1 うららの出会い
四月。暖かく柔らかな春の日差しが、教室の窓からサンサンと降り注ぐ今日この頃。私立神園高等学校の二年生に無事進級した僕こと東山 輝は、光合成でもしようかの如く日の光を浴びて、机に突っ伏していた。
この日の最後の授業は新しいクラスでの係、委員会を決めるホームルームとなっていた。その為、僕は深夜までやっていたゲームの徹夜によって生じる寝不足という病を解消していたのである。
「…それじゃあ、名前が挙がっていない、えっと……東山君。美化委員になりますけど、いいですね?」
担任の女教師、鈴村 エリカ三十歳中盤(推定)は僕の方を見る。
「おい、輝。先生呼んでる」
僕の後ろの席に座る高校でできた初めての悪友、上杉 真は僕のわき腹にシャーペンでひと突きした。
「うぉっ!」
まともにホームルームを受けている生徒が放つ返事ではない声を上げ、一気に立ち上がった。和気藹々としていたクラスの空気が、急激に冷え込んだ様子が手に取るように分かる。何がどうなっているのか理解する間もなく僕は適当に頷いた。
「あ、ハイ……。いいです……」
「…うん、ありがとう。では美化委員は東山君と時雨さんに決定」
鈴村 エリカ三十歳中盤(推定)は僕の奇声に触れる事はなく、美化委員と書かれた黒板に赤いチョークで丸をした。
『終わった……』
新学期早々、新しいクラスで盛大にやらかしてしまった。あまり目立ちたくはない性分なので本当に恥ずかしい。あちこちでこちらを見て笑う声がとても痛い。
「やったじゃねーか。神園高校の三大美女、時雨 美穂と一緒に委員会やれるなんて。お前にもついに春が来たな」
「春どころか、夏秋を越して冬になりそうだよ」
赤面でぼやきながら席に着く。表情は雨雲が覆ったように暗かったと思う。
「あー、その件に関しては悪かった。でも考えてみろ? 今日から一年、二人で仕事する事になるぜ?」
「確かに」
放課後に二人で仕事。色んな妄想がかき立てられ、表情を覆っていた雨雲は晴れて、次第に晴天となった。
「正直なところ、彼女欲しいんだろ?」
「うん」
「時雨と付き合ったらバラ色の高校生活になると思うだろ?」
「うん」
「去年は時雨と何か接点を残したか?」
「うん。同じクラスだったから、会話程度はしたよ」
「よし。きっかけはできてるな。今日から何でもいい、少しずつアタックしろ。いいな」
「了解。東山 輝。行きます」
そして、放課後が来た。
右手に掴みバサミ、左手にゴミ袋を装備した青年は気が抜けたように動かなかった。
「ごめんね。今日家の都合でどうしても行けないの……。次回はちゃんと出られるから」
家の事情なら仕方がないが、彼女のこのセリフが頭を離れず、ぐるぐると駆け巡る。
「何だろ。泣けてくるな」
神様、僕は何か罪を犯したでしょうか。ホームルームに眠っていた事は懺悔します。
「……もういいや。やるか」
時雨さんのいない委員会なんて、ただのボランティアだ。さっさと終わらせて帰ろ。紙屑、ビニール袋、素敵雑誌。落ちてる物は全てゴミ袋に入れてやった。
「今日はこの部室棟をやったら終わりだったな」
一心不乱にゴミを集める事に集中していた為、だいぶ早く終わらせられた。ゴミ袋を縛り、用具を片付けようと、振り返ったその時だった。
そこにはヒラヒラとフリルのついた肩出しの洋服を着た女の子が立っていた。スラっと覗かせたまるでガラスのように透き通った白い足。白銀の綺麗な長い髪を纏った容姿端麗な女の子だった。
「……東山 輝クン?」
あまりの綺麗さに僕は知らず知らずのうちに固まっていた事にハッとした。慌てて彼女の問いに返事をする。
「あ、はい。そうです」
新任の先生かな。大人っぽいし、制服着てないし。
僕を東山 輝だという事を確認したその女の子はニッコリ微笑むと、どこから出したのか、いつから持っていたのか分からない、ギラリと輝く刀を鞘から抜いていた。
「初めて会って悪いんだけど……」
「え? え?」
「死んで」
「死……え!?」
女の子は刀を構え、勢いよくこちらに向かって走り、縦に斬りつける。
「おわあぁぁ!?」
僕は咄嗟の判断で手にしていた掴みバサミを横にし、防御の体制になったが、彼女の刀の切れ味がとんでもなく、一瞬にして真っ二つにされてしまった。
『ほ……本物…!?』
「あぁ、もう。楽に逝かせようとしたのに! 次に抵抗したら痛くするから。痛いのイヤでしょ?」
「あのぉ、痛い、痛くないの問題じゃ……」
「…やっぱ首を跳ねるのがスッと……」
ダメだこの人。ガチで僕を殺る気満々だ。逃げよう。彼女から逃げるのに必要な事はまず、油断をさせる事。
『クッ。こいつだけは使いたくなかったが……』
意を決して、彼女に近づく。
「そうそう。いい子ねぇ」
刀を後ろに引き、突きの構えをするが僕は微動だにしなかった。
「さあ、死になさい!!」
突きを繰り出す腕を反射神経だけで避け、僕は彼女を抱きしめた。
「な!? ちょ……あなた…!?」
突然の予期せぬ行動に驚いた彼女は僕から離れようとジタバタ動き、暴れ始めた。途中何度か離しそうになったが、離したら殺されるので必死になって抑えた。
「一目見た瞬間だった」
「え?」
「君を見て感じたんだ。これが今の僕の想いなんだなってね」
「な、何言って……」
そう耳元で囁くと彼女の唇に自分のを近づける。二十cm、十cm、距離が近くなるにつれて彼女は目を閉じていった。
残り五cm。薄く目を開け、様子を伺う。彼女の目が完全に閉じたのを確認できた。今だ。
「あばよっ!」
我ながら古い捨て台詞を言い放ち、彼女を思い切り付き飛ばした。その際、左手に何か柔らかい感触があったが、気にしてる場合じゃない。このまたとないチャンスに僕は一目散に逃げだした。
「よし、何とか逃げられた。職員室に行って助けてもらおう」
殺人鬼から離れられた。心のゆとりが生まれ、余裕をこいていたその時だった。
「逃げたわね!? 痛くするのに決定なんだから!!」
「ぬぁっ!? 追ってきた!!」
しかも速い! 嫌だ、絶対に捕まりたくない。
職員室のある校舎に行くには、掃除をしていた部室棟から校庭を跨いで行かなくてはならない為、無駄にでかい校庭を只今全力で逃げていた。前に捕まったら殺される鬼ごっこの映画で見たワンシーンみたいだ。まさか現実に自分の身に降りかかるものになるとは夢にも思わなかった。
「こらぁ! 待ちなさい!!」
「バカ言うな!! 誰が待つものか!!」
「ああっ!! 人間のくせに私の事バカって言った!? もう許さないんだから!!」
恐ろしい形相で向かってくる様子は、この光景はこの世のものとは思えない程に怖い。
「ハァ……ハァ…あと、あともう少し…」
校舎まで残り百mをきった。もう少しで助かる。もう少……。
「うおぉう!?」
後ろから追いかけていた殺人鬼はとんでもない速さで僕を追い抜き、前に仁王立ちして待っていた。
「神斬 峰打ち」
「ごはぁ!!」
腹部に木刀で殴られたような鈍い痛みが全身を走り、僕はその場に膝から崩れ、うずくまった。
「あなたを少しお説教します」
校舎まで残り七m。ここで僕の逃走劇は幕を閉じた。
その後、僕は人目に見つかりにくい体育館裏に連行され、縛られたうえに正座させられていた。
「いい? あなたは私に対して個人的な罪を三つも犯しました」
「はい……」
「一つに抱きついた事。二つに胸を触った事。三つに神様である私に暴言を言った事」
あの感触はやっぱりおっぱ……いや、待てそこじゃない。神様? なんだ、この子……痛いぞ。
「あなた、私が神様だってこと信じてないわね?」
「はい、まったく。……ああ、やめて。刀を首に突きつけないでぇぇ!」
これ以上、刺激を与えるような口答えしていると本当にヤバい。自重しよう。
「じゃあ、証拠を見せてあげる。風起こしでいい?」
「いいですよ」
僕の返答を聞くと、女神様はフゥ〜とため息を一つついた後、手を口元まで持っていき、優しく息を吹く。すると今まで無風だったこの場所に突風が吹き荒れた。その拍子で砂埃が舞い、僕の両眼にダイレクトアタックをかます。
「うわぁぁ! 眼が!! 眼がぁぁぁ!!」
眼に激痛が襲うが、手を後ろに縛られて覆うことも擦ることもできない。新手のプレイか!?
「どう? これで分かっ……アレ?」
縛られながら地面をのたうち回り、目をしぱしぱ瞬かせていたせいであろう、流石に異変を感じたようだった。
「お願いします!! 一瞬だけ、片手でもいいので解放を!!」
人生初。東山 輝、冷や汗をかきながら必死の懇願。
「だ、大丈夫? 目薬さしたげるからこっち来なさい」
女神様、ご慈悲をいただき、ありがとうございます!
さて、ここで皆に問おう。美女+目薬をさす。この方程式の答えは……そう。
膝枕!!
全人類の男達なら一度は憧れる、あの行為しかない。スカートから覗かせる綺麗な脚目掛け近づく。
頭が彼女の脚にもう少しで乗る。真、お先に行かせてもらうぜ。
「そい!」
「おわ!?」
掛け声と共にそこにあった脚は無くなり、地面に僕を押し倒すと、何故か僕の上に乗ってきた。俗に言う馬乗りである。
「あの〜……」
「相手に目薬をさしてあげる時は、その相手を寝かすに決まってるでしょ?」
そうなんだけど、そうじゃない。この女神様に膝枕の存在を教えてやりたいが、そんな事を教えた暁には、嬲り殺しにされるかもしれないので、心の奥底にしまっておこう。
「さぁ、さすよ。右目開けて」
ゆっくり開くと彼女の持った目薬の先は、僕の眼球から三cmぐらいしか離れていない位置に固定されていた。
「近っ!!」
ツッコミに力を入れすぎて顔が動いてしまい、薬液が鼻に落ちた。
「あ、外した。動かないの!」
「ごめんなさい」
え、これ僕が悪いの? いや、何でもない。彼女はもう一度狙いを合わせる。女神様の真剣な眼差しはどこか可愛いげがあった。
ポタッ(まぶた)
「ヒェッ」
ポタッ(目尻)
「ふっ!」
ポタッ(目頭)
「グッ!」
あれ? 僕動いてない筈なのに全く命中しねぇや。
「……しい」
「え?」
「楽しい! このされてほしいのにお預けくらって焦らされてる感じ。その表情!」
サディストだ。この女神、正真正銘のサディストだ。ちなみに僕はマゾじゃないぞ。仮にマゾだったとしても、マゾという名の紳士だよ。
「ハァ……ハァ……」
ドSな息を荒げ、今度は眉間に落としてきた。
何だろう。なんかもうどうでもよくなったな。時雨さんと掃除もできなきゃ、突如現れた女の子に死刑執行宣言されて、目薬すらさして貰えない。今日起きた色んな事を振り返ると涙が出てきた。
「え!? あ、ゴメンね」
僕の涙で女神様はようやく我に返り、両眼に二滴ずつさしてくれた。
「ゴメンね。私さっきみたいなシチュだと、興奮しちゃうの」
こんな子に殺される僕の命って一体……。
「目は大丈夫?」
「わりと楽になりました」
「私の事、神様だって理解した?」
「百%理解しました」
「そう。……なら、そろそろ」
「ゴメンなさい。死だけは勘弁して下さい」
刀を構える女神様。本当に怖い。洒落になんないって、マジで!
「せめて、理由だけでも教えて下さい」
「理由? ……じゃあ教えるけど、あなたはね『貧乏神』に取り憑かれてるの」
「貧乏……神…」
「そう。例えば、普段の生活で貧乏ゆすりとかしてるでしょ?」
確かに、寮に戻ってネットとかやってると自然にしてるもんな。
「そうゆう憑きやすい人を貧乏神は探してるの。お分かり?」
「なんとなく分かりましたけど、それでなんで殺しに結びつくんですか?」
「憑かれた人が他の人に触れたり、触れられたりすると感染するのよ。拡大を防ぐ為に根源を根絶やすの」
最悪だ。たかが自分の行なっていた癖がこんな形で返ってくるなんて。
「分かった? 私はあなたの事が嫌いで殺す訳じゃないの。むしろ……」
「え?」
「何でもない。……他の人達の為なの」
「見逃してもらうわけには……」
「ダメね」
「そう……ですか…」
もう、何を言っても僕の未来は死しかないのだ。免れない運命。最期に漢として潔く死のう。十六年間それなりの人生だったな。やり残した事が多すぎるけど。
「ごめんなさい、ジタバタしちゃって。覚悟決めました。殺っちゃって下さい。あ、楽な方でお願いします。後生です」
笑顔で言ったものの、かなり引きつっていたと自分で思う。
「……」
女神様は無言のまま刀を天へとゆっくり上げた。死への緊張が高まって吐き気がしてきた。
『いざ、さらば!』
刀が振り下ろされる。目をギュッと瞑り、歯をくいしばる。
「あれ?」
生き……てる。身体のどこにも痛みが無い。縛られていた両手が自由になっていた。
「あの、これって……」
「生きたい……よね?」
「え」
聞き間違いか? 今この女神様の口から『生きたい?』と聞こえたような。
「答えなさい! 生きたいの? 死にたいの?」
「生きたいです!!」
聞き間違いじゃなかった。まさか、本当に!?
「多くの不安があるけど、あなたを生かします」
「本当ですか!?」
キタコレ! 願いが通じたとしか考えられない。
「ただし、条件があります」
生きる為の条件なんてなんでも乗ってやるぜ。どんと来い!
「これからあなたの生活に私が加わり、二十四時間の監視。以上!」
前言撤回。このドS丸出しの女神様と一緒に生活をすれば、僕の色んな精神がもたない。
「もしも、条件はのみません。なんて言ったら……ですよねぇ、アハハ……」
ギラリと恐ろしく光る刃を見せつけ、ニッコリ微笑んでいた。畜生、鬼だ! 悪魔だ!
「安心して。私はあなたを殺さないから。よっぽどの事が無いかぎりね」
「左様でございますか……」
「名前をまだ教えてなかったね。私は天空の神の天子、よろしくね、輝!」
笑顔を見せる彼女を見ると、何故だか安心感がわいてくる。まるで知らない土地で友達や親戚に会ったような、そんな感覚に似ているもの。
「よろしくお願いします。天子様」
「天子でいいよ。これから輝と一緒に暮らすのに、敬語で会話なんて固すぎでしょ?」
女神様、いくらなんでもそれはキツイぜ。人間社会には上下関係ってものがあって。
「ほらぁ、天子だよ。て・ん・し」
中々呼び捨てで呼んでくれない僕の顔を覗きながら、彼女は目を輝かせながら待っている。
「て、天子……」
「はい、良くできました!」
そう言って天子は僕の頭を撫でながら、心底嬉しそうな表情をしていた。このプレイはこそばゆくなってくるが、ウン、悪い気はしない。
それにしても、こんなにかわいい子が、さっきまで僕を殺そうとしていたなんてな……って、かわいいとか考えるな自分! 相手はサドで女神様だぞ。
「どうかしたの?」
「いや、何でも。そろそろ寮に帰りま……帰ろうか」
「うん!」
帰る前に掃除用具を片付けなければな。あのまんまで体育館裏まで……。
「あ!」
「え!? 何!? どうしたの?」
大変な事を思い出した。このドタバタですっかり忘れていた。
「掴みバサミ……どうしよう……」
ホームセンターに寄って弁償し、真っ二つになったものとすり替えるか。一人暮らしのお財布から、痛い出費が発生した。
学校の正門を右に曲がり、まっすぐ行くと現れる古い建物が神園高校寮である。もともと使われなくなったアパートを改築したもので、一人暮らしだと少し広めの部屋となっている。ちなみに三階建て。
新しい掴みバサミも手に入れた僕と天子は寮の門まで来た。
「ここが僕の寮です」
「私が住むにはお古過ぎだけど、まぁいっか」
「来なくてもいい……痛たたっ! すいません、調子に乗りました!」
思いっきり耳を引っ張られた。耳って、痛いね。
「まったく。輝が私と暮らす事に決めたんでしょうが!」
「はい……。行きましょう……」
観念した。耳を摩りながら、階段を上がり、二◯二号室の鍵を回しながら思う。
「どうぞ」
「お邪魔します」
幸いにも余計な物は昨日のうちに全て廃棄していた為、片付いてはいた。
「ふ〜ん。年頃の男の子の部屋って、エッチなものしかないと思ってたけど違うんだね」
偏見だろ! 男をなんだと思っているんだ! まぁ確かに昨日まではあったんだけど……。
そんな発言をしながら、天子は一通り部屋を見て回ると、いきなりその場に倒れた。
「ゑ? どうしたの?」
抱き起こしはしなかったけど、近くに寄ってあげた。
「お腹が……お腹が……」
「痛いのか!? ちょっと待って」
息が荒い。かなりヤバそうだ。大急ぎで救急箱を持ってきたが、ある重大なことに気が付いた。
果たして人間の薬が神様に効くのか否か。身体の造りは人間と同じでも、天子には劇薬になるかもしれない。でも、このまま放っておけないし……。
ええい! こうなったら一か八かだ! そう思い救急箱を開けた時だった。
「輝ぅ、お腹……お腹空いたよぉ(泣)」
天子の一件は、昼に行なった追いかけっこと風起こしによるエネルギー消費が原因である事が分かった。残り物だったけど、丁度夕飯が出来上がっていたのでそれらを与える事によって一件落着した。
「僕は後片付けしとくから、先にお風呂入っていいよ」
「……私知ってるよ」
「ん?」
「『お先にどうぞ』は、覗く為の口実だって」
どこの誰から聞いたのか知らないけど呆れた。
「覗くか、おバカ。この歳で前科持ちになって……」
殴られた。鞘でほっぺを殴られた。
「誰が『おバカ』なの?」
ほっぺを鞘でぺしぺし当てながら聞いてくる。
「……僕です。どうか学習能力が無い僕を存分に罵ってください」
「そうね。お風呂から出たらたっぷり罵ってあげる」
そう言い残すと天子は脱衣所へ消えていった。
「ハァ……」
ため息しか出ない。そもそも神様と生活なんて上手くいかないんじゃないか? 色々考えると先行き不安になってきた。
「皿洗お」
こんな時は皿でも洗って油汚れと共に水に流すのが良いんだ。流しの前に立つと早速作業に取り掛かった。
天子は笑うとかわいいけど、怒らせると天下一品に恐いなぁ……とつくづく思う。天子にはなるべく笑って過ごしてもらおう。本来なら既に死んだ身だ。彼女に感謝しないといけない。
「罵られた後に謝ろ」
そう思った矢先だった。
「輝ぅぅぅ!」
半ベソ声のした方を振り返ると、そこにはバスタオル一枚だけを巻いた天子がいた。
「!?」
状況が読めない。彼女は一体何がしたいのか。
「洗濯機にお洋服入れたら、間違えてお水入れちゃった」
なんだ、そんなことか。ほっと一安心。
「あ、別にいいよ。まとめて洗うから。天子がいいならだけど」
「違くて。着るものが無いの! あの服しか持ってないの!」
「まさか、下着も?」
顔を赤くしたまま俯いてしまった。はい、確定。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
蛇口の水を止め、急いで衣装ケースが入っているクローゼットに向かった。
「下着は無いけど、このジャージで今夜は我慢してくれる?」
「……ありがと」
天子はジャージを受け取るとすぐに脱衣所へ戻った。
風呂にも入り、最後の寝支度の歯磨きをしていた。
『今日は色々あったな』
今日という一日が人生史上、非常に濃い。口をゆすぎながら思う。
「二十三時か。ちょっと早いけど、寝るか」
本当に疲れた。欠伸をしながら、ベッドを見る。
「そこで寝るの?」
「そうだよ。……あ、分かった」
何が分かったのか、真ん中を陣取っていた天子は壁側にズレると手招きしだした。
「おいで」
誘っている……だと!? 罠か!?
「来ないと殺すね?」
脅迫された場合、素直に従うしか選択肢はない。そう、やましい事ではない。これは仕方がない事なのだ。
「し、失礼します」
僕のベッドなのに何言ってんだろ。シングルベッドに二人はギリギリだった。
「緊張してるの?」
「女の子と同じベッドで寝るなんて、したこと無いからね」
「何か話す?」
「……質問なんだけど、僕はいつ人間に戻れるの?」
「ん〜、最低でも三年かな」
サヨウナラ、僕の青春。
「それじゃ、僕は君に触っても大丈夫なの?」
「うん。プラスの波動を持ってるからね。だから人間の恋人がいなくてよかったじゃない」
「それ禁句……」
トドメが酷くて涙が出る。この質問コーナーは僕の緊張を解き、眠りに誘うものだと思っていたが、まったく違うものらしい。
「え!? ゴ、ゴメン」
「大……丈夫」
「本当にゴメンね。そうだ、私が輝のお姉さん兼彼女になってあげる。うん、そうしよう!」
半ば強引に決めると天子は僕の腕に抱きついてきた。そのせいで腕に今まで感じたことのない柔らかさが!
「ちょっ、む……胸が当たってる」
「当ててるの。この感触初めて?」
「いや、女の子がそんな事しちゃ……」
「ZZZ……」
眠ってしまった。なんとまぁ自由なんだろうか。
「……まったく」
静かに寝息を立てる彼女の顔を見て、改めて思う。
かわいいな、と……。