進むべき場所
コノトと巨漢の魔導人形ウルススは、サヌアの姿にも臆する事無く近づき、コノトの元に駆けて行ったイリナを片手で制して、コノトとウルススはクィーロに対して一礼をした。
「カオルーンの剣士か」
「生憎ですが、カオルーンと言う国は遠い昔に滅びたと聞いておりますよ、ルスティア将軍」
「……そうか」
コノトの言葉に何処か悼む様に双眸を伏せたクィーロ。やはり、現状の認識から始めない事には始まらないと視線を再びコノトへと向けた。この中では、ラゾのお目付け役の様なグリウムかこの女剣士が一番話が分かると踏んだのだ。
「滅びた国の名だけが伝わっているのか?」
「私の遠い先祖がカオルーン出身であったから、伝え聞いておりましたが一般には如何でしょうか……」
再度そうかと頷いてから、イリナとラゾを見やる。
二人が……ラゾは魔甲を身に付けたままであるから憶測だが……物言いたげに此方を見ているのを確認してから、クィーロは諦めたように口を開いた。
「そこの二人の要求を、場合によっては飲んでも良いが、代価が居る。この地の今の情報を知りたい」
告げてから、少し休むぞと言いつつその場に胡坐を組んでクィーロは座り込んだ。出来れば背もたれが欲しい所だが、贅沢は言えまいか。
「旦那様、宜しければ――」
「止めろ、恥ずかしい」
背後に回ったウアトの言葉を予測したクィーロは、少しばかり早口でウアトの言葉を遮り、頭を左右に振って見せた。
その様子を可笑しげに見つめるウアトと、思いの外、人間らしい感情を示しているクィーロに安堵したのか周囲の反応が幾分和らいだ。
結局、ここでは人目に付くので少しだけ移動してから話し合おうと言う提案がウルススから出され、クィーロもそれに従う事を了承した。おかげでこの奇妙な一行はぞろぞろと連れ立って歩き出す事になった。
程なくして乾いた岩と言う遮蔽物の多い場所に辿り着けば、漸くクィーロは一息つけた。ウルススの背に背負われていた彼は、大地に降り立つと岩に背を預けて安堵の息を吐く。
ウアトはその様子を少しだけ面白くなさそうに眺めていたが、ともあれクィーロが一息付けたことに安堵していた。その様子を奇妙な物でも見る様にサヌアは見やっていたが、不意に空に飛び周囲に何も近づかせぬように宙を巡回し始めた。
「取り敢えず、お前。砂色の魔甲のお前だ。何と言ったか……」
「ラゾだ」
「ラゾ、魔甲を外せ。流石にこの場では礼を逸する」
魔甲を纏ったままのラゾは、それだけで威圧感がある。例え力に劣る魔術師であろうとも、脅威になり得る。嘗ては魔術師の礼儀として、話し合いの場では魔甲を脱ぐことが決められていたが一向に脱ぐ気配が無いラゾに、クィーロは苛立たしげに告げた。
そも、人に物を頼むのに武装して頼む奴がいるかと言う当たり前の怒りが、うっすらと打が胸中に今更浮かび上がったが、言葉に詰まったラゾを見て、疑問の方が強く胸中に浮かぶ。
「如何した?」
「当人に言わせるべきかも知れんが、俺が口にすることを許してくれ。ボスは自力では脱げん。いや、脱げば凍りつくと言うべきか」
「何?」
口を挟んできたグリウムに問いかけを放ってから、クィーロはこのラゾが先程告げた仇の名を思い出す。確か『氷のグレシャ』だったか?
「えげつない術を用いる奴だな。……魔甲内に熱を循環させて、相殺しているのか……。ふん、なるほどな。氷使いより魔力に劣るお前は徐々に凍死しているんだな」
「――そうだ。俺に残された時間は少ない。奴を殺す為には何でもやってやる心算だ……。だが、力を求めてここまで来たら徒労だった訳だ」
クィーロの言葉にグリウムが答えようとするのをラゾが制して己の言葉で答える。なるほどと頷きながらもクィーロは思う、半ば呪いめいた氷の魔術だと。さて、それ程の氷使いが三百年前に居たのかどうか……。
居たとしても方向性がだいぶ違うなとクィーロは結論付けた。寒波や吹雪を操る者は居た。戦略兵器としての役割を担った魔術師達がそれだ。広範囲に冷害をもたらす存在は居たが、個人個人を氷漬けにして楽しむような者が居たかどうかは覚えていない。
(三百年前と早々人間の質が変わる筈もない、昔は居たが気付かなかっただけか)
そんな思考をしている場合では無かったとクィーロが頭を振って、再度問いかける。
「期間はどの程度だ。お前が凍りつくまでに」
「……今のペースじゃ半年後には俺は家族と同様の姿になる」
「短いな」
聞き辛い事も平然と何の衒いもなく、ずけずけと聞くクィーロの様子にウアト以外は少しばかりハラハラしていたが、ラゾは思いの外素直に状況を話した。街一つ襲って省みない悪党にしては、実に素直に。
「『氷のグレシャ』とやらを先に討つ。最も、お前がその間も生き残ったら襲撃の責任を取ってこの嬢ちゃんに裁かれるんだ、それが条件だ。あとロムグの現状を教えろ」
「……俺もここまでの事をやらかして長生きする心算は無い。グレシャが死ぬならば俺は喜んで死ぬ」
「死ねとは言ってない、裁かれろと言っている。だから勝手に死ぬなよ小僧。お前に死の宣告が出るとすれば、氷のグレシャを殺した後、この嬢ちゃんによってだ」
クィーロはそこまで告げて小さく息を吸い込んで吐き出す。腹部を焼かれた痛みは消えないが、大分癒着は進んでいる様だ。自分も随分と化け物になったと嘆息しながら、今度はイリナの方へと視線を向けた。
「それまでは一時休戦しろ。さもないと、俺は『赤い竜』と勝手に戦う」
「――分ったわよ」
イリナは、ラゾの現状に驚きを禁じ得なかったが、だからと言ってあの襲撃を許すはずもない。このまま共闘などと言う流れになれば納得などしなかったが、事が終われば法による裁きの権利を彼女は得た。コノトもそれで良いでしょうと言わんばかりに小さく頷いた事から、彼女はその提案を受けた。
クィーロは、そのコノトの方へと視線を向けて問いかける。
「それで、なんでこのドールタウンの指導者様は外に居たんだ?」
辿り着いた際に行われていた間抜けな状況を思い出して、クィーロは思わず問わずにはいられなかった。
【続く】




