の意味で眠れない。

「何よぅ、不満なの?」

「不満じゃないけど」

「じゃあいいじゃない。ねぇ、火奈?」

 ひいちゃんに同意を求める天子だったが、反応が無い。そっとひいちゃんの方を見てみる。

「スゥ……スゥ……」

 可愛らしい寝息を立て、眠っていた。

「寝ちゃったみたい」

「そっか。ねぇ、静かにするから、ちょっとだけ話しない?」

 僕も話題は無いけど話がしたかった。当然オーケーした。

「夕食の時から少し落ち込んでるでしょ?」

「え、なんで。気付いてたの?」

「神は見通し。なんで落ち込んでたのさ?」

「……今日、買い物とかして天子との距離が少しは縮んだかなって思ってたら、お風呂事件があって……また振り出しに戻っちゃったのかなって」

「あぁ〜、それで元気ないんだ」

 無言で力なく頷いた。

「確かにきつく当たっちゃったね、ごめんなさい。さっきはその……妬いてたの」

 妬いてた? ひいちゃんに?

「恥ずかしいけど、私だって妬くよ。それに距離が遠くなっちゃってたら、こうして一緒に寝ないもん」

「じゃあ怒ってない?」

「怒ってないよ。元気出た?」

「うん、ありがとう」

 良かった。僕のネガティブな考えが生んだ、勝手な妄想だったのか。

 腹の内を話すことで、なんかさらに親睦が深まった気がした。

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