魔術師の憂鬱
クィーロは、その日何度目かの溜息をついた。どうしてこんな事になってしまったのか、嘆きたい気持ちでいっぱいだった。
原因は言わずもがなラゾとイリナである。その連れ達はそれぞれ困惑した視線を向けてきているので、この若い二人に引っ張られているのだと言う事が良く分かった。
「私の敵は『赤い竜』! あんたの敵なんて所詮三下じゃないの!」
「敵の強弱で言えば、弱い方が楽に倒せる! ……ええい、お前となんか話して居られるか! ――なぁ、頼むよ、俺は奴を……『氷のグレシャ』を殺したいんだ。奴が死ぬなら、何だって構わない。クィーロ・ルスティア、俺に力を貸してくれ!」
イリナとの口論に押され気味のラゾは、自身がイリナ曰く三下も殺せない魔術師だと思わず吐露した事に気づき、強引に話題を断ち切りクィーロに懇願した。イリナはちょっと、抜け駆けは止めてよとラゾに言葉で噛みつきながら、やはりクィーロに視線を向けなおして。
「私は、私の街の仇を討ちたいの! お願い力を貸して!」
双方ともに本音なのはクィーロにも理解できた。だからこそ、うんざりしていた。そこに何か駆け引きや計算でも在ってくれた方が、クィーロにはやりやすい。そう簡単に答えが出せない事を、感情のままにぶつけられるのは堪った物じゃない。
「自身の手で殺したい、とか無いのか、お前達……」
ウアトの力を借りる事すら、クィーロには苦い思いを飲み込んだ末の決断だと言うのに。自身が今後飲むカムの味は。ある豆を炒って焙煎し、それを粉末にした後、湯で成分を抽出したあの薫り高い飲料の味は――今後苦いままだと確信を抱いているほどだと言うのに。
何故に彼らは容易に復讐を他者に預ける事が出来るのだろうか。力が無ければ力を身に付ければ良い……と言うのは流石に酷か。それは力を持つに至った己の驕りかも知れないと自省しながらも、クィーロは彼らの懇願を聞き流したかった。
「どう足掻いても俺じゃ届かない――皆凍てついて死んでしまった。俺には奴を殺す事しかないんだ!」
「『赤い竜』とまともに戦えた奴なんて、私は貴方以外知らないわ。二十五体いた魔導人形達が十体まで減った理由――貴方なら知っているんでしょう?」
彼らの答えは迷いが無かった。自分に力がない事を彼らは冷静にかは不明だが認めて、次善の策を取ろうとしている。それは褒めるべき事なのかは分からないが、ともかく次のステップに進もうとはしている様だ。
ならば、とクィーロは思う。ならば――その先は如何するのだろう。
仇が居なくなった後に彼らは如何する心算なのか。そして自分は如何する心算なのか。先程、ウアトの眷属であるサヌアは、クィーロの瞳を見て自身を省みた。まさか、自分も若い二人の復讐者を見て、自身の今後を省みる事になるとは……。
自分の行く末も、やはりこんなにも無軌道な物だろうか。復讐は所詮甘美な自己愛でしかないのか? この様な道行に他者を……ウアトを巻き込んで良い物か。
思案するクィーロは、尚も言い募ろうとする二人の若者に向けて片手を振って言葉を制した。それから、彼等の連れに視線を転じた。彼等は一様に困ったような顔をしていた。
そう、グリウムにせよ、リュンクスとヒュストリクスにせよ、即座に断られるものと思っていた。だが、クィーロは彼等の主の無謀な願いに思案しているようなのだ。
肯定であれ、否定であれ、はっきりと口にしてもらえれば主を説得することはできるかもしれないが、この様にクィーロに逡巡されてしまえば、成す術はない。他者の物とは言え、望む力が手に入るかも知れないのだから。その望みがある限り、ラゾもイリナも食い下がるのは明白だった。
「旦那様、何方であるにせよ、何らかの答えを出してあげなくては……」
ウアトが控えめにクィーロに声を掛けた。ウアトにしてみればどちらでも全く問題が無い出来事だ。魔城の者でなくば、彼女は幾らでも寛容になれた。だが、今のクィーロは疲弊している。『赤い竜』に内側から焼かれたのだ、体が傷を癒す事に躍起になっている。ならば、何方かに答えを出して貰えれば後の事は彼女が始末をつける心算だった。
「……今一人の人間と人形がいた筈だが――」
サヌアは事の成り行きを今一つ理解できずに居たが、事前に周囲を索敵した際にこの人間と人形達の他にもまだいた筈だと独り言ちる。その言葉が周囲に届く前に、第三者に声を掛けられた。
「イリナ! 無事でしたか!」
その声にイリナはぱっと其方を見て、信じられないと言った風に首を左右に振ってから、その青い瞳から大粒の涙をこぼして叫び返した。
「コノト!」
クィーロが声の方を向けば黒髪の女剣士と巨漢の魔導人形が立っていた。
【第四話に続く】




