13 サマーバケーション
「明日から夏休みですが、普段と変わらない生活を……」
期末テストを終え、無事に夏休みを過ごせる権利を得たクラスの大半は、遊びの日程を決めたり、部活のスケジュールを確認したりとまともに先生の話を聞いている者はいなかった。
もちろん僕も無事に過ごせる権利を得ている。
「……以上です。では楽しい夏休みを」
その言葉とともに皆一斉に教室を出た。
「東山君」
名前を呼ばれ、振り向いた先には時雨さんが一枚のプリント用紙を持ってきた。
「見て! 私達夏休み期間中に委員会の仕事が無いの!」
「本当に!? やったぁ、ちょっと気になってたんだよ」
「予定あるの?」
「うん。と言っても家に帰るだけなんだけどね」
生徒の自主性だが、事務に届け出を提出すれば指定された日数、家に帰る事もできる。
僕は夏休みと冬休みはなるべく帰るようにしていた。
「そっか。天子さん達と行くんでしょ? ハメ外しちゃダメだからね。それじゃあ二学期に」
「うん、じゃあね」
ハメか……。その点なら絶対大丈夫だろう。地佳さんに雷夢さんがいるからな。
「宿題は持った。通知表もある。忘れ物は無いな。よし、帰るか」
教室を出て、下足に履き替え、下校しようとする。その時だった。
「待て! そう急ぐな親友!」
教室で見ないと思った悪友がいた。廊下をものすごいスピードで走っているのに足音一つしない。彼が会得したと言っていた無駄なスキルだった。
「真、どこ行ってたの?」
「自習室だ。あぁ疲れた」
「また提出課題? ちゃんと終わったの?」
「終わらせたら終わらせたで、追加で出してくるから逃げてきた」
いや、得意げに親指立てられても……。
「いいの? ヤバくない?」
「合鍵作って立ち入り禁止の屋上に行く方がヤベェだろ。帰るぞ」
確かに。ぐうの音も出ない。真は革靴を履いてさっさと昇降口を出た。
「お前は今年も家に帰るのか?」
「うん。天子達の意見も聞いて」
「そう……え、待て。達!? 何人の神がお前の部屋にいんだよ!?」
真が珍しく取り乱していた。そういや増えたって事言ってなかったような。
「天子入れて五人」
「なるほど、ハーレムってやつですか。毎日楽しくワイワイキャッキャウフフですか。そうですか」
「そんなわけは……あぁ」
「クソが!」
そう言って、真は落ちていた木の棒でペシペシと叩いてきた。
「地味に痛いんすけど!」
「触れられないから棒で代用だ」
こうなったら僕も何かで応戦しなくては。そう思った矢先。
「水衣」
「ごぼぁぁ!?」
真を襲う突然の水流。誰の仕業かすぐ分かった。
「お兄ちゃんの事……いじめちゃダメ……」
振り返るとポシェットをさげた水玖ちゃんが一人でいた。
「大丈夫?」
トタトタと駆け寄ってきた末妹。すごく心配そうな顔してる。
「大丈夫だよ。いじめられてた訳じゃないから」
「え、そうなの?」
「その子もか?」
全身ずぶ濡れの真は、水玖ちゃんを指差しながら尋ねてきた。
「うん。水の神様の水玖ちゃん」
「あの……ごめんなさい」
水玖ちゃんは真の方へ歩み寄り謝った。
「ん? あぁ気にするな。暑かったしちょうど良かった」
恥ずかしかったのか、真の返事を聞いた途端に僕の所へ一目散に走ってきた。
「水玖ちゃん一人? 天子か誰かは?」
しゃがんで彼女と目線が合うようにして尋ねた。
「一人だよ。お兄ちゃんが帰ってくるなぁと思って迎えにきたの」
「そうなんだ。ありがとう。ちゃんと『いってきます』って言ってきた?」
「言ったよ」
「うん、えらいえらい」
水玖ちゃんの頭をそっと撫でてあげるとニコニコと嬉しそうにしていた。
「帰ろう」
そう言って彼女は僕の手を握った。
「そっちのお兄ちゃんも……ハイ」
「ん? お、おう……」
照れが隠しきれてない真はおずおずと手を差し出す。
真、多分こうゆうのに慣れてないんだろうな。とりあえず手を握ったものの、どうしたらいいか分からない、顔には出さないが慌ててる様子が滑稽だった。
「えへへ!」
握った僕達の腕をぶんぶん回しながら、水玖ちゃんは鼻歌まじりに寮に向かって歩き出した。
「なるほど、さっきの『あぁ』の意味が分かる」
「だろ?」
でも羨ましがっちゃいけない。貧乏神になって、笑顔で暮らせるのに大変な道が多かったからね。
「ただいま」
玄関のドアを開けるとエアコンの効いた部屋の冷気が汗で貼りついたシャツの背中を一気に冷やした。
「おかえり。水玖ちゃん、お疲れ様」
「おかえり兄さん、お土産は?」
お出迎えには天子とひいちゃんが来てくれた。
「そんなひいちゃんには夏休みの宿題を授けよう」
「い……いらない」
分が悪くなった様子のひいちゃんは、一歩、また一歩とゆっくり後ずさりし、逃げていった。
「ところで今みんないる?」
「うん。今日は誰も出かけていないから全員いるよ」
なら、ちょうど良かった。
「ちょっと相談事をね。でもその前にシャワー浴びてもいい?」
「分かった。みんなに待ってるよう言っとくよ」
十分後。シャワーから出た僕は服を着て、リビングに行き、早速話を進めた。
「夏休みには毎年実家に帰ってて今年も帰ろうかと思うんだけどみんなもどうかなぁって」
「いつ頃行く予定ですか?」
地佳さんはおもむろに手帳を取り出し、パラパラとページをめくる。
「一週間後を予定してます。あまり早いと混む可能性が大きいので」
「兄さんの家は田舎?」
「畑と田んぼと海と山しかないよ」
「海!? 行ったことないよ! 泳げる? ねぇ、泳げる?」
ひいちゃん大興奮。まさかそんなに海に食いつくとは思わなかったから、ちょっと驚いてる。
「うん。砂浜もあるから泳げるよ」
僕の言葉にひいちゃんは歓喜の雄叫びをあげた。それにつられて天子と地佳さんも喜びの声を上げた。
「海かぁ……私も初めてだし、輝が行くから行こう」
「そうですね。みんなで行きましょう」
「な……わ、私もですの!?」
「家族旅行だもん。当然じゃない」
「家族旅行って……」
あまり雷夢さんは乗り気じゃなさそうだけど、多分来てくれるだろう。(天子達が引っ張ってでも連れてきてくれそうだけど)
まぁ何はともあれ、みんな快く思ってくれてよかった。
「水玖ちゃん、どうかした?」
一緒に帰ってた時と比べて、どこか元気が無いように見えた。
「ふぇ? ……ううん、なんでもない」
「そう?」
「そう」
「じゃあ一週間後に行こうね」
「うん」
気のせいだよな……。なんとなくだけど、水玖ちゃんの表情はどこか困ったような、本当の笑顔じゃなく見えた。




