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神は見通し  作者: 千代 龍太郎
第一章
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10 あなたに降る夢

 辺り一面真っ暗な世界に僕はいた。だけど、もうじきその黒に飲み込まれ消えてしまう……。そんな感覚に僕は恐れを抱いた。

 明かりが欲しい。たった一本のマッチの火でもいい。僕が存在している証が欲しかった。

 絶望と同時に流れる涙。僕は消える。うずくまって泣くことしかできない。

「……で」

 声が聞こえた。優しそうで、聞き覚えのある女の子の声。その声は僕の下へだんだんと近づいて来た。

「泣かないで。男の子でしょ?」

 その女の子の顔は暗くてよく見えなかった。

「……ダメなんだ。僕は消えてしまう。君だけでもここから戻った方がいい」

「なら、私も一緒にいる。消える時はあなたと一緒だよ。輝……」

「……天…子」

 その瞬間、真っ黒の世界は崩壊した。彼女の優しげな笑みが見え、白い光を覆って。



 見慣れた天井が霞んで見える。若干頭も痛いし、寝すぎたなこりゃ。

『生きてる』

 あの瀕死の状態から復活できるとは水玖ちゃんの神力には頭が上がらない。

 それにしても何か不思議な夢だった。三途の川にしては真っ黒でぼや〜っとしてたし。まぁ三途の川なんてこの人生で一度も行ったこともないし、行きたくもないけど。

 台所では水が流れる音がする。天子か地佳さんが食器を洗っているのだろうか。

 ゆっくり起き上がると、強く巻かれた包帯で胸が圧迫され、咳が出た。僕の咳に気づいたのか、蛇口から流れる水の音が止み、傷より下の背中をさすってくれた。

「大丈夫ですの?」

 あれ? この口調……。

「雷夢……さん?」

「気に入りませんわね。この私がさすってあげましたのに」

「あぁ……すいません。ありがとう」

 フフンと得意げに胸を反らす雷神。今までの生死をかけた戦闘がウソのようだ。

「他のみんなは?」

 周りを見ても雷夢さん以外誰もいない。

「天子はお風呂。母様達は散歩に行くと」

「そうなんだ。……今は八時? あれ?」

「あなたが気を失ったのは昨日の十四時頃。それからずっと眠ってましたのよ」

 そうだったのか。ほぼ半日寝てたのか。

「あ! ヤバイ、学校!」

 思い出した、今日は普通に平日であった事を。呑気に布団に入ってる場合じゃなかった。

「せっかく水玖が塞いだ傷が開きますわよ。今日はもう休みなさい」

「う……。じゃあ、午前中だけでも」

「休みなさい」

「はい……」

 なんだこれ。天子と同じようなやり取りだ。まぁ、どちらもドがつくほどのサディストだから対応が似ちゃうんだろうな。

「それで……その…」

 急に視線を下に逸らし、正座していた足をモジモジさせ、指で床にのの字を書いて、雷夢さんは話を切りだした。

「む……胸の傷の事は謝りますわ……」

 拗ねた子供のように口を尖らせて謝る雷夢さん。心のどこかでプライドが邪魔をして素直になれない、そんな彼女が可笑しくもあり、妙に親近感が湧いた。

 雷夢さんがまさかこんなに表情豊かだとは思わなかった。人は見かけによらないとはこの事だ。

「大丈夫ですよ。こうして生きてるし。気にしないで」

 死の淵を彷徨ったけど生きている。この傷だって癒えれば天子を守った漢の勲章となる。それはそれでかっこいいかも。

「……憎まないんですの?」

 真剣な表情と声色でまるで僕を試すような問いを投げかけた。

「え、なんで?」

「私は水玖を攻撃し、天子を殺そうとしてあなたの命まで奪おうとした。そんな私のたった一つの謝罪で『気にしないで』って、何故言えるんですの?」

 そりゃ水玖ちゃんがやられたって時や、天子が殺されそうになったのは許されない事だけど、全ての元凶は僕にある。

「僕に降りかかる不幸は僕が請け負う。だけど、僕の不幸を天子やひいちゃん、水玖ちゃんと地佳さんには請け負ってほしくないんだ。天子達が無事なら、僕はそれでいい」

 「人間風情が!」って怒られるかな。自分でも大それた事言ってしまったとつくづく思う。でも、これが本音だ。

「似てますわね……。あの人に……」

「雷夢さん?」

 何かボソボソと呟いて、何を言ってるか聞き取れない。

「だ……だからといって、私はまだあなたの存在を認めてませんわよ!」

 そう言うと顔を赤らめ、逃げるように風呂場に向かった雷夢さんは天子とすれ違う。

「っとと。何やってるの、雷夢。お皿は洗ったの? ってどこに行くの!?」

 暴走機関車のようにまっすぐそのまま飛び出し、外へ出てってしまった。忙しないな。

「まったく。……輝?」

 天子と目が合った。髪がまだ濡れて、しっとりしている彼女はどこか色っぽい。

「天子」

「輝!」

 天子は満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。

「気がついたんだね!」

 僕に飛びつこうとする一歩手前で止まると、静かに抱きついた。フワリと香る甘くて優しい匂いが鼻をくすぐる。

「姉不孝者」

「咄嗟だったから、あの方法しか思いつかなくて……」

「なぁんて、冗談」

「冗談は通じないんじゃなかったっけ?」

「言うのは得意なつもり」

「なんじゃそりゃ」

 途端に吹き出し、笑い声を上げる。

「天子の声、ずっと聞こえてた。あの声が無かったら、今こうして笑い合えなかったよ。ありがとう」

 僕の精一杯の感謝の言葉を述べる。しかし、彼女の顔はさっきに比べて浮かない表情だった。

「ごめんなさい。昨日はあんな酷い事言って……」

 あの昼休みの事だろう。

「いや、あれは僕が……」

 言いかけた言葉が口を押さえて遮られると、天子はそのまま僕を押し倒した。

「……輝はだらける子じゃないって、私の話をちゃんと聞いて直してくれると思ってたから……その、幻滅しちゃって」

「うん。あの後、自分の行動を振り返った。天子に申し訳ない事したって反省してる」

「そう……」

 天子は小さく一言呟くと、大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

「輝……私ね、あなたの事が好きなの」

「それは僕も……」

「違う!」

「え?」

「私が言ったのは……輝を一人の男の人としてって意味」

 天子の言葉、というか告白に僕の思考は一瞬停止した。生まれてこのかた、誰かから愛の告白なんてものを経験した事がなかったから。

 天子の今の胸中を察するのは失礼だけど、彼女の僕に対する気持ちが『LIKE』から『LOVE』に変わったって事なんだよね。

「ゴメンね。驚いたよね? いきなりこんな話されて。……でもこの思いは誰にも譲れない。妹にも。母さんにも。時雨さんにも」

 僕は思った。天子の笑顔、仕草、言動、行動、厳しさ、優しさ。その全てが好きだった。

「僕も天子の事が好きだ。勿論、一人の女性として」

 嘘偽りの無い、純粋な僕の気持ち。

「本当……!?」

「うん。僕の恋人になってほしい」

「よろしく……お願いします…」

 天子の目には涙が滲み、やがて一つの雫となって溢れた。

「まったく、私の方から告白しないとなんて。輝らしいというか何というか」

「……正直迷ってたんだ。貧乏神とはいえ、人間の僕と神様が対等にお付き合いなんてしていいのかなって」

 本来なら死んだ身。リスクを背負ってまで生かしてもらっているのに、あまつさえ恋人になってくれなんて図々しいお願い、天子を困らせるだけだと密かに思い、胸の中にしまっていた。

 そんな思いを払拭するように天子は優しい笑顔で微笑み、まっすぐ僕の眼を見つめて口を開いた。

「神である前に私だって一人の女だよ。それに好きになれば神も人間も関係ない」

 天子の力強い言葉に僕の小さくて、ずるい思いは吹き飛んだ。

 考え過ぎだな、僕は。天子に告白されないと自分に正直になれないなんて情け無い。

「天子」

 右手でそっと彼女の頬に触れ、彼女の目を見つめる。綺麗なスカイブルーの瞳は涙で潤み、次第に閉じていった。

 そして、ゆっくりとお互いの唇が近づき重なる。時が止まる感覚。胸の鼓動が彼女に聞こえてしまうのではないかと思うくらいに激しい。天子を愛し、天子も僕を愛してる証。

「輝がファーストだからね」

「僕だって、天子が初めてだよ」

 平静を装ってたけどダメだ。胸のドキドキが止まらないし、顔がにやけてしまう。

「……もう一回……いい…?」

 頬を染め、上目遣いでおねだり。可愛いすぎる。

 無言で頷き、再び唇を近づける。その時だった。

「たっだいま〜!」

 元気の良いひいちゃんの声が玄関を突き抜け、僕らのいるリビングにまで聞こえる。

 ヤバイ!慌てて近づけていた唇を離し、苦し紛れの介抱してされての演技を二人してし始めた。

「ただいま帰りました。あら、輝君。お目覚めになりましたね」

「え、えぇ。心配おかけしてすいません」

「兄さ〜ん!」

 ひいちゃんと水玖ちゃんがドタドタと駆け寄り、腕にくっついてきた。

「怪我は? まだ痛む?」

 ひいちゃんはおっかなびっくりで胸を指でつついて尋ねる。

「まだ少し痛むけど、もう平気だよ。ありがとう。水玖ちゃんもありがとうね」

 「えへへ」と笑う妹二人。

「輝君、昨日から何も食べてないですよね。今朝食を作りますから」

「あ、私も手伝う」

 嬉しそうな天子の横顔を見て僕は思った。

 彼女は僕が幸せにしてあげよう、と。

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