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黒衣の主と七色の従者  作者: キロール
第一話、魔術師の帰還
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最初の遭遇

 クィーロ・ルスティアが深淵より戻り来るその日は嵐だった。今はメイドが差す傘により守られているが、先程その身に浴びた吹きすさぶ雨風の生暖かさは、黒衣の男クィーロの記憶を揺るがせる。ロムグのほぼ中央に位置するロムグの奈落と呼ばれるこの大穴付近は、寒冷地ではなかったか?


 クィーロの微かな困惑を他所に、ウアトは物珍しげに周囲を見渡す。


「地上は、今少し生命に満ちていたかと思われますが……?」


 その言葉には答えずに、クィーロは深淵で最も得意とするようになった暗視の魔術(ナイトヴィジョン)を用いた。夜の闇を見通す魔術だが、嘗てのクィーロならば魔甲の補助が無ければ、暗視の代償として片腕ぐらいは異形と化していただろう。それも、今では生身のまま行使できる。


「何だ、これは?」


 その彼が見通した周囲の状況は、記憶と大きく異なった。クィーロが覚えている光景は緩やかな丘陵地の頂点部分にロムグの奈落がぽっかりと口を開き、周囲は苔生した岩場とうっすらと積もった雪が広がる寒々しい場所の筈だ。


 だが、今、彼が見通す周囲は丘陵地である事だけしか記憶に当てはまらない。激しい戦いの跡を思わせる窪みや大地の抉れを別にしても、状況は一変していた。雪など何処にも見当たらず、有るのは乾いた岩場や砂地が広がっている。生命の存在など、殆ど感じられない。


「お前の言うとおり、嘗ては生命が感じられたが――今はないな」


 クィーロはそう断じて、頭を左右に振る。その所作には今までに無い疲れが感じられた。深淵では感じなかった時の流れ、その実感がまざまざと認識させられたからだ。


「旦那様――」


 ウアトは慮りながら、クィーロの背に寄り添い、その背をそっと撫でた。感じるぬくもりに、その気遣いにクィーロは微かに笑みを浮かべた。


「思いの外、時が過ぎ去ったのだろう。元より私の友も仲間も部下も息絶えている筈……過ぎた年月が苦しみを与える事は無い」


 奴の足取りが掴み難くなる事だけかと小さく嘯いて、歩き出す。その後を傘を差したままのウアトが続く。


 二人の関係性が定まったのは、何時の頃だったか。明らかにクィーロを上回る力を持つウアトが、何故に大人しく――いや、むしろ、甲斐甲斐しくクィーロの仕えるのか。如何してなのかを、ウアトは決して語る事は無かった。当然、命を助けてくれた理由は、封を解くためと察せられるのだが……。


 そんな思考をしながら、前を歩くクィーロの肩をウアトが強引に掴み、ぐっと背後に――つまり、ウアトの方へと力を込めて引き寄せた。流石に訝しんだクィーロだが、柔らかなウアトの肉体に触れながら、引き寄せられた理由を悟る。


 生命の気配が無いこの荒れ地に、人影が現れたのだ。嵐吹き荒れる晩に、不意に現れ出でたその人影は見るからに異常である。ヨタヨタと左右に揺れ動きながら歩く姿は、滑稽でありながら場違いであった。


「オオオ、オオオオ――深淵より――戻り来る者――」


 呻き声と共に語られた言葉は、不明瞭な響きがありクィーロを警戒させるには十分である。ヨレヨレの風雨に靡く灰色のローブ姿は聖職者を思わせた。だが、何か違和感を感じずにはいられない不気味さがある。


「砕かねば――お前は――届きう」

黄金瞳の男(ゴールデンアイ)を知っているな?」


 現れたローブ姿の言葉を最後まで聞かずに、クィーロは問いかけを放つ。問いと呼ぶには断定的で、その灰銀の双眸には明らか強い意志が煌めいていた。狂的とも呼べる意思が。


 ウアトの腕の中から睨む姿は滑稽ではあったが、クィーロの意思は紛れも無い刃とローブ姿には感じられたようだ。或いは問いかけの内容が問題であったか。


「――――オオオオオオオオオッッ!!!」


 僅かな沈黙の後に、ローブ姿は大きく咆哮すればその身体が膨れ上がりローブがはじけ、真の姿を露わにした。それは深淵で見たどの魔物、怪物とも異なる生命体に見えた。


 全身を覆う皮膚は茶色く岩めいてごつごつとしているが、ぬめる体液に覆われて雨露を弾いている。膨れ上がった腹が左右に分かれ、一対の巨大な腕が生えてきた。フードが取り払われた顔は風化した石造の様に目鼻もはっきりしない物だったが、亀裂の様な口元と髭の様に顎に生えた触手状の何かはノロノロと蠢いている。


 並の人間では見ただけで正気を失いかねない醜悪な姿は、ウアトの遠い記憶にある外宇宙からの使者によく似ていた。それに気付き警告を発しようとした矢先、クィーロは既に真の姿を見せた敵に向かって駆け出していた。


「貴様、黄金瞳の男(ゴールデンアイ)を知っているな?」


 クィーロの語り掛ける言葉は静かながら、何処か狂的な響きを感じさせるのは、その顔に浮かべた笑みの所為か、それとも……。


「旦那様、ワタクシより先に主が向かっては、立つ瀬がありません」


 どちらであるにせよ、ウアトもまた主をサポートするべく駆け出す。彼女もまた聞きたい事は山の様にあるのだから。


【続く】

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