16 東山家は安泰
「なにこの豪勢な夕食は!?」
家につき、居間に行くとクリスマスにも出されないような料理がテーブルいっぱいに並べられていた。
「だってぇ〜、東山家の一人息子が初めて家に女の子を連れてきたからぁ〜」
確かにそうだけど、だからといって……。
「まぁまぁとにかく食おう。親としては誰が本命なのか気になるしな」
何言ってるんだ、この父は。ま、いいやとりあえず頂こう。
「天子達も、どうぞ狭いけど座って」
みんなが各々の席についたところで僕も座る。
「んで。誰だ?」
父親の雨あられのような逃げ場のない質問にたじろぐ。他の女神もこちらを見ている。
『あぁ、これ逃げられないや』
コップに入った水を飲み、一息入れて覚悟を決める。
「天子……です」
ちょうど隣に座っていた彼女の肩にポンと手を置き、両親と他の女神達にも伝える。
「あらあら、やりましたね、お父さん」
「これで東山家も安泰だな」
言ったぜ。言ってやったぜ。地佳さん達にだってこのままずっと隠し通せる筈ないと思ってたし丁度良かった。
「えぇ!? 兄さん達いつ恋人同士になったの!? 聞いてないよ!!」
「あらぁ、おめでたいですね。ねぇ、水玖ちゃん?」
「バッチグー」
天子は顔を真っ赤にしつつも、嬉しそうな顔でこちらを見た。見たか天子、僕だってやる時はやるんだぞ。
その後は四方八方からの質問攻めに、久しぶりの母さんの料理の味すら分からなかった。
地獄の夕食後、客間で寝る事が叶った僕は風呂から上がってきた女神達を集合したところで、明日の日程を話した。
「明日は海に行こうと思います」
やったーとひいちゃんと天子は喜んでいた。よっぽど楽しみだったようだ。
「時間は早い方がいいよね?」
「もっちろん! 兄さんと遊べる時間も増えるじゃん」
「そうですね。今度私達がそこに行けるのも、いつになるか分かりませんし」
「それじゃあ朝から行きましょう。……雷夢さん、間違っても海に入ってる時に放電しないでね?」
「失礼ですわね。それぐらい分かってますわ!」
バチッと音を立て、反抗する子供のような口調で反論した。まだちょっと恐いな。
「じゃ、今日は明日に備えて寝よっか」
草木も眠る丑三つ刻。こんな時間に眠れない少年が一人。
『バカしたなぁ……』
海水浴で着る水着がどんなものか想像したら、眠気が吹っ飛んでしまった。ガキだな、まだまだ。
『何か……飲んでくるか』
客間の襖を開けようとした時だった。襖一枚隔てた向こう側からヒソヒソと声が聞こえる。僕は音を立てずにそっと襖に耳をあてた。
「夕食の時のあの話……本当ですか?」
「……うん」
声の正体は地佳さんと天子だった。
「輝君が言ったように、あなた達は恋人同士に?」
「……うん」
時計の針の音がうるさいと感じる程の静寂の後、天子が口を開いた。
「だって、あの子は私の過去を受け入れてくれたんだよ? 天界でみんなが私の事を怖がって、近づいて話そうともしなかったのに、輝はいつも私に優しく声をかけてくれる。あの子だって、私の傍にいたいって言ってくれた。……だからね、母さん。この気持ちは本当なの。私、輝の事が好き」
「……それは、いずれ来たる時の事を覚悟して言ってますか?」
「っ……」
「輝君が貧乏神という立場で私達は下界にいる事ができてますが、輝君が人間に戻ったら?」
「それは……」
お別れだ。天子は天子の、僕は僕のあるべき生活を各々営まなきゃならない。
「……悔いの残らないようにしなさい」
「え……?」
「本当に相思相愛なら、最後の最後まで傍にいる事。いいですね?」
「……はい」
僕は台所には行かず、そのまま布団に潜った。お別れの事は考えてはいけない。まだ時間はたっぷりある。まだ焦らなくても大丈夫。
まだ、きっと……。




