表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
21/125

20 黒歴史

「肝試し?」

 夕食後、客間でくつろいでいた僕らのもとに、父さんが妙な事を提案してきた。

「あぁ。この間、うちの裏にある小学校とお前が通ってた小学校が合併して、お役御免になった建物がまだ壊されないで残ってる。夏の思い出にどうだ?」

 真といい、父といい何故こうも立ち入り禁止に入ろうとするのか。

「肝試しってなんですの?」

 雷夢さんの問いに地佳さんが答えた。

「恐怖を敢えて体感する事で自分の勇気を試す昔ながらの遊びですよ」

「やらないよ。小っちゃい子もいるのに……」

「水玖、やりたい」

 ウソだろ。水玖ちゃん、君絶対どうゆうものか分かってないだろ。

「面白そうですわね」

「よし、今から行こう!」

 天子も雷夢さんも行く気満々だった。

「なら、支度をしないとですね」

「やったー! 夜遊びだ!」

 なんだかんだでひいちゃんも地佳さんも乗り気だし。神様ってやつは恐いものが無いのか。



 実家から歩いて十五分くらいで例の廃校の正門までたどり着いた。

 周りは木々が生い茂り、住宅はチラホラとある程度。月明かりと水銀灯で照らされたボロい校舎はまさに『学校の怪談』といったところか。

「雰囲気ありますねぇ」

「さぁ、早く入ろうぜ」

 今この中で、僕は誰よりも早く行きたくてうずうずしている。

 なぜこれほどのやる気を見せているのか。それは今から三十分程前の事である。



「今、何て言った……?」

 肝試しを提案した父さんの口から放たれた衝撃の言葉を耳にした僕は、頭が真っ白になった。

「お前の黒歴史ノートを隠した」

 寮生活に移る前に処分した筈の代物が何故今になって……。いやそんな事はどうでもいい。一刻も早く、そいつを回収して消し炭にしなくては。

「制限時間は三十分。二人一組のグループを作り、A、B、Cのルートに分かれてお宝を探す。目的のお宝はどれかのルートしか無いが、それ以外のルートもめぼしいものはあるからそれなりに楽しめるだろう」

 『楽しめるだろう』じゃねぇよ。こちとらプチパニックだわ。

「行くも行かないも自由。どうする?」

 考える余地などない。答えは一つしかなかった。

「みんな、懐中電灯を持つんだ! 出発するぞ!」



 と、このような経緯があったのだ。

「じゃあグループとルート決めだな」

 父さんは桃缶に入れた割り箸を前に出し一本ずつ引くよう促した。

「Aですわ」

「ええぇー、雷夢と一緒ォ!? 輝とが良かった!」

(かしま)しいですわね……」

「水玖はC」

「あら、水玖ちゃん。私と一緒ですね」

「じゃあBルート一緒だね。兄さん」

「よろしくね」

 ひいちゃんと一緒か。アレが先にこの子の手に入ったら末恐ろしかったので、監視役も兼ねたペアになれて本当に良かった。

「じゃ、最後にこの地図を」

 受け取った地図を見てみる。そこには『Bルート、一年三組の教室へ行け』としか書かれていなかった。

「各々のルート、最初はそこに記された所に行き、ヒントを得て次の目的地に行く。ただそれだけだ。じゃあ用意はいいか?」

 廃校の正面玄関の引き戸をガラガラと音を立てて開ける父さん。ついに始まる。過去の自分を戒める冒険が。

「探せ! 輝の全てをそこに置いてきた」

 『やかましい』とツッコミをいれたくなるが、グッと堪える。今はそんなのに構ってるヒマはないからな。

 三グループが一斉に入っていく。水玖ちゃんと地佳さんは入って正面にある階段で上の階に行った。天子と雷夢さんはまだどこから攻めいるかケンカしていた。

「一年三組ってどこだろう?」

 正面玄関を入って右、左。どちらも先が真っ暗でよく見えないが廊下が続いているようだ。

「大体一年生の教室は下の階だと思うから……。ひいちゃんは右か左どっちだと思う?」

「う〜ん。迷ったら左の法則」

「よし、じゃあ左から潰して行くか」

 真っ暗な廊下を懐中電灯の明かりだけを頼りにひいちゃんと歩く。

「あ、ひいちゃんビンゴ。ここ一年生の教室だ」

「やったじゃん!! さすが私の勘。褒めて褒めて」

 彼女の頭をポンポンと撫で、目的の一年三組の教室に入ろうとする。しかし、この引き戸異様に開かない。

「どしたの?」

「建てつけが悪いのかな。開かない」

 鍵穴は無いので鍵がかかっているという事はない。

「んもう、ダメだなァ兄さんは。貸してみそ?」

 横入りしたひいちゃんは引き戸の取っ手を持ち「おりゃ!」と掛け声をあげた。

 パーンと引き戸が勢いよく開きブチっと音が鳴った後、ひいちゃんの頭に黒い何かが乗った。

「のわあぁあぁ!! なにィィィ!? 取って取って取ってぇぇ!」

 パニックになる彼女を制止させ、その何かを手で払った。

 床に転がる黒い物体を懐中電灯で照らして見る。その正体はチープなゴム製のクモだった。

「なるほど、こういうトラップが仕掛けられているのか」

 クモの尻にタコ糸がつけられ、引き戸を開けるとその糸が切られて落ちる仕組みになっていたようだ。

 あのイタズラ好きな父の事だ。一筋縄で目的の物にたどり着けない事は承知していたが、ここまでとは。

「はわ……はわわ…」

「大丈夫?」

 放心状態の彼女に手を差し伸べる。プルプル震える手で僕の手を掴み、抜けた腰にやっとこさ力を入れて立ち上がる。

「これが……肝試し……」

「ひいちゃん、中に入って少し休憩しよう。その間教室の中を探してるから」

 ひいちゃんはコクコクと頷くと僕の手と服の裾を持ちながら、一緒に一年三組の教室に入った。

 教室のど真ん中の席に座ったひいちゃんに水筒を預け、次の目的地へのヒントを探した。

「兄さんは恐くないの?」

「う〜ん。今はまだ大丈夫かな」

 どっちかっていうとノートが他人の手に渡るのが恐い。

「兄さんがこんなに頼りになるなんて思わなかったよ」

「ハハ、肝試し(こんなの)で頼りになってもな」

 もっと別の機会に頼りなるよう努力しよう。

「お、こいつか?」

 次の目的地が記された紙を見つけた。掃除用具入れの上というかなり雑な場所にそれはあった。

「ひいちゃん、あったよ」

「本当? 次はどこ?」

 ひいちゃんの座る席にその紙を広げ、懐中電灯で照らす。

「『美術室の仏が次なる道を示す』だって」

 美術室か。上の階だろうか。

「ひいちゃん、歩ける?」

「うん。平気だけど……その…」

 ひいちゃんは何やら下腹部を押さえて、小刻みにステップし始めた。

「トイレ?」

 ぶんぶんと首を縦に振り、切羽詰まった表情を見せている。

「え……MM5!」

 マジで漏れる五秒前か。確かこの教室に入る前、向かいにトイレがあったな。

「すぐそこにトイレあるから、早くしといで!」

「無理ィ! 一人じゃ無理ィ! 兄さん、一生のお願い! ついてきて!」

 は!? この妹は何を言っているんだ!?

「廃校だからって女子トイレに入れるわけないでしょ!?」

「じゃあ……もうしょうがないね……」

 力の無い声。僕の目を見てるけど、どこか遠くを見ている。ヤバイ……この子、漏らす気だ。

「だあぁ、分かった! 行くよ。絶対に誰にも言わないでよ?」

 ひいちゃんの手を掴み、ダッシュでトイレへ向かった。



 一方、Aグループの天子と雷夢。ジャンケンに制した天子の指示により、最上階より攻めいる事となった。

「て、天子。歩きにくいですわよ」

「何言ってんのよ。あんたがくっつきすぎなのよ」

 目的の場所は図書室。だが、未だにたどり着けずにいた。

「くっついてませんわ!」

「じゃあ私の腕に巻きつかないでよ」

「あなたこそ、私の服を引っ張ってましてよ」

 お互いが恐がっているのを悟られないよう必死に誤魔化し、相手を罵りながらケンカしている為、まったく進まない。

〈ピシッ〉

「うぎゃあああ!」

「ひゃああああ!」

 ただのラップ音でも腰を抜かす二人。

「このままだと、貧乏神達はおろか水玖達にも顔が立ちませんわ」

「……協力するしかなさそうね」

 二人はゆっくり立ち上がり、顔を引き締める。

「天子!」

 目をつむった天子は僅かに流れる空気で図書室にある本の匂いを感じとった。

「あった、あそこだ! 雷夢!」

「はあぁぁ!」

 廊下の隅にあるコンセントに雷夢は手をかざし、神力を送る。真っ暗だった廊下、教室は明るく照らされた。

「奥にある! 行くよ雷夢」

「ちょ、待ちなさい天……」

 ポトっと雷夢の目の前に何かが落ちた。それはどこの建物にも見られる、あのでかくて素速い虫だった。

「いぃぃぃやぁぁぁ!!」

 パニックになった雷夢は自分が神力を流している事を忘れていた。

 どんどん電気が放出され、どんどん明るくなる校内。

「雷夢、落ちつ……」

〈パァァ……ン!〉

 校内の蛍光灯が一斉に割れ、辺りは再び真っ暗となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ