63 哀しき運命の戦い。輝 対 天子(後編)
天子を倒す方法は何となく分かった気がするが、それはあくまで僕の予測。まだ確定じゃない。最低でも三つ……いや、二つの事を確認しなければならない。
『やってみるか。だが、くそ……。この胸の痛み──』
僕は自分の頬を一発殴った。自身の不甲斐なさ、天子への怒り、そして自分自身に気合いを入れる為。
「トチ狂った?」
「元からだ」
「……私はそんな狂った子を愛してない。望み通りあなたは私の手で殺してあげる」
その言葉の後、走って向かって来る天子の目の前で、僕は握っていた刀を足元に落とした。
「な!? 刀を……!?」
天子の一瞬の動揺を突いて、彼女の腹に肘打ちを一発お見舞いする。
「ぐは!?」
「吹き飛べ!」
間髪入れず天子を蹴り上げ、彼女を空中へと誘う。その隙に僕は落とした刀を拾うと、グッと足を曲げた。
「神斬、人馬宮!」
神力の跳躍力で勢いよく跳ぶ。刀は突き出し、自分自身がまるで一本の矢の如く、一直線に天子を狙う。
「そういう事か……。それなら……」
空中で僕の動きを見ていた天子は態勢を整えると、向かって来る刃に全神経を集中させる。
『この状況で天子が取るであろう行動……。防御を取るなら宝瓶宮。カウンターを取るなら天秤宮で凌ぐ筈。でも分かるよ。君は絶対に──』
答えはすぐに出た。僕の予測通り、天子はある構えを取った。
「神斬、天秤宮」
『やはり天秤宮か!』
天秤宮は相手の力を利用し、攻撃を受け流しつつダメージを負わせる技。破壊力こそ無いものの、相手のリズムを崩すのに適している。
「読んでたよ。行け!」
僕は構えていた刀の手を離すと、その柄に神力を当てる。更に勢いを増した刀は撃ち出された銃の弾丸のようなスピードで天子に向かっていった。
「なに!?」
またしても予想外の攻撃に、天秤宮の構えから急いで防御の態勢に入るが、圧倒的な勢いを持った僕の刀の前には流石の天子も太刀打ちができず、自分の刀を弾かれた。
「はぁぁ!!」
期は熟した。このまま一気に攻勢に出る。神力を込めた拳を握り、狙いを定める。
「くっ……!?」
天子は胸の前で腕を十字に組んで防御の態勢に入る。
攻撃が入る……と思われたが、僕は彼女をスルーした。
「来ないだと!?」
「悪いな、ウソをつかせてもらったよ。僕の狙いは……最初からこっちだ!」
神殿の天井に刺さった僕と天子の刀。その二本を消えない内に急いで引き抜き、天井を蹴って今度こそ天子の身体に狙いを定める。修行中に一度だけやったがセンスがなく、封印した二刀流を今ここで解禁する。
「神斬、金牛宮!」
雄牛のツノのようにニ本の刀で突きのラッシュをお見舞いする。
「それしきの事……!」
天子はカッと目を見開くと、向かって来る刃を恐るべき動体視力と反射神経で避け、あろう事か自分の刀の刃を指先で掴み取り、僕の手からひったくった。
「やっぱりな……」
止められたがそれでいい。そのおかげで僕は確固たる断定ができた。
『そうだよな、そりゃ対策できるよ。自分の技なんだから』
天子に防御された技は天蝎宮、人馬宮、金牛宮の三つ。そして彼女に当てる事ができた攻撃は思いがけない技の派生やオリジナリティ。百戦錬磨の天子の経験した事のないトリッキーな戦い方をすれば勝機がある。
『これで終わらせる』
ここがゴールじゃない。天子を倒したその先には詔が待っている。少しでも体力と神力を残さなければならない。
僕と天子、お互い着地した瞬間に僕は走り出した。その先に見据えているのは天子。
「はっ!!」
走っている最中で僕は衝撃波を天子の足元に当て、埃を巻き上げた。丁度砕けていた石畳にそれが当たり、細かい粉塵となって宙を舞う。
「く!? 煙幕なんてくだらない」
なまじホワイトアウトしたこの視界に頼っていては彼の思う壺となる。そう思った天子は目を閉じ、全ての感覚を自分に襲いかかってくる神力に集中させた。
ただならぬ緊張感の中、自分の呼吸すら無意識に止めてしまう程集中するその時だった。
「……そこぉ!」
背後から感じる僅かな神力に反応した天子は後ろを振り返って突きを繰り出す。
手応えはあった。だがそれは肉を貫いた感触とは違う。コンクリートのような何か硬いものだった。
不審に思った天子は自分が貫いたものを確認しようと刀を引いた時だった。
「なに!? 氷!?」
天子の刃から右腕へどんどん凍っていき、それは脚まで到達した。右半身を氷漬けとされた天子は自由に動く事ができなくなった。
「こんなもの……すぐに壊して──」
「そう対処する事も予想してたよ」
天子の動きを封じた氷が壊される前に、彼女の首に僕の神聖武器、無に還す鎖を巻きつける。途端に彼女の神力は小さくなり、力が抜けていくのが確認できた。
「捕らえたぜ……。義手は少し小さくなったけど、気にする程でもない」
「こんな……。ク……!?」
「観念しろ、天子。君は引っ張ってでも家に帰らせる。神斬──」
刃を下から上へゆっくりと半円を描くように上げ、この戦いに決着をつける最後の技を繰り出す。
「北十字星!」
縦一線は刃による斬撃を飛ばし、横一線は峰打ちによる打撃。二つの異なるダメージを一度に与える僕が考案した技。
鎖の効果によって防御もままならない天子の身体に僕の攻撃は諸に入った。刀の衝撃で天子の動きを封じていた氷は砕け散り、それと同時に彼女は膝から崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……」
終わった……。彼女に負わされた傷を押さえながら、荒い呼吸のまま僕は天子に近づいた。勿論、まだ鎖は解除しない。
「……」
うつ伏せになって倒れた彼女を仰向けにするように抱き寄せ、彼女の安否を確認する。
「負け……ちゃった……」
虚ろな眼差しで僕を見るその顔は恋人に向けるそれそのもの。今までの死闘が嘘のようだ。
「天子……君は本当にこれで良かったの? 僕達と敵となる事が……君が望んだ事なの?」
「言ったでしょ……。全部終わらせたら教えるって」
また濁された。決着がついても言えないという事は詔に何か脅されているのだろうか。
「じゃあ、約束だ。詔を倒してまたここに戻ってくる。その時はごまかさずに全てを話して。いいね?」
天子はゆっくりと頷き、僕の顔に手を添えると顔を近づけてきた。戦ってる最中では彼女が何を考えているのか分からなかったが、今ははっきりと分かる。僕も彼女に顔を近づけ、唇を交わす。
「……待ってる」
天子は一言その言葉を残すと目を閉じた。どうやら気を失ったみたいだ。
彼女の頭を壊れ物を扱うようにそっと撫でていると、首のチョーカーに目が止まった。戦っていた時から気になっていたが、大体分かる。詔に何かされたな、と。
「君に……チョーカーは似合わない」
僕は躊躇なくそのチョーカーを引きちぎり、神殿の外へ投げ捨てた。うん、いつもの見慣れた天子だ。何となく目を閉じている彼女の顔も柔らかくなったような気がする。
「人の恋人を犬か何かと一緒にしやがって……」
詔に対する怒りが沸々と沸き上がる。
「絶対に許さない」
地面に一発、拳を叩きつける。五センチ程の深さの穴とヒビが入り、手の痛みがじんわり拡がっていく。よし、少しだけ落ち着いた。
『そろそろ、行かなきゃ……』
抱き寄せていた天子をそっと床に寝かせ、戦いの前に脱いだコートをかけてあげる。
「必ず迎えに来るからね。約束だよ」
ズボンのポケットから水玖ちゃんの唾液が入った小瓶を取り出すと蓋を開け、彼女に半分飲ませてあげた。残り半分は僕。喉を通っていくと、たちまち身体の傷と疲労感が消えていく、そんな感覚があった。全快とまではいかないが動くには充分回復した。
「行くか」
最上階、詔がいる階へ続く扉を開ける。松明の灯りで照らされる暗い階段が化物の口のようにぽっかりと開けている。僕は深呼吸を一つすると最後の戦いに臨む為、階段を上り始めた。




