14 帰省
一週間後。僕と五人の女神は今、僕の実家に向かう為、新幹線に乗っている。
「いただき!」
「火奈! それは私のですわよ!」
「水玖も、水玖も」
「みんな、も少し静かに!」
僕以外の人間には視認する事ができない『神隠し』を終日使うのは疲れるとの多数意見により、急遽五人分の自由席チケットを買った。
これまで短期でやっていたバイトの貯金を崩しての出費は流石に痛すぎる。(でも、みんなが楽しそうだからヨシとしよう)
「みんなでどこかに行くなんて初めてだから、はしゃいでるんだよ」
僕の隣に座っている天子は満面の笑みで僕の腕に絡んできた。
「天子。なるべく天子と一緒にいるつもりだけど、ひいちゃん達がいるから、その辺は勘弁ね」
「分かってる。私もそこまで聞き分け悪くないよ。でも少しでもいいから恋人みたいにかまってくれる時間がないと、妬いちゃうかも」
イタズラを成功させた子供のようにペロッと舌を出す天子。目が眩みそうな程の可愛さに一瞬思考が停止した。
新幹線からローカル線、そしてバスを使い、何とか家の近くに到着した。
「本当に辺りは山と畑と田んぼしかありませんわね」
「緑も沢山あって、私にはピッタリの場所です」
「輝のお家はこの辺りなの?」
「うん。あれ」
指差す方向に僕の家がある。ザ・田舎の家といった感じに無駄に大きく、無駄に庭が広い木造二階建ての日本家屋が僕の家だ。
「立派じゃ〜ん! 昼ドラの姑宅みた〜い」
ひいちゃん、その見た目でなんちゅうもんを見とるんだ。
そんなこんなで家の門をくぐり、玄関の引き戸を引く。
「ん、あれ? 閉まってる」
「おでかけしてるんじゃない?」
「そうなのかなぁ」
今日僕がこの時間に来ることは前もって連絡しておいたんだけどな。ダメ元でもう一回引いてみる。すると今度はすんなり開いたが、僕の目の前に散弾銃の銃口がニュッと出た。
「おわあぁぁ!?」
予想外の出来事に情けなく腰が抜ける。
「おお、輝。帰ってたのか」
銃の所持者は父さんだった。キラキラと笑顔を輝かせて立っている。(この笑顔は僕に宛てたものなのか、銃のお披露目から出たものなのかは分からない)
「帰宅早々の息子に銃を突きつける親がどこ
にいるの!?」
「でも、カッコいいだろ?」
「どうでもいいわ! リロードやめい!!」
ツッコミきれない。たった一人のボケにここまで疲労するとは。
「輝のお父さん?」
「まぁ、こんなだけど一応ね」
「ところで、その女の子達はお前の連れか?」
僕を含め、五人の女神が一瞬心臓の鼓動が跳ねた。父よ、何故見えるのだ?
「天子、神隠しは……?」
「……あ」
天子以外の四人もすっかり忘れていたらしい。まずいな、どう誤魔化そう。
「誰でも構わないが、連絡ぐらいはよこせ。みなさんどうぞ」
やっと父親らしい発言を聞いて安堵するとは。
「そういう事だから、みんなどうぞ」
「お邪魔します」
「うわぁ〜立派な玄関!」
ワイキャイ言いながら、玄関に入る。前々から無駄に広いなぁとは思ってたけど、まさか六人が入れるとは思わなかった。さすが田舎の家。
「母さんは?」
「買い物に行ったぞ。そろそろ帰ってくると思うが。お前、後で爺さんの墓に行っとけよ」
もちろん。お盆じゃなくともこっちに帰ってきたら絶対に行ってたし、今回も行く予定満々だ。
さて、久々の我が家だが、その前に天子達の部屋を確保しなければ。
玄関を上がってすぐ左の襖を開けると、客間として使用している部屋がある。滞在中はここを利用してもらおう。
「とりあえず、ここの客間は天子達が使って。僕は二階かな」
「輝の部屋二階なの? そうかそうか」
「え、や、あの……」
客間に荷物を置いた女神達は天子を筆頭に、みんなしてぞろぞろと二階に上がっていく。
「ここが輝の部屋か」
「そうなんだけどさ。いや、え?」
六畳の部屋に六人はキツイ。机やベッド、テレビとかもあるから実質四人でパンパンだった。
「大丈夫。水玖、押入れで寝る」
猫型ロボットか!
「ちょっと待って。客間の方が広いし、快適だよ」
「でも兄さんがいないじゃん」
……その通りだ。ぐうの音も出ない。
「私、輝と一緒がいい。ダメ?」
雷夢さん以外が天子の提案に賛同する。
「分かった分かった。僕も客間に行くよ。父さんに伝えてくるね」
部屋のドアを開けて階段を降りる。
『初めてかも。天子が脅さないで頼んだのは』
ちょっと昔を振り返ってみる。うん、ないな。
『やっぱ恋人同士だからあんな感じの頼み方になるのかな。すごくかわいいけ……』
〈ズドンッ!〉
突然家の中から聞き慣れない音がした。上で天子達が何かやらかしたか?
「どうしましたの?」
上からひょっこり顔をのぞかせた雷夢さんが尋ねてきた。
「え、天子達じゃないの?」
「な、私達じゃないよぅ」
だとすれば、あの音……まさか。
「撃ったのか!?」
「えぇ!!」
急いでリビングに行く。子供じゃあるまいし、なんであんなもん家に持ち込んでたんだよ。
「大丈……」
「っ!!」
その光景を目の当たりにした僕と後から来た天子は声を失った。
流血した父さんがうつ伏せに倒れていた。いや、それ以上に驚いたのが父さんの側に立っていた人だった。
「母……さん…!?」
父さんが持っていた散弾銃が母さんの手中にあり、銃口から煙が出ていた。
「仕方……なかったのよ…輝」
僕の声に反応した母さんはゆっくりこちらに振り返ると、ジリジリと詰め寄ってきた。
「何言って……!?」
「輝……」
「彼女さん?」
母さんは散弾銃をリロードすると、天子の眉間に狙いを定めた。
「母さん、ダメだ。やめろ」
「あなたも……父さんの所へ逝きなさい」
指が引き金の方へ吸い寄せられる。完全に撃つ気だ。
「天子!!」
天子だけでも守りたい。僕は彼女の方に向いて、盾になるように身を挺して覆った。そして。
〈ズドンッ!〉
銃は撃たれた。先程とまったく同じ銃声。こんなとこで人生が終わるとは思わなかった。
あぁ、徐々に痛みが……無い。
「輝」
「え、あれ?」
天子の呼ぶ声に我に返った。生きてる。天子の体温も匂いも感じる。
天子はもう一度僕の名前を呼んだ後、スッと人差し指で僕の後ろを指差す。
『おかえりなさい』
と、書かれたカードが銃口から出ていた。
「ゴメンねぇ〜、父さんがどうしてもやるって言ってぇ〜」
「いやぁ、母さんの迫真の演技には驚いたな」
『は? 演技?』
天子が無事だった事よりも、命が助かった事よりもワナワナと込み上げてくるものがあった。
「この、バカ親どもがぁ!!」
天子から聞いたが、その声は銃声よりも大きかったという。




