54 意地と意地。木葉 対 妖狐(前編)
輝一行が二階へ向かい、一階は木葉と妖狐の二人だけの空間となった。あれから二人は会話もなく、お互いが出方を伺う膠着状態が続いていた。
「出しな。あんたの神聖武器を……」
自分は出しているのに相手が出していない。まるで自分が余裕が無いように見えるこの状況、木葉にとってそれは気に入らない事だった。
「随分と好戦的ですね。そんなに時の神をボロボロにしたのは応えましたか」
妖狐は憎まれ口を叩くと、神聖武器を生成しながら横一線に刃を振った。右腕に装備された剣と盾が一体化した武器。西洋の武器で名前は確か『ランタンシールド』といったか。
だが、名前なんてどうでもいい。このなまくらがマイを斬り刻んだ。そしてそのなまくらを操るこのクソ野郎を絶対に殺す。木葉の頭の中に怒りと復讐の文字が浮かび上がる。
「おかげさまでなぁ!」
木葉は地面を蹴り妖狐との間合いを一気に詰めた。斧の刃を自分の頭上より高く上げ、妖狐の脳天目掛け一気に振り下ろす。
「死ねぇぇ!!」
妖狐は避ける動作も防御の構えもとっていない。木葉にとっては絶好のチャンスなのだが、当の妖狐は余裕そうに笑っていた。
「そう勝負を急いではいけませんよ」
斧の刃が妖狐の脳天に届くまでニメートルのところで木葉の右腕に異変が起きた。右前腕の皮膚が氷にヒビが入るように斬れていく。血が流れ、ピンク色の肉までもが見えてきた。
『マズイ! このまま振り下ろせば骨まで斬られる! 貧乏神じゃあるまいし、そんなやられ方……』
「ク……!?」
軸足となった右足にブレーキをかけて体重を後ろに反らし、妖狐との距離を一度離した。
五メートル程離れ、問題の右腕を見る。裂傷はかなり深いが寸前のところで最悪な状況になる事は回避できた。
『神聖武器を動かしてもいないのになんで……?』
「フフフ……。ヒントです、その傷は私の神聖武器によるものですよ」
妖狐は神聖武器をブンブンと振り回しながら、イタズラに成功した子供のように喜々としていた。
妖狐の攻撃方法には謎が残るが今はこの腕の傷をどうにかしなければならない。
「チッ! こんなに早くこれを使うとは……」
木葉は舌打ちをしながら斧を消し、心底嫌そうにズボンのポケットに手を伸ばした。取り出したのは下界で輝から受け取ったあの小瓶だった。
乱暴に蓋を開けて瓶を傾け、傷口に全てを注ぐ。唾液が傷口に浸透した途端、出血がなくなり、裂けた肉がみるみるうちに元通りになっていく。
「あれは水神の……。まだあると厄介ですね」
「安心しな。こんな小汚いものこれしかないよ」
役目を終えた小瓶を放り投げ、再度斧を生成した。
「なるほど。流石、貧乏神のお墨付き。治癒能力に長けてる事」
痛みもなくなり、あっという間に傷が塞がった事に感心する木葉。正直なところ、使う場面と量を考えれば良かったと今更ながら後悔していた。
『とにかく、あいつの神力と攻撃方法の謎が解けるまで接近戦はできない。それなら……』
「近寄らないでも、他に方法がある!」
木葉は拳に神力を込め、床を殴った。それによってできた床の破片。それを神力で妖狐に飛ばし始めた。
「あぁ、無駄……」
向かって飛んできた破片も豆腐のようにスパスパ斬れ、妖狐の足元に落ちていく。その間、妖狐はやはり神聖武器を動かしていなかった。
『落ち着け。落ち着いて整理しよう』
床を砕き、妖狐に飛ばしながら彼女の周りを周る。どんなに隙が見つかっても決して近づかない。
『下界にいた時、マイは時を止めてこいつを攻撃した筈。時止めはマイ自身が解かなければ誰も動く事はできない。それなのにマイは攻撃を食らった。そして時を止められないあたしが今、同じように攻撃を食らった。まるで斬撃がそこにあったかのように……』
「いつまでも、意味のない攻撃を!」
「な!?」
木葉は目を疑った。なんと奴は飛ばした石の上を伝って、木葉に近づいてきたのだ。
呆気に取られていた木葉の顎に妖狐の拳が入った。吹き飛ばされ、持っていた斧も手放したせいで光と消え、地面をゴロゴロと転がる。
神力によりダメージ軽減され、失神する事は逃れたが、脳が揺さぶられた為に身体が動かしにくい。
『あの速さで飛ぶ石の上を踏んで来るだと……!? しかもあたしに向かう為に最も近い石をピンポイントで踏めるのか!? ……いや、これも奴の神力なのだとしたら』
なんとなくだが、分かってきたかもしれない。妖狐の神力の秘密が。
「もうあなたの子供騙しには付き合ってられません。大口を叩くものだから期待したのにがっかりです。所詮あなたは私の敵じゃなかった」
木葉にトドメを刺す為、妖狐はランタンシールドを装備した右手を後ろに引いて構えた。
「『私の敵じゃない』だって……? それは……どっちのセリフかな!」
木葉はダメージを食らった顔面を片手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がると妖狐へ向かって一直線に走り出した。
「は!? 気でも狂いましたか!?」
「……」
妖狐の憎まれ口にも耳を貸さない木葉は走りながら再び斧を生成すると、あろう事かそれを妖狐に向かって投げ出した。殺しの道具を自ら手放したのだ。
「神聖武器を投げただと!?」
未だかつて、戦いの最中で神聖武器を投げ出して丸腰となった相手がいただろうか。一瞬の予想外な出来事に妖狐は戸惑ったと同時に、ある嫌な予感が脳裏をよぎった。
「まさか、こいつ!?」
「あぁ、見切ったよ。あんたの神力」
回転しながら飛ぶ斧は妖狐の目の前で金属音を立てた後に地面に落ちると、その後ろから木葉が勝ち誇ったような笑みを浮かべながら姿を表した。右手に神力を込め、先程のお返しと言わんばかりに妖狐の顔面に拳を一発叩き込む。
「うぐ……!?」
神殿の壁に叩きつけられた妖狐は頭を押さえながら唇から流れる一筋の血を拭い、木葉を恨めしそうに睨んだ。
対する木葉はスカッとした表情を浮かべながら、落ちた斧を拾って妖狐を見下ろす。
「あんたの神力は『固定』させる神力。あの無数に飛ぶ石を固定させ、あたしに近づく最短ルートで向かってきた。そしてあんたの武器は斬撃に質量を付与できる。適当に振るだけで質量を持った斬撃が生まれ、それを固定させる。斬撃の結界によって近づく者を斬っていた。いや、斬られていったが正しいか」
トリックが分かれば訳無い。何も言い返す事ができない妖狐を尻目に木葉は更に続ける。
「一度目の斬撃は武器を生成した時に一回振った時。二度目はあんたがあたしにヒントをよこした時。そして三度目はあんたがトドメを刺そうと武器を構えた時。どれも自然にやってたから気付くのに時間がかかったけど、見破られちゃお終いだね」
これで反撃の準備は整った。後は妖狐の動きに注意しながら攻めるのみ。
木葉の方に勝利の風が吹いている。誰の目から見ても木葉が有利のこの状況。だがしかし、それに相反して妖狐は不気味な薄ら笑いを浮かべていた。




