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黒衣の主と七色の従者  作者: キロール
第一話、魔術師の帰還
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魔甲

 吹き荒れる風雨の中、恐るべき異形へと駆け寄るクィーロ。雷鳴が轟き、稲光が大地を照らした瞬間、そのクィーロ自身にも変化が起きた。


 全身を艶の無い黒い鎧に瞬時にして覆われたのだ。これぞ魔術師が纏う魔甲。黄金瞳の男との戦いで破壊された魔甲ではない。深淵にて構築した新たな魔甲だ。


 魔甲。それは性能差は有れど魔術師ならば誰もが纏う全身を覆う鎧。


 この世界の理を捻じ曲げるのが魔術である。理を捻じ曲げれば、世界の法則からの反発が生まれ使用者に向かうのは自明と言えた。故に魔術師は世界を捻じ曲げた事により発生する反発を防ぐため、全身を覆う鎧を纏うのだ。


 クィーロが魔甲を纏ったその意味は明白だ。魔術師が魔甲を纏う時は魔術を行使する時以外にはない。


「我が手に打ち貫けぬ物、無し!」


 異形は、迫るクィーロを腹を割って伸ばした巨大な腕で叩き潰そうと上へと持ち上げた。それが隙だと言わんばかりに、駆け寄ると思わせていたクィーロは濡れた砂を巻き上げて無理やり立ち止まり、力強い『言葉』を唱えて右手を真っすぐに異形へと向けた。


「それは!」


 背後から駆け寄るウアトが思わず声を上げるが、それに構わずクィーロは詠唱を続ける。兜の内部からくぐもった声が響く。


「我が拳は、全てを打ち砕く!」


 右拳を硬く握り、艶の無い漆黒の小手に、仄かに暗紫色の揺らめきが宿る。予想に反して距離が縮まらなかった異形は、不快げに顎髭めいた触手を蠢かして、一歩前へと進もうとした。


「飛翔し、死の旅路に誘わん!」


 真っすぐに向けられた右腕の肘より先に螺旋の様に絡みつく暗紫色の揺らめき。轟と唸りすら上げるエーテルの流れが意味するものは何か。そして、七色の光が一瞬浮かびあがった訳は……?


「砕け! |プグヌス・イン・エクシティウム《滅亡の拳》!」


 呪句の完成を以てして、金属と魔力で覆われた右腕が――飛んだ。クィーロの右腕は、恐るべきことに螺旋状の魔力を帯びて回転しながらすさまじい速度で異形に襲い掛かり、その腹を突き破った。


 その衝撃は如何ほどか。拳を受けた異形は、回転した拳の威力により腹は捻じれ、肉や骨が巻き込まれ、背中からは内部から爆ぜた様に血肉をまき散らした。


 クィーロの右肘の断面は七色に覆われており、血肉や骨などは見えない。そもそも黄金瞳の男との戦いで失った腕はウアトの泥状の身体で作られた義手の様な物。普段は本物と同じように動くが、クィーロが痛みや恐怖に耐えられればこの様な使い方すら可能になっていた。


「その魔甲と言い、その術と言い――今少しご自愛ください」

黄金瞳の男(ゴールデンアイ)を殺す為なら、何でもやる。それに……奴はあれではくたばるまい?」


 フルフェイスヘルムの奥で、脂汗を浮かべて腕を切り離した痛みに耐えながら、打ち抜いた相手を見据えていたクィーロに、ウアトが諫める様に言葉を投げかける。だが、クィーロは痛みに震える言葉を紡ぎながら、はっきりと己の意思を舌に乗せた。


 打ち抜かれた異形は、確かに死んだ訳では無かった。多くの血肉を失い、派手に吹き飛んだにも拘らず、よろよろと立ち上がった。だが、どう見ても生気に乏しい。そのふらつきには、最早不気味さなど無く弱々しさしか残っていない。


「ほぼ死に体ですが。脳さえ残って居れば尋問など幾らでも出来ますか……」

「……だが、大した事は知るまい。奴に教えを乞うた者ならば、この術も通じない公算が高い。奴の部下か、その辺が門番の心算で置いておいた程度の――ぐっ!」


 残念そうに言葉を零すクィーロは、唸りを上げて戻って来た右肘より先を左手で掴み取り、肘とその先の断面を無造作に合わせる。


 癒着にも生じる痛みに思わず苦悶の声を発しながらも、感覚が戻るのを確認するように指先を動かすクィーロにウアトも嘆息を零す。そして、生気乏しくとも、尚襲い掛かろうとする異形の方へと進み、何の気負いもなく手刀を一閃させてその首を撥ねた。


「ともあれ、情報は必要ですね」


 撥ねた頭を掴み上げれば、まだ蠢く触手を掴みその生体反応や記憶を解析し始めた。


「旦那様の仰せの通り、『赤い竜』と言う魔術師が用心の為に作った守護者の様ですね。……大体100年程前に造られたようです」

「『赤い竜』か……人形遣いが陽動で誘い出した相手だったな。……そうか、人形遣い(セレン)は破れたか」


 失ったはずの人間性の疼きを感じて、クィーロは魔甲の内部で口元を歪めた。ウアトはそんなクィーロをまじまじと見つめてから、頭だけになった異形を何処か腹立たしげに投げ捨てた。それが妬心から来る行動である事を、クィーロは勿論、ウアト自身もまだ気付いてはいなかった。


【続く】

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