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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
18/125

17 初めての海水浴

 早朝、時刻は六時を少し回った頃。僕にしては珍しく目が覚めた。そろそろ起きて海に行く準備を整えなくては。

「ふぁ〜あ……」

 大きなあくびとともに身体を起こす。

「え……!?」

「あ……」

 僕より早起きの雷夢さんと目が合う。だがタイミングが最悪だった。彼女は着替えの真っ最中で天子と劣らぬ膨よかな胸に目がいってしまう。

「……っ!」

 プルプルと怒りに震えながら拳を作り始める雷夢さん。時折バチバチと音を立てているのが恐怖を煽っていく。

「お、落ち着いて。これは事故だよ」

「わ、分かってますわ。これは事故……」

「そう、だから……その拳も下ろして下さい」

「でも、私はあなたの姉でも妹でも……恋人でもありませんの。ですから……」

 あ、死ぬ。

「この、ハレンチ男が!!」

 頬にビンタが入った。バチィと渇いた音が客間を響かせる。

『良かった〜、殺されなくて……』

 視界に白い星をチカチカと瞬かせながら僕は布団の上に倒れた。



「輝、その顔どうしたの?」

 朝食どきに、天子が不思議そうに聞いてきた。

「いや〜、昨日の夜にね、蚊が頬にとまったもんだから……」

 焼き魚を食べながら誤魔化す。事故とはいえ、さすがにあの事は言えない。

「あの〜雷夢さん、漬物を取っていただけませんか?」

 雷夢さんは何も言わずにムスッとした顔で渡してきた。相当怒ってるな。

「輝ぅ〜、こんな早起きで今日はみんなとどこかに行くの〜?」

 お茶を注ぎながら母さんは尋ねる。

「うん、海に」

「そう。波は高くないと思うけど、沖には行かないようにね〜」

 母の忠告に僕は一言「うん」とだけ応えた。事故はこれ以上起こさないよう細心の注意を払って行動しよう。僕はそう心の中に留めといた。



 バスに揺られる事、二十分。エメラルドグリーンに染まる海は青い空と映え、キラキラと輝いていた。

 女神様達は皆、息を呑み、目を大きく見開いている。

「どう?」

 天子に聞いてみた。

「初めてこんな間近で見た……。ねぇ、こんな綺麗な所に入ってバチが当たらない?」

 神様がバチに当たるってどういうこっちゃ。大丈夫だよと否定してあげるが、ちょっと笑ってしまった。

「更衣室はあの緑の屋根の建物だから、そこで着替えといで。僕は場所取っとくから」

「分かった。輝、よろしくね」

「兄さん覗かないでね」

「心配せんでいいから行っといで」

「は〜い」

 五人はキャピキャピしながら更衣室に吸い込まれていった。

「さてと……」

 僕らのグループ以外は家族連れ、カップルなど三〜四グループしか見当たらなかった。人混みよりかはマシだけど、なるべくこの更衣室から目と鼻の先にあった方が分かりやすくていいかな。

 パラソルを立て、レジャーシートを敷いて、その上にクーラーボックスを置く。大した仕事をしてないが、これだけで汗だくになるなんて。上に着ていたTシャツを脱ぎ、改めて夏を感じる。早く海に入りたいな。

「ちょっと、一休み」

 パラソルの影に入ってみんなを待つ。

「お兄ちゃん……」

 一番乗りは水玖ちゃんか。振り向くと、胸に『みく』と書かれた名札の付いたスク水を着用していた。

「スク水にしたんだ?」

「スク水? ひい姉がこれにしなって」

 ひいちゃん、君絶対に分かって選んだな。

「そうなんだ。似合ってるよ」

「ありがとう。でね、水玖ね……」

「兄さぁん!!」

 ひいちゃんの元気な声の方を向く。そこにいたのは水着美女四人。眩しすぎる。

「お待たせ。意外と人少ないんだね」

「穴場中の穴場だからね。地元の人しか分からない所だよ」

「兄さん、もう行っていい?」

「沖には行かないようにね」

「は〜い、雷姉行こう!」

「ちょっ……火奈」

「さて、私も行きましょうか。輝君お先に行ってきますね」

 そう言って地佳さんは、雷夢さんの手を引っ張るひいちゃんを追いかけて行った。

「三人とも日焼け止めとか大丈夫なのかな」

「更衣室で塗りあったから大丈夫だよ」

 あの狭く、熱気がムンムンした場所で塗りあいが行なわれていたのか。

「想像しないの」

 ガツンとげんこつを食らった。

「どうして分かったの?」

 脳天をさすりながら天子に問う。

「神は見通しです。ねぇ、私達も行こうよ」

「うん。あ、ちょっと待って」

 パラソルの日陰の下で体育座りをしていた水玖ちゃんの方へ行く。

「水玖ちゃんもおいで。一緒に遊ぼうよ」

 末妹に手を差し伸べるが、彼女は僕の手を見たまま姿勢を変えようとはしなかった。

「……後で行く。暑い日はみんなより多く水を飲まないと倒れちゃうから」

 体調的な問題かな。水の神様だしありえるかも。

「そっか。じゃあ先に行って待ってるからね」

「うん」

 水玖ちゃんはその場で手をヒラヒラと振って見送った。

 天子に引っ張られて、熱い砂の上を足裏で感じながらも走り、海水にダイブする。ブルっと身震いするような冷たさが、暑さで火照った身体を一気に冷やす。

「すっごぉい!! これが海!? やっぱりしょっぱいんだ!」

 少し口に含んですぐに吐き出す天子。周りの海水浴客が好奇の目で見ていた。いや、あまりにも綺麗すぎたからだろうか。

「兄さん、これなぁに? 何かいっぱいここにいるんだけど」

「え、あぁヒトデだね」

「こんなに集まってるのにまだ足りないの?」

「いや、そっちの人手じゃなくて……」

「火奈、こっちにも触手を生やした変なのがいますわよ」

 スーパーで並んでるもの以外の海の生物に疎いんだな。女神様達の意外な面を見て思わず口角が緩む。

「天子、いきましたよ」

「え?」

 地佳さんの投げたビーチボールがボスっと天子の頭に当たった。

「天子、流されちゃいますよ」

「母さんめ、やったなぁ」

 水面に浮くビーチボールを拾いあげた天子はふと浜辺の方を見た。

「あれ? 水玖ちゃんがまだ来てないんだ……」

 そう言って天子は浜辺を指差した。確かに彼女の言う通り、水玖ちゃんはまだパラソルの下で座っていた。

「僕、様子を見てくるよ」

「私も行こうか?」

「大丈夫だよ。何かあったら呼ぶね」

 天子は一言分かったと言って地佳さんの方へビーチボールをトスした。

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