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黒衣の主と七色の従者  作者: キロール
第一話、魔術師の帰還
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街への道中

 風は収まり雨が小降りになる中、二人の男女がロムグの奈落がある丘陵地より降りてくる。クィーロとウアトだ。


 既に魔甲を脱ぎ普段通りの黒いコートを纏うクィーロは、聊か覚束無おぼつかない足取りだがウアトの手を借りる事はせずに一人で歩いている。ウアトは、相変わらず濡れることすら無いメイド服に身を包み、前を歩くクィーロに傘を差していた。


 彼等が目指すのはこの丘陵地からほど近い場所にあると言う街に向かっている。あの異形の守護者が、深淵より戻って来る者を警戒していたあの番人の記憶によれば、彼等と敵対していた街らしい。


 何故敵対しているのか、黄金瞳の男やその一派についてはウアトのわざをもってしても、それ以上の記憶を読み取れなかった。解析を試みてもブロックされて如何にもならないのだ。唯一、敵対していた街を異形の守護者は人形の街と認識していた事だけが読み取れた。


 人形、その単語を読み取った瞬間、ウアトの精神に影が差した。人形遣いと呼ばれる魔術師の影を感じたからだ。それが情報源を投げ捨てると言う行動になった訳だが、情報を伝えないと言う選択は彼女はしなかった。


 それとこれとは話が違う。それに確かな当てもない二人は、情報収取を兼ねて人形の街へと向かう事にした。



 小雨が降り注ぐ。だと言うのにロムグの奈落周辺は植物すら生えていない砂地。元が寒冷地であったとはいえ、この気候で水があると言うのに植物すら生えない不毛の砂地となったのは如何なる訳か?


 クィーロは己が生まれ育った大地に何が起きているのか思案しながら歩き続けたために、ウアトが抱えている何とも言えない蟠りを察する事が出来なかった。そもそも、他者の心の機微には疎い性質だった。


 或いは自身の心にも。


 嘗て人形使いと呼ばれた女魔術師がいた。魔術工学に優れ、まるで命を得たかのように振舞う人形を数多作った。人形たちは創造主の言葉をよく聞き、その命令に忠実であった為、ある作戦の戦力として彼女に白羽の矢が立った。


「戦向きでは無かったからな」


 小さく、クィーロの口を突いた言葉は小雨が降り注ぐ宙に散って消えた。ウアトは何も聞こえなかったかのように、黙って傘を差し続けている。


 互いに黙々と歩くだけの時間。ウアトの様子から何とも言えない空気感をクィーロも感じ始めた頃に、漸く雨は止んだ。だが、日の出はまだ遠く周囲は暗い。


「如何した?」

「何が――でございましょう?」


 振り返り、謎めいた従者を見やるクィーロにウアトはそっと小首を傾いで見せた。一見すると普段と変わらぬ様子だが、如何にも引っ掛かると顎に拳を宛がい何やら思案しながら視線を彷徨わせるクィーロ。そして、何か思い至ったのか、一つ頷き真っ直ぐにウアトの青い右目を見据えながら口を開く。


「急くな、まだ地上に出て数刻の時しか流れていない。深淵に投げ込まれてからどれ程の時が流れようとも、必ず復讐は成し遂げる。お前もそう言っていた筈だ」

「……いえ、その事ではなかったのですが」

「……何、違うのか?」


 意外そうに灰銀の瞳を見開くクィーロに、嘆息を零してから、ウアトは微かに笑い未だ晴れぬ厚い雲が覆う上空を見やった。


「旦那様のソレは生来の物の様ですから、皆さま戸惑った事でしょうね」

「何がだ?」

「いえいえ、なんでもございませんよ。――それはそうとして、人形遣いと呼ばれた方はどの様なお方でしたか?」


 ウアトの唐突に思える変化に首を傾ぎながらも、クィーロは歩き出して話し始めた。


「数年来の友人だった。戦向きでは無かったが、彼女が作った人形たちは戦力になった。だが、『赤い竜』には届かなかったようだな」

「能力のお話では無く、その為人ひととなりをお聞きしたいのですが?」

「――良い女だった」


 男女の関係になった事など無いがなと肩を竦めるクィーロの様子を背後から見つめながら、ウアトは後に続く。良い女だったと言う物言いには、妬心に寄らない悲しみを感じたのは、主の心が垣間見えたからか。


「その様な方の死を知るのは、矢張りお辛いでしょうね。その御心をお察しできるとは申しませんが――」

「これから多くの死を知るのだろうな。だが、幸か不幸か、それを知り得たとしても私の心情は大して動かん。その事実を知った事の方が――ショックだな」


 それすら理詰めで考えた結果の様な気がするがと再度肩を竦めたクィーロ。確かに彼は多くの人としてのよすがを捨てている。現に今とて然程心は動いて居ない。多少の哀れみや痛ましさを感じただけだった。


 確かに人間性の欠如を思わせるが、実の所それは、部下にしろ仲間にしろ、全力で戦い散っていったと言う信頼があるからだ。当人はそれに気付かず復讐の妄執に囚われたのは己一人で十分であると苦く思うだけである。


 そのクィーロの心を知ってか知らずか、ウアトはクィーロの背後を黙ってついて歩いた。その眼差しには、先程までとは異なり労りや気遣いが込められていた。彼女には執着すべきものは二つもある。だが、己の主はただ一つ、復讐しか持っていないのだと改めて認識したが故に。


【第二話に続く】

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